「戦 〜黄巾賊 張角直属軍 伍〜」
張角、曹操らが去った後には、関羽と夏侯惇が睨み合いを続けていた。
「お主以外に仲間を一人も残さず行くとは、相当信頼をされているようだな」
関羽が夏侯惇に向けて言い放った。
これに対して夏侯惇も鼻で笑い言った。
「それはお互い様だ。どちらが主人の信頼に報いる事が出来るか……行くぞ!!」
二人同時に飛び出した。
まずは、武器の性質的に、長さで有利な関羽の偃月刀が夏侯惇を襲った。夏侯惇はこの攻撃に対し、関羽の偃月刀を受けると、その上を滑らす様にして、関羽との間合いを縮めようとした。
しかし、関羽は迫って来た夏侯惇の刀を偃月刀の柄で受け止めた。
「さすがは関羽。この俺の腕を痺れさせるとは」
「お主もなかなかやるな。まさか、私の偃月刀が受けられるとは思わなかったぞ」
二人の動きが鍔競り合いの様な形で止まった。お互いに相手を攻撃する隙を伺っている様だった。
そんな中で先に動いたのは、夏侯惇だった。夏侯惇は刀を一度引き、関羽の足下を狙った。関羽は、偃月刀を地面に突き立て、それを防いだ。そして、相手の攻撃を防いだ瞬間、地面に突き立てた偃月刀を軸にして、回し蹴りをくり出した。
関羽の蹴りは夏侯惇の左脇腹に深々と突き刺さり、夏侯惇の膝を地面につけた。
この間、ほんの数秒の出来事だった。
「ぐっ! け、蹴りとは、この夏侯惇、見誤ったわ。だが、まだ終わりではない」
立ち上がろうとしている夏侯惇をまるで無視するかの様に、関羽は近くに繋いでいた馬に乗った。
「まだ勝負はついていないぞ! 何処へ行くつもりだ!?」
「貴殿と剣を交えた時、貴殿の剣には曇りを感じられなかった。このまま続ければ、お互いただではすまなくなる。私には守らなければならない人々がいる」
そう言うと、関羽は夏侯惇を残して、木葉の後を追いかけた。
そして、張角を連れて逃げた俺は、曹操とその部下三千に追われていた。
「くそ! こんな大軍で追いかけて来るなんて、何考えてるんだ!?」
俺達は必死に逃げた。そして、何とか曹操の軍に追いつかれる前に自軍と合流できた。
軍を指揮していた諸葛亮は、俺達の様子を見ると慌てて事情を聞こうとしたが、後ろから迫り来る曹操の軍勢を見つけると、大まかな状況は理解した様だった。
俺はそれに付け足す様に、簡潔に事態を伝えた。
「なるほど。すぐに撤退すべきですね」
諸葛亮の言葉を聞いた張飛がその言葉に対し批判した。
「戦う前から逃げるなんてみっともないぜ!! それに戦ってみなくちゃ結果は判らないだろ!?」
張飛の言葉に対して諸葛亮は簡潔に答えた。
「結果は見えています。軍の兵力、兵数、共に我々が下回っています。張将軍がいくら強いからと言っても多勢に無勢、勝てる可能性は少ない。唯一我等に勝機があるとすれば、孫堅軍と合流すること。いかに曹操と言え、我等と孫堅軍の両方を相手にするのは危険だと感じるでしょう」
今は策を選んでいる時間がない。早くしないと曹操の軍に追いつかれてしまう。
「わかった。諸葛亮の言う通り、孫堅達と合流しよう」
俺は急ぎ全軍に指令を出した。
しかし、孫堅の軍と会うまでは、逃げながら戦う形となる俺達は、圧倒的に不利だ。そんな風に色々と思考していたが、孫堅の陣に向かってすぐ見慣れた旗が目に入ってきた。
旗には孫の文字が書いてあった。
「おお! 無事であったか!」
「孫堅こそ、何故ここにいるんだ!?」
「急に黄巾賊達が退却を始めたので、お主のことが心配でな」
どうやら、優勢だった黄巾賊が退いたことで、孫堅は黄巾賊が俺達に攻撃の矛先をむけたのだと思ったらしい。
どんな理由であれ、今は孫堅と合流出来てよかった。
「それより、お主達はどうしたのだ?見ると退却をしているようだが……」
俺は孫堅に簡潔に出来るだけ早く伝えた。
「……なるほど。それでお主が追われているのか」
孫堅は悩んでいた。官軍である自分が、目の前にいる黄巾賊の先導者を見逃せない事。そして、娘を助けてもらった木葉に対し、刃を向ける事。
そう、誇りなどを捨て功を取るか。それとも、誇りを取るか。
孫堅が何も背負っていなければ迷わず誇りを取っただろう。しかし、今は家族や自分について来てくれた仲間がいる。それを全て無視することは出来ない。
そんな悩んでいる孫堅に向けて仲謀が言った。
「父上! お願いします。木葉に力を貸してあげて下さい」
