「悲しみの作戦 〜壱〜」
その頃、木葉達は賈クからの連絡を待っていたが、一向に連絡が来なかった。
「兄貴! このまま待っててもしかたねぇよ! 早いとこ、韓遂の野郎をぶっ倒しに行こうぜ!!」
賈クから連絡が来ない事に、張飛は痺れを切らしてきていた。実際には張飛だけではなく、俺も関羽や諸葛亮も同じだった。
「確かに張飛の言う事はもっともだ。賈クからの連絡がない今、俺達は韓遂の討伐に行くしかないだろう」
俺は諸葛亮に視線を送った。
「はい。賈クからの連絡がない今、討伐に向かわなければならないでしょう。しかし、勝つ事は不可能に近い」
あの諸葛亮が勝ち目がないと言うのなら、本当にそうなんだろう。
――なら、どうすればいい!? 今のままじゃ、前にも後ろにも進めないじゃないか!?
俺が頭を抱えていると、諸葛亮が重たい口を開いた。
「一つ……一つだけ、策はありますが……」
諸葛亮はそこで言葉を詰まらせた。
「策があるのか!? 教えてくれ!?」
策があると聞き喜ぶ俺とは対照的に、諸葛亮の表情は暗かった。
「この策はできれば使いたくありませんが、それを決めるのは、木葉様ご自身にお任せ致します。現在の時点で私達は韓遂に勝つ事は出来ない。だから、負けるのです。それも撤退的に。そうすれば、朝廷からの命には背いた事にはならず、私達に討伐が無理だと知り、他の将軍達に命が飛ぶでしょう。しかし…………」
諸葛亮の言いたい言葉はわかる。この負け戦はただ負ければ言いと言う訳ではない。諸葛亮が言った様に、撤退的に負けなければ朝廷も認めてくれないだろう。
要するに、誰かに死んでくれと言う様なことなのだ。
「だ、だめだ!! 絶対にだめだ!!」
「しかし、それでは……」
わかってる。わかってるけど、仲間を犠牲にして俺が生き残るなんて……
「私が行きます!!」
関羽が俺に歩み寄って力強く言った。
「姉者!?」
「だめだ! 俺は、そんなことを認めないぞ!!」
「兄者が認めないのならば、私が勝手に行きます!」
それ以上の話を聞かないと言う様に、関羽は何処かに行ってしまった。
「兄貴! あのままだと、姉者は本当に死ぬ気だ!! 何とかならないのか!?」
関羽の様子では話しをするのも難しいだろう。かくなる上は、関羽には悪いが力ずくで止めるしか……
――とにかく、絶対に死なせたりしない!! 何と言われても、関羽を止めてみせる!!
俺はその日から、関羽が外に出られない様に見張りをたてた。もし、関羽が外に出ようとすれば、すぐ俺に連絡が入るようになっている。
「兄者は何を考えているんだ!! 今は、私一人の命で多くの者達が助かると言うのに!!」
関羽は部屋の窓から、外で見張りをしている兵士達の様子を探っていた。
すると、突然部屋のドアがノックされた。
「姉者。俺だ。入っていいか?」
「ああ」
ゆっくりとドアを開けて張飛が中に入って来た。
「姉者。先ほど言ってた事は本当なのか?」
「二言はない」
その言葉を聞いた張飛は関羽の胸倉を掴んだ。
「姉者は……姉者は、本当に良いのか!?」
「構わない」
「姉者は嘘つきだ!! 俺や兄貴と約束したじゃないか……」
わかっている。兄者や益徳とした約束。三人一緒だと……だが、私がやらなければ誰かが死ぬ事になる。そんな所はもう見たくないんだ。仲間を……大切な人達を……失いたくない。
「益徳、私は……」
「姉者? ……はは、やっぱり姉者は嘘つきだ……」
関羽の瞳から、ツーっと涙がこぼれ、頬を伝った。関羽自身も頬を指で触れるまで気付いていなかった様だ。
きっとその涙にはたくさんの思いが詰まっているはずだ。
すると関羽は突然、張飛のことを突き放し、そのまま部屋の外に出してドアを閉めた。
「益徳。兄者に伝えてくれ。すいませんと……」
「姉者!? 姉者!!」
その夜、関羽は見張りの目を盗み、自分について来てくれる兵士達と静かに城を出た。
「良いんですか?」
「こうでもしなければ、皆は私のことを止めるだろう。それよりも、よくついてきてくれたな」
「元々、俺達の命は木葉様に救ってもらったものだ。だから、木葉様を守るために死ねるって言うのは、嬉しいんだよ」
関羽の後ろには、張曼成を始め、黄巾党が解散した後、木葉の下に身を寄せた者達、約三千がついて来ていた。
皆それぞれの決意を胸に、心残りはなかった。