エピローグA――過去の終点へ
お待たせしました、新章開幕です。
しばらく前にプロローグを追加しました。まだ読んでない方はそちらもどうぞ。割り込み投稿だと更新扱いにならないんですね……。
何も問題は無かった。
当たり前だ。
そもそも何が問題かも分かっていなかったんだから。
呆気無く、終わった。
「ふんむ……」
壁に寄りかかるように倒れた男を見下ろす。ぶくっと膨れた腹に一本入った縦線から拡がる赤い液体が服に染み込んでいく。
続けて持ち上げた腕、握った鎌を見遣る。新雪のように綺麗な白の刃はベッタリと、これもまた赤く染まっていた。
全くもって後悔は無い。代わりに、という訳でもないが、
「重いなあ……」
その実感を得た億劫さに溜め息が漏れた。
――さて。
「で、どうするんですか?」
結局玄関先に立ったままで止める素振りすら見せなかった女性に尋ねた。
「どうとは?」
「まあ、一般的には警察呼んだりとか?」
「ほう? 自首でもするのかい?」
「いえ、そこまでは。ただ、逃げる気も無いので」
事情はどうあれ殺人は殺人だ。しかもいざヤるという段階で躊躇いが無かった。我が事ながら、こんな人間を世間様に放り出しといていいものだろうかと思わざるを得ない。
「クハハ。小学校のガキのセリフでは無いぞ?」
「そうですか? ……まあ、なんでもいいです。どうせ他人の事なので」
「……ホウ?」
む。女の金色の目が妖しい光を帯びた、気がした。
「おいおい少年。その年でそんなやけっぱちな考え方に行き着くこともないだろ?」
「ただの事実ってだけです。『化け物』にとって『人間』って要素は他人事でしかありませんから」
説明にしても端的に過ぎたと思うが、それだけで女は「ああ……」と得心入ったように頷いて見せ、
「ナルホドナルホド。理屈って怖いな」
逆にこちらが首を傾げる事になった。
「話を戻すが、少年に塀の中に居られては困る連中が多々いるんだよ」
「なんですかそれ……」
げんなりする。こちとらただの小学生だってのに、頭おかしいんじゃないの、その連中諸君。
「それこそどうでもいい他人事なんですが」
「まったくだが、世界なんてそんなものだ。個人の事情なんて簡単に塗り潰される。例えば、こうだ」
――振り上げる手。
――ゆらり揺らぐ陽炎。
たった一動作の内に握られていた銃身に、反応する事も出来ず。
気付いた時には頭蓋が撃ち抜かれていた。
「……んぅ……」
すうっと、意識が微睡みから浮上する。
そのままベッドの中でぼおっとすること約五分。
むくっと上半身を起こして時計を確かめる。
六時二分前。目覚ましはまだ鳴ってない。
ボクの勝ちぃ。
「はっ……はっ……」
端々に雪の残る歩道を一定のペースで走っていく。吐く息は白く、朝の寒気はジャージ姿の身で味わう度にすぐさま部屋へ引き返したいと思わせるものだけど、こうして走り出せば身体の内から発する暑いくらいの熱を冷まそうとしてくれて、むしろ心地よい。
中学の頃から習慣になっている早朝ランニング。まだ真新しいビルが立ち並ぶ大通りを駅前方面へ抜けていく。
鳴海市にこういった建物が増えてきたのはここ数年のことだ。特に目立った産業も無いいち地方都市のはずなのに、そこそこ規模のある企業の誘致が目立ってきた、とは先輩のお言葉。流石大企業の令嬢、どこそこが何の系列の会社とか、詳しくてビックリ。
まあ、お気楽ないち学生のボクには関係の無いハナシだけど。せいぜい地元に有名どころのお店が増えれば嬉しいってくらいで。
ビル群を抜けた先には少し大きな自然公園。いわゆるデートスポットじゃなくてアスレチックの設備が整ったスポーツ公園だ。
公園の外周を取り巻くランニングコースをひた走る。舗装路沿いの植樹、朝露に濡れた葉が光を反射する。
このコースを通るルートはもう結構昔から使ってる。流れていく景色は随分変わっちゃったけど、ここで走る人の顔触れはあんまり変わってない。例えば、ボクにここの事を教えてくれた人とか。
