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はじまり 1

 輪廻転生。

 人は死ぬと魂となり、天に召され、新たな生を受けるという意味の仏教用語だ。

 本気で信じている人がどれだけいるのかは知らないけれど、とにかく今、私は声高に叫びたい。


 ーーーー何この状況!?


 よ、よし、一先ず落ち着け。深呼吸だ、すーはーすーはー。

 落ち着いた? それではもう一度思い返してみよう。


 大学を卒業して就職、事務員として働くという特筆するようなことはない平凡な人生を歩んできた私だが、先ほど病院で死んだ。

 死因は病死。文系だったから医者の説明を聞いてもよく理解できてはいなかったが、とにかく二週間ほどの入院ののちに死亡した。


 そして、次に目を覚ましたのがこの場所だ。

 広い部屋、床には畳が敷き詰められ、正面は一段高くなっている。一言で言えば時代劇で見るようなお城の謁見の間を数倍豪華にしたような場所だ。

 私はそこで、狐の耳と尻尾を生やした美女・美少女たちに囲まれていた。


 ……うん、意味が分からんね。


「まずは歓迎しようかの。よぅ来た、新入り」

「ひ、ひゃいっ」


 正面に座る女性が口を開く。鈴を転がしたよう、とでも言えば良いのだろうか。聞き惚れてしまうほど美しい声だ。

 しかし、外見はその比ではない。

 黄金色の髪に白い肌。身に纏う十二単から覗く手足は細く滑らかで、ふさりとした耳と尻尾は冷たくすら感じられる美しさに可愛らしさを加えている。

 絶世の美女、そんな言葉が生温く思えてくるような、完成された……いや。どこか親しみを感じさせる不完全ささえもが計算され生み出されている、究極の美。


「そう緊張せずともよい。妾は玉藻御前。ここの長じゃ」


 聞き覚えのある名に、目を見開いた。

 玉藻御前。

 日本や中国の神話に現れる狐の妖怪で、無類の美しさを誇るという。またその容姿で権力者に取り入り暴虐の限りを尽くしたとも言われている。

 そして……妖狐のなかでも最上位の力を持つとされる、九尾でもある。


 つまり、ここにいる狐神たちの頂点だ。


 ゴクリ、と唾を飲み込む私を見て、玉藻御前はカラカラと笑った。


「妾のことを知っておるのか。勤勉じゃの」

「玉藻御前……様のお名前は、有名ですから」


 こ、言葉遣いとかいいよね?

 怒られて八つ裂きとかないよね?


 怯える私を見て、玉藻御前は拗ねたように言う。


「そんなに怖がらなくともよい。やんちゃはやめた身じゃ」

「ふふ。玉藻様が最後に下界に降りたのは殺生石の件の時ですからね。仕方のないことでは?」

「む。それを言われると反論できんの……」


 殺生石……たしか、天皇に取り入った後に妖狐であることがバレたのだが、それを討伐した後に残った呪いの石だ。近づく者は皆、毒に身を侵され命を落としたという。


「しかしの、空狐。その件はすでに終わったことなのじゃが」

「ええ、玉藻様が謹慎なさったことも十分に反省なさったことも、私たちは知っていますよ。ですが、彼女たち下界の者は違いますから」

「面倒じゃのう……」


 空狐と呼ばれた無尾の美少女は玉藻御前の様子を見てくすりと笑うと私に向き直った。

 というか、空狐って……三千年以上の永きを生きた狐がなると言われる無尾の大神狐。通常は引退した御先稲荷がなる。

 つまりは先代稲荷神。

 発言力は玉藻御前よりも上かもしれない。


「お待たせして申し訳ありません。早速ですが、貴女を招いた理由を説明しますね」

「は、はい」


 ここからが本題か。

 緊張で顔を強張らせる私に、空狐は柔らかな笑みを向ける。


「玉藻様ではありませんが、そんなに緊張する必要はありませんよ。まあ、気持ちは分かりますが……。では本題です。貴女はこの時をもって神格を得て神となります。権能は調和と豊穣。役目は、とある世界の霊脈の安定を守ることです」

「……は?」


 ゴメンナサイもう一度お願いします……そう言う前に、空狐は続けて口を開いた。


「つまり、神になるので役目を果たしてください、ということです♪」


 ……へー、ふーん。

 神になるんだって、すごいねー。


 はぁぁぁぁあああああああぁぁああっ!!!!?


「理解できない、という顔をしておるの」


 顎を落とした状態で固まっていると、玉藻御前が堪えきれない、といった様子で笑う。

 なんどもカクカクと頷くと、簡単にだが追加説明をしてくれた。


「そもそも、人の魂というのは輪廻により何度も使徒性を繰り返すのじゃ。それにより魂は成長し、格を高めていく。その成長速度は遅々としたものでの、それというのも輪廻の輪に流れるときに一度分解、洗浄されてしまうからなのじゃが……不純物を取り除くための措置じゃ。負の感情ほど残留しやすいからの、仕方あるまい。

 そうして一定以上の格を得た魂は英霊となり、霊界にて自我を得る。歴史に名を残すような人物は大抵英霊じゃの。

 その上が神霊……付喪神や土地神、つまり実体を持たぬ神じゃ。英霊と神霊の間には大きな差が存在し、基本的に新たな神霊が生まれることはない。

 じゃがその逆はあっての。

 白狐という存在を知っておるかの?」

「確か……陰陽師、安倍晴明の母……」

「おお、その通りじゃ」


 おぼろげな知識を辿り返事をすると、玉藻御前は嬉しそうに破顔する。


「あやつは妾の系統の神霊での。人の身で英霊の域へと足を踏み入れた人間と恋に落ち、神格を捨てたのじゃ。……じゃが、如何に神格を失ったと言えど妾の血を引く狐神の系譜。魂の格は依然として高いままじゃった。そしてその血は巡り、お主へと引き継がれたのじゃ」

「……私に?」

「そうじゃ」


 はっきりと頷かれてしまった。


「そして妾とお主の縁は紡がれたのじゃ。そのつながりを辿ってお主の魂を引き寄せ、神へと昇華させたというのがここまでの経緯じゃ。何か聞きたいことはあるかの?」

「ええと……つまり、私は玉藻御前様に呼ばれたと思えばいいのですか?」

「うむ!」


 ……うん、私に拒否権がないというのはよく分かった。


「それで、なぜそんなことを?」

「理由か。……お主の魂の格は随分と高いものになっておっての。輪廻をもう二つ三つ回れば英霊になっておったじゃろう。そうなっておれば、無理をせずともここに呼べた。じゃが……それでは、の」


 不自然に言葉を区切る玉藻御前。そんな彼女を微笑ましく見つめながら、空狐が口を開いた。


「玉藻様は、白狐様が下界へと降りたときにとても寂しがっていらっしゃいましたから。その血を引く貴女が神格を得るのを楽しみにしていたのです。……それはもう、僅か二、三百年の間も待てぬほどに」

「……まあ、そういうことじゃ」


 ええと、要するに……


「早く会いたかった、と……?」

「う、うむ」


 頬にわずかな朱を滲ませつつ頷く玉藻御前様を見て、私は自然と笑みを浮かべていた。

 小さく息を飲む二人を見ながら、ゆっくりと頭を下げる。告げるべき言葉は、勝手に頭に浮かんできた。


「遅くなりましたが……白狐の血を引いております、稲葉白穂いなばしらほと申します。お初にお目にかかります……玉藻御前様」


 玉藻御前は少しの沈黙の後、


「うむ……よう来た!」


 満面の笑みで、そう言ったのだった。

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