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はじまり 2

「それで……神となった後の話をしたいのですが」


 空狐の言葉に玉藻御前は慌てたように話を進めた。


「そ、そうじゃの」

「そうですね」


 ……そういえばそっちが本題だったっけ。照れる玉藻御前様が可愛かったから忘れてたよ。


「この後、妾とお主に流れる白狐の血の縁を利用して儀式を行い、お主に神格を授けることになる。じゃが、幾つか注意点があっての」

「注意点、ですか」


 よく分からないが、死んでるのに今更じゃないのかな?

 首を傾げる私に、玉藻御前様は言い辛そうにしながら言葉を続けた。


「魂そのものを変質させるのでな……外見はもちろん、精神的な部分にも影響があると思われるのじゃ。そして、神とはいえ、言い方は悪いが急造品じゃから、英霊クラス……英雄や勇者などと呼ばれる輩の中にはお主を傷付けることができる者もおるやもしれぬ。申し訳ないのじゃ」


 ……えーと?


「それのどこに問題が?」

「む?」


 そう問い返せば、玉藻御前様は何を言っているのかわからない、という表情をした。


「精神的にも変化があるというのは当然というか、そもそも一度死んでるので……。そして、後の方はなおさら問題ないです」


 勇者や英雄で傷付けられるかも・・ってなにさ? 人は普通、超常の存在と敵対すれば死ぬものですよ?

 ……あぁ、私はこれからそれよりさらに超常の存在になるのか。

 実感湧かないねぇ……。


「それで、私の役割というのは?」


 話題が仕事的なものになったせいか、空狐が説明を引き継いだ。


「ある世界の霊脈を安定させることです。ですが、これは調和の権能を持つ神が然るべき場所に存在しさえすれば良いので、実質的には指定された場所で暮らしていただくことですね」

「……それだけ?」

「それだけです」


 なんと。


「霊脈の乱れはこちらの不手際じゃからの……住む場所なども用意させてもらう。神社でよいかの?」

「あ、ハイ」

「管理はどうしたものか……」

「ユーリスにやってもらいましょう」

「それがよいか」


 とんとん拍子で話が進み、私の口を挟む余地はない。よく分からないうちに、引きこもって生活するだけの簡単なお仕事が舞い込んできたようです。しかも管理とか言ってるから、本当に住むだけ。

 ……そんなのでいいのかな? なんか、まじめに働いている皆さんに申し訳ないんだけど。


「というわけですので、白穂様。よろしくお願いします」

「あ、ハイ。分かりました」


 よろしくもなにも……すごい好待遇じゃないかな?

 断ったら罰が当たりそうだよ。

 私がうなずくと、玉藻御前様は満足そうに笑ってから表情を真剣なものへと変えた。自然、場に緊張が満ちる。


「では早速、儀式に移ろうかの」


 玉藻御前様がそう告げた次の瞬間、場が一変した。

 先ほどとは違い円形の部屋で、かなり広い。床は大理石だろうか、白く磨かれた石で覆われている。部屋の中央には一段低くなった部分があり、そこでは太い木が組まれ、紫の炎が揺らめいていた。


