ポンを守ろうね
ポンが帰還した当日の、若井家にて。
敦也達は地下鉄葛西駅での騒動を、テレビで見ていた。
『この爆発により、負傷者が2名出たとの知らせが、入っております。負傷されたのは、新越日本科学研究所勤務で所長を、勤められております、大村 勝利さん。そして同じく研究員の今一 明博士です……』
それを聞いた敦也が、
「なんだって!」
こう動揺しながらも、テレビの音量を上げた。
『情報に依りますと、2人共、命に別状はなく、近くの病院に搬送されました。鉄道団側はつい先程、会見で事故の原因の究明を急ぐと発表しました。またそれに並び警察は、事件との関連性は薄いと診て、調査を進めています。以上、現場より、坂田がお伝えしました』
そう男性リポーターがいった。
それを聞いた敦也が、
「ふー……」
と、長い息をついた。疲れが溜まってるようだ。
「敦也の旦那を、こんな危ねぇ目に逢わせたのはどこの野郎だ! 畜生!」
悪七が座りながら、握り拳を揺らしている。
「一応いっておきますが悪七さん……。犯人の目的は、俺じゃないんですよ」
「なぜ、そういい切れるんです?」
「犯人の検討は大体、付いてんですよ。大体ですがね」
敦也が最後の大体の部分を、強調していった。
「だったら善は急げって事で、さっさと悪党をブタ箱にブチ込み……」
悪七が喋ってる時に、不意にインターホンが鳴った。
敦也の顔が明るくなる。
「フ! そんなに怒ると体に障りますよ、悪七さん。ちょっと行ってきますね」
「旦那ったら……。強がんないで下さいよ」
悪七が玄関に向かう敦也を、目で送った。
美恵がお盆を持ってきて、悪七に湯呑みを渡す。
「はい。悪七さん。緑茶です」
「あ、どうも済みませんね」
悪七はお盆を見ると、もう1つエッチーニの為に用意されたのであろう、湯呑みが置かれていた。悪七が視線を、エッチーニに向けると、彼は『結婚詐欺師が直伝したい秘術』と書かれた本を、座りながら読んでいる。
悪七は手を口の前に添え、静かな声で、
「奥さん。あいつにお茶なんかもったいねぇ。タンでも1発くれてやりゃあ、いいんですよ」
と、いった。
美恵は優しく笑う。
「悪七さん……。あの人は、強がってなんかいませんよ……」
「へ?」
「疲れてはいるでしょうけど。素なんですよ。あれは……」
「たくましい限りですな」
悪七が茶を飲みだす。
敦也は客人の、ホイを連れてきた。ホイはコートを脱ぐが、暗い顔をしている。
コートは乱雑に置かれている。
「お邪魔しますよ」
「どうぞ。今、お茶をお出ししますんで……」
美恵が台所へ向かう。
黒之介の背中を、ポンと一緒に撫でていた美穂が、ホイが脱ぎ捨てたコートに近づいた。
ホイは敦也の耳元に顔を寄せ、声を潜めて話しだした。
「ここには部外者が多過ぎるよ。他の場所にしようよ」
「いや。遅かれ早かれ、彼らも知る事になると思う。気にするな」
それを聞いたホイは、ポケットから数枚の紙を出し、敦也に渡した。
紙を見た敦也が、
(第3格納庫まであったとはな……)
と、心の内で驚愕した。
紙には新越日本科学研究所にある、極秘の第3格納庫に通じる隠し通路への行き方が、書かれていた。
「何を見てるんです? 敦也の旦那」
「いや。なんでもないです」
「ふぅーん。そうですか……」
余り、元から関心が無かった悪七が、美穂を見た。
美穂は脱ぎ散らかされたコートを、折りたたんでいた。ポンは美穂の隣で、それを見ていた。
悪七は感心した。
「ほうー。美穂ちゃんは、いい子だねぇ」
「お母さんをいつも見てたから、私ちゃんとできるよ」
美穂は見事に、折りたたんで見せた。
ホイがポケットから、黒砂糖の飴玉を取り出し美穂に、
「ありがとね、これをあげるよ。美穂ちゃん」
そういって、渡した。
「ありがとう。ホイおじさん」
美穂は早速、飴玉を食べだした。
「こりゃー。いい奥さんになりますぜ。敦也の旦那!」
紙をポケットにしまった敦也が、笑顔になる。
「ハハハ。気が早いですよ悪七さん」
敦也が返す。
突然、本を閉じたエッチーニが、
「流石、僕の未来の花嫁だ」
そんなことをいった。
その瞬間、敦也がとんでもない睨みを、エッチーニに向けた。
敦也と目が合ったエッチーニは、慌てて、
「あー、ゴホン、ゴホン……。今のは発声テストだから、気にしなくていいよ」
そういい、また本を読みだした。
敦也が視線をホイに戻す。
「皆に説明してくれるか? ホイ」
「分かったよ……。さっき若井から、皆、井也嵐に襲われたって聞いたよ。その井也嵐を操っていたのは、大村とみて、まず間違いないよ。今一もいるよ。そして大出部の奴も……」
悪七が割り込む。
「ちょっと待て! 誰なんだ? 大出部っていうのは?」
少しホイが間を置いた。
「それが分かんないんですよ……」
「あ? 自分からいっといて、分かりませんてのは、どういう了見だ、コラ!」
「怒らないで下さいよ。俺なんか数ヶ月前、総務部に忍び込んで大出部の履歴書とか、繋がる物はもう、必死になって探したんですよ」
ホイが汗を垂らして、反論した。
それを聞いた敦也の、目付きが変わる。
「良くやったな。それでなにか見つかったのか?」
敦也の問いに、ホイは首を左右に振る。
