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不倫家族  作者: うわの空
第一章
9/28

8

 ユメちゃんとムギちゃんが喧嘩してから二週間が経った。二人はいまだに仲直りしていないのか、顔を合わせても知らんぷりしている。話すとしてもちょっとだけだ。ママさんとムギちゃんも同様。ただし、ママさんはムギちゃんに声をかけていた。


「紡、おはよう。サンデーモーニング、何食べたい?」

「…………」

「はいはい食パンにするから。あと、服からブラ紐がはみ出てるわよ」


 ムギちゃんは無言で、ぶらじゃあの紐を服の中に押し込む。ママさんの声が聞こえなくなったわけではないらしい。


「夢はお友達と遊びに行ったわよ。……お友達かどうか知らないけど。紡は何か予定あるの?」


 ムギちゃんは無言で新聞紙を開き、読んでいる『ふり』を始める。しばらく待っても返事がないので、ママさんは続けた。


「パパはゴルフで一日留守よ。ママもこの後出かけるから、今日は安心して彼氏さんを家に呼べるわね。好き放題やっても大丈夫だから」

「っ……!」


 ムギちゃんは何故か顔を真っ赤にして、パンも食べずにリビングから出ていった。えーっと、ぼくの朝食カリカリは?


「……あー」


 唸るような低い声で、ママさんは苦笑した。


「また失敗した。慰めてきてよベル」


 いやだから、ぼくのカリカリは?



 二人分の朝食を食べているママさんは、カリカリの準備をしてくれそうもなかったので、ぼくはご飯を催促しにムギちゃんの部屋へと向かった。勢いよく階段を上り、道なりに廊下を進む。二階の突き当たりにある、ベランダに面している部屋がムギちゃんの部屋だ。ちなみに、隣はユメちゃんの部屋になっている。

 ムギちゃんの部屋の扉は閉められていて、猫のぼくには開けようがない。ということで、爪をたててガリガリとやった。猫流のノックだけど、家族(というかユメちゃん)には何故かものすごく嫌がられる。

 反応がなかったので、もう一度ガリガリ。それでも反応がなかったので、にゃあと鳴いてみた。扉に頭をこすりつけると、こつん、と軽い音が鳴る。おーい、ぼくのご飯を用意してー。


「……なあに、ベル」


 出てきたムギちゃんは、とりあえず落ち着いていたようだった。なんていうか、変な言い方なんだろうけど『やり場のない顔』をしている。こういう顔の時、ムギちゃんは部屋にこもる習性があるのだ。

 しかし今のぼくはそれどころではなく、自分のお腹を満たすことで頭がいっぱいだった。ご飯ちょうだい、ご飯。


「はいはい、中に入りたいんだね?」


 ムギちゃんはぼくの両脇を掴むようにして持ちげると、いそいそとぼくを部屋に入れ、そのまま扉を閉めてしまった。鳴いて抗議するけれど、どうしたの? と言うばかりだ。

『あうお(マグロ)』を言えるように練習しておけばよかったと後悔する日が訪れようとは、思いもしなかった。



 ベッドに横たわったムギちゃんは、熱心に携帯をいじっている。メールでもしてるんだろう。相手は多分、ごわごわだ。

 ぼくは暖色のドット柄が目立つベッドに飛び乗り、携帯の画面を覗きこんだ。意外と、ぼくは字が読めたりするのだ。さすがは賢いぼく。


「ベル、邪魔。見えない」


 ムギちゃんが文句を言ったけれど、そんなの知ったこっちゃない。

 メールの宛先には、ごわごわではない男の人の名前があった。

 加賀かが文也ふみや。大学の先輩で、同じ講義を受けているうちに仲良くなったんだって、以前話していた人だ。

 ごわごわは忙しいという名目で、メールも最低限しかしなかったりする。というより、ムギちゃんが気を遣って最低限しか送らないのだ。だから、何かを相談するときは必然的に違う相手になる。


「ベルー」


 ムギちゃんの呼びかけを無視して、ぼくは本文を覗きこんだ。

 文章の方は結構長くて、読むのが面倒だった。要約すると、『うちの家はおかしい』ということらしい。つまり、ママさんと喧嘩している現状を嘆き、助けと賛同を求めるメールのようだ。


