第八話 五日前(2)――無関心なのは当人ばかりという事
Five days ago
一般生徒にとって、職員室や生徒会室というちょっと偉そうな感じがする部屋というのは敷居が高い。ボクもその御多分に漏れず、扉の前で少し緊張していた。
ふうと一息。緊張を口から吐き出して、コンコンとノックする。
「入りたまえ」
「……失礼しま~す」
恐る恐るといった体で扉を開ける。中にいたのは遠見会長と杏李先輩の二人だけでちょっと安心した。
「お疲れ様です、キリンさん」
「真砂クンがいないから、美味しいお茶を出せなくてすまないね」
「ええと、大丈夫です。呼び出したのはこっちなので」
生徒会の仕事についてはよく知らないけど、こおりちゃんがさっさと帰ってたことから今日はお休みのはずで、放課後この部屋には誰もいないはず。それなのにこの部屋へと訪れたのは、もちろん会長がこの部屋に残ってると知っていたから。昼のうちに「相談事がある」と持ち掛けたのを「では放課後のこの時間に」と返されたのだ。
「うむ、では早速用件を聞こうか。こおりちゃんがどうかしたかね?」
「うえ!? ま、まだこおりちゃんの事だなんて言ってませんよね!?」
図星を指されて狼狽えたところを杏李先輩にくすくすと笑われた。
「それはもう。キリンさんがお持ち掛けになられる悩み事は大抵こーりん関係ですから」
ううう……。恥ずかしい……。
「最近上手くいっていないようだし、ついにこちらへ話を持ち込むほど追い詰められてきたかな?」
「ああ、いえ……そういう話じゃなくて」
それはそれで悩んでるんだけど。
「ええと、今朝の事って……知ってます?」
「……続けたまえ」
会長が居住まいを正した。釣られてボクも背を伸ばす。
「こおりちゃんの靴箱に入ってた手紙の中に……カミソリが」
「ああ、そっちの話か」
「そっち?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
「ええっと……それで、こおりちゃん指に怪我までしちゃってるし、これはもう生徒会のほうで何とかしてくれないかなあって」
「ふむ……。確かに見て見ぬふりは出来ない案件だが……」
……何だろう、難しそうな顔で言い淀んでしまった。
「こおりちゃん自身が動く様子は?」
「からっきしです」
「だろうなあ」
予想通り、とひとつ頷く。…………あれ、終わり?
「えっと、まさか当人が何も言わないんだから」
「放置しておけ、などとはもちろん言わないさ。これでも生徒会長だし、幼馴染みなのだからね」
ええい、ドヤ顔ウザイ。いちいち人をイラッとさせて楽しいか、愉しいんだろうなこの野郎。けどそれもわずかな間で一変、「ただ」と言い添えて疲れた顔で肩を竦めた。
「困ったことに表立って生徒会がこおりちゃんに味方するわけにもいかない状況になってしまっていてね」
「? なんでですか。被害者ですよ、こおりちゃん」
「こーりんに非がある、ないという話ではないのです、こころん。こーりんに対して正否どちらのスタンスをお取りになることも、生徒会には難しい状況になられてしまわれたのです」
「どういうこと? こおりちゃんの味方したらいったいどんな問題があるっていうんですか」
「おそらく、学園がふたつに割られてしまうのではないかと」
……は?
「いや待って、なんでそんな大袈裟なハナシになんのさ!?」
「そりゃあ、こおりちゃんへ好意的な感情を持つ者と嫌悪的な感情を持つ者でだいたい半々だからさ」
それは知ってる、今朝聞いたばっかりだし。けど、それがいったいどうして大事に発展するんだ。
「ここのところこーりん否定派が目につき始めていらっしゃる、という事はご存知ですか?」
と、疑問が解決される前に杏李先輩がそんな質問を挟んできた。
「あ、あん? 否定派?」
けど、正直その言葉の意味がわからない。なんだ、否定って。こおりちゃん、何か否定されるような主張してたっけ? そんな風に首を傾げているとキョウ会長が苦笑した。
「また強い言葉を使うね。嫌悪で十分伝わるし飲み込みやすいと思うが?」
「申し訳ありません。ですけども、彼らの「こーりんという人間の何もかもが受け容れられない」というスタンスは否定と呼ばれることが適切ではと愚考しましたのですが……確かに、少々意味がずれても伝え易い言い方を選ばれる方がよろしいかもしれませんね」
? ? ……まあ、なんだ。要するにこおりちゃんを嫌いな奴らが目立ってきたってことか。……うん?
