第十九話 舞台破壊
ぶぉん、と私へ突きつけられた剣が振り上げられます。
そのまま立てて右手側に寄せて構えます。この状態ですと、その異様な長さがまじまじと伝わってきます。
柄のみでもあちらのミスティの身長の半分、刀身に至っては約三倍。全長六、七メートルもの超長剣。あれではまともに剣として振るうことなど出来ないのではないでしょうか。
しかし、あれはミスティの技……いえ、それ以上に『魔剣』と銘打たれた、『霧の世界』でも屈指の武具です。そのような物理学的常識など超越しておられるとしても不思議ではありません。現に今、イセクザイスさんの糸を無効化しておられます。
勘違いの無いように説明しますが、糸が使えないのは剣の能力ではなく念糸の性質によるものです。そもそもイセクザイスさんや他の念系ミスティが使っておられる見えない念動力というものは、念系ミスティにはお見えになられているというただそれだけが存在を証明していらっしゃる、実在と非実在が同居しているような非常に曖昧な力なのです。それ故に物理的に断ち切ることは不可能なのですが、逆に超然としたエネルギーの前では曖昧さ故に術無く吹き散らされてしまうという脆弱性を有しているのです。
例えばあの黒い刃。糸は刃によって物理的に切られたのではないのです。あれそのものがエネルギー体だったため、圧によって霧散させられたのです。ただしあの刃の場合、攻撃方向から放たれる圧に触れない限りは散らされることもありませんでしたし、それ以外、側面から攻撃すれば逆に破壊することも可能でした。
しかし、あの長剣は違います。あの剣から常時放たれているエネルギーによって、などというどころの話ではありません。あの剣が持つ『格』、それを前にしただけで曖昧なモノを形成されることも出来なくなられたのです。なんという相性の悪さでしょう、あの剣が現れただけで私の戦術の大半が白紙にされてしまいました。そしてあの剣はその真価をまだ何も発揮致しておりません。一体どのような力を宿しておられるのか……。
……いいえ、強力な技に惑わされてはいけません。サメさんのミスティが既にボロボロなのは変わらないのです。それに剣術には門外漢の私ですが、戦闘経験はこの三年で散々に積まされました。その中で剣を所持するミスティとも戦いましたが、あの構えから来る攻撃は大抵の場合速く強い打ち下ろし。一撃必殺であり、故に回避に成功すれば大きな隙が出来ます。もちろんそう思わせる罠の可能性もありますが、サメさんの性格上可能性は低そうです。小さくないダメージを負っていらしてる以上短期決戦を望んでいらしてるでしょう。とはいえあまり間を置かせて思考時間を与えてはその限りでは無いですね。
糸を封じられた私が採る手は正面激突のFAかSAで防御後の反撃を狙うか。あまりに順当過ぎてサメさんの切り札でしょうあの剣と正面からぶつけ合うのは少し怖いですね。機動力に勝っておられるイセクザイスさんが撹乱して隙を作り出すのがベストなのですが……
思考を阻害するため、挑発と探りを入れてみましょうか。
「随分立派な剣を持ち出されましたね。良かったのですか? 私などに手の内を見せてしまっても」
にこりと笑顔で話し掛けるとハッと鼻で笑って返してきます。あっさり挑発に乗ってくださるあたりは本当簡単で助かります。
「サフィはコーリみたイにモノ分かりよくナイからナ。必要ナラ幾らでも使うサ、取ルに足らなイ小さナ器相手だロウとな。……まったク、忌々しイ」
ただし、次の言葉で私の余裕は根こそぎ奪われてしまいました。
「本当にスイカの姉カ、貴様」
「………………………………………………………………………………………………え?」
幻聴、でしょう……か? 今……とてもあり得ない方の名前が、あり得ない方の口から吐き出されませんでした……か?
「ン? 何を呆けていル? スイカのアホのコトだ、貴様ノ弟ダロ? ファミリーネームを聞クまで予想モしナかったがナ」
スイカ。翠歌。石崎、翠歌くん。
私の、最愛の弟。
何……故? どう……して?
