紅い海は夢色に染まる
白い世界に、鮮やかな紅い服をきたキミの姿は、とても印象的だったんだ…。
…──身体が、重い…。
「……オ……。」
…何か、聞こえる?
「…ナ……オ……──。」
オレ、呼ばれてるのか?
今は、昼だろうか?夜だろうか?こんなにも世界が暗いのは、何故だ?
…──そうか、瞳を閉じているせいだ…。
「…にい…ちゃ…──。」
この声は、妹の紗江だな。ああ、眼を開けないと。瞼が、重い…。
すうっと一筋の光が射すように、オレは、暗闇から目を覚ました。
「ナオ!」
「お兄ちゃん!!」
「おい、医者を呼べ!ナオ、大丈夫か?」
「……──なに?オレ、ここで…なにして?」
「お兄ちゃん、憶えてないの?」
オレには、妹の言っている意味が解らなかった。家族が揃っている訳も。ただ、見慣れない白い部屋に入れられているオレは、身体中がバラバラになるような痛みに襲われていた。
『憶えてないの?』
…──ああ、何があったって言うんだ?憶えていない。いや、思い出せない。落ち着け、オレ。だいたい、今日は何日なんだろう?隣町の高校でバンド組んでる知り合いが、ギターやってた奴がメンバーから抜けたから一緒にやらないかって誘われてるんだ。こんな所で寝てる場合じゃ…──?
違う…何か、違う気がする。
「木城君、わかるかい?」
白衣を着た、たぶん医者が尋ねてきた。オレは、身体を起こそうとしたが…激痛で起き上がることも無理だった。
「まだ、そのままにしてて。絶対安静だからね。」
「オレ、なんでこんな事に?」
「憶えてないかい?君、バスに乗っていて、事故にあったんだよ。」
「お兄ちゃんの乗ってたバス、居眠り運転のトラックに突っ込まれて、海に落ちちゃったんだよ!」
「そうなのか?」
「憶えてないようだね。無理に思い出す必要は無いから、今はゆっくり休むんだよ。」
母さんが言うには、オレは頭を切って5針縫ったらしい。アバラも、2本ほどヒビが入っていると言われた。これぐらいの怪我ですんだのは、まだ良かったほうだと言われた。
天井を見つめながら、事故の事を思い出そうとしたが、全くのムダに終わった。どうしても、思い出せない。1つだけ思い出せた事と言えば、オレはバンドの顔合わせに行こうとしてこうなった、ということだけだ。
「メンバー入りの話し、無くなったな…。」
オレは目を閉じ、再び眠った。
3日後、ようやくベットから降りることを許されたオレは、母親に車椅子を押してもらい、初めて病室を出た。
「向こうにあるデイルームに行ってみる?見晴らしがいいのよ。」
「うん…。」
気のない返事を返す。久し振りに長時間(といっても、まだ10分くらいだが)起き上がっているだけだったが、辛い。
デイルームは、明るい陽射しが眩しく射し込む見晴らしのいい場所だった。ここが5階だということもあり、景色もいい。窓際に車椅子を止める。
「しばらく、ここに居る?」
「うん…。」
「じゃあ、母さんちょっと洗濯機に洗濯物ほおりこんでくるわ。」
そう言って、病室へと駆け出して行った母。ここに入院してから、ずっと付き添ってくれている。仕事だってあるはずなのに…最近は、母親と余り話すことも無かったな。
ふと、デイルームの奥にある家族控え室に目をやった。畳の敷かれたその部屋は、母も身体を休めるとき使っていると話していたことがあったが、そこに、1人の女性がいた。
胸元にリボンのついた真っ赤な服をきた彼女。ショートワンピースから伸びた脚はスラリと長く、茶色くウェーブのかかった長い髪をかきあげる仕草が、とても様になっていた。
「何?」
「えっ?!」
こちらの視線に気付いたのか、彼女が声をかけてきた。カラーコンタクトをいれているのだろう、グレーの瞳が、まっすぐにこちらを見た。
「えっと、どこかで逢ったよね?」
…──何言ってんだ、オレ?!
