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霧幻冬のヘキサグラム  作者: 宇野壱文
第3章 Scythe × Sword
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第十七話 独創戦技

 ドサドサドサ、とそこら中の木から雪が落ちて、枝が剥き出しになる。文字通り音速の空間攻撃を相手に、回避も防御のしようもない。無抵抗で体中を叩かれて、結果、

「……まあこんなもんでしょ」

 ――ピリピリした。以上。

 “Resist”。耐久力の『異質性』はこの程度の打撃で破られるほど柔くない。

 とはいっても避け場無しってのは面倒だな。音響攻撃か。まるでダメージにならないってもこれはウザい。

「時間使ってられないのはこっちも同じだし、手早く片すか」

「同感だね」

 ザッと俺より一歩前へ踏み出す獅子堂。……んむ? いや、待て待て。

 体がアレな俺はともかく、どうしてこいつまで平然としてやがる。

 そんな訝しげな視線を向けていると、それに気付いた獅子堂が肩を竦めた。

「流したの。衝撃だけだから重量で押し切られる心配は無かったし。ただ身体の一点じゃなく広範囲への衝撃だったからちょっとコツがいるけどね」

 よくわからんが、要するにこいつは人間離れしてるってコトだろう。

 さて、音波攻撃が事実上無力化されたところで、既に潜っているメルフィンが次に打つ手は、既に獅子堂には見切られている自分自身の射出攻撃か、いやそれより可能性が高いのは――

 メルフィンの感情がこちらへ向けられたまま、意識の向きが俺たちとは真逆へと割かれる。感情の種類は、苦々しさと怯懦。つまり、

「やっぱ逃げるか」

 最優先は自らの生存、それもまた野生の厄介さだ。そもそもこいつはここまで逃げてきたんだし、俺たちから逃げるのにも今さら抵抗なんて感じやしないだろう。もっとも――

「逃がさない」

 そう言って俺より早く、速く飛び出した獅子堂。その行動の迷いなさはつまり、

 獅子堂(こいつ)、地中のメルフィンを捕捉してる――!?


 隠業に長けているわけでも無し、一度姿を認めてしまえば何処に隠れても関係ない。私の知覚範囲にいる限りどこまでだって見失わない。

 もちろん、この場から逃がしもしない!

 追われてるのが見えている? 分かってはいるよね、ここに来るまで地上の様子を把握した上での行動は何度も見せていたし。でも、それはイコール地上が見えていた、じゃないよね。

 エコーロケーション。音波の反響による探査法。これが順当で、ふさわしい。筋が通ってると言ってもいい。不思議な力を()せられるのは大歓迎だけど、支離滅裂なのは好きになれない。だけど彼らはそのあたり、一本筋通った存在だと思うから。願望で相手の力を決めつけるなんて、愚かしいことではあるけれど。

「今ある材料から相手の能力を推測するって分には、間違った結論じゃないしね」

 そして今さらこんな改まった推論を立てて何が言いたいかって、地面を走る私の振動を感知する土イルカは、私が唯一攻撃出来る機会である浮上のタイミングを間違わないだろうってこと。速度に差がある以上、必ず私の手が届かない場所で地上に出るはずだ。

 土イルカの鼻を明かすには、その差を覆さなきゃならない。


 おそらく地中のメルフィンを直接狙い撃つのは不可能だ。

 メルフィンが物理的に地中に潜っているわけじゃないことは、穴を掘った後が無い事からも明白だろう。あれは、地面という「物体」に潜っているわけじゃなく、地の下という「概念」の中を泳いでいる。だから地面の材質がなんだろうが関係ないはずだし、障害物があっても問題にならないはずだ。

 仮に地中のメルフィンへ馬鹿長い剣を突き立てたとしよう。メルフィンがただ地面の下にいるだけなら当然ぶっ刺さる。グサッと刺さる。しかしだ、その剣も含めて地面であると認識されてしまえば、土や根と同じように透過されてしまうに違いない。いや、透過という表現は適切でないか。位相が違う、半分異次元に存在していると言ってしまっていいだろう。

 地面の下にいるメルフィンを攻撃する方法は二つ、地面自体を崩してヤツの体を露出させるか、こちらも同様に地面という概念へ潜るか。そして生憎、どちらの手も切れる状況にない。だから俺たちが攻撃するにはヤツが地上に出てきたところを狙うしかない。

 しかし、今度は速さと距離という物理的要因が立ち塞がる。獅子堂の前でいろいろ制限されてる俺じゃあちょっと打てる手が見つからない。

 じゃあ獅子堂ならどうにかなるかというと、これも難しそうだろう。戦闘能力でなく、単純な身体能力比較において、レギュラークラスに人間が及ぶべくも無い。ただ逃走に専念したメルフィンを短時間で押さえられるとは思えない。

 獅子堂がその辺の見極めを出来てないはずないだろう。しかしその割に駆け出す足に迷いは無い。どうやらあいつには勝算があるっぽいなー、と他人事っぽく考えてた次の一歩、

 大地が震えた。


 震脚。踏み込みで地面を揺るがす。

 これで地中の土イルカに影響を及ぼせるとは思わない。泳ぎを阻害できるとも思えないし、精々大きな揺れの所為で小さな揺れが観測しにくくなった程度だろうね。私が走る振動まで誤魔化せるとは到底思えない。