「目立つって……なにか大仰な事やったの?」
にしちゃあ、話が全く耳に入ってきてないんだけど。
「ふむ、キミは見ない人かい? SNS」
「ああ、あれか……話題にされてるの見たら、ちょっと下がりそうなんで」
「成程。しかしならば逆に想像はつくだろう。誰々が嫌いっていうのは人が群れるための結束力を生むのに十分な理由らしいねぇ」
悲しい事だがね、と全然悲しくなさそうな調子で言う。
「さらに、同じ考えの人間がいるという事は自分が正しいという錯覚を生みやすい。それがどれほど的外れな考えだとしても、ね」
昔からよく言うあれだね。赤信号、皆で渡れば怖くない。
「それがカミソリレターに繋がるってワケか」
「気が早いものだと机の落書きなんかもあったね」
そうだった。あれが先駆け的な立ち位置になってるワケか。
「あと、鉢植え落としとか」
「……それ、ボク知らない」
いや、何それ。そんな話聞いてない。当人からはもちろん、誰からも聞いた覚えがない。誰かが話題にしてた記憶もない。
「うん、まあ、目撃者もいることはいるのだが、ぶっちゃけ見間違いだと思われてるからね」
「は、はあ? いったい何がどうなったら」
「確かに頭に直撃したのに、うざったそうに頭から土と破片を払い落として校舎に入っていくこおりちゃんを見れば、うん、見間違いだと思いたくなるんじゃないかな」
……自分がなんとも表現しづらい表情になってる自覚がある。…………いや、ちょっと待て。
「直撃?」
「直撃」
「普通死んでるよ」
「全くだ」
「軽く言うなっ! 訳が分からないよそいつっ!」
はっきり言って、そいつ頭おかしいぞ! そこまでの事をする理由が、される理由がどこにある!?
「っていうか、そんな凶悪事件が起きてるのになんで糾弾もせず黙ったままなんですかっ!!」
「もちろん、お話をお広げになられないためですよ。その為に、キョウさんはわざわざ隠蔽側に回っておられますし」
杏李先輩の回答に目を剥く。会長は「言わなくてもいい事を」とばかりに肩を竦めた。
「同じ見間違えになられるなら、鉢植えは落とされませんでした、よりも鉢植えはこーりんに当たりませんでしたとなられる方が適切でしょう。そのようなお話がお出になられない以上、お隠しになられたと推察すべきでは?」
「…………」
据わった目で拳を握り込む。こちらの剣呑な空気に気付いているだろうに会長は飄々とした態度を崩さない。
「群れるっていうのは声が大きくなるということなんだよ。生徒会がこおりちゃんを護りにかかればブーブーと鳴き始めるだろうね」
「はーん、要するに生徒会がそいつらの槍玉に挙げられたくないってことですかそうですか」
「いや? 彼らにこおりちゃんの肯定派が反応して、結果収拾がつかない泥沼になるのを防ぐためだよ」
「…………うん?」
結論を先読みしてボルテージが噴火寸前まで急上昇……の矢先になんかヘンな事を言われて首を傾げた。
「だから言っただろう? 学園が二つに割れるって」
「ああ、うん、そういえば最初に……って、いやいやいや! なにそれシンパって初耳!? こおりちゃんそんな人望あるの!?」
「それがいらっしゃるのですよ、否定派さんたちのように表にお出でになられないだけで随分な数が。地下ファンクラブと言い換えましょうか」
「そんなバカな……」
クラっときた。いったいこおりちゃんが何をした……とさっきと同じことを別ベクトルで考える。
「そう珍しいものでもないでしょう。私は他に二つほど存在を確認していますよ?」
杏李先輩のとか心のでしょう知ってるよ。そっちは納得できるよ、けどこおりちゃんに、だぞ?