猛烈に後悔した時には、すでに時遅く、彼女は大爆笑しながら呆れた表情でこちらを見た。
「そっ、そんな怪我してるクセに、こんな場所でナンパ?」
「ちっ違う!ホントに、逢ったことないかな?!」
「クスクス、さぁ?」
彼女は、まだ笑っている。
「えーっと…君は、お見舞い?」
「うん、そんなとこ。」
「元気そうだもんな。」
「あなたは、派手に怪我してるみたいね。」
「交通事故でさ、憶えてないけど。」
「…──そっか。私、吉野 桜あなたは?」
「オレ、木城 尚義。」
「ふぅん。また会うかもしれないし、よろしく。」
「こっちこそ、よろしく。」
これが、彼女との出逢いだったんだ…──。
「ナオ、大丈夫だった?。」
「え?…母さんか。」
「残念そうな言い方だわね。なんか、イイコトでもあった?」
「ないよ。」
言いながら、家族控え室の方をチラリと見た。
「あれ?」
「どうしたの?」
彼女の、サクラの姿が無い。先程まで、そこにいたのに…。
「…なんでもない。なんか、疲れてきた。部屋に戻りたい。」
「そうね、無理しない方がいいわ。」
母親が、車椅子を押す。
『それにしても、かわいい子だったよな。』
苦痛ばかりで、なんの楽しみもない病院生活だった。無機質で単調な白い世界に閉じ込められて、思うように動かない身体を引きずって…。そんな中、鮮やかな紅い服に身を包んだ彼女が、とても新鮮で…──どう言えばいいのか言葉が見つからない。とにかく、オレの中で“彼女”の存在は、忘れようのない強烈なイメージとして焼きついた。人に対してこんな感覚を持ったのは、初めてだった。
『また、逢いたいな。』
重たく、少し動くだけでも激痛に苛まれる身体をベッドに横たえると、オレは再び眠りについた。明日になって、この激痛も少しは和らいでくれればいいのに。
キミがいるから
怪我の痛み、
やりたい事が出来ない痛み、
家族に迷惑をかけてる痛み、
…──キミが、痛みを和らげてくれたんだ。
病院に来て、もう2週間になる。オレの病室には、同じクラスの生徒から、お見舞いにと千羽鶴と寄せ書きが届けられた。別に、クラスの人気者だった覚えはないし、話したこともないような相手からも寄せ書きが書かれているのを見て、何か不思議な気分だ。励ましてもらえるのは、嬉しい。ただ、毎日続く“痛み”がオレを卑屈にしていた。
可哀想だと哀れに思われているに違いない。家族にだって迷惑をかけてる。いっそ、オレなんて死んでた方が良かったんじゃないか?
そんな想いを抱えて…──この日、とうとう鬱積した想いを抑えきれずに、オレはキレた。
「ほら、もう少し頑張らないと。」
リハビリの受け付けで、いつもより早く帰ろうとしたオレに、座っている事務のおばさんが言った。
「…今日は、いつもより身体が痛くて、疲れたから。」
「何、言ってるの?若いんだし、もっと頑張れるでしょ?」
「……。」
「働いてる人と違って寝てるだけなんだから、頑張ってリハビリしないと──。」
「…んだよ、それ。」
頭の中が、一瞬白くなった。心が怒りで震える。オレは、勢いのまま怒鳴った。
「…頑張れって、毎日頑張ってんだろ?!オレのどこが頑張ってないんだよ!好きで毎日寝てるとでもいいたいのか?!自由に動けたら…痛みが無かったら、オレが寝てる訳ないだろっ!これ以上、どう頑張れってんだ!!」
怒鳴られ、予想外の事にたじろぐおばさんを前に、オレは睨み付けるとその場を後にした。本当は、駆け出したい。でも、今の自分には、はや歩きが精一杯だった。
「誰も、好きで入院した訳じゃない!オレが、何したってんだ!!」
携帯電話を使えるようにと作られた狭い部屋の中で、オレは叫んでいた。
オレの気持ちなんて、誰も解ってない。いや、解らないだろ!
キィ。
「クスクス、外まできこえてるよ。」
突然開けられたドアから顔を出したのは、この前の彼女、“桜”だった。
「あ。」
「荒れてるねぇ。どうしたの?」
「ちょっと、色々あってさ。」
「へぇ?良かったら、話し聞いたげよっか。隣、座っていいですか?クスクス。」
今日も、鮮やかな赤色の服を着た彼女は、余っている椅子のスペースを指差して言った。
「別にいいけと。」
そう言って、オレは席を左に詰める。隣に、チョコンと彼女が座った。
「どうしたの?」
グレーの瞳が、オレを覗き込む。
「…リハビリでさ、なんかキレちゃって。…頑張れ頑張れ言われて、目一杯なんだよ。」
「ふぅん。ナオヨシちゃんは、自分を否定されてご立腹なんだ。」
「なっ?!ナオ、だ。昔の母さんじゃあるまいし、妙な呼び方するなよ!」
「クスクス、ごめんねぇ。で、ナオは皆に理解されたくて怒ってんの?」
「……あんた、性格悪い?」
「うん、よくそう言われる。それと、私は“あんた”じゃなくて“さ・く・ら”だから。」
初めて逢ったとき、大人しそうで優しそうで…勝手に女の子らしいイメージを膨らませていたオレは、彼女と直接話して面食らっていた。全然、見た目と違ってる。ある意味詐欺だ!
