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愛は世界を救うby魔王  作者: りぼんず
そして少女は旅に出る
1/8

プロローグ

 むかーし、むかし。人は穏やかに、そして豊かに暮らし、世界が平和と呼べる時代に、それはーー魔王は現れた。


 魔王は人々を苦しめ、痛め付け、世界に大いなる混沌と悲しみを引き起こした。


 ドラゴンを屠った英雄とされる戦士が魔王に戦いを挑み、破れ。

 五属性ーー火・水・風・土・聖の魔法を極めし賢者が討伐に向かい、敗北し。

 歴代最強と呼ばれた王国の騎士達が国の総力を上げて出陣した結果、失敗した。


 魔王には絶大な力があった。ドラゴンすら倒した戦士を上回る力が、魔法を極めた賢者でさえ知らない魔法が、一騎当千と讃えられた騎士団を壊滅できる力が、魔王にはあった。


誰も勝てない。魔王には敵わない。魔王に、その配下の魔物達に世界が蹂躙さえ人々が絶望の淵に沈んだ時。


 ーーその人物は現れた。


 恐怖に染めた魔物達を尽く打ち倒し、その魔物の将ーー魔王の幹部を踏み越え、終には魔王すらも倒した者が現れたのだ。


 人々は称賛し、国々が褒め称えるその者は以降ーー勇者と呼ばれた。


 それは遥か五百年前の物語。けれども今の世において最も有名な物語。勇気を持って魔王を打ち倒した者の物語。

 

ーーーーーーー


 ーー片田舎。地図にも載らないこの場所に、十数人の者が住んでいる。過疎んな村でももう少し人がいようものだが、この村は元々今いる住人達が一から造り上げたものだからだ。

 申し訳程度に付けられた門が村の入り口となっている、けれどもここに他の者が来ることはない。地図に載らないこの村に誰かが来れるはずもないのだから。

 故にこの村では食べるものは自分達で用意して、水は村の中央に位置する井戸から汲み上げている。

 そうして彼等はこの村で生活している。閉鎖的なこの環境ながら村人達は誰も他の街や国へと出奔することはない。ーー彼等には目的があるから。


 「てい、やー!」


 「おおぅ! 今のは良かったぞアイリ、お兄ちゃんヒヤッとしたよ」


 「もうお兄ちゃん! 真面目にやるって約束でしょ、そうやってふざけてやってると今日のご飯は抜きにするよ!」


 けれどもこの村の一人の少女は違う。何時かまだ見ぬ世界に飛び出ると、この世界にいる『魔王』を倒すと夢を見ていた。その夢はこの世界では別段特異なものではない。今も何処かにいるとされる魔王の恐怖に、その配下たる魔物達に人々は恐れ暮らしているのだから。


 そしてそれを倒す事の出来る『勇者』。かつて五百年前に前魔王を討伐した存在。今の世にも残るその名声、お伽噺に英雄譚として今も少年少女の羨望の対象。


 何て事はない子供なら誰しも憧れるそれに、その少女も憧れただけだ。今もその夢を叶える為に誠意努力の真っ最中だ。


 ーーアイリと呼ばれた少女は、この村でただ一人しかいない少女。そしてこの村において村人達に絶世の美少女と太鼓判を押されていた。女性の容姿を比較するのは心苦しいが、実際その評価は的を外してはいない。


 腰まで伸びた髪は手に持つ木刀を振るう度に揺れ動き、その金色の髪は太陽の日のもとでも美しく光り輝く程だ。幼い顔立故に可愛いの部類だが、将来は誰しもが振り替える美女へと変わるだろう。


 年の頃は14で、身長も150といったところ。体重とスリーサイズはもちろん秘密。今も目の前に立つ青年に木刀を当てるために、その美しい碧眼で一挙一動を見つめている。


 「それは勘弁してくれ、アイリ。アイリのご飯を食べないとお兄ちゃんは死んでしまうよ」


 「ふーんだ、不真面目なお兄ちゃんに作るご飯なんて無いんだから。ーー隙あり!」


 「残念、アイリの木刀は取られてしまった」


 村のほぼ中央、そこでアイリと青年は木刀による模擬戦ーー稽古をしている。残念なことに彼我の実力は離れている。今もご飯抜きの発言を聞いて慌てている青年に、隙をみたとアイリは木刀を横薙ぎに振るうが、その手元はあら不思議、木刀は忽然と消えて逆に青年は二振りの木刀を手にしていた。


 「ああー! また取られちゃった、もう少し手加減してよお兄ちゃん!」


 「はは。残念なことにお兄ちゃんは不真面目にやってもないし、手加減もきちんとしてるよ」


 奪った木刀をポイッと投げ渡す。元からこの稽古はアイリの為に行われているもの、それ故アイリの気が済むまで終わりではないのだ。


 「おおーとウル選手汚い! 相変わらず汚ーい!」


 「おい糞ウル、アイリちゃん苛めとるんじゃない!」


 「ウッセーぞ、糞ども! 一応俺はお前らの村長だぞ! 言葉直せや!」


 そんな二人の稽古の最中、外野からヤジが飛ぶ。この青年は見た目こそ若いが、この村の村長の役職についている。彼は村人にこそ尊重されてはいるが、それよりもアイリのこの村のアイドル性が強い。