「邪魔だってば、ベル」


 またもや両脇を抱えられ、ベッドから無理矢理下ろされるぼく。いそいそと送信ボタンを押すムギちゃん。

 ムギちゃんの部屋に、もちろんハツカさんはいない。連れてくれば良かったな、暇だし。

 メールを送信してしばらくすると、携帯が鳴った。メールじゃなくて、電話。ムギちゃんは一瞬ためらった後、携帯を耳に当てた。


「もしもし」

『俺。メール読んだんだけど大丈夫か』


 静かな部屋だと、携帯での会話は聞きとりやすい。何度か聞いたことのあるカガさんの声は、男の人にしては少し高めで、柔らかかった。


「えと……。お母さんとはもう二週間くらいまともに口を聞いてないです」

『結構な親子喧嘩だな。なんていうか、お前の家っておかしいっていうか、変わってるよなー』

「そう、ですか」


 ムギちゃんは何故か、どことなく嬉しそうだ。もしかしたら、カガさんの事が好きなんだろうか。いやでも、ムギちゃんはごわごわのことが好きなんだよなあ……。


『いやでもさ。多分、おふくろさんは寂しい思いしてるんじゃないか?』

「なんですかその自白を求める刑事みたいな言い方。かつ丼は要りませんよ」

『いやいや真面目な話。だってなんだかんだ言って、おふくろさんって橘のこと好きなんじゃないか。なんていうかな、メール読んだ感じ、不器用なのかなーって思った。なんかね、俺の知りあいに似てるんだ。あの人もすっげー不器用だった』

「……加賀先輩の元カノさん、のことですか?」

『まあね。すげー美人だったんだからな、ふられちゃったけど』


 ムギちゃんは小さな声でくすくすと笑う。カガさんもしばらく一緒に笑うと、ごめん今日これからバイトなんだ、と本当に申し訳なさそうに言った。


「まだバイトしてるんですね」

『うん、卒業するぎりぎりまで働くつもり。よかったら、また遊びにこいよ。新しいグッズとかいっぱいあるから』

「ありがとうございます。すみませんでした、忙しいときに」

『いいんだよ、俺の方から電話したんだからさ。――まあとりあえず、お姉さんとだけでも仲直りしてみろよ』


 ムギちゃんは見えない相手にぺこぺことお辞儀すると、相手が電話を切ったのを確認してから、自分も携帯を机に置いた。じっと見つめているぼくの視線に気付いたのか、ふっと笑みを漏らす。


「加賀さんって本当にいい人だよね」


 ……ユメちゃんが昔言ってたけど、いい人、っていうのは少女漫画でフラれる立場にあるらしい。だから、カガさんのことを『いい人』って褒めるのはどうなんだろう。まあ、いい猫と褒められるのはすごくうれしいけれど。

 ムギちゃんは唐突に自分のお腹に手を当てると、ふっと笑った。


「怒ったり相談したり話したりしてたら、おなか減っちゃった。そうだ、ベルも朝ごはんまだだったね。待たせちゃったし、今日は朝からささみにしてあげる」


 待ってた甲斐があった! ぼくは早速扉へ向かうと、扉を爪でひっかいた。お邪魔しましたの合図だ。


「はいはい、今開けるから引っ掻かないの」


 ムギちゃんが笑いながら扉を開けると、派手なピンク色のワンピースを着たユメちゃんが目の前に立っていた。カガさんとの会話を聞いていたわけではなく、たった今帰って来たようだ。おそらく、出掛けたママさんとはすれ違いで。

 自分の部屋の扉を開けていたユメちゃんは、ムギちゃんの顔を見て『しまった』というような顔をした。どうも、会いたくなかったというか会いにくかったらしい。


「……どうしたの。帰ってくるのが早いじゃない」


 ムギちゃんがぶっきらぼうに言うと、ユメちゃんは肩を落とした。


「相手に急用ができて、今日は会えないって言われたのよ。悪い?」

「……相手って、不倫?」


 ムギちゃんの質問に、ユメちゃんは口をとがらせた。


「だったら悪い?」

「むしろ、悪いと思わないの?」

「しょうがないじゃない、好きになっちゃったんだから。……そんな目で睨まないでくれる?」


 ユメちゃんはわざとらしくため息をつくと、革製の鞄を自室に投げ入れ扉を閉めた。鞄の中がぐちゃぐちゃになることについては、一向に構わないらしい。


「ていうかね。あたしのことは嫌いになってくれて構わないけど、ママにまで八つ当たりするのはやめてくれる?」

「――別に八つ当たりでもないでしょ。お母さんだって十分おかしいんだから。不倫なんて、家族が不幸になるでしょう?」


 二人とも何を考えているのか、しばらく黙りこんでしまった。いい加減にささみを催促しようと、ぼくが口を開きかけた時。ぼくよりも先に声を出したのは、ユメちゃんの方だった。


「おかしいのだとしても私はママの事が好きだし、不幸だとも思わない」


 ユメちゃんのきっぱりとした口調に、少しだけひるむムギちゃん。

 ――ああ、これは長くなるな、と思った。



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