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不倫家族  作者: うわの空
第三章
24/28

2

 ぼくに対して爆弾発言をしたママさんだけれど、他の家族には『それ』を言おうとしなかった。おかげで、表向きにはとても穏やかな時間が流れた。世間ではクリスマスだとか年末だとか新年だとかで忙しそうだけれど、橘家ではそんなに関係ない。大変なのは精々、大掃除くらいだろう。ママさんはわくわくしながらおせち料理のことばかり考えているし、クリスマスなんて関係ないとユメちゃんはぶつぶつ言っている。パパさんは相変わらずマイペースで、たまにコモダさんの匂いをつけて帰ってくる程度だ。


 ムギちゃんはというと、カガさんのところでバイトを始めたらしい。かわいいものに囲まれた幸せな職場だとかで満足そうだ。そのせいか、毎日のようにバイトに行っている。カガさんの働いているお店は年中無休なので、冬休みなんてものはないのだと言いながら。

 けれどユメちゃんいわく、ムギちゃんの職場はシフト制だから、休もうと思えば休めるそうだ。「店が忙しい」というのを言い訳にしているのかどうかは知らないけれど、彼女はどうも、ママさんの事を必死で避けているようだった。



「はいベル。クリスマスプレゼント」


 十二月二十五日の朝。ムギちゃんがくれたのは、新しいねずみのおもちゃだった。ちなみに色は、僕と同じ灰色だ。

 ――ううむ。ぼくにはハツカさんという大切なねずみがいるのに。これじゃフリンになってしまうじゃないか。ぼくにはハツカさんがいれば十分なのに。いや、ハツカさんがいいんだぼくは。


「……全然遊んでないじゃない」


 横目で見ていたユメちゃんが、ムギちゃんに突っ込む。ムギちゃんは「おかしいなあ」と首を傾げながら、そのおもちゃを振ってみせた。ハツカさん同様、カラカラと乾いた音が鳴る。


「中にまたたびが入ってるんだけどな。ほらベル、匂い嗅いでみて」

「猫はまたたびが大好きらしいもんね。その割に、ベルは反応してないけど」


 ……後日、庭に遊びに来ていた野良さんに話を聞いてみたら、またたびというのは成長した猫にしか分からない素敵なもので、ガキのお前にはまだ早いと言われた。



 クリスマスが終わると、今度は一気に年末モードになる。人間っていうのは本当にせわしない。かつ、橘家は面倒くさがりが多い。

 クリスマスが終わったかと思うとツリーを片づけ、大掃除がどうのこうのと言いだしたかと思えば年賀状がどうのこうのと言いだし、面倒だから今年はメールにするだのなんだの言ったかと思えば、メールするのも面倒だと言い出す始末。そんなに面倒ならのんびりすればいいのに、人間はどうして十二月に集中して動きたがるんだろう。


 二十七日からママさんが開始した大掃除には、面倒くさがりのユメちゃんですら参加していた。パパさんは、年越しぎりぎりまで仕事らしい。シャカイジンって大変だ。ムギちゃんとユメちゃんもそのうち、シャカイジンなるものに進化するらしいけれど。


 二十九日ごろからはムギちゃんもバイトを休み、黙々と掃除を続けていた。ママさんたちは普段は掃除しないような、棚の奥だとか電球のカバーだとかに手を出しては、汚い汚いと連呼している。そんなに嫌なら辞めておけばいいのに。というか、そんなに汚くなる前に掃除しておけばよかったのに。

 ママさんは途中で飽きたのか、はたまた疲れたのか、ソファに寝転がってテレビを見始めた。それを邪魔するように、ムギちゃんはテレビの裏側を掃除し始める。


「紡、テレビ見えないー」


 ママさんが文句を言っても、ムギちゃんは無視スルーだ。はたきと掃除機で、懸命にホコリをとっている。ユメちゃんは呆れたように首を振り、ママさんはぶーぶー文句を言いつつ、ぼくに向かって苦笑した。

 ――潮時かもね。そんなママさんの言葉を思い出していた。


 ところで、シオドキってなに。



 そうこうしてるうちに大みそか、すなわちぼくの誕生日がやってきた。ぼくにとっては一大イベントだけど、人間にとってはぼくの誕生日よりも年末という事の方が大切らしい。けれど誕生日を覚えてくれていたムギちゃんは朝ごはんに、マグロの缶詰にささみをトッピングしている素晴らしいご飯をくれた。

 家は(ほとんどムギちゃんのおかげで)ものすごく綺麗になっていた。玄関には綺麗な花まで飾られているし、窓ガラスもピカピカに磨かれている。お風呂場やトイレは、清潔という言葉がぴったりな、けれどもなんだか嫌な匂いが漂っていた。


「おお、ものすごく綺麗になったね」


 大掃除に参加していなかったパパさんは、半分くらいわざとらしく驚いている。ちなみにパパさんはぼくの誕生日なんて忘れているらしく、朝からそんなに食べたら太るよと警告してきた。大丈夫だもん、こんな豪勢なの今日だけだもん。



