「穏やかな時間 」
俺達が波才の軍勢を破ってから数日が立った。
黄巾賊達は、未だ各地で戦を行っているようだ。俺達は、黄巾賊の奴等にメチャメチャにされた街の再建に力を入れていた。とは言っても、内政に関してはほとんど諸葛亮に任せている。関羽も張飛も波才軍との戦の後、諸葛亮のことを認めてくれた。
そして俺は山の様に積み上げられた書簡に嫌気がさし、気分転換に街に出てきていた。
「はぁ~。まさか関羽があれ程までとは…………」
関羽は、四六時中俺の側にいる。俺を心配してくれるのはうれしいが、たまには一人になりたい時もある。――ってことで、今日は関羽の目を盗み、抜け出してきたのだ。
「おっ! おっちゃんの所はもう店を再開したのかい!?」
「おかげさまでね! ……そうだ。ちょっと待ってて下さい!」
そう言うとおっちゃんは店に入って、手に肉まんの入った袋を抱えてきた。
「はいよ!」
「え!? いいの!?」
「気にしないでいいよ。いつもお世話になってるのはこっちなんだから」
「ありがとう」
こんな感じのやり取りさえ関羽がいると、もっと威厳を持って下さいとか、歩きながら食べるのは行儀が悪いとかって注意してくる。でも、怒った顔の関羽も、実はすっごく可愛かったりするから側にいても良いかなって思う時もある。
「あっ! やっと見つけましたよ!!」
家の陰から姿を表した関羽は、お説教モードの表情で近付いてきた。
「この様な場所で何をしているのですか?」
「あ、いや。ちょっと息抜きに……」
恐ろしい。関羽の目が真っ直ぐ見れない。
「兄者はわかっているのですか!? 一人で出歩いたりして、賊にでも襲われたらどうするのです!?」
くっ! こういう時の関羽のお説教はとにかく長い。ここは奥の手を使うしかない様だな。
「関羽。そんなに怒ると可愛い顔が台無しだぞ」
「な!?」
関羽は今まで戦場で戦ってきたせいか、こういった言葉に慣れていないらしく、顔を真っ赤にして黙ってしまう。
「はい。笑って!」
俺は自分の両方の頬を摘み、びろ~んっと伸ばした。
「兄者! そんなみっともない……みっとも……ぷっ、あははははは」
怒った関羽も良いけど、やっぱり笑ってる方が俺は好きだ。
「関羽も少しは休まないとだめだぞ。――って訳で、今日は城外に行こう」
俺は関羽の手を引いて場外にある森に行った。
森の中は、木々の隙間からこぼれる日の光が照らし、さわさわと優しい風が頬を撫でた。
「良い気持ちだな~」
俺は伸びをしながら、隣を歩いている関羽に話しかけた。
「そうですね~…………って、こんなところを襲われでもしたらどうするのです!?」
「まぁ、その時は関羽が守ってくれるから安心だよ」
俺は、関羽の方を向いて笑った。関羽はどこか恥ずかしそうに俺からサッと視線を外した。
そうして、静かな時間を満喫していると、森の奥から女性の悲鳴のような声が聞こえた。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
「!? ……関羽!!」
「はい!!」
俺達は声のした方に向かって走って行った。そこには、黄巾賊の輩に追われている女の子の姿があった。すぐさま俺達は女の子と黄巾賊との間に割って入った。
「何だ、お前らは!? 邪魔するとぶっ殺すぞ!!」
黄巾賊の輩が関羽に刀を突きつけた。
「貴様ら、命は惜しくないようだな。兄者!」
関羽は俺に視線を送った。俺はこくりと小さく頷いた。そして俺は自分の体で女の子の視界を塞いだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
勝負は一瞬でついた。関羽の側には、黄巾賊達の屍が転がっていた。
俺達はひとまず女の子を連れて場所を移動すると、事情を話してもらった。
「君は何で黄巾賊に追われていたの?」
すると女の子は俺の目をじっと見つめた後、話を始めた。
「私は、長沙の太守 孫堅の娘、性を孫、名を権、字を仲謀と言います」
「はい!?」
いきなりで変な声を上げてしまった。孫権って、いずれ呉の初代皇帝になる人物じゃないか!? それが何でこんな所にいるんだ?