 ーーウルと呼ばれた青年は、成るほど見た目は良い。街や国を歩けば女性が目を惹く容姿をしている。お兄ちゃんと呼ばれている事からアイリの兄妹だと察することが出来るが、その容姿は妹のアイリとは似ている部分が見受けられない。


 髪の色は銀。背丈は180台の高身長、顔立も整っているがただひとつ意見を述べるならその目付きはどうだろう。ーー鷹の目。そう比喩しても可笑しくない程つり上がった目尻、そしてその瞳の色も、碧眼のアイリに対をなす紅。


 イケメンと呼べこそするが、何処か人を威圧してしまう。それがウルという青年のイメージだ。


 「お兄ちゃんも、おじいちゃん達も言葉使いが汚い! 本当にみんなのご飯は抜きにするよ!」


 「「「ご、ごめんなさい!」」」


ヤジを飛ばしていた外野とウルに、アイリの一喝が木霊すし頭を下げる。この村において彼女に嫌われるのは死ぬよりも辛い事なのだ。


 「まぁ、さっきの件は一先ず置いておいて続きをしようかアイリ」


 「全く、お兄ちゃん。もうふざけちゃ駄目だよ」


 言うがいなや、アイリは再びウルへと木刀を振るい始める。今度こそ一泡ふかせようと、あの手この手で攻め立てるが、それは微笑みを浮かべるウルには届くことはない。


 ーー彼女の力ではウルには傷一つ付けることが出来ない。けれども彼女はウルに傷を付けた。だからウルはアイリとの戦いを止めはしない。


 ーーいつか自分を倒してくれる。そう願い、そう信じている。


ーーーーーー


 あれから暫く経ち、アイリは昼食を用意するために稽古を切り上げた。結果は残念なことに一泡ふかせるどころか、終止遊ばれてしまったが。

 村のご飯の支度は全てアイリが執り行っている。朝も昼も夜も、全てアイリが料理している。十数人と言えど、用意するのには時間がかかるが、手間ではない。何よりアイリは皆と食べる事を良しとしているのだ。それに異を唱える者などいない。アイリは一人自宅へと向かい十数人分の料理の支度に取り掛かる。


 「さて、アイリももう14か…。早いものだ、あれほど小さかった彼女が大きくなるのは」


 「無理もありますまい。我らにとって人の成長などそれこそ光の速さと言うもの」


 村の一つの家屋、そこにアイリを除く全ての住人が会していた。そこで先程暴言を吐いていた老人が、ウルへと敬う言葉使いを述べる。


 「全くだ、けれども今は染々思うよ。それがかけがえのないものだったと」


 「……そうですな。我らもまたそう思います」


 十数人が一同に座る円卓において、中央最奥の村長が座るべき椅子にーー彼等の主たるウルが座る。

 一つの空席を除いて他の席は全て埋まっている。残念なことにその席の主は今現在この村にはいないのだから。


 「それで魔王(・・)様。貴方の悲願のために、…いや、今や我らが悲願のためにアイリ殿は勇者へと成られる為に世界に飛び足すのですね」


 「ああ、そうだ」


魔王と呼ばれたその男はーーウルは、その言葉に是と返す。けれどもそれを誰も咎めず、誰も異を唱えない。

 ーー何故ならアイリを除く彼等は全て知っているから。

 

