「出会い〜義兄妹の契り〜」
俺は全力で街に向かって走った。心臓が早鐘のように鼓動を鳴し、限界を報せる様に身体には痛みが走った。しかし、彼女の危険を思えば我慢出来た。
暫く走り続けていると、街の入り口についた。そして、そのままの勢いで街の中に飛び込むと、そこはまるで地獄絵の様だった。民家は焼かれ、人の死体が辺りに無数転がっていた。
「ひ、ひでぇ……これを全部、俺を襲った奴等の仲間がやったのか?」
目の前に広がっている光景にショックを受けていると、民家の裏側から声が聞こえた。俺はそっと、民家の影から覗きこんだ。
そこには、弱々しく助けを求める小さな子供と、その子に向かって刀を突き立ている男の姿があった。
「まだ、ガキが残っていたのか。しかし、いくらガキとは言え、大賢良師 張角様の教えを受け入れない者は、死ねしかない」
男は今にも少女に向かって刀を振り下ろそうとしていた。俺は無我夢中で近くに落ちていた刀を拾い、飛び出した。
「待て!」
俺の声に男はゆっくりと顔をこちらに向け、にたりと笑った。
「なんだ、お前は? まさか、俺様と殺ろうってのか?」
「そ、その子から離れろ!!」
俺は今、自分の中にある勇気を全て振り絞った。しかし、真剣での戦いは、先ほどのと合わせてもまだ2回目。俺の手足は、ぶるぶると小さく震えていた。それを見た男は声を上げて笑った。
「どうした? 手足が震えてるぞ?」
「うるさい! こ、これは武者震いだ!」
男は有利を確信すると、笑いながら向かってきた。力強く振り下ろされた刀を真面に受けてしまえば、俺と男の体格差から見ても、圧倒的に不利だと思った俺は、真面に受けず衝撃を流す様にして男の攻撃をさばいた。だがそれも先ほどと同様に真剣に慣れていない俺と、毎日振り回しているであろう男の差が出始めた。そして次の瞬間、男は俺の隙をつき、刀を弾き飛ばした。しかし、男は俺にとどめを刺しにこず、無防備の俺に対して信じられない言葉を言ってきた。
「お前、見所があるぞ。どうだ? 俺達の仲間にならないか?」
俺は男の言っていることを聞き、自分の耳を疑った。今の今まで自分を殺そうとしてた奴の言葉なんか信じらる訳ないだろ。だが、心のどこかでは、それで命が助かるならと思っている自分がいた。
しかし俺の目に写った1人の女の子の存在が、そんな気持ちを打ち消してくれた。
「俺はお前らの仲間になるつもりはない! 殺すなら殺せ! だが、あの娘には手を出すな!」
「馬鹿な奴だ。死ねー!!」
男が刀を振り上げた時、1人の女の子が走ってきて俺の前に立った。
「待て! お前こそ死ね! 悪党が!!」
その女の子は、一振りのもと、男を切り捨てた。
「おい。大丈夫だったか?」
そう言って俺は、差し伸べられた手を握った。
初めに助けてくれた女の子と印象は違い、髪は短く、瞳は少々茶色がかった様な色をしていた。
そして、俺が女の子の手を借りて立ち上がると、遠くから誰かを捜す声が聞こえてきた。
「益徳~!!」
「あれは!? 雲長の姉者だ! お~い! こっちだ!」
その声に気付いたのか、声の主は俺達に近付いて来た。その声の主は、最初に俺を助けてくれた女の子だった。
「こっちは大体片付けた。そっちはどうだ?」
「見ての通り、片付いたぜ」
(雲長? 益徳? どこかで聞いたことがあるような……)
すると、俺達に気づいて近づいてきた女の子が、俺の顔を見てもう一人の女の子の顔を見た。そして、今度は二人で俺の顔を覗き込んできた。
「あ、あの、俺の顔がどうかしたのかな?」
二人はその場で片膝を地面につけて、俺の向かって頭を下げた。