 だから次の一歩で跳んだ。太い枝を掴み勢いを殺さず逆上がり、樹上へ登る。

 今の踏み切りで木の上に登った、くらいは予想着くかな。でも、私はここから更に移動。出来る限り足から木へ伝わる振動を殺して跳躍、土イルカの進行方向の木へと跳び移る。足場にした枝は揺れず、更に足のバネを使って着地した枝に衝撃が伝わらないようにして揺れを抑え込む。完全にとはいかないけど、この程度ならさっきの震脚で十分誤魔化せる。

 そして、集中。身動ぎせず、目を耳を鼻を肌を全身の感覚と第六感を動員して彼の気配を捉え続ける。遠ざかる気配に焦燥を覚えながら体内時計を一定に保ちその時を待つ――。

 ――そろそろだ。

「聞こえないと思うけど一応言っとく。残念――」

 ここに至るまでの成果と直感を信じ、枝の上で身体を倒して――蹴った。


 畳んだ脚を伸ばす、というより足場を蹴り飛ばすと言う方が適切な勢いで枝から跳ぶ獅子堂。その軌道は放物線ではなく地面に向けて一直線。地面スレスレへ到達した直後、計ったかのようなタイミングでメルフィンが浮上、跳躍した。いや計っていたんだろう、これまでの追跡を下に浮上してくるタイミングを読み切って。

 浮上と落下、獅子堂とメルフィンが交錯する。

 その瞬間により早く動けたのは、当然この状況を予期して、いや狙っていた獅子堂だった。獅子堂の手がメルフィンへと伸ばされ、

 その刹那、何が起きたのか正直まったくわからなかった。次の瞬間には地に背中から叩きつけられたメルフィンの姿がただそこにあった。

 体が地に着く前にメルフィンを掴んだ腕を支点に宙で前転して勢いを殺した獅子堂は二本の脚で着地し、メルフィンの腹に拳を当てる。


「――君が思ってるほど私の手は短くないんだよ」


 一撃で連打を(・・・・・・)打ち込んだ(・・・・・)。傍から見れば腕がブレたようにも波打ったようにも見えただろう。

 密着状態から複数の衝撃を一息に撃ち込まれ、体内を暴れ狂うその衝撃に、土イルカは数度苦悶の呻きを漏らし、ヒレをピクピクと痙攣させ、ついにはくったりと力が抜けたように垂れ下がった。……よし、落ちたね。

 一息吐くとともに右拳から肩にかけて痛みが走った。「流し」から続けて杭打ち(パイルバンカー)、どちらも筋肉をフルに躍動させる技だから身体への負担は大きい。でもその分身体の芯に残るダメージを与えられた。これでもし戦闘中に意識を取り戻してもさっきのようなことにはならないはず。

 ……一応縛るなりしておいた方がいいのかなー、と周りをキョロキョロと見回すと、随分と珍しいものを目にした。

 目を丸くして口を半開きにしたまま棒立ちの周防さん。……うん、周防さんは割といつだって隙だらけだけど、こんな風に無防備なのはちょっと記憶にない。

 その様子は、あり得ないモノを見た、と全身で表現していた。幽霊を見たって「そういうものもいるだろ」って普通に受け止めそうな周防さんが、だ。

 一体何を見てそんな反応を見せたのか気にはなったけど、どうも好奇心より悪戯心が勝ったみたいで、それはきっと今しか言えない台詞だから。

「こら、周防さん! 何終わった気になってんの!!」

 ちょっとした意趣返し。本番は、まだこれからだよ! って。

 口をへの字に曲げた周防さんに、悪戯の成功を確信してつい笑みが浮かぶのだった。



 ――角と刃が相打つ。

 ガッ、ギッ、ギィーーンッ!

 山肌を駆ける二体の獣。一体は小柄な体躯を利用して身体を素早く左右に振り、生まれた死角から電光を纏った角を振り上げる。

 完全に見えていないはずの一撃を迎撃せしめたのは経験の為せる技か、獣の勘か。双腕に刃を持つもう一方の獣は体格差を利用して角に打ち付けた刃で体ごと押さえつけにかかるが、小柄な獣はするりと擦り抜ける。しかし双刃の獣もそれは読んでいて、逆腕の刃を動いた先へ振り下ろす。