「せんぱーい!」
その背中に声をかける。後ろ頭がぴく、と反応し、減速して振り向いた。
「おはよう、桜井。久しぶりね」
押忍、と返事して反対に加速し近付いていく。久しぶり、っていうのはここで会うのが、だ。ボクも先輩も毎日同じルートを走るわけじゃないし、時間を合わせてるわけでもない。
……とは言ってもボクはここ一週間毎日このコースだけど。ここが一番先輩と被る可能性が高いから。
「まだ続けているようで何より、ね」
「い、今さらそういう事言うのは流石にヒドいんじゃないですか?」
こちとらもう三年も続けてるっていうのに。
「そう。ここ数日時化た顔して走っているものだから、てっきり嫌々やっているものだと思ってたわ」
「……へ?」
あれ? そのセリフはつまり、先輩もここ数日はこのコースを走ってたってこと? でもって、先輩はボクに気付いてて、なのに先輩に話があったボクはずっと見つけられなかった? 偶然にしてはちょっとヘンじゃない? ていうか、先輩の方から声掛けてくれてもよかったのに……。
あれぇ……もしかしてボク、避けられた?
「ようやく吹っ切れた感じね。昨日まで疫病神でも憑いてるんじゃないかって雰囲気でキョロキョロしてるんだもの。二人っきりは少し遠慮したいレベルね」
「……そこまで分かってたんなら、相談に乗ってくれるくらい」
「そんなに親切じゃないわよ、私は。組手程度で晴れるくらいの愚痴ならともかく、暗雲背負いながら走ってる奴の悩みなんて聞きたくない」
おうふ。まあ、知ってるけど。割とドライでバッサリなとこあるって。他人の深い部分まで踏み込んでは来ない。例外は「危ない」と感じた時だそうな。
「というわけで、寛解おめでとうとだけ言っておくわ。じゃあ」
「って、待って! 待ってください!」
グン、と速度を上げようとした先輩を慌てて引き留める。この先輩の従来のペースに付いて行けた試しがない。
「? どうしたの、もう相談の必要は無いんでしょう?」
「いや、そもそも相談したかったわけじゃなくて、先輩に訊きたい事があるんです」
いや、その訊きたい事っていうのが悩みに無関係だったワケでもないんだけど。そして、何故訊く前から顔を顰めますか。多分その反応で正しいけど。
「優姫先輩ってこおりちゃ」
「付き合ってないわよ」
全部言い切る前にぶった斬られた。
「先週の内に何度訊かれたと思ってるのよ、それ。いい加減もう訊いてくる人もいなくなったと思ってた所に、わざわざ待ち伏せて、それ? 勘弁しろ」
「ハイ……。ホントゴメンナサイ……」
ザクザクと突き刺さる言葉と視線のナイフにあっさり白旗揚げた。
「で、続きは?」
「……え?」
「このくらいの事、学内で幾らでも訊けるでしょう。二人きりで、人目をはばかって訊きたい事は何?」
「……そう構えられるほどの話じゃないんですけど……」
別に人目をはばかる話って訳じゃない。なのにこうした状況をわざわざ作ったのは、ボクの心境の問題で。儀式や手順、そういったものに近いんだろう。
「その、」
やや口籠って、
「……こおりちゃん、先輩に何か迷惑掛けたりしていませんか!」
「え?」
勢いづけて言い切った問いの中身に、優姫先輩は呆気に取られているようだった。
「それは、なんていうか、今更ね」
うん、まあ、聞くまでもないんだけど。
「えっと、今のはその、部活の先輩とか、生徒会の副会長とかへの質問じゃなくてですね」
「うん」
……ああ。これは、先輩に感謝するしかない。
「こおりちゃんの家族から、こおりちゃんの友達に、って」
今日この日でなければ、こんなにはっきりと言う事は出来なかっただろうから。
「そう。そういう話がしたいのね」
そして先輩は柔らかく微笑って、
「心配しなくても、お兄ちゃんを取ったりしないわよ?」
「そんな話はしてませんッ!」
