神社内探索 1
ユーリスとの話もひと段落したので、神社を案内してもらうことにした。
私はこれからここで生活することになるのだが、あまりにも広いのと神社については詳しくないので、どんな場所があるのかよく分からないのだ。
日本の神話などについては大学で研究していたのでそれなりに自信があるのだが、そちらは専門外である。
まあ、ユーリスによると、
「似せたのは外装だけで、中身はほぼ別物になっているとのことですが」
らしいので、知っていてもあまり意味はなかったのかもしれないが。
とは言え軽くなら知っているし、神社と呼ぶからには最低限の構造は踏襲していると思われる。
「私が知っているのは拝殿、幣殿、本殿くらいなものだけど、そこも違うの?」
「違いますね」
「え? それって神社と言えるの?」
拝殿は一番外、御賽銭箱がある建物だ。本殿は拝殿の奥にあり、神霊が宿るとされる御神体が納められている。幣殿は本殿と拝殿を繋ぐ建物だ。
これが神社建築の基本であるため、ここを変えたら神社ではなくなるような。
ユーリスは苦笑を浮かべて口を開く。
「神である白穂様がいらっしゃる社なので、形式はどうあれ神社と呼べるのではないでしょうか」
納得である。
見事に物事の本質を捉えた言葉だった。
「それに、手を加えられたのはその程度ではありませんよ。先ほどいた部屋は書院造、別の部屋は唐様、客室は寝殿造。神社建築の様式は大幅に変えられています。そのままの部分がないんです」
「技術のごった煮だね」
感心したような、呆れたような。
一つの建物にそれだけの要素を取り入れた玉藻御前様を思い浮かべて苦笑する。悪戯をする子供のような楽しげな笑顔がありありと浮かんできたのだ。
ユーリスの案内に従い、神社の中を歩いていく。キィ、キィと、一歩を踏み出すごとに澄んだ音が響いた。
「鶯張りかな?」
「はい、その通りです」
二条城などの城郭建築に見られる様式の一つで、元は襲撃に備えて歩くと同時に音を鳴らす仕組みのことだ。
当然、曲がりなりにも神である私に暗殺など意味はないので、単なる装飾の一つであるが、この涼しげな音は嫌いではない。若干テンションが上がった。
「お気に召したようで」
「うん、この音は好きかな」
和室に挟まれた木の廊下をしばら進むと、大きな扉があった。近づくと、ゆっくりと開いていく。
「ここから先は神社としての場になります」
ユーリスが静かに告げる。
開いた扉からは、冷気というか……ひんやりとした厳かな空気が流れ込んでくるのが分かる。それは、言うなれば神気。神としては末席を汚す身である私などよりもはるかに高位の気品。
「玉藻御前様の、かな」
「創造の御技の残り香、ですね」
玉藻御前様と縁のある私にとっては寧ろ心地よい空気。
だが、ユーリス……魂の階梯が劣る存在にとっては、圧迫を感じるようだった。涼しげな表情とは裏腹に、こめかみには汗が伝っている。
(うーん。私も一応神なわけだし、神気の残り香くらいならどうにかできないかな?)
これでも、自前の神気の扱いくらいは心得ている。おそらくは神化の儀式のときに与えられたのだろうが、最低限の知識はあるのだ。
そして、最上位と最下位という圧倒的な力量差こそあれど、同じ狐神の系譜である白狐の因子を引き継ぐ私は、玉藻御前様の神気に対する親和性が高い。
「フゥーー」
大きく息を吐き、吸う。
集中して、己の中にあるソレを探り当てた。
「稲葉白穂の名において命ずーー場の調和を保て」
それは、私の権能の一つである【調和】の発動。【在るべき姿へと戻す】という効果を持つこの能力は、神気という不純物の混じった空気を純粋な形へと変化させる。
即ち……ただただ、清浄なソレへと。
権能発動の光が収まると、ユーリスが驚いた表情でこちらを見ていた。
「……どうかした?」
「い、いえ」
取り繕ったように前へと進むユーリスに首を傾げながら、後に続き、神社エリアへと足を踏み入れた。
二つの建物を結ぶ、渡り廊下のようになっている場所を通り、小さな別館へと入った。
「ここは神社の本殿です。……まあ、祭るべき白穂様にずっといてもらうわけにはいきませんので、置いてあるのは別のものですが」
「確かに、軟禁状態は嫌だなぁ」
江戸時代くらいまでは生き神などという慣習もあったそうなので、正直他人事ではない。そういう世界ではなかったことに感謝だ。
本殿の中には、木張りの床の上に一枚の姿見が立てられていた。磨き抜かれた銀鏡で、背面は黒くなっている。
「うん?」
何故か、その鏡には見覚えがあった。
「あれ、これって……」
そして、私がその鏡を覗き込んだ瞬間だった。
突然鏡面が光を発し、視界が白く染まった。