「クスクス…ね、他人に何言われたっていいじゃない。怪我人なんだから、少しくらい頑張らなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「一生懸命やってるの、私は知ってるよ。ナオは気付いてなかったみたいだけど、私は見てたからね。」
「サクラ、よく病院に来てたんだ。」
「…うん。」
「?」
一瞬、妙な間があったような?首をかしげたオレをサクラは、微笑みながら見つめていた。
それから、オレは身体が痛いのも忘れたようにサクラと話し込んでいた。家族の事、高校の事…驚いたのは、趣味の話をした時だった。
「…──でさ、嫌々妹にライブハウスへ連れてかれたんだけど、ギターカッコイイとか思っちゃって。気が付いたら、すっかりハマってた。」
「ナオ、手大きいからバレーコード面倒なら握り込んで楽に弾けて便利じゃない?」
「!サクラ、ギター弾くの?」
「フフ、今度はナオが私に聞くんだね。」
「え?何が??」
「フフ、こっちの話だよ。うん、私もギターやってるんだ。」
「へぇ、意外だね。じゃあ、オレ達って音楽仲間だ。」
「アハハ、そうなのかな。ね、私ナオとは、気が合いそう。…ねぇ、今度から病室にも行っていい?」
「もちろんだよ、503号室だから。寝てることも多いけどさ。待ってるよ。」
部屋を出た二人。
「お兄ちゃん!」
不意に自分を呼ぶ声がした。
「もう、こんなトコにこもってたって何処にいるかわからないじゃない。」
声のした方を見ると膨れっ面の妹の姿があった。
「んだよ、ちょっと彼女と話してただけだろ?」
「ハァ?…彼女ってどこの?」
「どこって、お前馬鹿か?隣の…──あれ?」
「隣の誰よ?私が来た時から、誰もいなかったんだからっ!しっかりしてよ…。」
サクラが、いない。
今、隣に居たというのに…──。彼女の姿は、どこにも無かった。
「お兄ちゃん、ホントに大丈夫?」
「何が?」
「あたま。」
「……。」
紗江がうるさい。せっかく楽になっていた気分も、すっかり元に戻っていた。
「ね、頭打ってるし…事故の時の精神的ダメージでおかしくなってるのかも。」
「オレは、別にどこも悪くない。」
「分かんないよ?自分でそう思い込んでるだけで、ホントは…──。」
「うるさい!」
「!何よっ、私心配してあげてるのに!!」
「心配してくれなんて、頼んだ覚えは無い!」
「…あっそ!私、帰る。」
「さっさと行けよ!」
ツカツカと、あからさまに不機嫌な足音が遠ざかって行った。
「…クソッ。」
ため息をついたオレは、そう言ってベットの手すりを握りしめた。
しばらくして、病室に看護師さんが夕食を運んできた。
「木城さん、お食事ですよ。あら?今日は、ご家族の方居ないの?」
「はい。」
『今日は、家族が居ない。』
その言葉に、一瞬相手の表情が曇ったのをオレは、見逃さなかった。
「そう。食事は、食べやすいようにオカズは串を刺してあるけど…何か、都合が悪かったら言って下さいね。」
「はい。」
入院してからずっと、いままで食事の時間だけは、誰かが付き添ってくれていた。今日は、紗江が来てくれたのだろうが、さっきケンカになって帰してしまった。
「食事くらい、1人でするさ。」
そう言って、オレは串刺しになっている鶏肉を口へと運んだ。
窓から、柔らかな月明かりが射し込んでくる。今日は、看護師さんにも言って窓のカーテンを少し開けたままにしてある。横になったベットからでも、丸い月がよくみえた。
『時は、戻れない。』
ふと、誰かがそんな風に言っていたのを思い出した。2週間前のオレは、まさか事故にあってこんな風になるなんて、思いもしなかった。前までは、なんでもなかった日常生活に、今はこんなにも不自由している。
『もし、あの日あのバスに乗っていなければ…。』
そう何度思っても、時間が戻るわけもなく…──。
「時は戻れない。どんなに辛くても、キミは生きてるんだよ?」
「え?!」
オレは、驚いて後ろを見た。個室の病室に、自分以外は、誰もいない。扉は閉ざされたままだ。
「気のせいか…。」
そう納得し再び窓の方に顔を向け…──オレは、心臓が止まるほど驚いた。
「今晩わ、ナオ。」
「…サ・サク…ラ…?!」
月明かりに照らされた窓の前、鮮やかに微笑う彼女の姿があった。
「クスクス、驚いてるぅ~。変な顔。」
「あ・当たり前っ…!あ・あんたは?!」
「恥ずかしがりやの人見知りでーす。」
オレは、今どんな顔をしているんだろう?どんな表情で、彼女を見ればいいのか?月明かりに照らされた彼女は、とても綺麗で…それなのに生気を感じない。冷たい、人形のようだ。
「サクラって、死んでるの?」
「…──分からない。そうかもしれないし、違うかもしれない…。気付いたら、こうなってたから。」
「……。」
「なんか、ナオにしか見えないみたい、私。やっぱり、死んじゃってるのかな?私って…。」
オレは、恐る恐る彼女の右手に手を伸ばし…──。
「…掴める。」
「ホントだ…。」
オレは、サクラの顔を見た。今度は、彼女が驚いた顔をしていた。
「ナオは、私に触れてもすり抜けないんだ…。」
サクラは、嬉しそうに言った。
「ちゃんと、掴める。…幽霊なら、掴めないはずだよな?」
「なにそれ…フフ、私ナオ以外の人には、見えないし触れないんだよ?」