「冗談よ」
さらりと流す、その姿勢に余裕めいたものを醸し出されたと思うのは、間違いなくボクの気のせいだ。
「まあ迷惑といえば迷惑だけど、別に構わないわよ。あれはあれでコミュニケーションの一種だと思えば、最近じゃそこそこ楽しくも感じられてるしね」
だからって調子に乗ったらアウトだけど、と付け加える。なんだろう、惚気に聞こえるのはボクのアタマに変なフィルターが掛かってるからだろうか。少なくともいつもより楽し気に話しているのは間違いない。お気に入りのオモチャを自慢してるカンジ、かなあ。全っっっ然優姫先輩っぽくない例えだけど。
そのらしくなさが、とっっっっっても、面白くない。
そう、面白くないんだよ。だから。
「先輩。こおりちゃんと、どうやったら仲良くなれますか?」
昨日。
こおりちゃんの中で、何かが変わったのだろう。その変化は、ボクの思い描いていた関係に近付けるものだった。
でも、それはまだ仮初のもので。何かの弾み、あるいは気紛れで「違うんじゃないかな」と思ってしまえば終わる脆いもので。
この人だけなんだ。こおりちゃんと、確固たる関係を結んでいるのは。だから。
「いろんな意味で無意味な問いね」
――あっさりと、梯子を外された。
タッ、と先輩が前に出る。先輩の背中が視界に収まる。
「どう、と言われても、そもそもアレと仲良くなろうと思ったこと自体がないし。こういう関係になれる間柄だったからなった、とそれ以上どう言ったらいいのか分からないわね」
それに、と続けて、
「私たちの関係と貴女がなりたい関係は別ものだよ。参考にしようったって混乱するだけムダムダ」
ひらひらとおざなりに手を振ってくる。
あれ? 何だか口調が妙に軽い……?
疑問符を浮かべていたところへ、先輩が首だけ振り向いた。
「だから、いつまでも私の背中を追ってちゃダメだよ、桜井さん」
その瞳が。
レンズを通さないその瞳が。
こちらを見ているはずなのに、どこを見ているのか分からなくて。
すぐに前に向き直った先輩、その前へと思わず走り出て、くるりと正面見返すと。
「ふむ、ペースアップが希望か?」
いつも通りのレンズ越しの視線が不敵に微笑って。
ボクの顔色は青くなった……。
「うえぇ、脇腹痛い……」
マンションの外壁に手をつき、顔を伏せて荒く息を切らす。肺に入り込む冷たい外気が痛い。
結局いつもより早いペースでのランニングに付き合わされることになった。それでも優姫先輩からしたら抑えていたんだろう。ほんと化け物ですよあのヒト。
というワケで少しだけ手を抜く。具体的には階段を使わずにエレベーターに乗った。
「ふうーーぅ……」
壁に背をつけて大きく息を吐いた。
……結局、先輩からは答えどころかヒントも貰えなくて。
ああ、でも、それでよかったのかもしれない。
ほんのちょっと目を離した隙にこおりちゃんは何かが変わってて。自分の中で勝手に結論を出して勝手に行動して、振り回される方の立場になれってカンジだけど。
なら、こっちだって勝手にしてやるまでで。
結論なら、こっちだって昨日出したワケで。
……あ、でもそれに自信が持てるかっていうとまた別の話なんだけど。
ネガティブ思考に陥りかけるも、両手で頬を張って誤魔化す。ちょうどその時、チンとエレベーターが止まって扉が開くと、ゴミ袋を持ったおばさんと対面した。
「「…………」」
頬を手で押さえたまま無言で互いの位置を交換。背後の扉が閉まると急に顔が熱くなった。
さて。
というわけで改めて家族(仮)を始める大事な最初の日。まず最初に決めるべき肝心なことは!
どんな大技でこおりちゃんを叩き起こそうか……!!
ジャイアントスイング……ダメだ。広さが足りないし、周りのものが壊れるのはいただけない。
スピニングトゥーホールド……ちょっと見た目的な派手さが足りない。
くそう、技のバリエーションが乏しい自分が恨めしい!
