「関羽の思い」
その夜、俺は一人庭に出て月を眺めていた。
「綺麗な月だな」
まるで全てを忘れさせてくれる様に、星は輝いて月を彩っていた。
「兄者ですか?」
その声に俺が振り替えると、いつもと違う服(多分、寝間着であろう)を着ている関羽が立っていた。
「ん? 関羽か。こんな時間に庭に来るなんて珍しいな」
「兄者こそ、どうかしたのですか?」
「ちょっと、寝付けなくてな」
「そうですか。私も一緒です」
優しい夜風が木々を揺らし、頬を撫でた。
目を閉じて風を感じている関羽の姿は、戦っている時のものと違い、解いた黒い髪が風になびき、月明かりに照らされていた。
「気持ちの良い風ですね」
そう話し掛けてきた関羽の姿に俺の胸はと鼓動を早めた。
「兄者、如何致しましたか? いささかお顔が赤い様ですが?」
関羽がおでこを触ろうと近付いてきたが、俺は咄嗟に後ろに身を退いた。
「だ、大丈夫だよ!」
「左様ですか」
こうしていると、とても隣りの女の子が武神って言われていると思えない。
そして、こんな近くで関羽のことを見たのが初めてだった。よく見ると小さな傷が所々についている。きっと、戦場や稽古での傷だと思うが、妙に痛々しく見えた。
「関羽はなんで武術を始めたんだ?」
「また唐突な質問ですね」
「あっ、別に言いたくなかったらいいぞ」
関羽はにこりと笑って、空に浮かぶ月に目を向けた。
「――良い機会です。兄者には話しておきましょう。私が武術を初めたのは、物心ついた頃です。皆には言っていませんが、私は自分の故郷がわかりません」
「え!? でも、会った時は、河北って…………」
「はい。育ったのは河北です。私は幼き頃、両親に捨てられ、王妃と言うご婦人に拾われたのです。両親の顔も分からない私は、王妃様を本当の母上の様に慕って参りました。しかし……」
関羽の言葉が止まり、その表情に陰が落ちた。
「しかし、ある時、私達の村が野盗に襲われたのです。王妃様は私を逃がすために、自ら野盗達の囮となったのです。そして、野盗が立ち去った後、村の外れで変わり果てた姿になっている王妃様を発見しました。こんな時代です。野盗に襲われるのは、日常茶飯事であることはわかっていました。わかっていましたが、私は大切な人を守ることが出来なかった。私はそんな自分自身の力の無さを、憎み、怨みました」
そうか……だから関羽は必死に弱い人達を……
関羽の拳は堅く握られていた。短い間だが、こういう時の関羽は決して感情を表に出そうとしない。
そう、とても強いのだ。俺なんかが敵わないほど……
でも、だからこそ守ってやりたい。この子の理想が実現できる様に。
俺はぐっと関羽を抱き締めた。
「な!? あ、兄者!?」
「必ず、必ず人々が笑って過ごせる平和な時代にしよう」
「……………………」
きっと誰もが持っている生きることの目的。それは、時に強く輝き、時に自らを傷つける諸刃の剣となる。
俺はこの腕の中にいる女の子が、自分の思いに押し潰されない様に支えて行こうと強く思った。
「兄貴~! あ・さ・だ・ぞ~!!」
ぐわ~んと盛大に頭の中に響く大声量。
「どわ!?」
「へへへ……兄貴、朝だぜ!」
窓の外はすでに明るく小鳥達のさえずりが聞こえていた。
「ふぁ~ぁ……」
「なんだよ、大きな欠伸何かして? 兄貴、昨日の夜は遅かったのか?」
昨日の夜は…………
「……な、何もしてないぞ!?」
張飛は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに元に戻った。
「それより、皆は玉の間に集まっているから、兄貴も早く来てくれよ」
「わかった。身仕度を整えてすぐに行くよ」
そう言って張飛は先に行ってしまった。