 小柄な獣――三本角の羊の体毛から電光がバリッと弾ける。一瞬硬直した双刃の獣――血色の魔獣だが、体を捻り刃を振り切る。

 ガンッと鈍い音を立ててぶつかる角と刃。十分に刃が立っていなかったらしく、打ち負けたのは魔獣の方か。

 しかし次への立て直しが早かったのも魔獣の方。控えていた腕の刃が根元から先端まで黒く染まっている。

 黒い刃が腕から剥がれ飛刃となる。角で打ち壊した羊に、一秒も間を置かずに後追いの刃が迫る。逆の腕には更に黒い刃が準備済み。

 手数の不利に、羊は打ち合いに付き合わず後退。放出する電光。魔獣から黒い何かが霧散する。

 電撃の発生は断続的にしか行えないようで、その間に両者の距離が縮められる。

 こんな息吐く間も無い攻防が、足を止めることなく続いている。

 三本角の羊――アライエス。

 血色の魔獣――ヘルビースト。

 高鳴る心臓の鼓動と共に見る。これが、本当のミスティ同士の戦いか、と。

 こおりちゃんはほんと横綱相撲で、圧倒的な力で押し潰す、っていう理不尽極まりない戦いって呼ぶのも憚られる戦いだったけど、それがミスティの戦いの本質じゃないと今繰り広げられてる戦いが教えてくれる。人智を超える(アーツ)があっても、最適な状況で使えなければ宝の持ち腐れ。最大限の効果を発揮できるよう間合いを計り、また相手の(アーツ)を封じるよう戦場を整える。それらの駆け引きは人間の空手と何ら変わりないものだ。

 目の前の戦いに興奮を覚えるのはボクが遥香さんに言われるまま惰性で空手を始めたワケじゃないと思える証明だ。

 どうもここ最近ないほどボクの心はポジティブ寄りになってるみたい。この戦いに自分の命が懸かってなければ心躍ると素直に言っちゃってただろう。自分の命が懸かってなければ。

 大事なことだからもう一回言うけど、自分の命が懸かってなければ。

 心臓の鼓動が早くなる理由は興奮だけじゃなく緊迫感。ヘルビーストが張り付くアライエスを振り切れば、その刃はそのままボクの首にかかるのは間違いないから。

 自分に出来る事が何も無いっていうのがほんと歯痒い。あの二体のオーナー二人だって自分の武器(エモノ)を構えて隙あらばいつでも撃ち込まんと相手の様子を窺っている。ボクだってプゥと一緒に身構えてはいるけど下手に動くとそのまま状況が転がっていきそうで怖い。状況対応力がない新米(ニュービー)だから尚更。

 それ以上に、動ける気がしない。

 視線に、射竦められている。

 別に萎縮してる訳じゃない。けど、こんな状態でも構わず気にせず欠伸でもしやがるならそいつは周防こおりに違いない。


 何せ、そいつ(・・・)は銃口を突き付けられているにも関わらず。


 そちらに一瞥もくれずにボクから視線を離さない。


 無視している訳じゃあない。もし引鉄が引かれたなら、その『異質性』を発揮して回避するんだろう。そのくらいの意識は向けてるハズ。

 理屈じゃないんだろう。彼女にとって敵意を向けるべきはより危険な相手――今自分に銃口を向けている心じゃない、それだけの事なんだろう。


 サフィエル=サザンウインドは周防こおりの「妹」を名乗った桜井輝燐を憎悪する。


 ボクに突き刺さる視線はその一言だけを凄まじい濃密さで語っている。

「……どう見ても血縁には見えないわよね」

 心がぼそっと呟いた。もちろん、ボクとこおりちゃんのことじゃない。

 ……こおりはサフィのお兄ちゃん、だって?

 感情を爆発させたサフィの叫びはボクらに困惑をもたらしていた。

「何? あたしが知らないだけで「妹」っていうのは「彼女」の隠語だったりするのかしら?」

「なワケないよっ!」

 いや、そうだったらむしろわかりやすい図式になるんだけど。妹は何があっても妹でしょ、奪い合いになるようなもんじゃないし。第一ボクはこおりちゃんの妹なんかじゃないし。

「だいたいボク妹キャラって性格でもないし」

「あら、わからないわよ? 意外とハマッたりして」

 おっそろしいこと言うなあ。お義兄(こおり)ちゃんに甘えるボク、とか想像するだけで吐き気してくるんですケド。

 正直、自分から「妹」とか言い出すサフィの気が知れない。

「……まあ、まったくわからないってワケでもないんだけどさ」

 こおりちゃんとレリーフを見てればわかる。

 家族。その関係はこおりちゃんにとって特別だ。

 他人ではない関係性。

 そして自分の手で喪ったのかもしれないもの。

 重たい話だ。別にこおりちゃんに限らず、家族に関わる厄介事はいつだって。

「けど――」

 サフィに視線を合わせる。

 そりゃ、途方もない感情の激発に最初は気圧されたけど。

 落ち着いてみると、なんていうかイラッとする。

「わざわざ、自分から重たくしてやる事はないでしょ」

 当人はともかく、周りまで引きずられてたらどこまでも深みにはまってっちゃう。そうなったら一体誰が引き上げてやればいいんだ。

 こちとらもうずっと宣言してるんだ、こおりちゃんの家族でいてやるって。こおりちゃん自身が望んでなくてもこおりちゃんには必要なことだと思うから、だから勝手にそうしてやるんだ。サフィ、お前はこおりちゃんの意思を汲んで引き下がったのか? だからってボクにまでそれを強要するな。

 そんなものには決して屈しないと意思を込めて睨みつけ、

「……不愉快だナ。浅はかナ勘違いデ図に乗っていル顔ダ」

 何、と思う間もなく、ヘルビーストが強引にアライエスを払い除けサフィの元まで後退。体を丸め地に手を着く、獣が獲物に飛び掛からんとする姿勢。

「FA発動」

 身体全てが黒に染まる。さらに膨れ上がり、二倍、三倍――!

