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ユーリス

神社に関する話が出ますが、作者に正確な知識はありません。あくまで想像の話ですのでご注意を。

 一瞬の浮遊感ののち、足が地面につくのを感じる。

 ゆっくりと目を開くと、目に飛び込んできたのはまさに別世界だった。

 目の前に広がるのは広大な湖。水は底がはっきりと見えるほど澄んでいて、水面は穏やかに凪いでいる。日差しは柔らかで心地よい。足元からは瑞々しい色の草が生え、まるで絵画の中に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥った。

 目の前の光景に見惚れていると、背後から声が聞こえた。


「白穂様ですか?」

「――ん?」


 振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。

 端正な顔立ち、身長はやや低め。艶やかな黒い髪を背後で束ね、白い道着と朱色の袴、つまりは巫女装束を身にまとっている。涼しげな眼差しが、清楚な雰囲気によく映えていた。


「ええ、確かに私は白穂ですが……」

「お待ちしておりました、白穂様。玉藻様から話は伺っております。どうぞこちらへ」


 女性は惚れ惚れするほどきれいな会釈をすると、こちらに背を向けて歩き出した。とりあえず、よく分からないけれど、玉藻御前様の名前が出たということは付いていくのが正解なのだと思う。

 光が浮き出るほどに美しい髪を背後から眺めながら、白くなってしまった髪を弄んだ。

 何と言うか……姿見で確認したから、今の姿が十分に美しいことは承知している。だが、大和撫子を絵に描いたような彼女の姿を見ていると羨ましいという気持ちになってくる。

 私だって元は日本人だもの。やはり癖のない黒髪というのは憧れる。


「どうかなさいましたか?」


 視線を感じたのだろうか。前を行く女性が不思議そうにこちらを見ていた。


「あ、いえ、何でも」


 慌てて手を振って否定する。


「……ただ、綺麗な髪だなと思っていただけです」

「え」


 女性が変な声を出した。

 どうしたんだろうと思っていると、だんだんと頬が朱色に染まっていく。


「あ、その、……ありがとうございます」

「……あ、そうか」


 今の私は神の一柱なのだ。玉藻御前様に話を聞いているということは、彼女もそれを知っているのだろう。なりたてほやほや、神としての知識も常識もほとんどない私だが、そんなことは彼女は知らない。彼女からすれば圧倒的上位の存在である神からお褒めの言葉をいただいている状況なのだ。

 ……うん、落ち着かないね。

 そんな言葉で済ませていいのか分からないほど混乱するだろうね。

 かといって、謝罪するのも逆効果。

 苦笑いを浮かべて先を促すに留めておく。女性は一礼すると先に進んだ。


 歩き始めて数分。林を抜けた先には、大きな神社が建っていた。

 女性はこちらを振り返ると、


「ここが白穂様の生活の場となります。手狭かとは存じますが、ご容赦ください」

「……は? 手狭?」


 思わず顔を見つめてしまった。

 女性の表情には、どこにも冗談を言っている様子はない。本気でこの神社では手狭だと思っているのだろう。

 ……マジか。神様スケール半端ないわ。

 女性が示した神社は、敷地面積でいえば東京ドームほどもある。庭も含めればその倍だ。

 見上げるほどもある木造で、最近造られたばかりのようにも感じるが……

 聞いてみると返答は、


「はい。先ほど玉藻様がお創りになりました」


 おぉう。

 流石は最高位の狐神様。


「では白穂様、これからよろしくお願いいたします」


 なんか頭を下げられた。

 え? 何?


「……玉藻様から聞いておりませんか?」

「あ、声に出てました?」

「はい」


 あらら。

 まあ、聞いていないのは事実なので頷く。


「……とりあえず中へどうぞ。説明は座ってさせていただきたいと存じます」

「分かりました」


 脇にある小さな入り口から中に入る。開け放たれた正面は、神事などのときに姿を見せたり、奉納舞を見たりするためのものらしく、そこを通って中外の移動はないのだとか。

 よく分からんね。

 けれど、作法なんてそんなものだろう。意味はあるのだろうが、それが理解されることは少ない。

 しばらく奥へと進み、右手にある和室に入る。仄かない草の香りが鼻孔をくすぐった。


「ここは?」

「今後、白穂様に生活していただく場になります。本来神社とは、神を祀る場であって人が住むところではありませんので、少々様式を変更なさったと聞いております」

「なるほど」


 私は日本人らしく、宗教に対する関心は薄い。神社なんて初詣の時くらいしか行かなかったし、ましてや中になど入ったことはない。様式が違うなんて言われてもよく分からない。

 まあ、生活環境は良さそうなのでまったく問題なしである。

 女性は三つ指をついて頭を下げ、唖然とする私に向かい口を開く。


「それでは……まずは自己紹介させていただきますね。わたしはユーリスと申します。この世界の精霊たちを束ね、不肖の身でありますが、これまで神々に代わり霊脈の維持をさせていただいておりました。以後は白穂様の世話係を命じられております。何卒、よろしくお願い申し上げます」


 ……えーと。

 とりあえず、整理しよう。


「精霊たちを束ね……って、精霊王ってこと?」

「はい」

「それで、これからは私の世話係を?」

「そうなります」


 予想外の言葉に敬語が崩れていたが、全く気にすることなく肯定が返ってくる。というか敬語を使っていた時よりも強張りがないような。


「あ、もしかして、敬語は止めたほうがいい?」

「そうですね、そうしていただけると助かります」


 まあそうだよね。

 圧倒的目上の相手にかしこまられるとやり辛いよね。


「うん、分かった。じゃあ、これからはこれで」


 そんな会話をしながら、頭の中を整理する。

 精霊王が世話係。全く実感などないが、今の私が神の一柱であることを考えればそうおかしなことでもないのだろう。玉藻御前様だって、空狐に世話されてたし。

 何はともあれ。


「これから、よろしくね」

「はい。よろしくお願いいたします」


 私たちは視線を合わせ、微笑みを交わしたのだった。

まだ説明回。

もう少し平坦な話が続きます。

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