「悲しみの作戦 〜参〜」
一方、城を出発した木葉達が関羽に追いついたのは次の日の正午過ぎだった。
関羽達が食事をとったと思われる場所につき、急いで先に行こうした時、一人の兵士が岩影で眠っている関羽を発見した。
俺が声をかけると、その声に反応してゆっくりと目を開けた。
しかし、関羽の意識ははっきりしていない様でぼ~としていた。
「おい、関羽。大丈夫か!? 何があった!?」
「あ、兄者? 張曼成が……」
俺は関羽から大まかな説明を受けた。
「……何だって!? でも、あいつは……」
すると突然、諸葛亮が馬から降りて俺の前で地面に両膝をついて頭を下げた。
「申し訳ありません! 今回の張曼成のことにしたつきましては、僕の独断で指示したことになります!!」
いきなりのことに、理解するのに数秒かかった。
つまり、今回の張曼成の行動は全て諸葛亮が指示した事で、裏切りとかじゃないって事だよな。
「でも、何故そんなことを?」
「今回、関将軍の決意は堅く、いくら言っても無駄だと判断しました。しかし、今関将軍に死なれては我が軍は片腕を失ったも同然。ですが、身代わりの人物を選ぶ事も出来なかった僕に張曼成殿はこう言われたのです。木葉様には自分よりも関将軍の方が必要だと。そのために自分が関将軍の身代わりになると」
「……何で……何でそうなるんだ! 城何か捨てて皆で……」
「兄貴! それ以上は、言ったらだめだ。それ以上言ったら……」
俺の言葉を張飛が途中で制した。そう、この先を言ってしまえば、張曼成の気持ちが無駄になってしまうからだ。
よく見ると、張飛の身体は何かに耐える様に小さく震えていた。
俺だけではない。皆、同じ気持ちなのだ。
「ごめん。それから、ありがとう。そうだよな、張曼成と兵士達の気持ちに答えるためにも、俺達は皆が幸せに暮らせる時代を作っていかなくちゃな」
すると、前方から先遣隊として先行させていた兵士から連絡が届いた。
「申し上げます! 敵将韓遂と張曼成将軍達との戦いはすでに終わっており、戦場の状況から生き残った兵は恐らくいないかと……しかし、韓遂軍の陣の中に張曼成将軍と思われる人影を発見しました」
「本当か!? なら……」
「いけません!!」
諸葛亮が強く声を発した。
「先ほど木葉様が言った様に、張曼成将軍の気持ちを捨てることになります!!」
俺は、ぐっと拳を握り締めた。
その頃、韓遂の陣では張曼成の処刑が行われようとしていた。
「これから死ぬって気分はどうだ?」
張曼成の首に刀を突き立てながら、韓遂が勝ち誇った顔で言った。
「それにしても、お前は不運な奴だな。仲間を助けに来ない主人に仕えちまってよ」
「貴様には解るまい。あの方の魅力が」
「ほぅ。その魅力に魅かれたばかりに死ぬ事になるとはなぁ」
韓遂が手を動かし、周りにいる兵士達に合図を送った。
すると、兵士達は両手両足を縛られ動けない張曼成の身体を持ち上げ、木の柱に縛り付けた。
「ほら、後少しだぞ? 何か言い残すことはないか? 恐ろしくて声が出せないなら、出させてやるぞ。こうやってな!!」
そう言った瞬間、韓遂は柱に縛り付けられている張曼成の右腕を切り落とした。
「ぐっ!?」
張曼成は声を上げない様に必死に堪えた。しかし、その抵抗が韓遂には面白くなかった様で、もう片方の腕も切り落とした。
「どうだ? 早く声を上げ、許しを乞えば命だけは助けてやるぞ?」
張曼成の額には汗がにじんでいた。出血と痛みで意識を失い掛けていた張曼成は、韓遂の言葉で気がついた。
「だ、誰が貴様の様な族に命ごいなどするか!!」
張曼成は韓遂に向かって唾を吐き捨てた。
「貴様!! この無礼者が!!」
張曼成の行動に激怒した韓遂は、張曼成の首を刀で切り捨てた。
