プロローグ 届かないゴール
「絵里ちゃん、がんばってー!」
小学生の陸上競技大会、六年女子百メートル走、決勝。
スタートの合図の号砲が、ターン! とグラウンドに鳴りひびいた直後、スタートダッシュで他の選手たちを大きく引きはなしたわたしは、友だちの声援を耳にしながら、勝利を確信していました。
(勝てる! これで、今までの努力をムダにしなくて済む!)
あと三十メートル、二十メートル、十メートル。ゴールは目前……!
絶対に負けたくない。勝ちたい。負けちゃったら、今日までの努力がぜんぶ無意味になる。
その時のわたしは、そんなことを考え、ゴールめざして必死に走っていました。
でも……。
ぶちっ!
わたしがゴールまで残りわずか五メートルの地点にせまった時、何かが切れた……いいえ、裂けてしまったような音がしたのです。
次の瞬間、わたしは右のひざを両手でかかえて、前のめりにたおれていました。
「痛い! ひ、ひざが痛い……っ!」
これまでに経験したことがない激痛がひざの前面に走り、わたしは泣きさけびました。そして、そうしている間に、わたしの後ろを走っていた選手たちが次々とわたしを追いぬいていったのです。
一人、二人、三人、四人……。
気がついた時には、わたしは最下位になり、わたし以外の選手はみんなゴールしていました。
せめてゴールしなくちゃ、最後まで走らなきゃと思ったわたしは何とかして立ち上がろうとしますが、頭がおかしくなりそうなほどひざは痛く、身動きひとつとれません。
「ゴール……。ゴールしなくちゃ……」
手をのばしても、ぷるぷると震える指先はゴールに届きません。
こんなの……嫌!
努力がぜんぶムダになってしまうなんて嫌!
「届かない……。届かないよぉ……!」
どれだけ泣きさけび、手をのばしても届かないゴール。ううん、むしろ、はなれていくような気さえする。
それは、わたしの「陸上選手になりたい」という夢が遠ざかっていく瞬間だったのです。