 その日はとても平和だった。

 昼過ぎ、ママさんは「おせち用の食材がそろそろ値切られているはず。伊達巻を買い占めてくるわ」と鼻息荒くスーパーへ向かった。パパさんは荷物持ちとして同伴する。ユメちゃんは大掃除のときに引っ張りだした雑誌を読んで過ごしていたし、ムギちゃんはカガさんとメールして穏やかに過ごしていた。とても平和で、しばらく見なかったような気さえする風景だった。


 夜。ぼく以外の家族は年越しそばを食べていた。大きなエビ天を乗せた、贅沢なそばだ。パパさんとママさんはお雑煮を先取りするとか言って、お餅まで入れている。

 家族全員でだらだらと紅白を見ながら、今年はこの曲がよかったとか、このアーティストは一発屋だろうとか、そんな事を話していた。

 演歌が始まるとユメちゃんが勝手にチャンネルを変えて、お笑い番組らしいものを見始める。それでも誰も文句なんて言わずに、ぼんやりとテレビを眺めていた。

 それはとても、平和な時間だった。


 やがて紅白も終わり、唐突に落ち着いた感じの番組が始まった。紅白の終盤がやたらと盛り上がっていたせいで、そのギャップに首を傾げる。行ったり来たり、みたいな題名の番組なんだけど、何が面白いのかはよく分からない。やっぱりというか家族全員、大して画面を見てないし。

 ――と、去年も思ったはずなのに、チャンネルを変えることもなく、何故かその番組を見続けていた。


 本当に、ビックリするくらい平和だね。

 ぼくはハツカさんを前脚でつつきながら、思った。ちなみにハツカさんは、大掃除のときに洗われて、いいにおいのするネズミになっていた。


 フリンだのなんだの、そんな問題なかったんじゃないかと思えるくらいに穏やかだった。こんな日がずっと続けばいいのにと思う。いや、明日だってお正月だし、楽しい日になるはずだ。


 ぼくは自分の名前の由来となった鐘の音を聞きながら、そんな事を考えていた。



 翌日、つまりお正月の午前中は、家族みんなで年賀状を漁っていた。自分には何枚来てるとか、この人には年賀状を出してないとか、余っている年賀状がもう無いとか、朝から年賀状で大騒ぎしている。しかしママさんの「まあどうでもいいわ」の一言ですべてが終わり、一同は大人しく朝食兼昼食を食べ始めた。


「夢と紡は、お雑煮の餅は一つ。パパは二つでいい?」


 毎年そうなのか、ママさんはそう訊きながらも既にお餅の準備をしている。パパさんたちはダイニングテーブルでくつろぎながら、おせちを少しずつつまんでいた。ぼくもカマボコなる物を食べてみたいけれど、塩分がどうとかでムギちゃんに叱られたので我慢することにする。


「ほんっと、正月ってろくな番組ないわよねー」


 チャンネルをコロコロ変えながら、ユメちゃんが呟く。どの番組も似たようなもので、皆とにかく「おめでとう」を連呼すればいいんだよ、みたいな雰囲気が醸し出されていた。ユメちゃんは右手でお箸を持ったまま頬杖を突き、面白くないとぶつぶつ言っている。そこまで言うなら見なければいいのに、テレビを消すという選択肢はないらしい。


「はいはい、お雑煮できたわよ」


 ユメちゃんが文句を言っている間も働いていたママさんが、各々の前にお雑煮を並べていく。自分の分もきちんと配置すると、さっさと席についた。こういう時、ママさんの動きは素早い。

 ほかほかと湯気の立つお椀を手に取ると、ママさんは一同へと目を向けた。


「ところでさー。報告したい事があるんだけど」


 お雑煮を口に運び、白い餅をだらしなく伸ばしながら、軽いノリで言う。

 言って、しまった。



「あたしさあ、妊娠してるのね」



 ――おめでとうございます!

 タイミング良く叫んだのは、テレビだけだった。


 それまでどうでもいいテレビ画面を見ていた三人は、一斉にママさんへと顔を向けた。勢いが良すぎて首の筋肉でも痛めるんじゃないかと思えるくらいのスピードだった。

 それとは対照的に、ママさんはのんびりと餅に噛り付いている。パパさんの顔を見ると、ああ、と付け足した。


「パパの子じゃないわよ」


 いやそれ、なおさら問題ですから。


 パパさんは眼鏡から目が飛び出すんじゃないかと思えるくらい、目を見開いている。

 ユメちゃんは開いた口がふさがらず、口の中の数の子が思いっきり見えている。

 ムギちゃんは二人ほど間抜けな顔ではないけれど、やはり凝り固まっている。


 そんな中、ようやくお餅を噛みきれたママさんは、パパさんへと言い放った。



「そういう訳だから、パパ。私と離婚して、もう一度私の不倫相手にってくれる?」



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