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美女が魔蟲  作者: 森山明
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よろしくおねがいします。

少しだけ見やすくなったかと思います


 「なんでこんなに、うじゃうじゃと。人多過ぎじゃない? まったくこれだから外は嫌なのよ」


 現在七時三十五分。平日のこの時間帯はいつもこんな感じなのだが、数年引き籠っていたこの女には慣れてはいないのだろう。もっとも、引き籠る前でもこのような事を思っていたに違いないのだが。熱烈な夏の太陽から視線を浴び、白と灰の集団に気圧される。帰りたい、外怖いと頭の中で繰り返しながら目的地のとある会社を目指す。今日は最終試験の面接日であるのだが、暑さと人酔いと緊張で体調は絶不調である。それでも一歩一歩と進んでいくうちに目的地が見えてきた。ネット情報ではこの会社は最終試験まで残ればほぼ内定がもらえるらしいのだが、そんなことはこの引き籠り女には関係なく面接は反吐が出るほど苦手で嫌いなのだ。面接官のあの刺すような視線と緊張感、重箱のすみを楊枝でほじくり返すような質問の数々。何度やっても慣れたものではなく、必ず一回は吐いてしまいそうになるほどだ。弱気な自分に喝を入れるためにコンビニで栄養剤を買い一気に飲み干す。目的地はもう目と鼻の先である。


 「人間必死にやればなんとかなるものね。これでもう自堕落な生活とはさよならだね」


 自分の中で世紀の一戦を終え、これはもう勝ち戦だろうとほくそ笑みながら祝杯を挙げるべく近所のコンビニへ向かう途中でひとり感慨深げに星の見えない夜空を眺め今は亡き両親と大好きな祖母の顔を思い浮かべた。悔恨と希望を胸に抱き、涙を目に湛え近道をしようと住宅街の狭い道へと歩を進める。今日もやはり焼酎にしようか、などと考えながら歩き続けていくが不意に後ろから車のライトに照らされた。電気自動車は静かだなと思い何気なく振り返るとライトをこちらへ向けスピードも衰えを見せず、突っ込んでくる車が一台。もはや避けれるような距離ではなく、今までの二十二年間の出来事が頭の中を駆け巡り今まで受けたことのない衝撃を受け意識が遠のき深い眠りへと誘われた。

 

 白い天上、強い日差し、右に見えるは長大なビル群。しばしの間、状況の把握ができずに呆けているとあの夜のことを思い出した。助かったのか、と九死に一生を得て安堵の溜息をつき、じわりと涙が溢れてきた。不意にノックの音が鳴り響き看護師さんが入ってくる。


 「おはようござい……ます。おはようございます! よかった、目を覚まされたのですね。一週間も目を覚まされないから心配で」

 「一週間もですか」

 「ええ、そうですよ。今から担当医のほうを呼んでまいりますので、お待ちください」

 「あっ、はい」


 早足で部屋を出て行く看護師さんを見送り、とりあえず自分の状況を把握しようとすることにした。なかなかに大きな病院で、しかも個室で思いのほか広い。なんでこんな所に意識不明だったからかな、と考えていた時にノックが響く。どうやら担当医のかたが来たようだ。


 「貴女の担当医を務めています。立花たちばな香子かおるこよ。よろしく」

 「ぅあ、はい、南風之はえの遥火はるかです。よろしくお願いします。そのありがとうございました」

 「いいわよ、お礼なんて。いまは痛いところとかないかしら。無いようなら診ていくわね」


 先生から症状の確認を受けたあと、当時の状況を聞かされているときに私はそんなことよりもこの目の前にいる美人過ぎる女医さんに目を奪われていた。色白で髪は鎖骨くらいまである黒髪ストレートで目は若干釣り目で出るとこ出て引っ込むところは引っ込むといったまさにボンキュッボンな女性である。最近同性愛の気があるのではないかと少し思い始めていたのだが、やはりそうであるらしい。いい香りがする。