「――アライエスッ!」

「ジュオシェイド」

 その一言が「よし」の合図だったかのように、本体(ヘルビースト)から切り離された黒い巨獣が襲い掛かってくる! アライエスが正面に立ち塞がったけど駄目だ、あんな小さな身体で抑えられる訳がない!

「破りなさい」

 だっていうのに、アライエスは巨獣へと走り出す。ヘルビーストの姿をそのまま模している巨獣は両腕のブレードで迎撃。一撃喰らえば致命的と思われる巨大な刃をくぐり抜け、懐に潜り込み角を突き刺す。

 しかし相手は生物ですらないただのエネルギー体。当然痛みも恐れもなく、前進が止まらない。攻撃を加えたアライエスの方がエネルギーの圧力に晒されてる。

 思わず、何が出来るというわけでなくても、足を踏み出しかけた時、巨獣の頭が弾けた。その中に見えたのは金色の光。それを起点に次々と黒い巨躯が弾け飛んでいく。その様は金の蛇に内側から食い破られている様。

 何が起こったのかはわからないけど、誰がやったのかは明らか。小さな羊のひと刺しは決して破れかぶれの特攻じゃなかったって事だ。

「く……」

 ……いや、心にとっては決して良い選択ではなかったんだと、苦々しい表情が語っていた。それもそのはず、今のでアライエスが負ったダメージは軽くない。けどそれを責められはしない、今の(アーツ)でなきゃ迎撃は不可能だったろう。

 さらに不味い事に、巨獣が霧散する際に放出されたエネルギーの余波が雪煙を巻き起こし、敵の姿を隠してしまっている。

「こ、のっ」

 煙を吹っ飛ばそうとプゥが息を吸い込む。その動作を見てFAの指示を出そうとして、

 ――ダメッ!

 (とど)まる。アレは、っていうかプゥの(アーツ)は目立つ。こっちの居場所が先に知られてしまうのは不味過ぎる。

 その事に気付いてないプゥは発射姿勢のまま焦れている。意思の疎通が取れてない事による停滞事故。そういうのがまま起こるってのは先輩たちから聞いてたけど……ッ!

 背筋を走り抜けた悪寒に従ってぐっと背を反らす。その鼻先を凶刃が掠めていった。

 ヘルビースト!

「フラム!」

 反射的に叫んでいた。さっき完全に防がれていたのも忘れて。

 しかし、事態はそれ以上に悪い。目の前に現れたヘルビーストに対し、プゥはその時既に光弾の発射準備を止め、光る拳で殴りかかる体勢だったのだ。

 行動と命令の不一致がプゥの身体を縫い止める。その間にプゥが斬り捨てられるのは自明の未来だ。

「くっそ!」

 その前にこっちから踏み込んだ。それに反応して横薙ぎに振られたブレードを重心を落とし避け、中段突きを腹に打ち込む。

 ズドン、と入った。手応えあり!

 と思ったのも束の間、腕をがしっと握られた。

 そのまま握り潰されそうな痛みの中、一つの事実に愕然となる。

 効いてない。ブルエーウゴの時は怯ませる程度はできたっていうのに、まるでそんな様子もなくボクの腕を掴んできた。

 隙だらけのボクを乱暴に振り回し、投げ捨てる。ちょうどそこには戸惑いの体でいたプゥがいて、ボクを支えることも出来ず重なって倒れこんだ。

 二人まとめて両断しようと振り下ろされる刃――

「ンメエエッ!」

 が間一髪、割り込んできたアライエスの角に阻まれる。そしてヘルビーストの背後から銃を向けた心が、

 トスッ

「くっ」

 手に刺さったフォークの痛みに銃を取り落とす。その間にヘルビーストが、置き土産に両刃から黒の刃を放って後退する。

「――っ、はあーーっ」

 詰めていた息を吐く。やばい。本当に何も効かない。NAも、FAも、『異質性』も。

 極めて絶望的。明らかに役立たず。どう見ても足手纏い。

「ははっ、よく生きてたもんだ……!」

 そんな状態で笑いが出た。苦笑いではあるけれど。

 ポジ状態でよかった。ネガ状態だったらやけっぱちになってた。

 割と精神的ショックで裏返るらしいけど、自分の力がまったく通じない、なんて大したことじゃない。てゆーか優姫先輩と同じ部活だったんだぞ、そんなのしょっちゅうだ。

 今のボクにはむしろ燃料投下。アドレナリン促進だ。

 視線に篭った熱量は微塵も失われていない。

 サフィはそんなボクを冷ややかに目を向けて、ヘルビーストにチラッと見遣って、

「……そうだナ。勘違いしたママ朽ちらレるのも業腹ダ」

 ヘルビーストの飛び出しと同時に口を開いた。

「……何が勘違いだってのさ!」

 アライエスとヘルビーストが斬り結ぶ一方で舌戦が始まる。

 戦ってる最中に込み入った話とか苦手っていうかそんな余裕持てないけど、逆にこういう状況だからこそぶつけてくる言葉ってのもある。それに内容が内容だ、無視するって選択肢は採る訳にはいかない。

