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9 金髪美少女、あらわる!

 ちゅん、ちゅん。ちゅん、ちゅん。


 おぼろ荘の屋根の上でスズメたちがにぎやかにさえずる、すがすがしい日曜の朝。


「さ~て! 今日も一日がんばりましょう!」


 玄関から表に出たわたしは、うーんと伸びをして、太陽のひざしを浴び…………ようとしたのですが、庭の鬱蒼うっそうたるジャングルが朝日をさえぎり、朝なのにおぼろ荘は夜みたいに真っ暗です。


「フ……フフフ……。これは改造のしがいありますね……」


 わたしは、青葉先輩が園芸部部長から借りてきてくれた『楽しいガーデニング生活』という本を片手に、草木ぼうぼうパラダイスの庭をにらみ、挑戦的な笑みを浮かべました。


 この本には、花や観葉植物の植えかたと育てかた、害虫の対策など、いろんなことがのっていますが、おぼろ荘の庭でまずするべきことは雑草取りです。


 わたしの身長を越えるほど成長してしまっている謎の植物とかありますし、とにかく庭をキレイさっぱりにしないことにはガーデニングどころではありません。


「絵里。こんな朝早くから庭の掃除をやるわけ? つかれていないの?」


 そう言って寝巻姿で現れたのは、かぐやお姉ちゃん。


 昨日も夜遅くまで小説を書いていたらしく、目にクマができています。


「かぐやお姉ちゃんのほうこそ、ずいぶんとおつかれのようですよ」


「ふわぁ~。わたしは夜更かししただけだから。でも、絵里は毎日、陸上部の練習の手伝いをしているんでしょ? あんまり右足に負担をかけちゃダメよ」


「手伝いといっても、トンボでグラウンドの地ならしをしたり、練習の道具を出し入れしたり、部員のみなさんのタイムを計ったりとか、それぐらいのことですよ。あとは、みなさんの飲み物を用意して……」


「もうほとんど陸上部のマネージャーみたいになってるじゃん! 陸上部に入れてもらってもいないのに、そこまですることはないんじゃない?」


「桂先輩に、わたしの覚悟を示さないといけませんから」


「絵里ってば、入学式の日から桂先輩、桂先輩って連呼しているけれど、その男子陸上部の部長のこと、もしかして好きになったの?」


「は? 何か、い・い・ま・し・た・か?」


 わたしが怒りのオーラを漂わせながらニコッと笑って首をかしげると、かぐやお姉ちゃんはぶるぶると震え、


「い、いいえ。何でもありません……」


 と、答えました。


 まったくぅ……。かぐやお姉ちゃんは小説家のたまごなのに、妹のわたしがだれのことを好きなのか分かっていないんですね。


 わたしは青葉先輩みたいな優しい男性が好きなのであって、桂先輩のようなおっかなくて意地悪な人はノーサンキューなのです。


「絵里ちゃーん! かぐやさーん! おっはよー!」


 わたしとお姉ちゃんが庭先でしゃべっていると、椿ちゃんの元気な声が聞こえてきました。椿ちゃんは、昨日は実家でご両親とすごしていたのですが、おぼろ荘改造計画のためにかけつけてくれたのです。


「庭の掃除、椿ちゃんまでやるの?」


「大家の孫娘なんだから、当然! かぐやさんも一緒にやりましょうよ。年がら年中、座って小説ばかり書いていたら、健康に悪いですよ?」


「う、う~ん……。それもそうね。体を動かすのは好きじゃないけれど、絵里が無理しないように見張らないといけないし」


「そういうことなら、オレも手伝いますよ。オレもおぼろ荘の住人ですから」


 オボロちゃんを肩に乗せた青葉先輩が、玄関から出て来て、そう言いました。


 すっかりおぼろ荘のみんなになついたオボロちゃんは、わたしたちの肩にしがみついて運ばれるのがお気に入りみたいなのです。


「でも、先輩。ヴァイオリンの練習は……」


 そう言いかけたわたしは、青葉先輩の右手に湿布が貼られていることに気づき、


「先輩! その手、どうしたんですか!?」


 と、思わずさけんでいました。


「ああ。心配はいらないよ。練習のやりすぎで、ちょっと手が痛くなったんだ。だから、大事をとって今日は練習を控えようと思ってさ。草むしりぐらい、左手でできるから大丈夫」


 そう言う青葉先輩の声は、何だか疲労感に満ちていました。


 先輩、手を痛めてしまうまで練習をしていたんですね……。


 ヴァイオリン教室でちゃんと指導を受けられず、コンクールに挑まなければいけないのがよほど不安なのでしょう。


 先輩の力になってあげたいけれど、わたしはヴァイオリンの演奏なんてできないから何のアドバイスもしてあげられません。それがとても悔しい……。


 できることといえば、先輩の前で明るくふるまい、元気づけることぐらいです。


「分かりました! 先輩もたまには気分転換が必要ですよね! それでは、みんなの力を合わせて、おぼろ荘を改造しましょう!」


 にぱっと笑ったわたしは、テンション高くこぶしをふりあげ、そうさけびました。


 すると、青葉先輩はクスッと笑い、


「前野さんは、相変わらず元気というか、『前のめりちゃん』だな」


 そう言ったのです。


 ……ま、前のめりちゃん!?