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもないよ。話を続けて」
「私は数日前、父上、兄上と一緒に黄巾賊の討伐をするためにこの地に遠征してきましたが、黄巾軍との初戦、私が父上、兄上が側にいると思い油断してしまい、黄巾軍に捕らえられてしまったのです。そして、捕まった私は何とか監視の目を盗み逃げ出したまではよかったのですが、すぐに逃げ出したことがばれてしまい先ほどの輩に追いかけられている所を、あなた方に助けて頂いたのです」
なるほどね。要するに人質に逃げられた監視の兵が、罰を恐れて必死で取り返しに来たって訳か。
「それで君の仲間はどこにいるかわかる?」
「はい。父上達は、此所より北に数里行った場所に陣をはっているはずです。それから……」
言葉を詰まらせた孫権は、恥ずかしそうにして少し赤くなりながら俺に言った。
「……わ、私のことは仲謀と呼んで下さい」
「字で呼んでいいの?」
「貴方は命の恩人です。私は構いません」
「じゃあ、俺の事も木葉で良いよ」
俺と仲謀の会話を側で聞いていた関羽は、何か気に入らない事があったのか、俺と視線が合うとぷいっと視線をそらした。関羽のそんな態度も気になったが、今は仲謀を仲間の元に返してあげることが先決だ。
「関羽! すぐに馬を連れて来てくれ」
「馬ですか? わかりました。少々お待ち下さい」
関羽はすぐ様、馬を探しにいった。
「木葉? 馬など連れて来てどうするのだ?」
「これから仲謀を仲間の所まで送ってあげるんだよ」
俺の言葉に仲謀は目を丸くして驚いていた。
「……お、お前は小さいとはいえ、当主の身。それなのに軽率ではないか!?」
俺はぽんっと仲謀の頭に手を乗っけると、優しく仲謀の髪を撫でた。
「大丈夫。俺が仲謀を送ってあげたいんだ。まぁ、軽率ってのは関羽にいつも言われているけどね。それに関羽が一緒なら敵に襲われても大丈夫。かなり強いから」
「…………ぷっ、あはははは!!」
俺の話が終わると仲謀はお腹を抱えて笑い出した。
「何もそんなに笑うことないと思うけどな」
「ごめん、ごめん。だってあまりにも木葉が……あはははは!」
さっきまで俺や関羽に警戒して表情を強張らせていた仲謀の笑顔が見れて俺はほっとしていた。
その後も仲謀とたわいもない話しをしていると、馬の嘶き(いななき)とともに関羽が戻って来た。
「兄者、馬を連れて来ましたが、あいにく二頭しか手配出来ませんでした」
「別に構わないよ。ありがとう、関羽」
そう言うと、俺はひらりと馬に乗った。
最初はうまく乗る事が出来なかったが、いつの間にか馬に乗る事にも慣れてしまった。
そして、俺は馬の上から仲謀に向かって手を伸ばした。
「ほら、早くおいでよ」
それを見た関羽が俺に向かって言った。
「な!? 兄者は何をしようとしているのです!」
「何って、仲謀を馬に乗せてあげようとしただけだけど?」
「兄者はもっとご自分の身を大事にして下さい。もし、その孫権が兄者を殺そうとする刺客だったらどうするのですか!?」
関羽の言いたい事はわかるけど、ちょっと心配のしすぎだと思う。まぁ、これが関羽の良いところでもあるから仕方ないか。
「じゃあ、関羽が俺と一緒に乗るか?」
俺は結果の予想出来る質問を関羽にした。そして、関羽の反応は俺の予想通りのものが返ってきた。
「わわわ、私が兄者となど、と、とんでもない!?」
案の定、関羽は顔を真っ赤にして動揺していた。
「ほらな。そんな状態で俺を守れるのか? それにいざって時、関羽も一人の方が動き易いだろう?」
「し、しかし……」
「大丈夫だって。仲謀は刺客何かじゃないよ。もし、本当に刺客だったら、関羽がいない間に俺を殺すと思うけどな」
「……わ、わかりました。兄者がそれほどまで言うのでしたら」
関羽は渋々了承をしてくれたが、俺には関羽が刺客とは別の事で意見を言ってきた様にも感じた。