「コーリとユう『存在』ニ対する認識の何モかもガ」

 その言い様に早くも舌打ちする。

「こおりちゃんが何だってのさ、具体的なことは何も言わないでえっらそーに」

「そうね、事情通の訳知り顔、肝心なことは仄めかせるだけ仄めかしてそんな事も分からないのかって上から目線。こういうキャラって得てして人気出ないのよ、知ってた?」

「知るカ。コノ答えハ口にするコト自体がコーリへノ裏切リに等しイ。そんナ真似ヲサフィがするトデモ? そもそも、知っていルヤツから聞いただけデ理解した気になるナド愚カの極みダ。自分デ確かめロ」

 確かめろ、って何をだよ。具体的に何がってことすら分かんないんじゃ、

「見れば解る。そういう事と捉えていいのかしら?」

「やはりソチラの脳筋ヨリ優秀だナ」

 んぐぐ。

「しかしそれでは埒が明かないわよ。貴女、実は問答する気なんてさらさらないのかしら?」

「問題ナイ。何故なラ、コーリは関係ナイ」

「……は?」

 何を言ってるんだ、こいつ?

 関係ないどころか、どう話を切り取っても中心人物じゃないの。それが関係ないって、言ってることが滅茶苦茶じゃないか。

 ……いや、そうでもない、のか?

「つまり、サフィエル。貴女はこう言いたいのかしら? 貴女が輝燐を目の敵にするのは周防君のスタンスとか意思とかに従うとかじゃなくて、」

「全部お前の私怨かよ!」

 家族は要らない、そんなこおりちゃんの言葉なんてどうでもよくて、要はサフィが気に入らないってだけかよ!

「だかラどうしタ」

 さらりと肯定してフォーク投げてきやがった。軽く弾き、避ける。向こうだって当たるなんて思ってないだろうから手慰みのようなもんだ。

「呆れた。なんであたし昼ドラ展開に巻き込まれてるの? 信じらんない」

 心底うんざりしたという表情(かお)で心がぼやく。心外過ぎる、名誉棄損で訴えたい。

 けど、分かりやすい図式にはなった。納得してやる気なんてないけど、こおりちゃんの事情が絡むよりずっと分かりやすい。つまり、

「そんなに羨ましいか、ボクが」

 自分は諦めた、だからお前も諦めろって。ふん、要するに出る杭を打とうっていうその程度の事で、

「ハ、だかラ浅はかダト言っていル」

 自信満々で嘲ったら鼻で罵られた。

「うっわ、あんたとことん頭脳労働向いてないわね」

 うるさいッ(泣)!

「……アノコーリに、本気で、正面カラ挑む。ならバ、たとえソレがコーリノ願いと対立しよウが、ソノ意思を否定スル醜悪さハサフィにはナイ。ただ敬意を持っテ壁となルだけダ」

 どっちみち邪魔はするのね。

「ダガ、貴様は違ウ。軽過ぎル」

「ンメェッ!?」

 突如聞こえたアライエスの切羽詰った鳴き声に目を向けかけて、

「視線を逸らさないっ!」

 心の怒鳴り声に、むしろそっち()の方へ振り向きかけたのを懸命に堪えた。

「……あんたは幾つも気に掛けてられる立場じゃないでしょ。アライエスはあたしのミスティよ、任せてそっちに集中しなさい」

 無言で頷く。そんな出来事などなかったかのようにサフィは続けていく。

「貴様はコーリノ重みヲ何も理解していナイ。ダとユウのにドノ口が重さヲ語っていル?」

 ぐっと歯噛みする。言われたことは至極真っ当で返す言葉もないが、それ以上にまた知らない、ということを指摘された。

「何なんだ……。結局何が言いたいんだお前は!? 知らないから何なんだ! 知ってるお前は何なんだ! お前なら家族にふさわしいっての!? 答えろ!!」

 渾身だった。魂切れるような叫びだった。それを、サフィはあろうことか冷笑し、


「ハッ、バカメ。サフィエル=サザンウインドごとキ恩知らズ、コーリニふさわしイハズがナイだろウ」


 今までのどの嘲りの言葉より、暗く、冷たい声だった。

 思わず、次の言葉が頭からすっぽりと消えてしまうくらいに。

 そんなこちらの様子など気にも留めずサフィは続ける。

「恩がアル? 恩を返ス? 軽イ軽イ軽過ぎル!! ソンナ軽さデコーリをマタ(・・)破滅ニ引き擦リ込むナド断じテ許さン!!」

「ンメッ!? メッ! メエッ!」

 アライエスの切迫した声。おそらく、サフィの感情に引き摺られてへルビーストの斬撃が激しさを増しているんだろう。

 けどそちらを確認する余裕なんてない。今サフィから視線を逸らしたら、一気に懐まで入られて首を掻っ切られる。そこまでの速さは無いはずなのに、そんな悪寒を拭うことが出来ない。