「どうして、と二度ほど思っただろうからまとめて答えよう。こおりちゃんだからさ!」
「ホンッット魔法の言葉だなソレ!!」
サムズアップに全力でツッコんだ。杏李先輩が全くです、と頷いてくれるがキョウ会長はいやいや、と両手を振った。
「別に思考を放棄しているわけじゃないさ。ただ単に、こんなのはこおりちゃんという人間を見ていれば昔からよくあるひとつの風景に過ぎないと言いたいだけさ」
「ファンクラブが!?」
「初見から異様に好かれ、異様に嫌われるということが、だよ」
……こおりちゃんとの初見と言われて思い出すのは、おっぱい揉まれた上脱衣所で鉢合わせという、これ以上何があるというくらい最悪な出会い方をした事だ。まさかあの野郎、こんな事を何度も繰り返してるワケじゃないだろうな。
「別に理由なんてない」
そんな考えをキョウ会長はたった一言で否定した。が、
「初見――文字通り、一目で、だ。慕われ、憎まれる。そりゃあ、相手にいい印象を与えやすい人間、悪い印象を与えやすい人間というのはいるさ。だが、大抵はどちらかに寄ってるものだ」
「双方向ともに大勢から、というのは確かに耳にした事はありませんね」
「さらに言えば所詮印象は印象で後からどうとでも変わるものだが、こおりちゃんの場合はほぼないと言っていい。これは最早刷り込みだな」
「……なんだそりゃあ」
代わりの説明は、意味が分からないとしか言いようがないものだった。要するにあれか、こおりちゃんはいるだけで周りを洗脳してるとでも言いたいのか? ハハ、ほんと意味わかんね。
「人と関わりたがらないくせに人への影響力は強い。これぞ周防こおりというものさ」
ちょっとそこ! そんな厄介な性質を誇らしげに語るな!
「まあ、もちろん影響下にない人間もいるのだが、この学園にはちょっと多そうだな。とはいえ、こおりちゃんに全く好悪の感情を持っていない、というのは極少数だし、影響を受けたものからの影響というものもある。そんなこんなで現在学園は潜在的に真っ二つさ」
「潜在的に、という点がミソです。それはつまり、表に出なければ仲の良い隣人でいらっしゃるかもしれない、という事ですから」
「そんなところにわざわざ火を点けにいく真似はできないさ、生徒会だからこそね。だいたい、この問題に関しては生徒会の内側ですら例外では無いのだよ」
うわあ。考えてみればこの人たち、こおりちゃんを内輪に抱えてるんだよね。下手打つと一番危険な場所なんじゃないの? だからって、誰それが嫌いだから、なんて理由で辞めさせるわけにも当然いかないだろうし。
「……とりあえず言いたいことはわかったよ。でも、だからこおりちゃんを見捨てていいってことにはならないよね」
こおりちゃんに助けを求められたわけじゃないけどそれはそれ。あちらにとって問題じゃなくてもこちらには大問題なのだ。
「もちろんさ。表立っては動けない、と言っただろう? ならこっそり動けばいいのさ。名前が使えないから対処療法が精々になってしまうがね」
「とは言いましても、キョウさんや姫さんが直接動かれてはお目立ちになられてしまいます。生徒会と結び付けてお考えになられる方も多くいらっしゃるでしょう。では、いかがいたしましょうか?」
……ああ、もう。何が言いたいかわかっちゃったよこのヤロウ。てか前にもあったぞ、こんな展開。
「……つまり、生徒会と直接関係がない誰かがやればいいってことでしょ」
「……ふう。そんな親切な誰かがいてくればいいのだがな~あ?」
っ、白々しい。
「あー、はいはい。ここにいますですよっ。どのみち傍観してる気はなかったもん、裏で協力してくれればあとはこっちでやりますよっ」
「うむ。よきにはからえ」
ぐあー、カチンとくる物言いだぁ。
「ははは。いやいや、実際この件でキミほど頼りになる人間はいないよ」
「……む? そう言われて悪い気はしないけど、どういう事?」
「単純に、キミとこおりちゃんの仲が良い……実際がどうかはともかく、周りからはそう見えているからさ」
そこ、言い直す必要あったか?