このせかいにはの魔王がいる。世界の争いの根元とされる魔王が。絶大な力を持ち、人を人と思わぬ魔物達の頂点が。それが彼、今はウルと名乗るこの男なのだ。


 そんな人類が忌むべき存在を前に、その存在がそうと分かっていながら彼等は彼に忠誠を誓う。ーーなんて事ない彼等も同じなのだから。


 今は人の形をしてこそいるが、ここに座するは全て彼等の配下にして、それぞれが凡百の魔物達の頂点。世界に魔王の幹部と称される者達なのだから。


 「それで陛下、何故また我らを集めたのですかな? 今更そのような問いを正すために我らを集めた訳ではありますまい」


 「それなんだが…。この中に度しがたい不届き者がいることが判明してな」


 その言葉に部屋の中が騒然となる。当たり前だ、今更悲観の否を言葉に唱える者などいないと思っていたのに、それがいるというのだ。


 お前か、まさか貴方が、各々が隣に座る者、対面に座る者を見渡す中ウルは座る椅子を勢いよく倒し立ち上がる。


 「お前だよ、ジョージ。まさかお前が今更欲に目を眩まして凶行に及ぶとは思わなかったがな」


 「な、何を…。嫌ですな魔王様、この儂があのような事をするなど…」


 「うるせぇ! もう既に証拠は上がってんだよ!」


 ジョージと呼ばれた男は、自らを儂と読んだ男性は、なるほどそう呼ばれてもなんら不可思議ではない。

 齢は人ではないことから考え着かないが、人の容姿に当て嵌めるなら初老に属するだろう。若い頃は精悍な顔立ちと伺える顔立に皺が見え、髪は衰えた人相応の白髪なのだから。


 「ば、馬鹿な…」


 「黙れ間抜け、第一てめぇ初犯じゃねえだろ。今日という今日はマジで許さねぇからな!」


 魔王たるウルの号砲が木霊する。そして、ジョージを除く他の者達も席を立ち、然るべき裁きに備えるが如く怪しく目を光らせる。それは魔王の幹部に相応しき人を恐怖させるものだ。


 罪科の老人だろうが彼等は容赦などしない。首を鳴らし手首を鳴らす魔王の幹部達の中、魔王は罪状を述べる。


 「ーーてめー、またアイリの服盗んだだろ!」


 「ま、待ってくれ! あれはアイリちゃんがいらんというから儂が貰っただけじゃっ!」


 「ふっざけんじゃねぇ! アイリあれが無くなったって心配してたんだからな! また勝手に盗んだんだろ!!」


 罪状、年頃の娘の服を盗む。窃盗犯罪。軽い犯罪と称されるかも知れないこの罪は、この村では遺憾ともしがたい重罪ざ。しかも皆が愛する女の子の服だ。死罪は免れまい。


 「またか糞ジジィ! てめぇーどんだけ懲りてねぇんだっ! しかも言うに事欠いて14歳になって要らなくったアイリちゃんの服だとぉ!! …糞がぁ! 俺も欲しいじゃねぇか!」


 「ふっざけんな! なんだそのうら…、うらや…、けしからん…、羨ましい物をっ! 貴様、死んで詫びて俺によこせ!!」 


 「おいおい、おいおーい! テメーらも随分とふざけてくれちゃってんな馬鹿共っ! 本当ならあれは俺が貰う手筈だったんだぞ!!」


 暴動が狭い部屋で起こる。誰しもが己が欲望を口に出す。ちなみに最後の言葉は魔王のだ。彼女と共に同じ家に住まうウルは、要らなくなった今回の服を貰う(しょぶん)すると約束していたのだから。


 「おおぃ、糞ウル! アイリちゃんとそんな約束できる訳ねぇだーろが!!」


 「できたんですぅー! 俺がどんだけアイリと過ごしてんのか分かってんのか? 今回の約束取り付けるために苦手な料理も頑張ったんだからな!」


 「道理でこの前の料理が糞不味かったわけだ! あれはアイリちゃんが作ってくれたにしては、珍しく不味いなと思ったのに…! テメーかぁ、糞ウル!!」


 「そうだよ、そうに決まってんだろ! アイリの料理が不味い訳ねぇだろ! 傑作だっだぜテメーらが不味い料理を上手い上手い食ってんのはよ!

 つーかテメーらきちんと敬えや! さっきまではちゃんとしてただろうがっ!」


 「「「うるせぇ! 駄魔王っ!!」」」


 ぶちんと、そんななにかが切れる音がウルから聞こえた。


 「ほ、ほほぅ、そーか…。そこまで死にたいか貴様ら、良いだろうこの魔王の力存分に味わうがいい…!」


 「はっ! 何言ってくれてんのこの駄魔王様? テメーこそ、俺らが楽しみにしてるアイリちゃんの手料理を糞不味いもんにしてくれたお礼、きちっとしてやんよぉ!」


 「全くじゃ。そこまで耄碌するとはとんだ魔王様よのぉ。儂が手に入れた至宝は何人にも渡さんわ!」


 「うるせぇ! エロジジィ、テメーが一番ボケたこと言ってんじゃねーか! その至宝は貴様亡き者にしたこの俺が頂く!!」


 『俺のだ!』 『俺の!』


 口々に己が欲望を口にする魔王とその幹部。その至宝は誰にも譲れず、己が手中に収めたい一品。例え弑逆しても得たいのだ。


 全ての目がギラギラと怪しく中、魔王により開戦の火蓋はきって落とされた。


 「上等だ、テメーら! 今こそ魔王の真の力見せてやるっ! アイリの服は誰にも渡さねぇ!!」


 「「「ウォーーー!!」」」


 魔王とその幹部による大乱闘。勝者が得られるのは至高の一品、故に友と仲間、主であろうが容赦はしない。

 自らの真の姿を、仮初めのである人の姿が音を立てて変わり、部屋全体に膨大な魔力が渦となり、その壁を揺らし、窓に亀裂を生じさせる。


 今ここに空前絶後の激戦が…。


 「ーーご飯できたよー!」


 「「「今行きまーす!!!」」」


 起こらなかった。


 


 

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