「じゃ、妖精とか天使とか…意外に悪魔かも。…死神じゃないだろうな?」
「違うんじゃない?…じゃあ、天使って事にしてよ。」
「悪魔じゃないのか?」
二人、顔を見合わせる。なにか可笑しく思えて、オレもサクラもクスクス笑い出した。
「サクラ…身体、探そう。」
「はぁ?」
「きっと、身体に戻れなくなってフラフラしてるだけだって。手伝うからさ、何か思い出せば、どこかでちゃんと目覚めるんじゃないか?」
「うーん、私このままでも楽しいからいいんだけどね。」
「そんな、いい加減な。」
「ただ、なんか凄く“大切なコト”…忘れちゃってる気はするんだぁ…。」
「サクラ…。」
そう言った彼女の横顔は、とても悲しげで…思わず抱き締めたいくらいだったけれど、彼女は蝋燭の火が消えるかのようにスウッとその姿を消した。
「ナオ、あんた昨日紗江を追い返したって?!なにやってんのよ。あの子、お兄ちゃんの頭が壊れてるって家で大騒ぎよ。」
「…知るかよ。」
「ちゃんと、ご飯食べれたの?」
「食べたって。」
めんどくさい、朝からギヤアギヤアと…。母親の心配する声も、今はただの雑音でしかない。気になるのは、昨夜の出来事だけ…──。
『夢、だったのか?』
「…──だいたい、皆心配してるのよ?解ってるの?!」
終らない小言に、いい加減イライラしてきたオレは、ため息をつくとウルサイ母親を睨む。
「朝からガタガタうるさ……モガッ。」
『いちいち、つっかかるな。“心配してくれてありがとう”って、言えばいいじゃん。』
「(サクラ)?!」
「?ナオ、どうしたの。」
突然、口を両手で塞がれた。母親には、見えていないらしい。いつの間に現れたのか、背後にペッタリくっついた彼女がオレの口を塞いでいる。
『ガキじゃないんだから、わさわざ人を怒らせるな。』
「モガモガ(サクラ、手離して)!!」
『ちゃんと、ありがとうって言いなさーい。』
「ング?!「(なんで)」
「ナオ?」
『事実でしょ。言うって約束するまで、離さないんだら。』
「プハッ…ハァハァ。(わかったから、離せっ!)」
「ちょっと、具合悪いの?看護婦さんに来てもらう?」
「平気だよ、そんなんじゃない。…心配してくれて、ありがとう。」
最後の方は、口ごもるような言い方になってしまったが…。チラリと見た母親の顔が、自分が思っていた以上にほころんでいるのを見て、ハッとした。そういえば、入院してから…いいや、その前からだ。もうずっと母親のそんな顔を見ていない気がする。
「ナオ、可愛くないんだ。」
「ウルサイ。それより、いい加減離れろっ。」
む・胸が背中にあたってるじゃないかっ!
狭いベットにくっつくように座ったサクラは、ニヤニヤしながら、こちらの様子をうかがっている。
「サクラ、ホントに他の人には、見えないんだね。」
朝食を食べながら、母親の耳にはいらないよう小声でサクラに話しかける。
「昨日、言ったでしょ。」
「夢だと思ってた。」
「残念、現実でーす。」
「…その状態で、あっさり現実って言うなよな。」
「あー、こーゆーのをとり憑いたって言うんじゃない?」
「サクラが言うなよな。」
ブツブツと独り言を呟く息子を怪訝そうに見つめる母。
「そうだ。ナオ、家にお友達がたくさん来てたわよ。」
「誰?」
「河上さんとか水野さんとか…女の子。他にもクラスメイトって子が、何人か来たね。」
「居たかなそんな奴らも、友達じゃないけど。」
「あんたね…友達とか、学校で上手くいってるの?」
「知らねぇ。」
「うわ、嫌われてんだ。」
「違う!」
「!なんなの、突然大声出して。ビックリするでしょ。」
「……。(お前のせいだぞ、サクラっ!)」
彼女は、お腹を抱えて足をバタつかせ大笑いしている。まったく、質が悪すぎる!
「ねぇ、そんな表情してリハビリ行くつもり?」
「そうだけど。」
「ヤダヤダ、イライラ君だよ。も少し笑顔って出ないわけ?」
「あのさ、サクラ。ガミガミ母さん以上にウルサイぞ。」
「年上なんだから言ったっていいでしょ?」
「…サクラ、オレより年上なんだ?」
「アレ?…──今、思い出したよ。私、ナオより年上だよ。高校、卒業したんだもん。卒業して…──?」
「思い出せないんだ。」
「うん。でも、ちょっと思い出したよ。ナオのお陰だね、ありがとう。」
「オレ、なんにもしてないよ。」
サクラの笑顔。サクラは誰にも見えないから、今この笑顔は自分にしか見えないんだ。そう思うと、人より得した気分で嬉しかった。まるで、自分だけが皆が知りたがっている秘密の答えを知っているみたいで…そうだ、答えだ。彼女がどうしてこうなったのか、秘密の答えを見つけて元に戻してあげるんだ。
「サクラ、あのさ…って、また勝手に消えたのか。」
リハビリ室を前にして、再び彼女は姿を消した。
それから、サクラは頻繁にオレの前に姿を現した。オレが、落ち込んだりイラついて不機嫌な顔をする暇もないくらい…今思えば、オレの為だったのかも知れない、口から出る言葉が文句ばかりだったオレ。“あの日”だって、前日にキレて病室へ戻ってきていたから、リハビリなんてやる気がなかった。やめるつもりだったのに、サクラと話している内にそんなこと忘れて足を運んだ。
サクラが笑う。
彼女の明るさに、オレはいつも助けられていた。
サクラがいたから、オレも、笑う事が出来るようになっていたんだよ。
花火