「はぁ、はぁ……この屑の首を奴等に送り届けろ!!」
その後、韓遂から張曼成の首が送れてきた。
俺は木箱に入った張曼成の首を確認し、すぐに蓋を閉めた。
「誰か、張曼成のことを丁寧に葬ってやってくれ」
涙は流れなかった。それよりも怒りの方がずっと勝っていた。
「韓遂~!」
関羽がぐっと拳を握り、韓遂の名前を口にした。俺は関羽の側に近付きそっと言った。
「関羽、今はゆっくり休んだ方が良い」
関羽は何も言わずに立ち去っていった。
「兄貴……」
「大丈夫だよ。関羽ならきっと」
俺と張飛が関羽の去って行った通路に目を向けていると、後ろから諸喝亮の声が響いた。
「木葉様。今の内にこちらも動かなければ、張曼成殿の死は本当に無駄になってしまいます」
諸葛亮の言葉を聞き、俺は今の気持ちを胸の中に一旦引っ込めた。
「わかった。でも、どうすればいいんだ?」
「援軍を求めてみましょう」
「援軍を求めるのは良いけど、来てくれるのか?」
今は俺達だけじゃなく、他の将軍達も黄巾の乱の傷跡が残っているはずだ。
「大丈夫です。他の人達は、我等が負ければ次は自分に討伐の命が来るのではと不安をかんじているはずです。ですから、私達が力を合わせれば韓遂など簡単に倒せると書状を送るのです。彼等は自分を守るために協力せざるをえないでしょう」
なるほど、確かに諸葛亮の言う事は一理ある。
「わかった。各将軍達に援軍の要請を送ってくれ!」
「木葉様!!」
一人の兵士が息を切らして、勢いよく俺の前に膝を付いた。
「大変です!! 韓遂の軍勢が涼州に引き上げて行きます!!」
その報告を聞いた一同は耳を疑った。
「それは本当ですか?」
「はい、間違いありません!」
何故、何故今軍勢を退く? 我々の戦力を削りたいのであれば、今の優勢な状況で……
諸葛亮は指で顎を撫でながら、幾重にも敵の策を考えていた。
すると、今度は違う兵士が飛び込んで来た。
「失礼致します! 只今、小帝が位を朝廷に返上し、新たに陳留王様が即位致しました!!」
「何だって!?」
(やられた!? 韓遂は僕達の戦力を削る事が最終目的じゃなかったのか!? 今から董卓将軍の下に行き……いや、無理だ)
「申し訳ありません、木葉様」
突然、諸葛亮が俺に向かって頭を下げて来た。
「どうしたんだ?」
「今回の帝の退位、そして、陳留王様の即位。これは少し考えればわかることでした」
「諸葛亮、それはどういうことだ?」
「董卓将軍です。以前、董卓将軍が朝廷内に入り込むことを目的としている事はお話したと思います。今回の陳龍王の即位で、董卓将軍は事実上、朝廷どころか国を動かすほどの権力を手にしたことになります」
「ちょっと待ってくれ。陳留王の即位が、何故董卓の権力に繋がるのさ?」
俺の質問に諸葛亮は休む事なく答えた。
「陳龍王はまだ8つになったばかりです。その様な幼い帝が国の内政を行えるでしょうか?」
確かに、そんな小さい子が国の政治やらを決められるとは…………
「!?」
「そうです。幼い帝に国の内政などは出来ない。なら、帝に変わり国を動かす人物が側にいるはずです」
「それが董卓だって言うのか?」
諸葛亮はこくりと頷いた。
「こうなってしまっては、我々が董卓将軍に手を出せば、逆賊となってしまいます」
「くそ!」
俺は拳を床に叩き付けた。
「木葉様。機を待ちましょう。今はその時のため力を貯えるのです」
――悔しい
しかし、今は諸葛亮の言う事が最善な選択だろう。
俺は諸葛亮の方を向き頷いた。
実際に、諸葛亮の予想は当たっていた。即位した陳留王の側には、常に董卓の姿があったのだ。俺達は皆、やりきれない思いを胸に秘めたまま、いつか来るであろう戦いに備えて、軍備や内政に力を注いだ。
そして、それから数年の歳月が過ぎていった。