「悲しみの作戦 〜弐〜」
次の日の朝、関羽達がいなくなった事で、城内は大騒ぎになっていた。俺と諸葛亮、張飛と言った武将達は玉の間に集まっていた。
「関羽の奴は何を考えているんだ!!」
俺は押さえられない感情をぶつける様に、自分の座っている椅子を叩いた。
「関将軍でしたら、この様な行動をする事は予測できましたからね」
諸葛亮はまるで全て解りきっていた様に、落ち着いて話しをしていた。
「すぐに関羽の後を追う! 全軍に出陣の準備をさせてくれ!!」
「でも……」
張飛は、俺、諸葛亮と目を向けた。
諸葛亮は張飛に向かい、こくりと小さく頷いた。
「わかった! すぐに準備してくるから待っててくれ!」
張飛が出て行くと、それに続いて将軍達が出陣の準備に向かった。
数刻後、出陣の準備が整った。
兵士約五千。今、所有している兵力のほぼ全てだ。
「出発だ!!関羽達に追いつくため、速度を早めて行く!!」
一斉に土煙を上げて出発した。
(やはり無理でしたね。張曼成殿、関将軍の事、頼みましたよ)
諸葛亮は真っ直ぐ前を見ながら、悲しそうに空に目を向けた。
その頃、関羽達はすでに韓遂軍の近くまで来ていた。
「関羽将軍。ここまで来て何なんですが、本当に良いのですか?」
張曼成は出発した時と同じ言葉を関羽に投げ掛けた。
「どうしたのだ? もし、少しでも心残りがあるのならお主は残れ」
「いや、俺達に心残りはないが、関羽将軍。貴方には心残りがある様に感じます」
関羽はその言葉を聞き、クスリと笑った。
「お主達に見抜かれる様では、私も指揮官失格だな。確かに、心残りがないと言えば嘘になる。だが、今は兄者……いや、木葉様の命を救うためならば、この命、惜しくはない」
張曼成もまた、関羽の言葉を聞き笑って言った。
「それでは関羽将軍。本日は最後の晩餐と行きましょう。兵士達にも楽しませてやりたいのです」
「よし、皆にありったけの酒と食事を用意してくれ!!」
その後、兵士達にはできる限りの酒と食事が振る舞われた。
皆、それぞれが笑い合い、まるでこれから死にに行く者なのかと疑いたくなる様な光景だった。
そんな中、関羽は一人食事に手を付けず、大きな酒の入った入れ物を持ちながら兵士一人一人と酒を飲み交わしていった。
(皆、良い顔をしている。私も最後にこの者達と酒が交わせて良かった)
それから関羽は、兵士達から少し離れた場所で空を見上げていた。
雲一つない夜空には満天の星が輝き、月の輝きをより一層際立たせていた。
「関羽将軍。こんな所にいらっしゃったのですか」
関羽が振り替えると、張曼成が酒の入った入れ物と器を持って立っていた。
「綺麗な夜空ですな」
そう言って、張曼成は持っていた器に酒を注ぎ、関羽に差し出した。
「すまぬ」
関羽はその器を受け取ると、注がれている酒を一気に飲み干した。
「ふぅ~。うまい」
張曼成は空になった関羽の器に酒を注ぎながら言った。
「先ほどは賛同してしまいましたが、やはり関羽将軍は生きるべきです」
張曼成の言葉に、関羽はふっと笑った。
「昔、漢の始皇帝(劉方)が楚の項羽に攻め立てられた際、兵力で圧倒的に負けていた劉方は城を捨て、逃げるしかなかった。その時、劉方の軍師であった張良は、劉方とよく似ていた将軍を身代わりにして時間を稼ぐことにした。結果、身代わりになった将軍は、時間を稼いだのち、自ら煮えたぎる油の中に身を投じ、劉方への忠誠を貫き通した。そして、その将軍のおかげで劉方は命からがら逃げ延び、後に項羽を倒すのだ。私のこの命も全て、兄者のために使う。そして、いつかきっと天下太平の世を作ってくれると信じている」
関羽が言い終わると、空に輝いていた星の一つが流れ星となって空をかけていった。
「関羽将軍のお気持ち、良く解りました」
張曼成はそう言うと、背中に隠していた刀を抜き、関羽に切り掛かった。
「な、何をする!?」
関羽は間一髪で刀を避けた。
「さすがは関羽将軍。この不意打ちが躱されては私に勝ち目はない」
関羽は近くにある武器になる物を探した。しかし、関羽の視界はまるで異次元にいるかの様に、ぐにゃぐにゃと歪んでいった。
「これは?」
「念のために、先ほど飲んで頂いた酒に薬を混ぜさせて頂きました。ただの眠り薬なので安心下さい」
そこで関羽の意識は途切れ、倒れた。張曼成は、関羽の身体を受け止めると、そっと岩影に寝かせた。
「お前ら、十分楽しんだか?」
張曼成がそう言うと、皆声を上げた。
「そろそろ行くんですか?」
「そうだな。関羽将軍が起きない内に行こう」
そうして、岩影に寝かせた関羽を残し、全員が出発した。