「新たな敵」
都では、黄巾賊が各地で解散しているとの噂が広まり、人々には歓喜の声が広がっていた。
朝廷内の重臣達の間でも同じ様に喜びの声が上がっていたが、この事態に一人疑問を抱いた人物がいた。何がおかしいかと言うと、黄巾賊達の先導者、張角の事については何も情報が入って来なかったからである。
それは、張角が静かに眠れる様にと思った木葉の心遣いから、外に張角の事が漏れない様に秘密裏に進めたためだった。
「董卓様」
暗闇の中から物音一つたてず、その男は主人の前に現れ、頭を下げた。
「して、どうだった?」
「はっ! 董卓様のおっしゃった通り、張角の死を隠していた人物がおりました」
「ほう……その人物は?」
董卓は、足を組み、自分の顎を撫でる様な仕草をとった。
「黄巾賊討伐で功績を立てた、義勇軍の大将、木葉と言う者にございます」
「あやつか……噂では聞いておったが、まさか張角をかくまうとはな。全く、偽善者の見本の様な奴だな」
董卓はこの話しが気に入らなかったのか、表情を強張らせて立ち上がった。
「すぐに韓遂に伝令を送れ!! 儂が書状を書く! そして、影達を使い、この様な噂を流せ。張角を討ち取ったのは、この董卓だとな」
「はっ!」
そう言うと、男は一瞬の内に目の前から消えてしまった。
「くくく……やっと来たか。俺が天下を治める時が……ははは、はっはっは!!」
「兄者!!」
関羽が部屋の中からでも聞こえる様な声を上げて、部屋に入って来た。
「そんなに慌てて何があったんだ?」
「涼州の韓遂が兵を率いて、朝廷に叛旗を翻した!!」
涼州の韓遂と言えば、かの有名な馬超と共に潼関の戦いにおいて曹燥を後一歩のところまで追い詰めた武将じゃないか。
しかし、それだけなら関羽のこの慌て様はおかしい。
「それだけじゃない。その討伐に私達が迎えと朝廷からの使者が先ほど」
「何だって!?」
じょ、冗談じゃない!?
今、俺達の軍は黄巾賊との戦での傷がまだ癒えていない。
「すぐに諸葛亮を呼んできてくれ!」
俺はすぐに身仕度をして、玉の間に急いだ。俺が玉の間に着いた時には、すでに諸葛亮を始め、各将軍達が集まっていた。
「皆、急に呼び出してすまない。涼州で叛旗を翻した韓遂討伐について各将軍に意見を聞きたい」
「兄貴! そんな奴、すぐに行ってぶっ倒してやろうぜ!!」
ん~。実に張飛らしい意見だ。
「他にはない?」
「兄者。やはり、朝廷の意志には逆らえない。私も討伐に行くべきだと思います」
俺も討伐には向かわなくては行けないと思う。しかし……
「諸葛亮はどう思う?」
諸葛亮は静かに一歩前に踏み出した。
「僕も、関将軍達と同じ様に、討伐に行くしかないと思います。しかし、相手韓遂の兵は戦に長けています。僕達が真面に戦えば返り討ちに遭うでしょう」
「ならどうする?」
「簡単です。僕達で勝てないなら、他の人にやってもらう」
諸葛亮の意見は最もだが、それが出来ないからこんなに困っているんだ。
「今回の韓遂の叛旗は、予め予定しての事だと思います。それは、あの董卓将軍が黄巾賊討伐の際にみせた退却で予想ができる」
黄巾賊討伐の際の退却?
聞いた話だが、確かにあの退却には不思議に思う点がいくつかあったが、それが韓遂の叛旗とどう繋がってくるって言うんだ。
「僕は、あの退却の中で韓遂と董卓将軍が話しを進めた様に思います。何故ならあの戦、戦上手の董卓将軍が黄巾賊の部隊に続けた異様なまでの兵糧攻め、これは明らかに董卓将軍が涼州の黄巾賊との戦を嫌がっている証拠です。それは、董卓将軍が涼州の兵と戦いたくないと言う理由もあったでしょうが、それよりも朝廷内に入る絶好の機会を手に入れたかったからだと思います」
「朝廷内に入る?」
董卓は、三国志で暴君と言われた男だ。そして、俺が知ってる董卓って人物は、少なくても誰かと共闘する奴ではない。
諸葛亮の話しはまだ続いた。
「そうです。董卓将軍は黄巾賊討伐の退却。以後は出陣の機会は減り、外に出ることは少なくなるでしょう」
つまり、外に出ないと言うことは、自分の周りの人間や重役達と交流を深められる上に、交流を深めた重役達を使い内部から俺達を操作出来るって事だ。
「外からは韓遂。内からは董卓って訳だな。それで、どうするんだ?」
俺の問いに、諸葛亮はにっこりと笑って答えた。
「董卓将軍は、重役達を使い帝に取り入っているに違いありません。なら、こちらもその重役達を使うのです」
「どうやって?」
「それはお任せ下さい」
諸葛亮は一礼すると、踵を返して玉の間から出て行った。何もわからない俺達は、ただ、諸葛亮を信じることしか出来なかった。