魔法なんてない
ーー世界には魔法と呼ばれる便利な力が存在する。現存する魔法の種別は全部で火・水・土・風・そして聖の五つ、それが今にまで伝え教えられてきた魔法の内容。
だが全ての力には等価となるモノもいるのも、また摂理。魔法を使うにはその基となる魔力と呼ばれるモノが必要になる。
魔力は生物ならば誰しもが持っていると、長年の研究から判明したが、全ての者が等しくその力を奮える訳ではない。
魔物の中でも極一部、人の中でも極わずか、そんな者達が使える…。と、言うわけでもなく。魔法を使うにあたり必要となるのは資格だ。
職業と。今は世界で呼ばれているそれに就かなければ、魔法の行使は出来ない。
著名な国や街にある神殿において、神秘の力をその身に降りし者達のみ魔法と呼ばれる力は、始めて使用できるのだ。
……魔物においてはこの限りではないが、今は割愛することにする。
魔法がある。魔力は等しく授けられている。けれどもそれを十全に使う事は出来ない。それがこの世界の法則。
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ガヤガヤと皆が騒がしい村のとある場所で、穏やかな日差しが照らすその中で、テーブルの上に並べられた料理に舌鼓を打つ。
苦手な食べ物や好物であるか等の評価を下す事さえ、最早愚か。この料理こそ彼等にとって正しく絶品であるのだから。
「上手い、流石アイリの料理だ! こうして今日もアイリの手料理を食べられるなんて、お兄ちゃん幸せだなぁ…」
「ふふっ。ありがと、お兄ちゃん。そう言えばさっき騒いでたみたいだけど何かあったの? もしかして喧嘩? 駄目だよ、仲良くしなきゃ」
「何でもないし、喧嘩なんかするわけないだろ? …おい、糞ジジィ。後で覚悟しておけよ」
先程の喧騒など無かったかのように、今は頬笑みを浮かべながら隣座る者達と歓談している。だが悲しいかな、全てを無かった事にできる魔法など存在しないし、それを許せる罪でもないのだから。
「ふん…。何を戯言を申しておるか、魔王と呼ばれても未だ儂の若輩。年寄りの趣味にケチを付けるとは嘆かわしい。…あ、それとアイリ殿。おかわりをよろしいか?」
「だからボケた事言ってんじゃねーよ、糞ジジィ。テメーの趣味を許容出来るかよ、第一あれは俺の『アイリの成長記録』に必要なんだよ。…あ、ごめんアイリ。俺も貰える?」
魔王のウルが、その魔王の幹部にして悪魔の中の悪魔ーーデーモンと恐れられたジョージの二人の視線からバチバチと火花が散る。
人を恐怖させる二人の魔物、それも片や頂点に立つ魔王、片や悪魔の中の悪魔と恐れらるデーモン。それがぶつかり合おうなど、人にとっては喜ばしいかも知れないが、どちらにしろその戦火による被害だけでも国は滅びるレベル。
「もう、お兄ちゃんもおじいちゃんもさっきからこそこそ何話してるの? 仲良く出来ないようだとおかわりは無しにするよ」
「「ごめんなさい!!」」
けれどもそんな二人でさえアイリには頭が上がらない。愛しい彼女の手料理を食せないなど、ましてや嫌われた日など、生きる気力を失ってしまう。
頭を下げるその姿に満足げに頷いたアイリは、二人の皿を持っておかわりをよそいに席を離れる。二人はその後ろ姿に大盛りでと頼み込む。
他の周りの者達も、次ぎは俺の番だと手に持つ料理を手早く、それでいて美味しく頂いていく。急いで溢そうものなら、ましてやアイリの手料理をちゃんと味あわず食わないなど、無礼の極み。
頂く食材に、作ってくれたアイリへの感謝しながら食べる事など魔王の幹部達にとって出来て当然、して当たり前。朝飯前というもの。ちなみに今は昼御飯。
けれどもご馳走を前に待ちきれないのもまた道理で、ましてやよそって貰うのまでやって貰うのは気が引ける。そう言った者達がアイリの後を追って席を立つ。
「ジジィ、この後ちょっと食後の運動付き合えや」
「良かろう。儂が勝った暁には貴様のコレクション根刮ぎ奪ってやる…!」
「「「あああ!!!」」」
腹の虫は食事で満たせる、何て事はない。この収まりの悪い虫を処理するには目の前の害虫を駆逐するほかない。食後の運動に備えて二人が体の調子を確かめるなか、アイリの後を追った者達の悲鳴が聞こえてきた。
何事か。追った者達がやられる程のナニかが現れた。いや、あり得ない。それほどの強者の存在を気取られない彼等ではない。何よりこの地にそんな者が訪れる事など出来ない。
ウルとジョージが先頭だってその場所へと急行する。続くように他の者達も後につく。
部屋の中で食事をしているが、料理をするのはこれとは別の家屋。アイリ専用の調理場に改造した、料理のみをすることが出来る家屋。数十人の料理を用意するのに、一般的な調理場は手狭。何よりアイリが料理をする場所が小さいなど彼等としては許せなかった。設計施工はちなみに魔王。
扉を破る勢いで開く。けれども万が一壊してしまわぬよう調整して。そしてそこで見たものにウルは言葉を無くし、ジョージは膝から崩れ落ちる。
「ど、どうしたの皆? 急に大きな声を出して? お兄ちゃん達も来て何かあったの?」
驚いて小首を傾げるアイリの姿は愛らしかった。その姿に少し見惚れてから、ウルは恐る恐ると言った風に問いかける。
「あ、アイリ…? そ、それって何を燃やしてるんだい…?」
「え? これ? 私の服だよ。無くなったと思ってたけどおじいちゃんの部屋にあったの。前に洗濯物配った時に紛れちゃったんだね。見つかって良かったよ、資源は大事にしなきゃいけないからね」
グツグツと巨大な寸胴鍋で煮込まれているのは、匂いからしてカレーだろうか。今日の夕御飯の一品だろう、これは夜も楽しみだ。いや、違うそうじゃない。
ーー魔法で火を起こす事など容易い。けれどもそれは魔法を使える一部の者だ。ましてや料理するためどけに火の魔法を使う者だろう、少なくともウルは知らない。
アイリにとって火を炊かすのは一から準備しなければならない。そして火を維持するのには物資を燃やさなければならない。平時は薪などで済ますが、たまに出る燃やせる資源もこうして火に込める。
例えそれが彼等にとって至宝と呼んでいるものでも。アイリにとって着くなった服など資源でしかない。
「儂の…。儂の、至宝が…」
「俺のコレクションが…」
燃えて、燃えて、そして消える。争いの根源になったモノが、喉から手が出るほど欲しいと思ったモノが跡形もなく消えた。
「みんな変なの…?」
グツグツと煮込むそれをグルグルとかき混ぜるアイリは再び小首を傾げるのだった。