 「――というわけで、ってちゃんと聞いてるの」

 「あっ、すっすいません」

 「まったく、まぁいいわ。けどこれから大事な話をするからしっかりと聞いておいてね」


キリッとした表情であった先生はさらに顔を険しくさせて、衝撃的な事実を突き付けてきた。


 「いい、よく聞いてね」


 夏の日差しが降り注ぎ、生暖かい風が頬をくすぐる。まさに日本晴れといった天気とは裏腹に私の心は土砂降りである。確かに起きた時から違和感があったのだが、足がほとんど麻痺していて動かせないらしい。話を聞く限りでは死ぬかもしれない状況で一命を取りとめただけでも十分に幸せなのだが。これからどうなるのか、面倒を見てくれる家族もいなければ彼氏もいない。会社も確定してはいないがほぼ内定確実だろうが取り消されるかもしれない、というよりも取り消されるだろう。なんという運命の手のひら返し、数日意気消沈していた。しかし自分は生きている。両親や祖母の笑顔が浮かんでくる。これではだめだと、生きてるだけでよかったではないかと、なんとか前向きにとらえようとしていた時だった。病室がノックされる。まだ、看護師さんが来る時間までは間がある、面会するような人はこの大都会にはいないはずなんだけど、と不思議に思いながらも返事をすると、中に入ってきたのは美しい顔を険しくし何やら怒っているような雰囲気の女医の香子さんと老齢で髭を蓄えた白髪の威厳たっぷりな男性だった。見たことのない、いや正確には画面越しでなら見たことのある男性が入ってきたので香子さんへと説明を促すように視線を向ける。


 「ハルちゃん、このかたの名前は知ってるわよね。このかたは、甲斐武臣(か

いたけおみ)前総理大臣よ。そして貴女にこんな怪我を負わせた犯人のおじい様よ」


 犯人という言葉で一瞬眉を顰めたがその後は平静を取り戻し私に語り掛けてきた。


 「南風之遥火さん、このたびは儂の孫が取り返しのつかないことしてしまった。誠に申し訳なかった。治療費や入院費等諸々の費用は勿論こちらがだそう……」


 それからはひどいものだった。なんとかこの事件を揉み消そうとしているのが見え見えだったのだ。目覚めてから今までテレビはよく見ていたのだが、私の事故のニュースはしていなかった。最初はただの事故だから当たり前だと思っていたが、今は違う。なんといってもあの「甲斐武臣」の孫なのだ。若手議員の中では頭ひとつどころか膝くらいまで突出した知名度と人気のある新星なのだ。そんな人が人身事故を起こしているのだからテレビで扱っていない訳がない。これはもう揉み消しの最終工程に入っていると、私で最後なのだと思い、またリークなんてしようとすればどうなるかも分からない。拒絶できるはずもない。しかしながら、遺憾である。こうなれば少しでも多く蜜を吸おうではないか、とは思うもののあちら側から提示されたものが凄まじく多く手に余る。まず、医療費全額負担にしばらくの生活費の負担。つぎに私もまだ知らされていないのに内定取り消しの情報を出され、甲斐武臣の息子である甲斐晴信かいはるのぶの秘書になること、しかも仕事をしなくてもよい。そしてなにより、近日発売予定のVRMMOゲームと最先端のVR機の無償提供。どこから仕入れたのかこの爺さんは私のゲーム好きを知っていたらしい。


 VR機は高い。誰でも気軽にとはいかなく、私も涙をのんでコントローラーを握り締めていた。まぁ、あきらめきれない人たちは無理をしてでも買っているのだが。このVR技術は医療分野での発展は全世界共通しているが先進国、特にアメリカ、中国、ロシアでは軍事目的での発展が目覚ましく、軍事力に関してはVR技術発展前の六年前とは比べ物にならないくらいまでになっている。しかし、それには殆ど触れずロマンに生きる国があった。それが日本という国である。外国でもやはりVRゲームが売られ流行りはする。しかしどんなにアメリカで最大のヒットを飛ばしても日本では売れはするものの何か違うとこれじゃない感がすごかった。そのなかで日本はというと沈黙を保っていた。

 

 VR技術が発展して六年、開発に開発を重ね作りこまれたそのゲームがいよいよ発売されるのだ。βテストでの反応はカオス。我々はこれを待っていたんだとテスターたちが掲示板上で、そこいらの路上で狂喜乱舞していたのは記憶に新しい。しかしそのテストから待つこと一年。待ちに待った日本初のVRMMOゲーム「ブレイブソウル~魔の巣窟」。日本のいい意味で変態たちが満を持して世に送り出すことになったゲーム。私もネットの動画サイトでプロモーションムービーを目を皿のようにしてみていたものだ。もちろんついさっきも見ていたのだ。しかもVR故に身体障害を持っていても健常者と同じように動くことができる。また、実際に動くことができるのでリハビリの効率も飛躍的に上がる。これはもう待ったなし、ノータイムで頷いてしまったのも仕方ないこと。是非もなし。だからそんなに睨まないでくださいよ香子さん、ちょっと興奮してきます。


 

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