なんでプロレス技なの? とプゥ。いやあ、だってなんかカッコイイじゃない。それにこーゆーときでないと、素直に技にかかってくれる人なんていないし。
ま、出たとこ勝負でいこっか、つまりいつも通りだねっ、と掛け合ってジャージのままこおりちゃんの部屋に踏み込んだ。結構重労働だしね。汗臭いとかぬかしたら目が覚めてようが覚めてまいがマウントで殴る手を止めないと決めているッ!
「あっさでっすよ~」
コキンと手首を回しながらベッドへと近付き、
…………。
約一時間後、口からエクトプラズム吐き出しながら学園前の坂道をよたよたと歩いていた。
ひとりで。
み~んなボクを遠巻きに避けて歩いていくけどき~にしな~い、フフフ。
……はあ。
いやあ、まさかベッドがもぬけの殻だなんてびっくらこいたよ。思わず槍が降ってないか空を確かめたほどだもん。
で~もねぇ、だからって一人で先に行くことないじゃんさぁ。そりゃ、ここんとこずっと別々だったし? 今日だって約束してたワケじゃないけどさぁ。
……あんまり特別なことだとも思ってないのかなあ、こおりちゃんは。
と肩を落としながら校門を潜ろうとしたところで横から声を掛けられた。
「おはよう、輝燐クン」
「おはようございます、キリンさん」
遠見会長と杏李先輩。流石に昨日の今日、何の用で待ち構えていたかはすぐに察することが出来た。
「えっと、おはようございます。……ここでいいんですかね?」
「まあ別に構わんだろう。……ふむ、周防は一緒でないのかね?」
おうふ。単にその方が二度手間にならなくて済むのにって意味合いだってことは分かるんだけどね、タイムリーに抉ってきやがったよ畜生。
「ええ、まあ……」
「ふむ? まあそれはともかく、すまなかったね。内側の管理が甘かったと責められてもしょうがないと正直に思っている」
「個人的な諍いで彼らまで呼び出される方もそうそうおられませんからね。ですが今回の一件で少々考え直す必要を覚えました。相手方が同類とご存じならばその限りではない、そういうことなのでしょう」
呼び出した事ある人です、はい。さっきから人の痛いところチクチク突かれるなあ。
「で、あの人ってどうなるんです?」
「ああ、放校処分になったよ」
うお、厳しい。いや、やった事を考えれば妥当なのかな?
「まあ、学園側でも結構意見が割れたんだがね。最終的に処分を受ける当人が納得したのだよ。よっぽどここに、というかこお……周防の近くにいたくないらしいね」
「私はまだ納得いたしておりませんが。あの方への扱いはまるで、もう用済みと仰らんばかりではないですか」
「それは穿ち過ぎだと言っているだろう、杏李女史。現に、この学園へは僕ら以外も普通に通っているのだから」
「理解しております。ですが印象としてそのように見えてしまうかもしれないというお話をしたいのです」
「あー、すみません」
二人には悪いけど、偉い人の御大層なお話には興味ないんだよね。
「今回みたいなことって、また起こったりしないですよね」
「まあ、輝燐クンにはそれが一番気になるところだろうな」
割り入る形になったにも関わらず会長はひとつ頷いて答えてくれた。
「まず当然の話だが、周防に悪感情を持っているというだけで排除するなど出来はしない。だからといってそれが原因でまた今回のようなことを起こされてはこちらだって困る訳だが……まあ、大丈夫だろう」
「根拠は?」
「あえて悪い言い方をしてしまうが、今回の件が「見せしめ」になるだろうからさ。昨日だけではなく、一昨日の件もだな。例の人物についてはキミも調べていたのだろう? それが突然学園から消えたところに、ちょっとした噂でも流してやればいい。彼らの恐怖を刺激するような、ね」
「……逆に爆発するって事は」
「人の心の話だから無いなどと断言は出来んがね。低いとは思っているよ。相手がこおりちゃ、おっと周防だからね」
「その断言のされ方が私には甚だ理解し難いのですが、これは私がおかしいのでしょうか。どう思われますか、キリンさん」
「え? いや、まあ、「だってこおりちゃんだし」って言っとけば、なんか無駄に説得力出てくるくらいに思ってますけど」
いきなり振られた問いにそう返したら杏李先輩には苦笑いされ、会長にはくつくつと笑われた。
「はっはっは、いや全く素晴らしいよ輝燐クン。うむ、無理に体感などする必要はない。キミのそれがきっと正しいのだろうさ」
はあ。褒められた?