「稲葉白穂。これよりお主は、神へと昇華する。心の準備はよいか?」


 先ほどまでの話しやすい雰囲気を一変させ、平伏したくなるような威厳を放つ玉藻御前様。その視線を受け、私はぎこちなくうなずいた。

 ……どうせ、もう後戻りはできないのだ。

 ここまで来てしまったら、私の意思など関係なく事態は進んでいく。

 覚悟、というよりも諦めに近いのだろうが、少なくとも私は現実を受け入れていた。


「では、儀式を始める。空狐!」

「はい」


 空狐の先導に従い、炎の前に腰を下ろす。

 背後から白い着物を着せられると、体が軽くなった気がした。


「炎を見つめていてください」


 言われた通り、紫の炎に視線を向ける。

 ゆらりゆらりと、踊る炎。

 それは、私の中にある何かを刺激していた。


「最上位の狐神、玉藻御前の名において命じる――――」


 その声を聴きながら、私の意識はゆっくりと闇に落ちていった。




   ◇ ◆ ◇




 目を開けると、場は元の状態へと戻っていた。時代劇の謁見の間のような部屋だ。


「目が覚めたかの」

「は……はい」


 玉藻御前様の声に何度かまばたきをし、ぎこちなく頷く。


「しかし……見事に変わったのう」


 呆れたような、楽しそうな……微妙な表情の玉藻御前様が「姿見じゃ」と、私の目前に鏡を生み出す。

 そこに映った自分の姿を見て、思わず変な声が出てしまった。


「へ!? これが私!?」


 玉藻御前様が「気持ちは分かるぞ」と頷くのを傍目に体のあちこちを触って確かめる。結局、事実だということしか分からなかったが。

 今の私の姿だが、とにかく白い。その一言に尽きる。

 雪のように白い髪。瞳は赤く輝き、肌は抜けるような白さにほんのりと朱を滲ませている。狐神の証である耳と尾は髪と同じ白。

 更に、服も着物へと変化していた。

 白い布に銀の刺繍が施されたそれは、前世では見たこともないほど見事な一品だった。


「流石、白狐様の血を引くお方ですね」

「そうじゃのう」


 ほう、と感嘆の息を吐きながら話す二人には、どこか懐かしんでいるような雰囲気がある。

 まるで白穂を通して、別の誰か――話に出ていた白狐だろうか。その面影を見ているようだ。


「さて、白穂。これでお主は神の一柱となった」

「はい」


 玉藻御前様の言葉にうなずきを返す。

 事前に言われた通り、つい先ほど前までとはずいぶんと感覚が変わっていた。目の前に座っている玉藻御前様。先ほどまでは、その姿を見るだけでひれ伏したくなるような圧迫感を感じていたのだが、今はそれほど緊張しなくとも相対できるようになっている。

 それだけではない。

 私はあの世界で死亡し、魂だけの状態でここにいた。おかげで夢のような現実感のなさを感じていたのだが、今ではこの状態が自然なものだと思える。肉体と魂が二元的に存在するのではなく、格の高い魂そのものが肉体として具現化した状態。自己の本質が世界に接続された状態ともいえる。それは、途方もないほどの解放感と全能感をもたらしていた。


「すでに力が馴染んでおるか……それでいて、その感覚に支配されることなく制御しておる。見事の一言じゃ。お主ならば大丈夫じゃろうな」

「ありがとうございます」


 軽く頭を下げる。

 確かに、解放感と全能感はある。

 だが、それに飲まれることはない。

 こんなものは、ただ在り方が違うだけだからだ。むしろ、その存在が変質したからこそ、目の前にいる二柱の神の格の違いがよく分かる。

 これでは勘違いのしようがないだろう。

 

「では……行ってもらおうかの」


 玉藻御前様が寂しそうな顔をする。

 そうだった。私の仕事は、異世界で生活することだ。ここにはいられない。


「むう……やはり、もうしばらく居らぬか? 霊脈なんぞ百年かそこら放っておいてもよいじゃろう」

「駄目です。ユーリスを泣かせる気ですか」

「むぅう……」


 変なところで子どもっぽい玉藻御前様に笑いかけると、ゆっくりと口を開いた。


「何時でも呼んでください。私も、また玉藻御前様に会いたいです」

「ほら、白穂様もこう言っていますから。また来てもらいましょう」


 玉藻御前様に会いたいのは本当だ。

 私の中に流れる白狐の血の縁によって神となった私は、玉藻御前様と浅からぬ関係にあるといえる。知人友人などというのとはまた違う、魂間で紡がれた縁だ。


「……呼んだら来るのじゃぞ」


 不貞腐れたような玉藻御前様に笑みを浮かべてうなずく。くすくすと笑う空狐に促され、玉藻御前様が神力を練り上げた。


「では、の」

「また来てください」


「はい!」


 力強くうなずきを返すと、体を何かが包むのが分かる。







 次の瞬間、私は別の世界にいた。

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