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愛は世界を救うby魔王  作者: りぼんず
そして少女は旅に出る
7/8

彼等が愛した勇者

魔法と言うのは便利で万能な力だ。その言霊は世界へと干渉し、時に全てを焼き払う炎を、全てを切り裂く風を、地を歪める揺れを、全てを飲み込み、時に癒しを促す回復の源を産み出す。が、それは昔に綴られた話の中で、しかも選ばれた者のみが使えたとされる。が、今日で世界に広まる魔法はその通りでなく、千差万別の種類が存在する。


 魔法は主にそれを使う職業によって、その力の在り方を変える。

 戦士が使う魔法は主に身体強化。火の如き苛烈な力を、大地のように揺れぬ不動を、風のように疾駆ける動きを、流れる水のような流れを、その己が肉体へと付与させる事が出来る。誰よりも敵を倒すために、全ての者の前に立つことをその生き方とする、その彼等の為の魔法

 魔法使いが唱える魔法は、魔法の祖たるーー今の世で大賢者と称えられる、魔王に挑んだ魔法使いのそれに似ている。その規模こそ同じではないが、魔物を燃やす火を、魔物を飲み込み濁流を、魔物を切り刻む風を、土の中へと引摺り落とす穴を、彼等は魔法によって繰り出せる。

 剣や、槍、そして斧。数多ある武器を振るう事が出来なかった彼等が振るえるそれとは違う武器。そんな彼等のみ使える魔法。


 民草を守らんとする騎士が使えるのは、またそれとは異なる。民を守りし土の壁を、民を癒やす神秘の水を、そして時にその民を守る為に振るう武器へと火を灯し、外敵を滅ぼす風を放つ。

 それが自らの武器に誇りを持つ、民を守ろうと決意した彼等の使える魔法。


 ーーそして勇者は、魔王を討伐せんとする彼は、その全てを使えるとされる。それが、今日でも世界に名を轟かす彼が使う魔法。


 だが物事には例外という存在がある。時に異例とされる者は他の職業の魔法を用い、特別と比喩された強者は勇者のみ許されたその領域に並び立つ。かつて世界にはそんな強者達が数こそ少ないが居たとされる。


 魔法とはその者の性質によってその力を変え、増やし。その者の思いで力を変え、増す。それが同じ人という種族と言え、まったく同じ者などいない、唯一無二の種族ーー人という存在。


 勇者でもなく、強者でも魔王は倒せると、その強大な魔法の力を得た彼等だが、未だに魔王は倒せてはいない。自惚れる無かれ、強者の力などで易々と討ち滅ぼされる程、その名は安く無いのだ。


 ーーそして勇者も舐める無かれ、異例の存在が生まれても、特別と讃えられた強者がいても、『真』の勇者はその先を行く。


 それが第五の魔法。選ばれし勇者の中でも、世界に認められた強者と言えども使えぬ魔法。ーーそれが聖と呼ばれる魔法なのだ。


ーーーーーー  

 

 「こ、これが聖なる魔法…。最強と比喩された魔法の力か…!」


 「く、手も足も出ないとこのような事か…! よい、この身を貫くがいい!」


 ウルとジェネが片膝を着き、その地へと血を吐く。今の一撃で彼等の体力は燃え上がり、萎みゆく火より掠れてしまった。無理もない、彼等にとってその一撃は、魔法より魔法だったのだから。


 そんな兄と、敵であるはずのオークの姿に、アイリは何も言葉を出せず頬を掻くしか出来ない。当たり前だ、まだ戦闘が始まってすらいないのに、決着が着きそうなのだから。


 初めて出会った魔物は、その姿こそ強大そうだったが何とも弱そうな存在だった。それがアイリが抱いた感想だ。


 「えっと…。あ、あの! 着替えたのでこれから戦いを…」


 「くっ、殺せ!」


 「アイリ…。決着は着いた、もう楽にしてあげんだ。それが勝者のすべき事だ」


 「えぇ…」


 そもそも強いとか弱いなどの優劣など必要無かったのだ。戦いに必要なのは愛。その事が今再びアイリの姿に垣間見得たのだ、これ以上の闘争は不要。さぁ勇者よ、魔物を倒すのだ。


 最早腕に武器を持つ力すら沸かないオークの姿となっているジェネは、アイリに決着を付ける事を促す。悔いはない。むしろこの身をアイリに介錯して貰える事に喜びさえある。


 「さぁ! やるがいい勇者よ!」


 「さぁ! やるんだアイリ!」


 しかしアイリにはどうして良いか分からない。無理もない、アイリにとって真に戦いなどしたことがないのだから。けれど何となくは理解できる。決してこれは戦いなどではない。


 一つの広間の中で、片膝を着きその手に持つ木の剣でこの身を討つように促すオーク。アイリの隣で同じく膝を着く兄は事の成行を静かに見守っている。

 

 誰もアイリに答えなど教えてくれない。それが勇者の在り方でもあり、これから進む道の厳しさだ。アイリはその事を今は情けない兄と、何故か弱ったオークに知ることが出来た。


 魔物を倒す事に抵抗などあってはいけない。世界を幸せにしたいと願ったアイリに、勇者となることを決意した彼女に、そのような躊躇は許されない。


 ーーアイリは決めた。


 このよく分からない戦いに終止符を打つために、勇者へと成るため世界に飛び立つ為に、その腰に装備された兄によって名付けられた木の剣ーー聖魔剣ひのきのカリバーを抜いた。