「……どうして、サメさんが私の弟のことをご存知なのでしょう?」
どうにか、声を抑えることに成功しました。したはずです。震えてなんていません。
「ドウもコウも、ついひと月前に仕事ノ邪魔されタばかりダ。マッたく、厄介な商売敵がマタ増えタ」
商売敵。それはつまり、
「『ブリッジ』の一員として、翠歌くんは貴女と戦われたということですか?」
「ン? 聞いテいないのカ?」
聞いていません! と衝動的に声を荒げたくなりましたが、寸でで堪えました。この疑問はサメさんにぶつけても仕方がありません。それよりは『あの方』に問い質すのが確実――
「貴様の弟とハ思えナイくらい骨があったゾ」
「あらあら、私に勝てたこともありませんのに上から大きな口を叩きますね?」
他に何を思う間もなくあっさり挑発に乗ってしまいました。いいえ、サメさんには挑発のつもりではない台詞でしょうが、私を煽るにはお釣りを払いたいくらいです。
「……目の色ガ変わッタナ。弟と比較されタのガソンナに不満カ?」
「ええ、とても。ただ、貴女が思うような理由ではありませんが」
勘違いはしてほしくありません、私が翠歌くんより下に見られた事を不快に思っているのではありません。不愉快なのは、その前段階。
「タダの事実を喋ッタだけだガ? アレは貴様なぞヨりずっとオーナーらしイ」
「ですから、何を知ったかぶっておられるのですか、と言っているのです」
絞り出すような低い声と同時にイセクザイスさんが動きます。と言うと私の怒気に呼応されたように見えますが、実のところただ手信号を出しただけのこと。
「狡イ猿知恵ダ」
力の高まりからサインを出したのを見抜いたサフィさんがやはりそのように断じます。ミスティとの同調こそが至高、そう信じておられるサメさんには安い小細工に見えるのでしょう。事実小細工ではありますが。
ですが小細工だから何だというのでしょう。私から見れば確実な連絡手段を築くのは当然のことです。心の一致、同調などという曖昧で幻想染みた手段が確実に成功するモノとして考えておられる方の気こそ知れたものではありません。
「貴女は、世界が狭いのです」
幼い頃からミスティの力がものを言う世界で生きてこられた所為でしょうか、価値観が偏られているのです。それは信仰と仰っても差し支えない程盲目的に。
そのような貴女如きの盲信で、
「翠歌くんの価値を測った気にならないでください――不快です」
ぶわり、とイセクザイスさんの眼前に力が集まり、光球として膨れ上がります。
これもまた念エネルギー。ですが現実に姿を得たそれは、もう『格』程度で消えはしません。当然その威力も、結局のところ「触れる」程度の力しかない念糸とは段違いです。
「…………」
力の集まりをご覧になられても、サメさんもミスティも動じる様子はありません。ただ、その周りの空気だけが変わりました。
こちらにまで伝わるほど、引き締まり、張り詰まる。変質した場に、否応なく悟らされます。
最早決戦は、不可避。
本日この場に至るまで、私たちはお互いに手の内を見せることを避けてきました。
私はNAのみであしらってきましたし、サメさんに至ってはシフト形態を隠していました。
ゆえに。
これが初めての、本当の意味での正面衝突――!
「……――ッ!」
先に動いたのはサメさん側。右足を一歩踏み出すと同時に垂直の剣が前方へ倒されます。無論、重力に任せるだけではなく腕力を伴って。
それに寸分遅れず、
「ドゥピオンロアー!!」
命令を発すると同時に、今か今かと待ち構えていたイセクザイスさんが甲高い嘶きを上げます。その途端、イセクザイスさんの眼前にあった光球――玉糸から幾筋もの光線――糸が射出されました。
一本一本は細くとも十分な貫通力を持ち、それが光の雨とも呼べる様相を呈すれば剣一本で防御は不可、妨害がない分先に生身へ到達するのはこちらであるから必勝は確実、という甘い考えは既に消えています。
あちらは元より防御など考えてはいません。それはこちらの攻撃より速く斬撃を届けられる自信があるか、攻撃を浴びても止まらない覚悟があるか――サメさんの性格上後者に違いないのですから。