暗闇を照らす光
このまま、ずっと二人で…──。
オレが入院している間に夏休みが始まり、友人の何人かが訪ねてきた。
「大丈夫か?」
と聞かれる言葉に、
「まぁ、大丈夫だよ。」
と返すことを何日か繰り返し、やり過ごす。
「ナオ。」
今日きたのは、オレをバンドのメンバーに誘ってくれた良二、沢崎 良二だ。
「よ。」
「お前、生きてて良かったな。」
「ん、まぁな。」
「お前さ、切ったの顔じゃなくて頭で良かったよな。手とかは、動くんだろ?」
「動くけどさ。打ち付けたせいかな、まだ、あんまり力が入らなかったりするんだ…。」
「そっか…。ギターの話しなんだけどさ…。」
「代わりのメンバー決まったんだろ?頑張れよ。」
顔を見ればわかる。事故にあってすぐ諦めていた。
「悪い。スマン。」
「謝んなよ、悪いのオレだし。せっかく誘ってくれたのに、悪かったな。」
「ナオ。…──ギター、諦めるなよ。」
「当たり前だ。良二、来てくれてありがとうな。」
「都合悪いことあったら、言えよ?ま、後で手伝ったぶんのアルバイト代、請求してやるからさ。」
「お前には、死んでも頼まないって。」
「そんなこと言うなよー。知ってんだろ?バンドやるの、金かかるんだよ。」
「お前、ボーカルだろ?!ギターのオレに、たかるなっ!」
「ハハハ。じゃ、悪い、バイトあるからさ。早く元気になれよ。」
「ああ。来てくれて、ありがとな。」
「仲良しなんだ?」
「大親友。口悪いけど、イイヤツなんだ。」
肩越しにサクラの声が聞こえてきた。突然現れるのには、もう慣れている。
「幼馴染みでさ、昔は家の近くに住んでたんだ。引っ越して、隣町に行ったんだけど、よくつるんで遊んでる。」
「いいよね、友達って。私もバンドの仲間とは、朝まで曲創ったり練習したりして騒いでるもん。」
「サクラのバンド仲間、逢ってみたいよ。」
「うん、思い出せたら必ず紹介するね。」
今日も、変わらない笑顔を見せるサクラ。オレの身体も良くなってきているし、サクラの方も、オレと話すうちに色々思い出したようだ。このまま上手くいけば、オレが退院するとき、サクラも自分の身体に戻れるかも知れない。
『その時は、サクラに告白しよう。』
オレは、そう心に決めていた。毎日向けられる、あの笑顔をなくしたくない。
「そろそろ、一度週末あたり家に帰ってみるかい?」
「え?」
「家に帰ってどのくらい生活出来るか、みたほうが良いと思うよ。」
「…そうですね。家族にも、そう言ってみます。」
「…──という訳でさ、週末帰ってみようと思うんだ。」
今日の診察で、外泊を勧められたことをサクラに話す。
「ふぅーん。なんか、淋しいな。」
「そっか。サクラ、話す相手が居なくなっちゃうもんな。」
「うん。ツマンナイ。」
デイルームから外の景色に目をやるオレの隣、チョコンと座るサクラは、長い髪をかきあげると口を尖らせ横を向いた。
「お兄ちゃん!」
「ナオ、こんな所にいたのね。」
デイルームが突然騒がしくなったと思ったらウルサイ母親と妹だ。
「こんなところで1人黄昏ちゃって、お兄ちゃん相変わらずだよねー。」
言いながら、紗江はオレの隣、サクラの座っているその場所にドカリと腰を下ろす。
「あー。」
妹と“重なった”サクラは、不満そうな声をあげる。怒ったような困ったような複雑な表情でソファーから立ちあがると、オレの方を見て肩をすくめた。
「紗江、そこ座るな!」
「なによ、お兄ちゃん。誰も居ないのに。」
「居ないけど!オレにとっては、居るんだ。どけよ。」
「また、ワケわかんないことを。頭、大丈夫?」
「お前よりマシ。いいから、そこ空けろ。」
「ハイハイ、うるさいんだから。」
空いたスペースに、嬉しそうにサクラが座る。顔の横に出されたピースサイン。思わず、顔がほころんだ。
「なにか、いい知らせ?ニヤニヤしちゃって。」
「え?いや、別に…──そうだ、週末、先生が一度家に帰ってみろって。」
「やったじゃん!帰ってきなよ、土曜日花火大会だしさ。家から見えるよ。」
そうか、近くの川沿いで、毎年花火大会をやってたな。いつも、こんな季節だったか。オレの部屋からは、花火がハッキリ見えるから毎年花火大会の日は、決まって部屋は家族に占拠される。その日の夕食は、普段使わないちゃぶ台をひっぱり出して、オレの部屋で食べるのが恒例だ。いつからそうなったのか、サッパリ憶えていない。ただ言えることは、オレが嫌だと言ったところで、誰もそれを止めようとしないということだけだ。
「サクラ、聞いていい?」
「なに?」
夕食の時間が終わってしばらくすると、騒がしい二人は帰っていった。病室に二人きりになったオレは、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「サクラ、記憶が戻ってきたって言ってただろ?それで、さ…──。」
「なぁに?」
「彼氏、とか…いたりする?」
「ハァ?」
「だから、付き合ってる相手を思い出したとか。」
「付き合ってる、ねぇ…マサキ・カグラ・てっちん・レイ。」
「ご、五人?!」
「付き合ってたバンドのメンバー。なに焦ってんの?」
小悪魔な笑みを浮かべるサクラ。オレの気持ちを知ってるのかもしれない。年上の余裕ってやつなのか?ふと、そう考えてから急いで否定した。オレだって、そんなお子様じゃない!