「イヤ。ダメだったよ……」
「けっ! 期待させんのはお上手だな!」
悪七が不快な表情をする。
「でも総務部のゴミ箱の中から、この『廿五里』の、日記を見つけたんですよ」
「あん? なにもんだ? そいつは?」
悪七が湯呑みを置いて、質問した。
「俺達、新越の川口支部に於いては優秀な職員ですよ。苗字は『ついへいじ』と、男っぽいですが、名前は『飛鳥』で正真正銘、歴とした女性ですよ」
ホイがそう説明する。
敦也が伊達眼鏡を、指で少し押し上げる。
「フ。『お酒が好きな』だろ?」
敦也が皮肉っぽくいった。
「しょ、しょうがないよ。あれは」
ホイが酒好きの飛鳥を庇う。
「許せる度合いじゃないけどな……。会社のゴミ箱に、日記を平気で棄てるとか、また仕事中に酔ってたとしか思えないな。そもそもあいつは、総務部の人間じゃないしな……」
敦也がテーブルに手を着き、頬杖を着いた。
美恵が冷えたおしぼりを、持って来て、
「あなた! 話が少し、脱線しちゃってるみたいだけど!」
敦也にそういって渡した。
「お。そうだな。悪かった」
敦也がいい、眼鏡を外し、おしぼりを広げ顔面に乗せる。
「あぁー……。効くぅぅぅ」
敦也はそんな声を上げる。
ホイが改めて口を開く。
「その日記には……」
エッチーニが、また本を閉じる。
「聞き捨てならないなぁー。乙女の日記を読み上げるなんて……」
悪七がエッチーニに、飛び掛かる態勢を取る。、
「シバかれてぇーのか? あ? 黙ってろ! ジゴロ野郎!」
怒号が若井家に、轟いた。
黒之介が驚いて、廊下に飛び出して行った。
静まる中、エッチーニは美恵に歩み寄った。
「悪いね。トイレはどこかな? いや失礼。お花を摘む所はどこかな?」
エッチーニはこの雰囲気から逃げるべく、逃走を計る。
「こちらです」
美恵はそういい、エッチーニを案内しに行った。
ホイはエッチーニから視線を戻し、
「フー……」
と、溜め息を吐き、話を続ける。
「日記にはこんな物が書いてあったんだよ……。栞の所、捲ってみてよ」
日記を渡された敦也が、いわれた通り捲る。
悪七も敦也の背中越しに、日記を見る。
<2月15日 火曜日 晴れ
今日は定時で帰れた。やったー。嬉しー。
帰りに行きつけの酒屋の『丸川屋』で私の大好きな焼酎の『最呑』買っちゃいましたー。
つまみには当然、イカフライを5パック買って、ナイター中継を見ながら、ちびちびやりましたー。
試合は勝ったし、お酒はおいちいよー。お酒、おいちい。
お酒大好きー、最高。
そういえば今日、応接室から、でっかいデブが所長と一緒に出てきたなー。面接でも受けてたのかなー。あのデブ、採用すんのかな?
なんでイケメンじゃないんだよー。
明日はパソコンで、天文学のレポート記事を、まとめなくちゃ。
追伸・そのデブ、ガソリンの匂いがした。他の匂いも絶対、混じってるね。アレは。 >
日記を見た悪七が徐に、話しだした。
「酒のお数にイカフライを選ぶ辺り、俺とは上手い酒が交わせそうだ。でもあれだな、厳密に……」
その台詞を聞き流し、敦也が感想をいいだした。
「つい最近、現れたのかと思ったら、結構前から、大出部は目撃されているという事か……。奴ら、一体、何をしようと!」
「俺は、カライーカ派なんだよね。おたくは?」
悪七が不意に、ホイに尋ねる。
「え? そ、そうですねー。俺はー、柿ピーですよ。口直しにもいいですし、お勧めですよ」
「ほうー、そうかい。口直しには食パンや、柑橘系がイイってのが相場だが、それも乙だな。今度試してみっか! ガハハ!」
悪七が笑う側で、日記を持った敦也が、
「色々ありがとう、ホイ。これはまあ、参考になった」
そういい、廿五里の日記を返そうとした。
「ちょっと待ったぁー!」
エッチーニが戻ってきた。
悪七がエッチーニを見て、
「お! エロ王子がトイレからご帰還だ」
そう茶化す。
エッチーニが手の平を、敦也に向ける。
「その日記、僕に貸してよ。どの道、返さなきゃいけないんだろ?」
「おやおやー。日記を見るのか? 勝手に覗くのは無粋だとか、うんたらいってなかったっけ? エッチーニさんよぉー?」
悪七がにやける。
「大事な日記が無くなって、困ってる筈だ。この純粋な気持ちがなぜ、分からない」
エッチーニの言葉に、
「だったら俺らに任せてよ。同じ職場なんだから。その方が都合がいいよ」
と、ホイが当然のようにいう。
エッチーニがホイに向け、イラついた表情を見せる。
日記をエッチーニの、手の平に乗せた敦也が、
「察してやれよ。ホイ……」
そう静かにいった。
「え?」
ホイが敦也に向く。
「廿五里と、仲良くなりたいんですよね? エッチーニさんは?」
敦也が自分なりの、解釈をいった。
それを聞いたエッチーニは、涙目になり敦也に寄る。
「おぉ……。悪七が惚れ込む理由が分かった! なんてイイ奴なんだ若井、君って奴は……」
エッチーニは敦也に抱き着いた。エメラルドグリーンの目から涙が零れる。
敦也が指で、頬を掻きながら、
「ど、どうも……」
と、困惑した表情を、浮かべる。
中々、話が進展しない状況に、ホイはもどかしさを感じていた。
「フー……」
ホイは人差し指で、床を突く。