ならばこそ、あちらの刃が届く前に仕留めましょう。そして思い知らせましょう、その覚悟とやらはただの思いあがりなのです、と。
そして挑んだ決戦、その結末は――あまりに馬鹿馬鹿しいものとなるのでした。
その光景から受けた衝撃は、傍から全てが見えていたあたしと当人たち、どちらが上だったんだろう。
状況はすっかり混沌としていた。
あたしと輝燐で周防君を追っていたはずが、サフィエルに邪魔されて、その上よくわかんない理由でキレられて、さらには杏李先輩が乱入してきたことで舞台の主役はあたし達の手から離れてしまった。
最早状況は当初の目的からかけ離れた支離滅裂っぷりで、それでもこの場面だけを切りとるなら、大技同士のぶつかり合いという舞台の締め括りには相応しいものだった。
振り下ろされる長大な岩の剣。
撒き散らされる幾条もの光の糸。
二つの衝突は互いを喰い合い、その果てにどちらか、或いは両方に致命的な破壊が訪れる、
その未来を目前にして、
「はぁい、そ・こ・ま・で♪」
どちらも、潰された。
比喩じゃない。文字通り、潰された。
岩の剣も。光の糸も。
いずれ見劣りしない暴威を秘めた二つの力がまるでどこ吹く風、真上から落ちてきた見えない何かにグシャッと潰されてしまった。
本当、冗談以外の何物でもない幕引き。
綺麗に折れた剣先に呆気にとられ、
霧消する光の球を唖然と見る。
無理もない、自分こそがこの場の情勢を左右する一人だと思ってたなら尚更でしょうね。
あまりに理不尽な御都合主義の前では、舞台上の主役も端役も一緒くたに終わらされるだけの存在、それが現実だった。
微動だにしない二人と二体をただ眺めるあたしの傍で、じゃり、と土を踏む音。
いつの間にかそこには一人の女の人が立っていた。亜麻色の髪を大きな三つ編みに纏めた、全体的に柔和なイメージの女性。
「ダメだよぉ。喧嘩は百歩譲って許すけど、あれはもう殺し合いだよねぇ」
甘ったるい声だった。この場の緊張感にまるで合っていない――いえ違うわ、歯牙にも掛けていないのね。……当然か。あれほどの、圧倒的な力を持ったミスティのオーナーなら。
唾を呑む。動悸が治まらない。あまりにも無警戒に立っていて、だからこそ怖い。その意味ではあのこおり以上って、マトモじゃないわね、この人。
抵抗はまず無意味。けど二人の殺し合いを止めたってことは、すぐに殺されることはない……と考えていいのよね。敵か味方かまでは判然としないけど。
それにしても、二人の技を潰した力の正体は一体何? 杏李先輩と同じ念系? それとも風系の気圧操作? 天系の重力操作ってセンもありね……。
……そこまで思考が至って、ようやくこの場に足りないものに気付かされる。肝心のミスティはどこにいるのよ?
ちら、と女の人の顔を横目で見る。それに気付いた女性は、こちらの疑問を察した様子もなくふにゃりと笑い返してきた。
「はじめまして、明野心ちゃん」
「え、ええ、はじめまして」
「リアちゃんトコの子だよね、おつとめご苦労様。ちょおっと待っててね、今あの子たちおとなしくさせちゃうから」
「え、ちょっ」
いきなり人の名前を呼んだと思ったら、マイペースに、まるで無警戒に二人へ近づいて行った!?
なにこの傍若無人っぷり、どっかの誰かさんを彷彿とさせるんだけど!?
とか思ってる間に、その女性は二人へ向けてパンパンと手を叩く。
「はい、お開きお開き。ていうか何で止めに来たはずのきみが一緒になって暴れてるのかな、杏李ちゃ~ん? きみの評判は命令に忠実ないい子って噂だったんだけど?」
「…………」
問いかける女性に、杏李先輩は無言で返す。言葉の内容から女性は『ブリッジ』側、つまり杏李先輩の味方のはずなんでしょうけど、その割に普段の微笑は鳴りを潜め、その視線にはどこか敵意が篭っているようにも感じられる。
そして、逆に敵意を剥き出しにしていてもおかしくないはずのサフィエルは、
「――ア、アアアアア」
蒼褪めて震えていた。……え、ちょっとマジ、思わず二度見しちゃったわよ?