「貴殿を天からの使者と御見受けしました。この世は乱れ黄巾賊と言う族が、民を殺し、略奪を繰り返す始末です。どうか我等とともにこの大地をお救い下され」
「い、いきなり何を言っているんだ!?」
俺が、混乱をしている中、髪の長い女の子が話しを続けた。
「私は弱き民を救うため河東郡より出でて幾月、この身も心も捧げられる誠の主を探しておりました。その旅の途中この益徳と出会い、義姉妹の契りを結びました」
「まさか、俺がその誠の主だとでも言うつもりなのか?」
すると、今度は俺を助けてくれた髪の短い女の子が言った。
「その通りだ。あんた、腕は未熟だがさっきの言葉、己を犠牲にしてまで少女を救おうとした心に俺は惹かれた。何より、その不思議な衣装。そんな服は見たことねぇ。きっと、相当な身分のお方だと見た」
そして、二人はぐっと深く頭を下げて、同時に言った。
「我らとともに天下泰平に力を御貸し下さい」
急にそう言われて、状況もわからない、何故自分がここにいるのかさえ…………俺はただの学生で、こんな殺し合いなんて出来るはずがない。
俺は、先ほどの少女や襲われた街を見渡した。当然、この街だけでなく他にも街はたくさんあるはずだ。何も関係ない人々が死んでいくのは正直見るに耐えない。しかし、俺には人々を救う力なんて…………
そんな不安そうな俺の顔を見た髪の長い女の子が言った。
「ご安心下さい。儀は我らにあります。そして、御身は我らがこの命に変えても御守り致します」
そう言った女の子の瞳を見た俺は、不思議と自分にも出来るのではないかと言う気持ちにさせられた。こんな自分でも力になれるならと、拳を握り締めると二人の目を見て言った。
「わかったよ。俺の力で何処まで出来るかわからないけど、協力するよ」
それを聞いた女の子の顔から笑顔がこぼれた。
「それから、君達の名前を教えてもらっても言いかな?」
女の子は、ハッと手を口元に当てて慌てて言った。
「申し訳ございません。私は、性は関、名は羽、字を雲長と申します」
続いて、髪の短い女の子が名前を言った。
「俺は、性は張、名は飛、字を益徳だ」
関羽と張飛だって!? 自分が憧れを抱いていた武将が二人も目の前にいる。そして、この二人の名前を聞き、俺は少し状況を理解した。
どういう理屈かわからないが、どうやらここは三国志に関係のある世界のようだ。目の前に関羽と張飛がいると言うことは、俺が劉備ということなのか? そして、現在は黄巾の乱の真っ只中。
「俺は清水木葉」
「木葉殿か。何か呼びにくいな。これからは兄貴って呼ばせてもらうよ」
張飛の言葉に俺は、ピンと来た。ここは桃園じゃないけど、義兄弟の契りだな。そして、それを驚いたように見ている関羽を俺は手招きして呼び寄せた。
「張飛がこう言ってるけど、関羽はどう? 俺が張飛と義兄弟の契りを交わすってことは、関羽とも兄妹になるってことだろ?」
「確かに貴殿の言うとおりだ。しかし、よろしいのですか?」
「ああ、俺は構わないよ」
「それでは喜んでそのお話しお受け致します」
そして、酒などない今、俺は近くに落ちている刀を拾い、空に向かって掲げた。その俺の刀に重ねるように関羽の青龍偃月刀(せいりゅう偃月刀)と張飛の蛇矛が空に掲げられた。
関羽の持つ青龍偃月刀は、重さ82斤(1斤 約600グラムであるから82斤だと約49.2kgになる)もある大薙刀である。とても目の前にいる女の子の細腕で持てる代物ではないと思うが、それを軽々と振るっているところを見るとやはり関羽だと感心する。
そして、張飛の持つ蛇矛は、一丈八尺(約5m45cm)もの鋼矛だ。関羽同様にこんなものをよく軽々と振れるものだと感心する。