プロローグ
「もう、この国は滅びの道を辿るしかない。願わくば、民を宝とし、悪には力を持って自らの意思を貫ける人物が現れん事を祈るのみ……」
今日も空は快晴で、その光は庭の池に反射して、木々を照らしていた。その庭の隅にある小さな道場で俺は一人朝の日課を行っていた。
「セイッ! ヤッ!」
道場の中には、俺が振る木刀の風切り音と踏み込みの時のキュッ!キュッ!っという音が、何度も木霊していた。
「……999! 1000!!」
朝の日課を終えると、俺は道場に大の字に寝そべっていた。
俺の名前は清水木葉。はっきり言って、自分の名前はあまり好きじゃない。だって、木葉だぞ!? 女の子なら似合うかも知れないが、俺は立派な男だ。
まぁ、そのおかげで強くなろうと剣術をじいちゃんに教わって、今では、それなりに強くなったと思っている。しかし、じいちゃんが去年他界して、今は一人で稽古の毎日だ。
ちなみに身体だけじゃなくて、頭も鍛えてるぞ。剣の道は心技体全て揃ってこそ完成すると、じいちゃんの口癖だった。
「よう! 相変わらず早いな」
俺の前に急に見知った顔が飛び出してきた。
「よう! もうそんな時間か?」
こいつは、同じ学校の工藤信也。俺の親友だ。
大の字に寝ていた俺は、足を振り子のようにして飛び起きた。
「じゃあ、仕度して来るからちょっと待っててくれ」
「しかし、あんな広い家にお前一人だけってうらやましいよなぁ」
家を出て学校に向かって歩いてる途中、信也が唐突に話題を振ってきた。
「うらやましいか? 俺は一人だと大変だから早く母さん達に戻って来て欲しいけどな」
俺の両親は共働きをしていて、仕事の関係で家を開けることが多い。なので、実質俺は一人暮らしをしているようなもんだった。
「ところでよ? そろそろ良いんじゃないの?」
「ふぅ~、またその話しかよ……」
俺は信也の言葉を聞き、呆れたように息を吐いた。
「そう言うなよ。ちょっとで良いんだよ。ちょっとで……な! お願い!!」
信也が何をこんなに必死になっているのかと言うと、俺の家にある蔵の中を見せろと言うことだった。
じいちゃんがまだ生きていた頃に、俺も何度か蔵を見せてくれとじいちゃんに言ったことがあった。しかし、じいちゃんは蔵の中だけは、何故か俺に見せてくれなかった。それどころか、近づくと怒られたので、近づくこともできなかった。
それを俺がちょっとした拍子に信也に話してしまってから、信也は毎度毎度飽きもせずに蔵の中を見せてくれと言ってきた。
正直なところ、俺も中を見てみたい気持ちはある。でも、じいちゃんが近づくだけで怒るなんてそうとう危ない物でも入っているのではないかと、恐怖も感じていた。
「木葉も見てみたいんだろ? あ~、いいって、俺達何年付き合ってると思ってんだ。お前の気持ちは何となくわかるよ。だからさ~~、いいだろ!?」
ふ~~、さすがに毎日このやり取りも疲れてくる。俺も見たくないわけじゃないし、どっちかって言うと見てみたいし…………
「わかったよ」
「え?」
「何驚いてんだよ? 今日、蔵の中見に行くから、学校終わったら家に来いよ」
「おおお!? 木葉……やっと……やっと、俺の気持ちが通じたんだな。うれしいぞ!!」
「やめぃ! 気持ち悪い!!」
俺は抱きついてきた信也を引き剥がした。
「それより学校行くぞ。このままじゃ遅刻ギリギリだぞ」
「おぅ! 放課後が楽しみだぜ!!」
その日の放課後、俺と信也は友人達との付き合いを一切断わり、一直線に俺の家に向かった。
そして俺は荷物を置くと、しまっていた蔵の鍵を持って庭に出た。
「くぅ~~、いよいよだな。隠された蔵の秘密は既に俺達の手の先に…………」
「楽しみなのは良いけど、何があるかわかんないんだから気をつけろよ」
「わかってるって。それより、早く開けようぜ!」
俺は念の為、片手に木刀を持っていた。用心にこした事はないからな。
そして持っていた鍵を、蔵に掛かっている錠の鍵穴にゆっくりと差し込んでいき、もうこれ以上入らない位置までくると、鍵を右に回した。
すると、カチャリ! っと、言う小さい音と同時に鍵が開いた。
「じゃあ、開けるぞ?」
「あ、あぁ……」
さっきまではしゃいでいた信也も、いざ開けるとなると緊張を隠せない様だった。
ギィィィ…………っと、不気味な音を出しながら開いていく扉の隙間から光が差し込み、真っ暗な蔵を照らしていった。
「な、なんだよ、これ……?」
俺達の目に映ったのは蔵の中央に並べられた五本の武器。
槍の様な物が二本に弓と矢。更に、人が持てるのかわからないほど大きな薙刀と槍の様だが、刃の部分が波をうったように曲がっている武器。
「何だよ、あれ?」
「俺に聞くなよ。と、とにかく、あれ以外何もないみたいだし閉めるぞ?」
「……あぁ」
信也も俺と同じ様に、あの武器に何かを感じた様で、逃げるように蔵から出た。
そして信也が出たのを確認すると、俺はしっかりと錠を掛けた。 その後、信也は何も言わずに帰って言った。
その夜、俺が寝床につこうと廊下を歩いていると、どこからかカタ、カタ! と、物音が聞こえてきた。
「な、なんだ、この音? まさか、泥棒か?」
俺はいつも稽古で使っている木刀を持って、音のする方に向かっていった。
そして音を追って辿り着いたのは、夕方に信也と一緒に開けた蔵だった。
「く、蔵の中から音が…………」
扉の錠はしっかりと閉まっていて中に入る事はできないはずだが、音は確実に蔵の中から聞こえていた。
しかし、人間の好奇心とは不思議なもので、いくら恐怖があろうとも、それを見て見たくなる。
俺は急いで蔵の鍵を取りに行き、再び蔵の前に来た。
そして夕方と同じ様に、鍵を差し込み錠を開けた。
ギィィィ…………っと、言う扉の開く音が、夕方の何倍にも不気味に聞こえた。
「…………!?」
扉を開けた俺の目に飛び込んで来たのは、カタカタと音を立てている五本の武器だった。
「……う……そ、だろ……? 何だよ、これ?」
現実では有り得ない事が、今俺の前で起こってる。何故? だとか言う疑問など、真っ白になっている俺の頭には浮かんでこなかった。
そして次の瞬間、五本の武器は激しい光を放った。
「な、なんだ!?」
逃げる間もなく、光は俺を包み込んだ。
「……ちょっと……ねぇ、起きなさいよ!!」
「うわぁ!?」
耳元で響いた声に驚いて俺は飛び起きた。
「やっと起きたか。さぁ、寝ぼけてる暇はないよ。今から君は英雄にならなければいけないのよ。そして、その物語はすでに始まってしまった。また、会えるといいわね」
そう言って、そいつはわけの解らない事を一方的に話して消えてしまった。
そして、先ほどと同じ様に激しい光が俺を包んでいった。