「で、サフィちゃん」
「アウアッ!?」
ビクッと怯えを見せる、あまりにらしくない反応。女性は気に留めず親密そうに話しかける。
「久しぶりだね、元気そうで何よりだよぉ。で~も、ちょっと元気が有り余り過ぎちゃ――」
「なんデ!」
「えう?」
台詞を遮られて妙な声を漏らす女性に、サフィエルは指を突き付けていた。プルプルと、先端を震わせながら。
「なんでオマエがココにいル、ハルカ!!」
「なんでって……」
問われた方はキョトンとした顔を見せた後、すぐにその顔を崩し、
「それはねぇ、妹が――サフィちゃんと輝燐ちゃんがお姉ちゃんに内緒で温泉旅行に出かけちゃったから、追いかけてきたに決まってるじゃない!」
なんていうドヤ顔。なんていう胡散臭さ。そんな理由で納得する人間なんてこの場にいるワケない、と思いつつも、
あ、このヒト嘘は言ってない。
と何でか伝わってきて、場の空気にどこか白けたものが混ざり出す。
けど、それより、もっと重要なワードをあたしは聞き逃しはしなかった。
ハルカ。そして輝燐の姉。
「あの……」
逡巡しつつも声をかけてみる。
「なぁに? その綺麗な髪触っていいの?」
「違います!」
「えうー」
不満そうな声を上げる。それでもワキワキと蠢かせる手にさっきまでとは別種の警戒感が沸きあがってくる。
「……こころん、その方の悪ふざけにお付き合いなされていらっしゃると、夜が明けてしまいます」
と、そんな助言が杏李先輩から投げかけられた。その当人はミスティ共々完全に戦闘態勢を解いている。サフィエルはまだ折れた剣を構えているにも関わらず、シフトすら解いてしまっている。それはつまり、もうこの場でこれ以上の戦闘は万が一にも起こり得ないと判断したということ。
それ程の絶対的な抑止力。
「改めてはじめまして、桜井遥香さん。……かつて『最高のオーナー』と呼ばれていた方」
「わあ、恥ずかしい!」
否定も肯定もなく両手で顔を隠してしまう。……周防君といい、もう肩書きで先入観を持つのは止めましょう。こっちが馬鹿を見るわ。
「人の黒歴史を遠慮なく暴き立てるなんて、綺麗な顔に似合わないドSだよこの娘! ……ううん、女王様タイプって考えたら案外そのままなのかも?」
「撃っていいですか?」
「怖いなぁ、もう」
てへ、と舌なんて出してくる。ああもう、反射的に突っ込まずにはいられない……!
「うぅん、いいなぁ、久しぶりに初々しい反応が返ってきたよぉ。ウチの相方は最近すっかり淡白になっちゃったし。ねえ、わたしとコンビ組んでみる気ない?」
「――あの、桜井さん」
妙に息を荒くしてにじり寄ってくる桜井さんに待ったをかけたのは、顔に微笑を張り付けた杏李先輩だった。
「なぁに、杏李ちゃん?」
「提案なのですが、『霧』で逃げ場がない今のうちに、彼女を拘束されるのがよろしいかと」
先輩の提案は割と真っ当な処置だ。けど、
「何で?」
それを桜井さんは反問の体で却下した。
「……彼女は『レオンハルト』の構成員ですよ? 今は負傷もあっておとなしくされていますが、『霧』が解けて回復なされた際にはお逃げになられるでしょうと、」
「逃げるも何も、サフィちゃんを捕まえる気なんてないよ?」
……絶句。それは、どう考えても敵に対する処置じゃないでしょうに。
「わたしが可愛い妹が亀甲縛りにされるのを見過ごすような、薄情な姉に見えるのかな、杏李ちゃんは?」
「……問題になりますよ」
「ならないよ」
さらりと切り返す。下手をすると裏切りとすら取られかねない行動が「問題ない」、ね。
サフィエルを見る。先輩も横目で見ていた。
「……わかりました、報告だけはさせてもらいます」
「よろしく~。さて、」
桜井さんが首をサフィエルに向ける。ヘルビーストが身動ぎして構え直す。
「いつまでそうやって抵抗する……ポーズを取ってるのかな、サフィちゃん?」
「――ッ、ポーズじゃ」
「ポーズだよ」
鷹揚に、腕を広げて、肩を竦める。
「きみにその剣を振り下ろすことなんて絶対に出来ない。なのに、どの口がポーズじゃないなんて言うつもり?」
「グ――ッ」
……目に見えて、分かる。
合わない歯の根、揺れる剣先、重度の発汗。
全てが全て、恐怖の表れだ。
「こおりくんに対しては見事と言う他ないね。恐怖を快感に転化する。うん、きみはマゾヒストの鑑だ。でもね」
パキン、と。
剣先がわずかにへし折られる。見えない指に摘み折られるみたいに。
それだけで。
「~~~~ッ!」
サフィエルの顔から血の気が引いていく。もう過呼吸寸前だ。
「わたしには無理。しょうがないよね。きみにとってわたしは、恐怖そのものとして焼きついてる」
さらにパキ、とまるで棒菓子みたいな感覚でへし折る。サフィエルの容体は、いつ昏倒してしまってもおかしくない。
「それにね――」
さらにバキ、と……へし折れず、ぼろり、と岩が崩れて、
「鞘に入ったままの剣なんて、怖いワケないじゃない」
尖った、金属の先が顔を見せる。途端、
「くっ」「メッ」「なっ」「ピッ」「ガッ」「ジャアァッ!」
あたしも含めて三人と三体がたじろいだ。特にヘルビーストに至っては、両手で保持する剣をガタガタと揺らしている。さっきまでの震えとはまったくの別物、自分の武器を制御しきれてないんだわ!