「なるほどね、性格悪くて男いなかったんだ。」
「なっ!そんなことないもん。ナオと一緒にしないでよ。」
「オレは、性格悪くないし彼女居ないなんてサクラに言った覚えないけど?」
「じゃ、いるの?」
「……いない。」
「人のこと言えないじゃん。」
「悪かったなっ!」
「私が、なってあげよっか?」
「え?!」
予想外の言葉に、オレは次に返す言葉が見付からずただ戸惑うばかりで…その表情を見て、サクラは、また笑っていた。そして、さっきの言葉が冗談だとも本気だとも言わないまま、ひとしきり笑ったあと姿を消した。
…そして、週末が来た。
「母さん、こんな早くに迎えに来なくたって良かったのに。」
「良いじゃない、せっかく外泊許可出たんだから。荷物はこれでいいかしら?」
今日は、まだサクラの姿が無い。オレは、彼女に対してちょっとした計画を立てていた。そのためには、母親に連行される前に出てきてもらわないと。
「サクラ、出てこないつもりかな…。」
「何か言った?」
「何も。」
「あっそ、ほら行きましょ。」
「もう?!」
「いいじゃない。今日は父さんも休みだし、皆待ってるわよ。」
せかされて病室を後にする。周りを見回しても…やっぱり居ない。今日は、現れないつもりなのだろうか?ナースステーションに外泊届けを出し、エレベーターに乗り込む。5・4・3・2・1、扉が開いた。
「車、入り口までまわすから待ってて。目の前の駐車場、空いてなくて。」
「ああ。」
そう言って母親は走って行った。入り口にポツンと立ったオレ。そういえば、パジャマ以外の服装も久し振りか。久し振りにはいたジーンズが、重たく感じる。
「いってらっしゃい。」
「!サクラ、やっと出てきた。」
「あーあ、つまんないなぁ。でも、怪我治って良かったね。もう少しで、退院かな?」
「かな?…あのさ、オレ考えたんだ。サクラは、俺にしか見えないし話せないんだろ?だったら…──。」
プップー!
「あ、迎えきたよ。」
「今日、花火大会なんだ。サクラと見たい。」
「え?」
神様、お願いだ。どうか、この手を…!!
オレは、手を伸ばしサクラの手を掴んだ。
「えぇ?!」
「捕まえた!!一緒に行こう、サクラ。」
驚く彼女の手をシッカリと握って、オレは車の後部座席に乗り込む。サクラが隣に座ったのを見ながら、オレはドアを閉めた。左手は、しっかりと繋いだまま。今この手を離して、消えられたら嫌だ。
「ちょ、ちょっと?!」
サクラの方が、オレより驚いているようだ。今まで見たことの無い、とまどまった表情をしている。
今までサクラと話していて、彼女が病院から外に出ていないということをなんとなく感じていた。
「部屋から見える花火、綺麗なんだ。見せたくてさ、どうせやることないって言ってたし。」
「…ありがとう。」
「ああ。」
病院が、遠ざかる。繋いだサクラの手は、冷たかったけれど柔らかかった…。
「ただいま。」
「おっ帰りぃ、お兄ちゃん!」
久しぶりの我が家に、なんだか懐かしさすら感じる。住宅地の中のありふれた一軒家。周りの家と比べても、オシャレでもなく広くもない。いたって普通の家なのだが、この家に帰れたことが無性に嬉しい。入院生活が、続いていたせいだろうか。
「ヘェ、ここがナオの家なんだ。」
「ああ。」
「ウフフ、お邪魔しまーす。」
早速、自分の部屋へと向かう。リビングには父の姿もあったが、どうやらソファーでうたた寝しているようだ。
「あの人が、ナオのお父さん?」
「そ。」
「初めて見たなぁ。よく似てるよね。」
「そうかぁ?」
「寝顔なんか、おんなじだよ。」
「…サクラ、いつオレの寝顔なんて見てたんだよ?」
「ん?そんなのいつだって見れたよ。」
「悪戯とかしてないだろうな?」
「さあ?」
二階の奥が、オレの部屋だ。隣には、妹の部屋もある。そういえば、部屋、散らかってなかったか?