「こおりちゃんの為に動いても不思議に思われない、むしろ当然。生徒会のバックアップを受けて動いているなどと勘繰られない程度にはね」
「キョウさんですと立場上そのようにはいきませんね」
杏李先輩の注釈に相槌を打つキョウ会長。「それに」と続けて、
「それに二次被害も防げる。何せ横槍を入れてくるのが四強だ、それも敵は能動的にぶん殴るタイプの。ターゲットに加えようものなら割に合わないという言葉の意味を思い知るだけ、それは霧学の誰でも知っていることさ」
「心ッ外! ああもう、ホンット四強の評価ってヒドいなあ!」
それ、絶対過大評価だって。人外のトンデモ無双集団ってイメージが一人歩きしてるけど、誤解だから幻想だから。んで、そのイメージ通りなのが少なくとも一人いるのが尚更にタチ悪い。あの人を基準にしたらダメだって。……比較される普通の人は居たたまれなくなるじゃないか。
「~~~~ッ、とにかく。話は纏まったってことでいいんですよね? それじゃあ、何かわかったらまた連絡――」
「うむ。とりあえず、頻繁にこおりちゃんバッシングの書き込みをしている生徒のリストを渡しておこう」
……流石生徒会長、仕事が早い。早過ぎて呆気に取られるくらい。
「……なんであるの?」
「ここまでの話の流れで何も調査してないと思われる方が心外というものだよ。そちらのY・Iに送るからIDを教えてくれたまえ。まったく、通信機能があるのはいいが手打ちで登録しなければならないというのは早くどうにかしてほしいものだね?」
……うん? いや、同意を求められても。
「ええと……ワイアイ?」
ピタリと。二人の動きが凍り付いてこちらを凝視された。
「…………これの事だが」
キョウ会長が取り出した……スマホじゃないな。PDAかな? 首を傾げてみせると二人とも何故か深刻そうな表情になった。
「本当にご存じない様ですね。てっきり既に桜井理事より渡されておられると愚考致しておりましたが」
「必須アイテムではないというのは事実だが、いや、Ⅰ型古代種の場合は必須だったね。ともかく、輝燐クンの身の上を考えると持たせていない方が不思議だよ。何を考えているやら……」
何やら不可解だと言わんばかりに頭を捻る二人。その姿を見ていると、不意にうず、と頭をもたげる思考があった。
「あの、前々から一度聞いてみたかったんですが、」
遥香さんに引き取られたこと。こおりちゃんが引き取られたこと。その二つから連想するなら。
ゴクリと唾を呑んで、尋ねる。
「ボクって何か、重要な立ち位置に居たりするんでしょうか!?」
「「いや、全然?」」
即答ッッッ!!
「まあ、こおりちゃんと同居しているし、貴重なミスティと共生しているから重要でないとは言わないが……。うん。特別な何かがあるワケではないなぁ」
HA・ZU・KA・SHI・I!!
うわ、うわ、うわあ! なんだ、いったいボクはなにトチ狂ってこんな質問しちゃったんだ!? 運命に導かれた的なアレか、組織の陰謀に巻き込まれた的なアレか、中二病か!!
「(……私が命じられた任務、それにあの情報の存在を考えますと、何かあるのかもしれませんが……護衛している事自体秘密ですもの、口には出せません。ええ、ですから今も羞恥に転げ回られていらっしゃるキリンさんをお慰め出来ません事も仕方のない事なのです……というのも、余りに無慈悲ですか)」
「キリンさん」
衆目はばからずのたうち回っていると、ぽん、と肩に手を置かれた。
「大丈夫ですよ」
黒髪ロングの大和撫子は、
「珍しくありませんよ? オーナーとなられた方で、その症状を発する方は」
とてもイイ笑顔で、
「ですから気まで病む事はありません。今後とも立ち向かっていきましょう、運命に!」
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!
グスン。
自室のベッドに寝っ転がりながら結局印刷してもらった資料をペラペラとめくる。
内容なんてほとんど頭に入ってこない。ボクは心に深い深ーい傷を負ったのです、ハイ。
……グスン。
だって、でなきゃ意味分かんないじゃん。遥香さんがボクを引き取った理由なんて。
いや、そんなこと今さら考えてるのかって言われたらアレなんだけどね?
……ごはんまだかなー。
……ペラ
…………ペラ
………………ペラペラペラペ、ん? ストップ、ちょっと戻って、そう、この人。
確か……だよね。
……一人で何人も調べられる訳も無し。直感頼みもアリ……かな?
慈悲など要らぬ!(CV:島崎信長)
副題の候補に挙げてました。割とマジで。