「返シたモノヨリ貰ッたモノが多いんダ、記憶がナイ? 好都合ダ、コーリハサフィに囚われナイ」

 最早それはボクへ投げられた言葉じゃなかった。

 宣誓。血の涙を流しながら己で己を縛り上げる。

「覚えてル。手ノ暖かさモ笑顔モ覚えてル。サフィにはソレで十分だかラ」

 そう言ったサフィは、驚いたことに、あろうことかこの戦場で目を瞑る。

 そしてゆっくりと、恐々とと言うのが適切な動きで自分の髪に、頭に触れる。大事なものを、罷り間違っても消してしまわないように。

 その動作はあまりに緩慢で、その間に出来ることは幾らでもあっただろうに、ボクにはそれを呆と見ていることしか出来なかった。

 先刻(さっき)まで鬼神もかくやと言わんばかりの形相を見せていた女が、それを思い返すだけであんなに穏やかな、幸福に満ちた表情(かお)を浮かべている。

 ――ああ、羨ましい。

「!?」

 咄嗟に口元を押さえる。実際に口に出してたか、それも分からない。零れ出た、そうとしか言いようがない感情。

 そんな馬鹿な、ありえない、なんでボクが羨む。それはあいつのもののはずだろう。でも、あそこまで思い出を誇っている奴が、今更立場の違い程度で我を忘れるものなのかと――

 そこで、ようやく盛大な勘違いに気がついた。

 ボクは、サフィが仮面を外してからずっと『妹』という席の奪い合いだと思っていた。いや、正確には『妹』という立場に近い位置にいるボクを妬むサフィ、という立ち位置だと思っていた。

 大間違いもいいところだ。サフィに嫉妬なんてない。あるのかもしれないが、それが原動力じゃない。

「アア、十分ダ。サフィはコーリノ妹ダッた、ソノ事実さえあれバ十分耐えられル。だかラ」

 薄い微笑み。そして。

「だかラこそ」

 一人語りが終わる。

「コーリに家族(いもうと)ト呼ばれルソノ価値モ知らナイヤツに汚されルナド、断じて赦さナイッ!!」

 憤怒。どこまでもこおりちゃんのための怒りが、ギョロリと向けられた敵意がボクを刺し貫き、

 轟音と閃光に遮られる。

「!」

「お話はお仕舞い、でいいかしら」

「ンメッ」

 アライエスがボクらに背を向けて降り立った。白い毛並みが泥と血で汚れている。

 閃光が晴れた先にはヘルビーストの姿も。こちらは体からしゅうしゅうと煙を上げている。

「フム、半人前にしてハ上々ダ」

「嬉しくも何ともないわね」

「褒めタツモリもナイ」

 あっそ、と嘆息してからこちらを振り向く心。

「青い顔ね、そんなので大丈夫かしら?」

「……大丈夫だよ」

 ちくしょう、と心の中で毒づく。

 想いの強さで負けている。

 認めたくないけど実際認める気なんてないけど一度でも思わされたら頭の中から消えてくれるはずなんてない。

 自分を見て貰うなんて二の次。きっと『妹』という位置だって、相応しいと思う奴が相手なら潔く明け渡すんだろう。

 要するに、ああ。愛情ってヤツだ。それが男女愛か兄妹愛かはわからないけど。成程、恩返し程度じゃ太刀打ちできないや。

 とはいっても、それを思い知らされたからって、おとなしく死んでやる理由は無い。

 それに、あいつには一つどうしたって納得できないことがある。それで一矢報いる、などとは言わないけど、一石ぶつけるくらいはしないと気が済まない。

 そう意思を固める様子を見て、サフィが片眉を吊り上げた。

「イイだろウ。コイツは少々もったいナイガ、メイドの土産ダ。半人前ノ理由を教えてヤル」

 空気が変わる。熱と熱がぶつかりあった戦場が急に冷却されたかの様。

 いや、吸熱されたというべきなのだろう。

 溜め込んだ熱を、今までにないほど盛大に爆発させるために。

「ヘル」

 名前を呼ぶ一声、それだけでオーナーの意図を理解し、刃を十字に交差させる。角度からいうとXか。

 FAとはまるで違う構え。SAが来る――


「――A・EX(アーツ・エクストラ)


 …………何だって?

 心中の声に答えはなく状況は動く。刃が通常通り根元からではなく交差点から黒く染まり、それと同時に同じ現象が何もない空中でも発生。今やヘルビーストの周囲には九つのX字の黒刃が浮遊・停滞している。

 (アーツ)だ、それはいい、そんなのは今更だ。問題なのは、

「……エクストラ? 何よそれ……」

 心も知らない。それもそのはず、ミスティの(アーツ)はNA・FA・SAの三つ。少ないことはあっても、それ以上持ち合わせていることはない。じゃあ実はハッタリで実はSAなのか、いや今更サフィがそんな真似、格下相手にする訳もない。

法則(ルール)違反でしょう! 四つ目の(アーツ)なんて――」

「違うナ。だかラ半人前ダとユウ」

 動揺するボクたちを、悠然と見下すサフィ。

「ヘルも法則(ルール)通り元々(・・)三つシカ(アーツ)ヲ持ち合わせテはイナイ。四つ目ハ創ッた(・・・)。既存ノ(アーツ)を元ニ、だが全く別ノ(アーツ)ヲ」

 創った? (アーツ)を?

