ちょっぴり、シリアスなおしゃべり
今日は悪七が、初めて敦也を、家に招いた日である。悪七の家は一軒家だ。
敦也は居間に通された。居間には、とっくに春なのに炬燵が置いてある。その上には、袋から剥き出しの煎餅と、電源の点いた、パソコンが置かれていた。
『時刻は午後7時を迎えました。ここで一旦、道路交通情報をお伝えします』
テレビの音が、敦也と悪七の耳に入る。
「どうぞ。若井さん。摘んでて下さい。俺はちと、野暮用があるんで……」
悪七は若井に、赤い容器に入った煎餅を、勧めた。
「どうも」
敦也がいった。
そこにテレビから音がした。
『東名高速下り、2キロ渋滞……』
「便秘みたいに詰まってらぁ」
悪七がそういって、暖簾をくぐって、どこかへ向かった。
(品が無い今のギャグは、60点だな)
敦也が心中で、そう評価した。
悪七が電話で話す声がした。
敦也は煎餅を食べた。
(こんなしけた煎餅、人に食わすなよ)
敦也は食い欠けの煎餅を、ポケットに入れた。
炬燵に入りながら、敦也は辺りを見ると、黒い地球儀を見つけた。それは床に直置きで、海は黒色、陸は赤色で表現された、不気味なオブジェだった。
次に敦也は、目の前のパソコンを見た。
画面は全部、横文字の英文で構成されている。
英語の苦手な敦也には、殆ど読めないが、
「あく、し、ち、とも、え」
と、読める部分があった。
敦也はある文に注目した。
< Being left out circle >
ここだけ英語で、発音できそうだったからだ。
「ビーイング・レフト・アウト・サークルか……」
敦也は小声で呟く。
そのまま、敦也が考える。
「ビーイングってなんだっけ? まぁ、後回しだ。レフトは左。アウトは外すとか……」
その時だ。
「惜しいねぇ……」
悪七が暖簾を押して、居間に入り掛けた。
その際、暖簾が戻ってきて、悪七の目と眼鏡の間に、入り込んだようで、
「イッテ! クソが!」
と、眼鏡を外して、暖簾に向かっていった。悪七は目を押さえている。
(まさに暖簾に腕押し。体を張った90点のギャグだ)
そう思った敦也だが、悪七のパソコンを覗き見していた、自分の立場を思い出し、慌てて炬燵から出た。
「済みませんでした! 悪七さん!」
「イヤイヤ。まぁ、座って下さいよ」
悪七はもう片方の手を、下に軽く振って、そう促す。
「ところで、煎餅どうでした? 自慢の草加煎餅ですよ」
悪七が自慢する。
なら素材を無駄にすんなと、敦也は思ったが、微笑み交じりで、
「悪七さんの洗練された目で、お買い上げになられた煎餅を、今、私が戴いた訳です。娘達にいい土産話が、できましたよ」
こう心にも無い、お世辞をいった。
「そ、そんなぁー。俺、照れちゃうぜ……。あ! ふぅー。収まった……」
悪七は目をこすっていた片手も、炬燵に入れた。
「さてと……。先程のお話ですけどね……」
悪七の目付きが変わり、敦也にも緊張が走る。
悪七が語り出した。
「ビーイング・レフト・アウトで1つの単語なんですよ。『仲間外れ』って意味のね。アウトを単体で『外す』と考えた、あの線はなかなかよかったですよ」
「つまり、ビーイング・レフト・アウト・サークルっていうのは――」
「仲間外れ同好会という名前の、秘密結社の事ですよ」
悪七は軽くいった。
続けて悪七が、
「ついでにいいますと、それら4つの言葉の頭文字を合わせて『BLOC』通称『ブロック』と、呼ばれてんですよ」
と、いう。
数秒後、悪七から敦也に対し、心理テストを真似たのか、ある問い掛けが出された。
問い掛けの内容は、
『秘密を知られた悪七が、今から秘密を知った者の、家族を殺しに向かうといった際、秘密を知った当人は、殺気立つ悪七を前に何をするか?』
というものだった。
「あなたを殺しますよ」
敦也がすぐさま返した。
問い掛けをいい終えた悪七は、回答が出るまで、茶を啜ろうと、用意した湯呑みに手を伸ばしている最中だった。
悪七がにやけた。
「随分と、お早いご決断ですねぇ。何故ですか? それだけじゃ、証拠不十分で、正当防衛が、成立しないかもしれませんよ」
悪七の言葉に、敦也は黙って聞いていた。
「そうしたら若井さん。あなたには、重い刑が科せられますよ。いいんですか?」
「構いません」
敦也が瞬時に返した。
「法律も刑罰も怖くないんです。そんな物より、もっと怖いのは、あなた方を恐れる自分の心です」
続けて敦也は、
「第一、あなたみたいな人にビビッてたら、一体誰が、ギャングや幽霊から、家族を守るんですか? 私は地獄の閻魔だろうが、闘いの神、阿修羅が来ようが、この体が朽ちるまで闘いますよ」
そんな熱き思いを語った。
にやけ顔が一変、顔を固めた悪七が、敦也と見つめ合う。
悪七が優しい口調で、話しだす。
「お見事です。今まで聞いてきた中で、最高の回答でしたし、これ以上の回答は、もう誰からも、聞けないでしょうな……」
「どういう事ですか?」
「失礼。これは心理テストとかの類じゃ、ないんですよ。俺を痺れさせるような、カッコイイ台詞を聞きたかった……。ただそれだけが目的の、愚問ですよ。それにしてもわたくし、感服致しました」
その台詞を聞いても、敦也は気を許さなかった。
悪七が首を傾げる。
「今までの連中ときたら、通報だのトンズラだの、悠長な事いって……。俺を殺すといった奴らも、いましたけどね……。そいつらにいざ、理由を聞いてみたら、金持ってそうだから。めぼしい物を頂く為だ、とかね……」
悪七は下を向いた。
「だがアンタには……」
悪七はゆっくり顔を敦也に向け、上げる。
「家族を守る事、以外に他意は無かった! 人生という仕事に対する気概こんなに感じたのは、初めてだ!」
悪七は敦也の両手を、重いっきり掴む。
「今後は『敦也の旦那』と、呼ばせてくれ。頼むー!」
悪七がまた頭を下げ、懇願した。
「それはいいんですが、悪七さん?」
「あい! なんでやんしょ?」
「ブロックの事を知った私や家族は、これからどうなるんですか?」
「何も無いですよ。厳しい規律や、秘匿性があるような、恥ずかしがり屋の組織じゃ、ありませんしねぇ……。無縁の関係を貫くもよし。入会するもよし。ま! 同じ男として惚れた旦那を、もうほっとく気は、さらさらありませんがね……」
「はぁ……」
敦也が色々な思いからか、肩が斜めに下がった。
「最後に悪七さん……」
「ハイハイ」
「名前をフルネームで教えて下さい」
「あ! 申し遅れました。わたくし『悪七 知恵』と、申します」
いいムードな悪七が、ふと敦也の指を見た。
「ところで敦也の旦那。その指に、はめてる緑色のモンはなんです?」
「あー、これはさっき悪七さんがくれた、お菓子の中に入ってた指輪型の、水鉄砲ですよ」
「面白いですねソレ」
悪七が目を輝かせている。
「よろしければ、差し上げますよ」
「あら! いいんですか?」
「ええ。それはおもちゃですから……」
敦也は悪七に指輪を渡した。
2人の楽しげな会話は、敦也が酔うまで続いた。