「な、何ですか、その変なあだ名は……」


「いつも前のめりで全力疾走だから、君の名前をもじって、前のめりちゃん。前野さんにお似合いだろ?」


 前野絵里→まえのえり→まえのめり→前のめり


 ああ、なるへそ~。


 ……じゃなくって!


「ぜ、ぜんぜんお似合いじゃないですよぉ! 可愛くないし~!」


 わたしがプンスカと怒って抗議すると、青葉先輩はアハハと楽しそうに笑い、わたしの頭をポンポンとなでました。


「ありがとう。ちょっと元気が出たよ」


「あっ……」


 先輩、わたしが励まそうとしていること、分かっていたんだ……。


 わたしは、先輩の手のぬくもりが残る頭をそっとふれ、うつむきました。


 顔が真っ赤だったから、恥ずかしくて、先輩に見られたくなかったのです。


 ……励ますだけでなく、もっと先輩の力になりたい。


 わたし、先輩のために何ができるのしょう?


「ふ~ん。なるほど、なるほど~。青春ですなぁ~」


 青葉先輩のことで頭がいっぱいなわたしは、椿ちゃんがニヤニヤしながらわたしと先輩を見つめていることなんて気づきもしないのでした。



            ☆   ☆   ☆



「みんな、つかれただろう? ちょっと休憩しな」


 お昼ご飯の時間になったころ、静子さんがたくさんのおにぎりを作って、わたしたちのところに持って来てくれました。


 一生懸命草むしりをしていたわたしたちは、手を休め、庭にピクニック用のビニールシートをしいて、そこでおにぎりを食べることにしました。


「もうお腹ペコペコだし、足腰がふらふらよぉ~。静子さん、今日はおにぎり、塩と砂糖をまちがえていないわよね?」


 かぐやお姉ちゃんが腰をとんとんとおばさんくさくたたきながら言うと、静子さんは、


「一年以上も前にやった失敗をいつまでもグチグチ言わないでおくれ。今日は、ちゃーんとした塩のおにぎりだよ。ただし、ひとつだけ激辛唐辛子入りだけれどね。ふっひっひっ~」


 そういたずらっぽく笑うのでした。


「ロシアンルーレットおにぎりとか、勘弁してくださいよ。そんなの、不幸体質のオレが食べてしまうに決まっているじゃないですか……」


 青葉先輩が眉間にしわをよせて言いました。


 すると、オボロちゃんが鼻をクンクンさせておにぎりのにおいをかぎ、ひとつのおにぎりを器用に頭で転がして青葉先輩のところまで運んで来たのです。


「もしかして、おまえ、オレのために激辛唐辛子じゃないおにぎりを選んでくれたのか?」


 青葉先輩は、誇らしげに胸をそらしているオボロちゃんを見つめ、じわっと涙ぐみました。


「オボロ、おまえは賢いウサギだよ。後でニンジンをやろう」


 先輩はオボロちゃんにお礼を言い、そのおにぎりをパクリと頬張りました。


 その直後、


「かっらぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」


 口から火を吐くような勢いで青葉先輩はふきだし、

「水! 水! 水~っ!」


 と、地獄の業火に焼かれて苦しんでいる人間のようにのたうち回ったのです!


 オボロちゃんがチョイスしたのは、激辛唐辛子入りのおにぎりだったのでした!


「あ、青葉先輩、しっかりしてください! 今、水を持ってきますから!」


「ばあちゃん、唐辛子入れすぎぃ! 先輩が食べたおにぎりの中、唐辛子で真っ赤じゃん!」


「あららぁ~。ちょっとやりすぎたかねぇ?」


「ぷぷぷっ! このネタ、コメディ小説を書く時に使っちゃおう~っと!」


「がぐやざん、ひどがぐるぢんでるどきに、わらばないでぐだざい!(かぐやさん、人が苦しんでいる時に、笑わないでください!)」


 わたしたちがパニックになっていると、


「アハハハハ! 唐辛子入りのおにぎりナンテ、傑作じゃないデスカ!」


 日本語のイントネーションが微妙におかしい笑い声が、おぼろ荘の塀のほうから聞こえてきたのです。


「あれ? この声、聞き覚えがあるような……」


 わたしたちが見上げると、一人の女の子が塀の上からちょこんと顔を出して、涙を流しながら大爆笑していました。


 太陽のようにキラキラまぶしい金髪と、宝石のように美しい青の瞳。この子は……。


「ああーーーっ! 思い出しました! 入学式の日に出会った、外国人の美少女です!」


「わっ、本当だ! な、何でうちのアパートをのぞきこんでいるわけ!?」


 わたしと椿ちゃんがビックリ仰天してさけぶと、金髪の美少女は、


「大和撫子サン、おひさデ~ス。また会えましたネ♪」


 そう言ってほほ笑み、最初会った時のように可愛くウィンクをするのでした。

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