「そんなことが……」

「貴様ラは何を見ていタ? (アーツ)デこそナイガ、既製ノ枠カラ外れタ創作能力を目にシているだろウ」

 その言葉に心が弾かれたように声を上げる。

「……! 限定同調融合リミテッドシンクロシフト……!」

「あっ!」

 そうだ、中途半端に止まったシフト形態、なんて予定調和の存在のはずがない!

 ボクたちは、ミスティの能力は独自に開拓出来る事の証左を、もうずっと前から目の当たりにしていたんだ!

「全然気にしてなかったよ。こおりちゃんだから逆におかしいのが当たり前、みたいなとこあるからなぁ……」

「……こおりのオリジナルじゃあないわよ、勘違いしないように」

 そう横槍を入れる心だったけど、意味のない事だとは分かっているんだろう。特殊技能には違いないんだから。

「そしてH・D。分かルカ? 既に在る力ヲ使イこなすだけなラオーナーなど必要ナイ。ソコからの発展・拡張――進歩があルからこそノオーナーなのダ」

「……進歩、か。耳が痛いわね」

 苦笑いする心。そして。

「サンダークラウド!」

「ブラックイクス・ピース」

 盾と矛が同時に放たれた。

 ボクたちとサフィたちの間に、壁が生じる。触れるものを焦がす、電磁の壁が。

 面の攻撃に対して、ボクたちが取れる、おそらく唯一の対抗策。これ以上はなく、これ以外にない。事実、この手は一定の功を奏した。

 しかし、完璧ではない。その最大の理由は、相手の攻撃の早さに、そして速さにあった。

 当初、ボクらは、少なくともボクは十個の十字刃が一斉に、あるいは時間差で襲ってくるのだと思っていた。正直、それならまだ回避する目処もあると思っていたんだ。

 けど、そんな算段はあっさり崩された。向こうの手数が十じゃ済まなかったからだ。

 あの十字形――二つの刃を重ね合わせるという行為には、互いの刃に負荷を掛けるという意味があったんだ。

 結果、その刃は砕ける。砕けて、飛び散る。数百の鋭利な破片が。しかも都合よくこちら側にばかり。

 その崩壊から散弾までが、電幕の発生より早い。

 そして、電磁の壁、なんていっても本当の壁じゃあない。つまり非物質であり、十分な速度があれば消し炭に変わる前に突き抜けるってことだ。

 飛び散る破片の速度は刃がそのまま飛んでくるより遥かに速い。そのかわり、発射過程で耐久度を下げているため酷く脆い。結果、電撃によりその九割はさらに細かく砕け散った。

 ――残り一割が、ボクたちをズタズタに斬り裂いた。

「「~~~ッ」」

 全身が痛い。小さな破片のはずなのに厚手の服も関係なく身体のあちこちを斬り刻まれた。

 これで一割。もし全部まともに喰らってたらそれこそ斬られてない場所なんてないくらいに、

「――え?」

 そして。ボクが見たのは。

「コノ(アーツ)はNAベースダ。燃費がイイ分FAより使い勝手がイイ」

 浮かぶ九個の黒十字。次弾の装填が既に完了しているっていう、絶望的としか呼びようがない光景だった。

「サア、」

 駄目だ。

「何発目まデ、」

 このまま受けに回ってたら、

「耐えられル?」

 何も出来ないまま終わる!

 サフィの言葉が終わる前に駆け出した。後ろではなく前へ。逃げてもやられるだけだ!

