白蝶草の続く道を
夏の兆しが見え始めた、この頃。
今日も太陽から燦々と温もりが降り注ぐ。
ベンチに座っていると、思わずウトウトと眠たくなってくる。
時計を確認すると、十一時を回る頃だ。
僕はそっと、パン屋の店先に目を向けた・・・・。
三十五年前―――
「き、来て下さいまして、あ・・ありがとう。本日は、お・・お日柄も良く・・」
くすくす。
「そんなに緊張しないでください。私しか居りませんから。」
はじめての君とのデェトは、緊張したよ。
前の日から練習をしていたのに、挨拶すら巧く云えなかった。
けれど君は、花が咲いたような笑顔をみせてくれたね。
その笑顔に僕は、何度も惚れ直したもんだよ。
それから、何度もデェトを重ねて・・。
そして、僕の人生であの日ほど緊張して、あの日ほど不安で、あの日ほど嬉しくて泣いた事はない。
「これから先、僕の歩む道のすぐ隣で君も伴に歩んでくれないか。」
「勿論です。」
君は、僕の大好きな笑顔で頷いてくれた。
それから二人で、小さな家を買った。
僕は初夏になると毎年、白蝶草の咲く白い道を家へと帰った。
ああ、息子が生まれた頃も、ちょうど咲いていたな。
病院からの帰り道、息子を連れて三人で白い道を歩いたね。
白蝶草たちが喜んで、祝福してくれてると思ったよ。
あれから随分と経つが、いまも僕は幸せだよ。
君が馴染みのパン屋から出て来るのが、見えた。
僕は、ベンチから立ち上がって、君の持つ荷物を受け取る。
そして、空いた手をそっと握った。
変わらない。今までも、これからも。
白蝶草の続く道を。
―――いつまでも君と歩いて行こう。