「とりあえず、ここがオレの部屋。入って。」
「うん。」
中は、オレが不在の間に母さんが片付けたようで、すっきりとしていた。まぁ、いつもは雑然としているのだが。
「意外に綺麗だね。いつもじゃないでしょ?」
「うるさい。」
「あ!」
部屋の隅に置かれギターを見付けたサクラが、嬉しそうに飛び付く。
「うーん、この感じ。ね、なんか弾いてみてよ。」
「そんな、突然言われたって。」
「えー、だって私こんなで弾けないし。ギターの音が聴きたいもん。」
「うーん、分かったよ。じゃ、準備するし待って。」
このギターは、一番最初に買ったギターで、あまり使っていなかった安物だ。お金を貯めてから買ったお気に入りのギターは、事故に合ったとき壊れてしまったと妹から聞かされた。
「緊張するな。」
「ライヴやるって言ってた人が、観客一人でビビらないの。最初のお客様なんだから、よろしくお願いします。」
「ん。」
久しぶりの感触だった。硬く感じる弦を押さえ、オレは事故前によく弾いていたバラードを弾くことにした。
アンプから流れる切ない旋律…練習不足で指が動きにくかったけれど、サクラを想って曲を奏でる。
「…──これで、いいかな?」
「うん、ありがとう。大満足だよ。」
彼女の笑顔を見て、ほっとした。失望させずにすんでよかった。サクラが喜んでくれた顔を見て、オレは失くしかけていた自信を少し取り戻した。退院できたら毎日練習して、いつかサクラと一緒に弾きたい。
バタバタバタバタ…!
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、入るよ!」
「なんだよ、紗江!」
「夜の準備!さっそく弾いてるの?好きだねー、お兄ちゃん。と、どいてどいてちゃぶ台重いんだから。」
「まだ、昼前だろ?」
「今の内に持って行け、って母さんが。お兄ちゃんが帰ってきて張り切ってるんだよ。よかったよねー、ここまで治って。」
「ああ。」
それから夕方までは、あっという間に過ぎていった。相変わらず、笑えないオヤジギャグばかりとばす父に上機嫌の母、騒がしい妹。
「ナオの家族、楽しいね。」
「騒がしくってさ。」
「良いことだよ。」
「サクラの家族って、どんな感じ?」
「んー…。」
「覚えてない?」
「違う、堅苦しい感じかな?ナオみたいな家族なら良かったのに。」
「そうか?振り回されて、疲れるだけだと思うけどなぁ。」
「ナオー!そろそろ料理を運んでちょうだい!!」
「ハイハイ。…ほらね。」
ドーン!ドドーン!!
空一面に、鮮やかな華が咲き、夜の闇が明るく照らされた。
「綺麗だね。」
スッと、と隣に並んだサクラが呟いた。
ドキン。
周りに鼓動が聴こえるかと思うほど、胸が鳴った。
今まで、こんな感情を持ったことはない。
「…──ちゃん、お兄ちゃん!」
「え?!」
「え?じゃないよ。もうっ!あのさ、もしバンド組む話がながれて、ギター辞めるとか言い出したら渡しづらいなぁとか思って渡してなかったんだけどさ。」
「なんだよ、紗江?」
「はい、警察の人から渡されてたんだ。」
そう言って手渡されたのは、手書きの楽譜だった
「え?これ…。」
「事故の時、散らばっちゃったのを集めてくれたんだって。」
それは、何度も書き直したらしい跡があるスコア。歌詞のメロディー、ギターのコードは複雑で、…自分には、弾くことなどとても無理だ。
「これ、オレのじゃな…──。」
世界が、止まった。
夜空に打ち上げられた花火の軌跡は、花開くことなく中空に止まり。総ての音も失われた。
凍てついた、静寂の世界。
「やっと、見つけた。」
「サク…ラ?」
「ナオが特別だった理由、今わかったよ。私の“命”は、ここにあったんだね。」
手書きのスコアを懐かしそうに、愛しそうに見つめる彼女。
「“あの日”、私の時間は止まってしまった。ナオは、思い出してないか。フフ、私もあのバスに乗ってたんだよ。自分と同じようにギターを背負ってる男の子の隣に、ね。」
オレは、ただ呆然とサクラを見つめていた。いや、言葉が出なかった。
それは、認めなくないからだ。
「バカだよね、私も。こんなに大切にしてたモノを忘れちゃって…血で染まった紅い服を着てるのに、自分が死んでる事も忘れちゃって…。」
「嫌だ!!」
オレは、叫んだ。
「死んでるとか言うなよ!信じねーよ、そんなの!オレは、オレはっ!!」
「ナオ…──。」
「サクラが好きだ!一緒にいたい、このままずっと!!…なんで…なんでだよっ?!オレは、事故のことなんて、何も覚えてないっ!」
「……。」
「信じないっ!」
叫びながら、目を閉じた。
すると、唇に柔らかな感触を感じた。驚いて目を開けると、オレに口づけるサクラの顔があった。
「サクラ…!」
強く抱き締めた身体が冷たい。細い身体を引き寄せて、もう一度キスをした。背中に回された手が、優しくオレを抱き止める。
止まった時間の中で、何かを確かめるように唇を合わせ、言葉では伝えきれない想いを託すように…──溢れる吐息、そしてゆっくりと唇が離れた時、サクラが言った。
「私も、ナオが大好きよ。」
ドーン!!