 一歩踏み出す。その姿にジェネは目を閉じ、ウルはその目でしかとアイリの背中を見つめる。

 ゆっくりと進むアイリは、膝を着くオークの前へと立つ。両手で握り締める彼女の愛剣の重さを感じて。例えどのような戦いであろうと、それが戦いと呼ばれるなら決着を付けなければならない。


 「ーーてい!」


 勇者の剣が振り下ろされた。この戦いに幕を引く為に振るったその剣は、オークの頭を叩いた。

 

 「……は?」


 痛みなど感じず、ましてやその一撃でこの身を討つ事など叶わない。叩かれたジェネはその優しい衝撃に目を瞬かせ、ウルもそれと同じ表情で呆然と見ていた。


 「何故…」


 「これで決着は着きました。貴方の敗けです」


 「馬鹿を言うなッ!」


 振るった剣をオークの眼前へと向けそう伝える。だがそれをジェネは認められない。その彼の気質が認めない。武人にとって戦いで殺されぬ事程、屈辱はない。ましてや再び敗北し、その生き恥をウルにアイリに見せたくはない。


 「魔物(我ら)を倒さずして何が勇者か! そのような甘えた考えなど、この先通用しない! 情けなどかけるな、この屍を越えずして何処へ行こうと言うかっ!!」


 ジェネの叫びは正しかった。そしてこの計画の目的だった。アイリは何時か必ず魔王を倒す勇者となる。だが、彼女は優しすぎる。何時かその優しさがその身を刺す事になる。その事が起きぬ為に彼等がこうして、今ジェネが命を賭しているのだ。


 ウルはどのような過程を経ようが、ジェネはこの場で命を断つ。そうなると分かっている。他でもない彼が命じ、彼等の悲願の為にそうしようと決したのだから。


 これから先に行くための心を、決して何事が起きても振り返って欲しくないが為に、悲願の成就の為に。アイリにはこの場でジェネを倒してその身を眠らして欲しかった。


 「ーー私は世界を幸せにしたいんです」


 アイリはそう答えた。それは彼女のかけがえのない思いが込められた言葉だった。魔王に、その幹部に有無を言わせない力が秘められていた。


 「ならば何故俺を殺さない。何故その一歩を刻まない! 世界を幸せにしたいと願いながら、何故そうしない!!」


 ジェネは叫ぶ。この場でもっともそう叫びたいウルに変わって。魔王に付き従うと決めた幹部は叫ぶ。


 「これが分かってるとは思います。だけど私はしたくないです」


 「それが甘さと分かっているのか! 勇者!!」


 「私はまだ勇者じゃありません。今貴方の前に立つのは唯の勇者を目指す少女です!」


 それがアイリの出したこの戦いの決意だった。


 「私は世界を幸せにしたい。勇者になりたい。その為に此処に来ました」


 「ならば何故…!」


 「だからこれは私の我が儘です。きっと最初で最後の…」


 それがアイリの、勇者になりたいと願った、まだ唯の少女の答えだった。

 きっとこの甘さが許されるのは今回だけだろう。次に相対すれば今度こそその身を討たなければならなくなるだろう。こんな生死を奪う戦いに身を委ねなければならなくなるだろう。


 だからこれはアイリの、まだ勇者ではないアイリの出した決着の仕方なのだ。


 「本当は私も誰も殺したくない…。でも、悲しむ人を無くしたい、誰かを悲しませる人を許せない。だから私は勇者になるって決めたの」


 アイリの泣きそうな表情に、ジェネもウルも何も言えなくなる。彼女の事など誰より知っているから。本当はアイリに、勇者になどなって欲しくなかった彼等なのだから。


 「ごめんなさい、今の貴方は今の私じゃ討てません。でも何時か勇者になった時は貴方を討ちます。例え望まなくとも」


 「あ…」


 ウルの口から掠れた声がでる。そのアイリの決意を聞いて、この悲しみの世界が本当にどうしようもないと分かってしまったから。


 「そうか…」


 ジェネにはそのアイリの決意も、ウルが出した声も聞こえてしまった。だがら、これ以上はもう無理だった。彼自身も無理だった。

 ジェネは立ち上り広間の最奥に進んでいく。そこには一つの宝箱が置いてあった。それを開き、その中に眠る物をアイリへと差し出した。


 「勇者よ…。いや、今はアイリよ。貴女の勝ちだこれを持って行くがいい」


 「これは?」


 「『願いが集う石』このダンジョンを踏破した、この俺を打ち倒した者に得られる秘宝だ」


 ーーそして、我らの願いを集める石。

 それは無色に光輝くネックレスだった。色なき石が連なる宝石は、しかし何物にも負けない光を放っていた。

 受け取ったそれを掌に載せ、アイリはその煌めきに目を奪われた。


 「綺麗…」


 「だがこれは未だ真の輝きを得ていない。いつかこれに真の輝きを灯すのだ。そうすれば、貴女は真の勇者となれるだろう」

 

 その時こそアイリは勇者になれて、世界は変わり、救われるだろう。


 「あの、私…。なれるでしょうか…」


 「なれるよ、アイリならきっと。俺はそう信じてる」

 

 振り返って見れば、今まで見守っていた兄がその目を優しげに開き、言う。経過こそあれだったが、この結果に満足している。後は最後までその意志を持っていて欲しいだけだ。


 「うん…、そうだよね! 私頑張って勇者になるね! そして世界を幸せにするね!」


 「あぁ! それでこそアイリ! それでこそ勇者だ!」


 

 



 

 

  

 

 

 

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