「わかるよね? 自分の獲物も満足に抜けない、そんな体たらくでわたしの前に立つなんて、」
バン、とヘルビーストが下からかち上げられた。正確には衝撃を受けたのは魔剣で、ヘルビーストの手を離れ宙を舞う。
「無謀とか危険とか以前に――無礼だよ」
上空を回転――ピタリと停止。
ぐしゃりと、圧縮された。
「――――」
もう、言葉もない。
手放されたように落下する岩塊。その内部から、
「ジャッ……!」
黒い閃光が飛び出し、ヘルビーストに突き刺さる。……外傷はないみたいね、けど片膝をついて、もう立ち上がることも出来なさそう。
「ヘル!」
その身体を支えようとするサフィエル。けど、自分の腕の痛みに顔をしかめる。
「ほら、無理しないの」
そのサフィエルに桜井さんは近づいて、ぎゅっと抱きしめた。
「うわぷッ」
「……もう、わかってたことでしょ。どうしてわたしに剣を向けたの?」
「……うるさイ」
ぷい、と桜井さんから顔を逸らすサフィエル。そこには、さっきまでの恐怖の表れは何故かすっかり消えていた。
「はは~ん、わかった! しばらく会ってなかったから、拗ねちゃってたんだ!」
「ソレはナイ」
「……ぐすん」
圧倒的な力の持ち主が、たった一言で泣かされてた。
「んー。じゃあ、じゃあね。勝手に大好きなお兄ちゃん持ってっちゃったから怒ってる、とか?」
「……ソレ以外に何がアル」
そうぶっきらぼうに言ったサフィエルを、
「ん~~~~~、かっわいいなぁ~~~」
めっさ撫で繰りまわしていた。
「わぷッ、ヤメ、ヤメロ~~ッ!」
サフィエルの抗議は無視され、途中から悲鳴に変わっていった。
「なんといいますか……お気楽で羨ましい限りです」
と、こちらに寄ってきた杏李先輩が二人を見ながら物憂げに話しかけてきた。
「正直、私は今後が心配です。今回、私たちは一切明確な白黒をつけられませんでしたので」
「乱暴に打ち壊されて火種は残ったまま……確かに、いつ再燃してもおかしくないですね」
もっとも、それをするなという意味も込めての乱入なんでしょうけど。あのサフィエルがどこまで従うやら……。
「にしても、結局あの人のミスティ、まったく姿を見せませんでしたね」
「いませんよ」
……ん?
「すみません、杏李先輩。今なんて?」
「ですから、あの方のミスティはここに来られる前から別行動をお取りになられていて、ここにはいません、と」
「…………はあ!?」
じゃ、じゃあ、今までの、あの膨大な力は……!?
「『異質』“Psychokinesis”。本質的には触れずに物を動かすだけの、イセクザイスさんの糸と変わりない能力です。その規模は見ての通り桁違いですが」
「……思い出したわ」
桜井遥香――元『最高のオーナー』。
けどその称号を失った後も、つまり現時点においても彼女はこう呼ばれている――『最強のオーナー』と。
オーナー単独で五十体ものグレートクラスを屠ったと言われている、『破壊王』。
生きた伝説、現役の化け物。
「本当、大物過ぎるわよ……」
何故彼女がこんな小さな戦場に現れたのか。
サフィエルを弄り回した後気絶した輝燐の頭を撫でている桜井さんを崇敬や畏怖よりも戸惑いの目で見ながら、『霧』が晴れるのを待ち続けたのだった。
デウスエクスマキナは褒められた手法ではありませんが、この物語の世界では「存在そのものが御都合主義」という怪物が明確に存在している、そう理解して頂ければ幸いです。