「ともかく。狡い手を使わねばちょっかいを出せないような程度の者では、もう周防に手出ししてこないさ。となれば後は正面から来る者だけだが、それこそ当人同士でどうにかしてもらうだけの事だよ。――そも」
と、言葉を切ると大仰に肩を竦めて、
「今回起きたことの一番の問題点は、既に解決されてしまったようだしね。もう一度起きたとして、こおりちゃんが越えられないなどありえんさ」
あ、結局呼んじゃった。
といったところで話は終わり。事の顛末をこおりちゃんに伝えるよう仰せつかって教室へ。
けど、こおりちゃん興味ないだろうなぁとか思いながら教室の中を探していると心と目が合った。
「おはよう」
「おはよう。こおりちゃんどこ行ったか知らない?」
尋ねるときょとんとされた。
「いや、あれが貴女より先に来てるワケないでしょ。あの三大欲求のうち二つに実に忠実に生きてるような男が」
うわあ、そう言っちゃうと相当ダメな人間だけど、どこも否定できない。
「いやあ、今朝は何故か早く目覚めたみたいで」
心、ノータイムで窓の外を見上げる。考えることは一緒だった。
「だからって黙って先行かれちゃうとは思わなかったけど」
「ふぅん。でもまだ来てないわよ。ほら、鞄も無いし」
え? あ、ほんとだ。
「そもそも早く起きたから早く登校っていうのもこおりのイメージに合わないわよね」
言われてみればそうだけど。じゃあこおりちゃんはどこ行ったのかというハナシで。
来てから聞けばいっか、とこの時はそのくらいに思っていた。
その後、伊緒と啓吾が来て。
チャイムが鳴って、昇さんが来ても。
こおりちゃんの机は空席のままだった。
ぼちぼち商店が開き出す。とすると学園ももう始業時刻か。
ふむ。もしかしたら授業サボったのってこれが初めてではあるまいか。不可抗力は除いて。
ちなみに携帯は持ってない。忘れてしまったよ、ははは。
輝燐に怒られるだろうか。参ったな。
……獅子堂が怒るだろうか。ガクブル。
まあ、しょうがない。思い立ったが吉日というヤツだ。
本当は放課後まで待つ予定だったのだが、あんな夢を見てしまったら時間が惜しくなってしまったのだ。
『それなら電車乗ればいいのに。二駅先まで歩きで行くことないでしょ』
うるさい。そういう気分なんだよ。夢に左右されるほど感傷的な性格だとは思ってなかったけど、な。
夢というか、過去の記憶か。これがもし事が起きる前なら何かの示唆とでも思ったのだろうか。
もちろんそんな都合のいい現象は起こるはずもなく、事が起きてしまった後の今となっては、今回の件から関連する過去の事柄が連想、想起されただけのものでしかないが。
『けど夢に見たのって再会した時の事なんでしょ? 連想するにしちゃ弱くない?』
お前もそう思う? 重要なのってそこまでの流れだもんな。
『やっぱあれ? 『先生』。見た目的にもインパクトあったもんね、引っ張られちゃってもおかしくないよ』
『先生』、ねえ。肝心な間違いに気付いてた癖に完全に放置決め込んでやがった分際で。ああ、それを思い出させるためにこの夢見たんじゃねえかなあ、ふふふ。
……ふう、と息を吐く。
目的地の方角へと視線を遣った。
遠いな、と漠然と思った。
しかし、行く必要がある。我が事を受け容れるために。
これは紛れもない必須作業、義務と言い換えて差し支えないことなのだから。
その義務を放棄し放置していた事にようやく気付いたのが昨日の事。
きっかけになったのは一週間近く前、放課後の生徒会室での出来事だった。