挑めダンジョン! ①
東の最果て、永久に暗雲が覆う空、太陽の射さないその土地に草木など生えぬそんな場所。そこに今の魔王が住まうとされる魔王の城がある。
誰の手にも整備されぬ城。けれどもそこは人が造り出した城と大差ない絢爛さがあった。そしてそこには至宝とされる財宝もまた眠っているとされる。
魔王が収集せしめしその財は、だがそのいずれかも魔王も、魔王の幹部も使うことはない。何故ならばそれは人のみが装備を許されたものだから。
けれども彼等にはその要素はマイナス要素にはならない。その装備のどれにも及ばぬ彼等の武器がその手に、その体に備わっていたから。
魔王の城の何処かにあるその財宝を人は欲さんとするが、その城に挑む者は皆無だ。何故ならその城に住まうとされる魔王に相対したくはないから。
あるとされる財宝。手に出来ぬ財宝。そんな幻想の中でしか見ることが出来ないとされるその至宝は、今も魔王の城に眠っている。
ーーーーーー
宵闇が村に落ち、鉱石灯の存在しないこの村には月と星の光しか照らすものがない。故にこの村の就寝時間は恐ろしく早い。
朝は早く起き、夜もまた早く眠る。それがこの村で過ごすアイリの生活リズム。
「さて、集まったかお前ら。いよいよ明日となった例の件だがな…。ーージェネ、お前にその任を命ずる」
「ありがたき幸せです、閣下。このジェネ、見事その任果たして見せましょう」
この部屋は昼前に集まった部屋とは全く異なっていた。ーーそもそもこの地は先程までいた村ですら無いのだから。
並べられる机は巨大な長方形。その上にシルクで作られた白いシーツが被せられるその机を取り囲むように彼等は座っていた。
ウルが座るテーブルの奥。その椅子もまた豪華絢爛を極めし玉座、それに肘を立て気だるそうに溜め息を一つ吐く。
「ふぅ…。分かっているのかジェネ、この件がどれだけ重要なのかを? もし失敗しようものならどうなるか、その重大性を。それをこの場で一番弱い貴様に任せるのだぞ?」
「全くだ。これは我らが悲願のための重要な一件。そして何より、アイリちゃんの大事な初めてになるのだぞ?」
「……ッ! 分かっております。自らの命にかけましてもこの件は絶対に成功させて見せましょう…!」
確かに前述したウルとジョージ、ましてや今も此方を睨み付ける他幹部の誰よりもジェネは弱い。けれども彼にもそんな彼等に譲らんとする武器が、技術がジェネにある。
平時では食って掛かるその言葉だが、今は異を唱える事はしない。事はそれほど重大なのだから。
絶対の覚悟をその顔に浮かべるジェネに、しかし魔王は鼻で笑う。どれだけの覚悟で挑もうが、その命を使い潰す気であろうがーー。
「言っておくが貴様の命など、アイリの初めてに比べれば塵にすらならん。…だが、まぁ良かろう。どちらにしろこの件は貴様に決めたのだ、先の決意、常忘れるなよ」
「決死の覚悟で望みます」
その問答を締めとして、例の件の配役は決まった。十数人いる魔王の幹部と言えど、ジェネにしか出来ないのだ、今さら誰が言おうがそれは変わらない。
それでもその覚悟があるのかどうか、これはその為の問答。
「では、始めるか。アル場所の準備は?」
「抜かりなく」
「ネス、中の用意は?」
「ヒヒヒ、完璧ですさ」
そしてその日の為に用意した物の最終確認へと入る。ウルの返事に否と答えた者は即座にその首を跳ね飛ばされるだろう。しかし、ここに集うはそのウルが幹部と命じた者達。返す言葉は是である。
「ーージョージ、仕上げは?」
「済んでいます。万事滞りなく」
最後に魔王の幹部達の中でも、実質的な右腕的存在ジョージへの問答を行う。勿論これも是以外ありえない。
部屋にいる誰しもが喉をごくりと鳴らす。いよいよ、いよいよとなるこの重大な一件。それが形を成して動き出すのだ。準備はこれ以上なく完璧なはずだ、それには自信がある。それだけの事をしてきたのだから。
それでも不安は拭いきれない。何故ならここから先行われる事に彼等は介入できない。全てアイリが唯一人行う事なのだから。
賽の目は投げられた。後は運命に身を任せるしかない。
「ーーそれでは『アイリちゃん初めてのダンジョンに行く計画』。明日をもって行うとしよう!」
「「「うぉーーー!!!」」」
こうして彼等の入念に準備した計画が始動した。もう後戻りは出来ない。
ーーーーーー
部屋は異様な熱気に包まれていた。不安もある、けれども入念に準備した自信がある。何よりアイリへの愛がある。
そうして不安と自信とそして愛で出来た計画が遂に形となるのだ。これで歓声を抑えられる訳がない。
「いよいよか、いよいよかー! マジ不安でどうにかなりそうだけど、それでもアイリなら完璧に出来ちゃう自信がある! 何たって俺が設計したダンジョンだし!!」
「ヤバい、ヤバいよ! 本当にヤバいよ!! つーかそのダンジョン造ったの僕だし! アイリちゃんが僕の造ったダンジョンに入る…。ヤバいねー! それ考えただけで溶けちゃいそう!!」
「馬鹿者が。そもアイリちゃんの初めてはダンジョンにしようと提案したのは儂じゃ! あぁ…! もう儂寿命迎えそう!!」
各々が口に出すのは欲望にまみれた言葉。自信があるからこそこうして言えるのだ。何だかんだと言いながら、彼等は魔王とその幹部。不安より自信が来てその上にアイリへの愛が来るのだ。
アイリにばれないよう、夜な夜な熱が討論を、誰しもが寝静まる深夜に意見をぶつけ、明け方まで自らの意見を通すため殴り合いをしたものだ。
「こんな頑張った事なんて今まで俺ねぇよ! やっぱり誰かの為に、その愛の為にした仕事はやる気がちげぇな!!」
「ヒヒヒ! 私もだ、あそこに用意した罠はこの魔王の城より高度で難解な代物だ、私の高度な頭脳でも中々に疲れたものだ。無論安全性重視だかね!!」
「おおお! こ、この俺があのアイリちゃんに相対する初めてのボスになるのか…! くぅぅ! 初めて閣下の配下になって良かったと思える!!」
さらりと今までの仕事の怠慢発言が出たが、ウルは聞き流すことにした。自分とアイリへの扱いの差に今更小言を言う間柄ではないのだから。今度ぼこぼこにするが。
ーーアイリが勇者になる決意をして、実際に勇者になるためにこの村を出ていく時に、せめて彼等は世界にはどのような困難が待ち受けているか、それを教えるため今回の計画を企画、実行した。
それが今回のプロジェクト『アイリ初めてのダンジョン』なのだ。
そしてそれが遂に明日行われるーー!