仲謀は頭を深く下げてお願いした。
その仲謀の姿を見た孫堅は、にこりと笑って優しく仲謀の髪を撫でると、何かを決めた様だった。
「わかった。私は木葉に力を貸そう」
孫堅の決断が下ったと同時に、曹操の軍に追いつかれてた。
曹操軍は俺達の前で止まり、曹操が兵より数歩前に出て来た。そして、俺と孫堅の顔を見た後、突然声を上げて笑った。
「はっはっは! お主が孫堅か? 儂と天下をかけて戦うに等しい器だと思っていたが残念だ」
曹操が何を言いたいのかわからなかった。
「孫堅よ。お主の顔には、死相が出ておるわ」
「父上に向かって何を言うか! 無礼者が!!」
曹操の言葉に怒った、孫策、仲謀が刀を手に取り数歩歩み出た。
「策、権、下がっておれ!」
その二人を見た曹操は、またも声を上げて笑った。しかし、先ほどとは違いどこか嬉しそうだった。
「ふむ。それが、お主の子達か。策と言ったか? 孫堅に似て良い面構えだが、お主にも死相が見え隠れしているゆえ、気をつけるのだな。そして、この娘はいずれ大きくなるだろう。儂と貴様の強大な敵となりうる器よ」
曹操は俺の顔を見て来た。今の曹操の話しだと、いずれ仲謀と敵同士になるって事だけど、俺には信じられない。
そう、仲謀と殺し合うなんて……
「まぁ、余興もこれくらいでよかろう。さて、張角を素直に渡せば良い。渡さねば力ずくで奪い取るが……」
曹操は目で俺に威嚇をしてきた。しかし、殺されるとわかっていて、引き渡せるわけない。
俺は諸葛亮の方に視線を送った。今の状況で曹操から逃げる策が、俺には全く浮かんで来なかったからである。
しかし、諸葛亮からの返答は来なかった。
それは、諸葛亮もまた、この状況で有効な策が見つからなかったのである。いや、正確には見つかってはいるが、リスクがありすぎて策と呼ぶには難しかったのである。
しかし、それ以外見つからない。こうしている間にも曹操は痺れを切らして襲って来るだろう。
そして、諸葛亮が動こうとした。
しかし、曹操も同時に痺れを切らしてしまった。
「なるほど。では、力ずくで奪い取るまでよ。夏侯淵!!」
曹操の後ろから夏侯淵が刀を抜き、馬を前に進ませた。それを見た張飛も夏侯淵と同じ様に、俺の前に出て来た。
「おい! 兄貴に指一本でも触れてみろ。俺の蛇矛がお前を貫くぞ!!」
一触即発の空気がピリピリと流れた。
夏侯淵は一言も言葉を発しない。しかし、その眼光は鋭く他の兵とは全く違っていた。
「兄者!! 益徳!!」
そんな空気の中、関羽が張飛と夏侯淵の間に割り込む様に飛び込んで来た。
「姉者! あいつは!?」
「兄者達が心配だったので、軽くやり合って引き上げて来たのだ」
関羽は軽くと言っているが、関羽の軽くはきっと俺達が想像している様に甘くないんだろうな……
こんな状況の中で、俺は関羽の軽くと言う言葉に反応してしまった。そして、関羽より少し遅れて夏侯惇も戻って来た。
「すまぬ!! 女だと心の奥で油断をしていたようだ」
言葉とは裏腹に、関羽に蹴られた脇腹を押さえながら言った。その夏侯惇の言葉を聞き、曹操は嬉しそうに笑った。
「はっはっは!! お前がそう言うのは、全力で戦った時だけよ! しかし、全力のお主が軽く足綯われるとはな。気に入った! 関羽よ、我が下に来ぬか? お主なら重用しよう」
「馬鹿なことを言うな!! 私は兄者以外の下に行く気などない!!」
もちろん、関羽は即答したが、曹操も関羽ならどのように答えるかは予想していたはずだ。
「全く迷いもせず、即座に答えようとは……面白い、儂はますますお主が欲しくなったぞ」
「関羽!!」
「私の心配は無用です。兄者は早く安全な所まで、張角を連れて逃げて下さい!!」
俺は関羽に目で合図を送り、急いでその場から離れてた。しかし、曹操軍が簡単に逃がしてくれるわけなどなった。
それに対し、こちらは孫堅軍と共に迎撃態勢を取って応戦した。
関羽、張飛、諸葛亮に加え、孫堅軍の猛将達の活躍は他を抜きんでていたが、兵同士の戦いでは、圧倒的に曹操軍の方が優勢であった。そんな接戦の中、いつの間にか姿を消している人物がいた。
「関羽将軍!! 敵将曹操、夏侯惇らの姿が見当たりませぬ!!」
兵士が声を張って関羽に報告をした。
「何!? まさか……兄者!!」
関羽は急ぎ、木葉の後を追った。その関羽の行動を見た諸葛亮は、張飛に追いかける様指示を出した。