夜空に、満開の華が咲く。
オレの頬を一筋の涙が伝い…溢れ落ちた。
紅い海は夢色に染まる
今、オレはバスに乗っている。そう、事故にあったあの路線を走るバスだ。あの時と同じようにギターを持って。違うといえば、今日は、片手で持つには大きすぎるほどの花束を持っていることだ。
季節は、もう夏から秋へと変わっていた。
近くの停留所から、オレは“彼女”の元へ向かった。
「なんだ、オレ以外でもサクラに逢いたい奴っているんだな。」
相変わらず、オレは事故の事をほとんど思い出していなかった。ここに来る途中、やたら気分が悪くなる場所があったが、やはりそこが事故現場だったらしい。母親に聞いた場所には、自分以外にも誰かが花を供えているようだった。
純白の薔薇を捧げ、オレは下に広がる海へ降りた。岩場の多い場所だが、広くはないものの泳げる場所もある。こんな季節に泳ごうなんて考える人間は、さすがにいないようで、静かな海辺に自分以外の人影は無い。
ふと、“唯一思い出した”サクラとの想い出が脳裏をよぎる。
『隣、いいかな?』
『あ、はい。』
バスに乗り込んできた女性は、オレの座っていた一番後ろの席に座る。純白の衣装にギターを背負った彼女は、美人でとても目立っていた。
『ね、キミもギターやってるんだ?』
『はい、そうです。』
『クスクス、そんな緊張した話し方しなくたっていいよ。』
「…あの時は、プロのミュージシャンだと思ったんだよ。ま、実際サクラは“本物”だよな、あんな曲作れるんだから。」
花火を見た夜に、オレはサクラと約束していた。
あの夜。
「ナオ、私行かなきゃ…。」
「嫌だ!離さないっ!!今離したら、サクラ死んじゃうだろ?」
「…──死なないよ。」
サクラが、優しい笑顔でオレを見た。そして、じっとオレの瞳を見つめながら、諭すように言葉を続ける。
「さっき、言ったよね?このスコアは私の“命”だって。だから、これをナオが持っていて。」
「……。」
「ナオ、約束しない?」
「…約束?」
「うん。ナオは、“私”が消えてしまわないように、このスコアの曲を弾けるようになること。ちゃんと弾けるようになったら、私が“眠ってる”海においでよ。いいもの、プレゼントしてあげるから。」
「…サクラ、どうしても…─。」
「時は、戻らない。…私は、奇跡の時間を貰ってたんだもん。幸せだよ。彼氏も出来たしね。」
「……約束、忘れるなよ?絶対、サクラよりギター上手くなって逢いにいってやるからなっ。」
「フフ、楽しみに待ってるからね。」
「ホント、性格悪いよな?スッゲー難しかったんだぞ!毎日何時間も練習したさ、早く逢いたかったのに、もう秋だよ。」
オレは、ギターを取りだしこの日の為に練習してきたサクラの曲を弾いた。
『サクラ、聴こえてるか?』
「…──なぁ、俺たち以外で花が供えてあるなんて、初めてだよな?」
「ああ。桜の奴、家出して家族とも仲悪かったし、音楽以外興味ない奴だったし。」
「しっかし、メンバー全員が同じ夜に同じ夢みるなんて…あいつ、ヤッパ成仏してないんじゃねーの?」
「桜ならあり得るな、黙って寝てられる性格の女じゃなかったし。だいたい、預けたい大事なモノってなんだよ?」
暮れかけた海を見下ろす道路上に、四つの人影があった。数ヵ月前、この場所で事故に遭い、命を落とした“仲間”を弔うために集まった四人。
「なぁ、下に誰かいるじゃん。」
赤い髪の青年が指差す方に、自分達以外の人がいる。
「ん?ゾーサン(アンプ内蔵のエレキギター)弾いてるんじゃないか?」
「お、ホントだ。高校生かな?」
金髪ロン毛の二人も、そちらを見る。
「……。」
スッと、長い黒髪の青年は、何も言わず下の海へ降りていく。
「あ、待てよレイ!」
慌てて三人が、彼を追いかける。
海が、空が、紅く染まっていく。沈みゆく日の光が、海面を反射し黄金の煌めきとなって世界に散らばっていた。
『ナオ、聴こえてるよ。』
聞き慣れた声が、聞こえた。サクラに、この曲が届いている。オレは、海を見た。光が散らばる紅い世界に、純白の服を着て微笑むキミが見えた。光に包まれたその姿は、最高の笑顔でこちらに向かって頷くと、煌めきとなって消えた。
「…間違いない。桜が創ってた曲だ!」
「え、何?」
「アイツが弾いてる曲だよ!オレが詩を書いて、毎日何時間も合わせてたから間違いない。」
黒髪の青年が驚いて、彼を見る。そこに、赤い髪の青年が肩を組んできた。
「はぁーん、桜の言ってた預けたいものってのが、判ったぜ?アイツって、年下が趣味だったんだ。」
「…そうか、そうだな。ギタリスト不在だからな。」
「…──サクラ、オレ、忘れないよ。一緒に過ごした時間と、サクラを好きになった事。」
「ナオ、私から、最高の夢がみれるプレゼントをあげる。振り返って…──。」
fin
これまた若い時の作品で、今の私は読むのが恥ずかしかったり(苦笑)
この作品には影響を受けた曲がありまして……とあるインディースのバンドをやっていた方の曲が好きすぎて作ったものです。残念なことに、某所が楽曲のクリエイト部門を辞めてしまったっため、もう公で聞くことはないのですが。
切なく報われない想い、そんな曲を聞きながら作った作品ですので、完全なハッピーエンドではありませんが不幸せでもない、不思議な話になってます。
真夏の夜の夢、儚さ。
そういったものを楽しんでもらえれば幸いです。
ここまで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。