 当然、ボクがサフィに届く前に散弾が発射され、襲いかかる。さらにその前に、

「クリスタルウォールッ!」

 防御SAを発動。プゥが付いて来ているのを見ていたわけじゃないけど、一緒に走りだしていると信じて。

 その期待――信頼は目の前に現れた光の壁により応えられた。

 無数の破片が壁にぶち当たる。その様は豪雨の中向かい風を傘を差して歩いているかの様。一枚一枚なら聞こえないはずの破片が砕ける音がザザザザザと目の前で鳴り響く。

 この盾がどこまで()つのかは考えなかった。考える余裕なんてなかったし、どの道これ以外に手なんてなかった。

 次々に亀裂が入る。突き抜けた破片が足に突き刺さり、頬をザックリと斬った。今どこを斬られたのかも判然としない。それら痛みを、

「あああああっ!!」

 叫び声で誤魔化す。跳ね除けて進む。

 永遠にも思えるわずか数秒、急に圧力が消えて壁が砕けたその時、

 ヘルビーストが目の前にいた。

「――」

 無言で振り下ろされる刃を、反射神経だけで()一重で躱す。

 避けた先は身体の外側、逆腕の刃は届かない、と思っていたら腕を回して躱した刃がこちらを向く。

 やばい、と思った一撃は、背後から突き出してきた一本の角に押さえられた。

 その間に、プゥが懐に飛び込んでいる。

 同時にボクはヘルビーストの真横をすり抜け、背後のオーナーへ肉薄。

 高速で突き出されたナイフを受け流し。

 ――やれ。

「きあ!」「セイッ!」

 腰の入った正拳突き。

「ジャッ!?」「グッ!?」

 腹に入ったその拳が魔獣の/サフィの身体をくの字に曲げさせ、

「きあああああ!!」「ヤアッ!!」

 続けて顔面へ一撃、殴り飛ばした。



「んー……」

 変な感じだ。何がどう変なのかって聞かれると「何か」が、としか答えようがないくらい曖昧なんだが。

 不自然さ、違和感。その類の感覚ともまた違う。別に不自然なところもなく、変わったことがある訳でもない。

 なのに、何だろうこれは。何故か、妙に首を傾げたくなるのは。

 はあと息を吐く。そして、その全ての原因を目の前にある最大級の不自然さ(・・・・・・・・)に押しつけたくなってきた。

「うーん……流石に月明かりだけじゃ中までよく見えないなあ……やっぱり取っ払っちゃおうかな、あれ……」

 何か非常に物騒なことを呟く獅子堂。さっきまでメルフィンの身体をペタペタペタペタ触ってたかと思えば、急に社に駆け寄って一巡りし終えると、木窓から中を覗き込み始めたのだ。ちなみに、本来木戸があるはずの場所は何故か青いビニールシートに覆われている。

「お前、品行方正な生徒会副会長殿って肩書きはどこいった」

 思わず突っ込みを入れると獅子堂は不服そうな表情(かお)で振り向いた。

「あのねえ、周防さんには今でも私が真面目一徹な面白みのない人間に見える?」

 や、そこまで言ってないけど。

「見えない」

「よろしい」

 大仰に頷かれた。

「そもそもね、あっちの私だってこういうのに興味無いわけじゃないんだよ。規則にも杓子定規に盲従してる訳じゃないし。今との違いはその縛りの強さが違うってだけなの」

 要するに優先順位の差か。それは随分大きな違いだと思うんだが。

「しかし、そんな古っちい社がそんなに面白いかね」

 そしてもう一つ。こいつ存外飽きっぽい。

 さっきまでの「追い」と違って、相手のアクションを「待ち」の現状。要するに、退屈を持て余してる。

 んで、いろんなものに目移りしてる。好奇心旺盛って言えば聞こえはいいが、元々メルフィンを追って来た事を考えれば、こいつから何も情報を引き出せない事を差し引いても飽きっぽいと言わざるを得ないだろう。

「男の子なら、大きな蔵とか興味惹かれない?何だか自分の知らない物が埋もれていそうで、探険したくなるでしょ?」

 でしょ? と言われても。つーか、こいつには女の子らしさとか無いのか。

「じゃあ、お前神社とか寺とか行く度にこんな事してんのか?」

「まさか。そもそも大体は眼鏡かけて行くし、そうでなくても人目の多い所でジロジロ調べ回す程節操なしでも無いし、普段はそれ程惹かれる物でもないし。けど」

 と、そこで視線を社へ戻す。

「何でかな、ちょっと気になるんだよね。大したことじゃないんだけど、妙に後ろ髪引かれるっていうか」

 自分でも不思議だと思ってるのか、首を傾げる。その感覚を共有出来ない俺としてはふぅんとなおざりに頷くしかない。

「んー……まあいいや。それより周防さん、さっきもちょっと聞いたけど」

 と、急な話題転換。獅子堂の興味がこっちに移り変わった、というか戻ってきた。

「知らない。俺は何も知らない」

「もう、まだ何も聞いてないじゃない。そんな邪険にしなくてもいいでしょう?」

「と言われてもだな、俺らの繋がりなんて同じ生徒会役員ってくらいで特に親密な間柄ってわけでもなし、今一緒に居るのだってたまたま目的地が被ったってだけのハナシで――」

「じゃあサフィエルとは親密な間柄なのかな? 少なくとも抱き合うような仲なんだよね?」

「……お前ね……」

 獅子堂の目がさっきまでとはまた違う意味で輝いていた。こいつもやっぱり女子か。いや、今なら十分納得できるんだが。

「ゴシップ的なネタは何一つ提供出来ませんのであしからず。つーか恋愛感情とか、ほんとよく分からんし……」

「じゃあ何?」

 うんざりと首を振るが、ノータイムで食い下がってきた。流石に辟易としてきたのでシカトで通そうかと思ったが、

「キミなんでしょう? サフィエルの、とても大事な人って」

 再び見遣った獅子堂の顔はさっきと一転、真剣そのものだった。

「…………」

 この時の沈黙は無視じゃない。本当に、答える言葉を持たなかっただけだ。

「あの娘とは長い付き合いだからね。ましてあの娘は私の事本当に慕ってくれてるもの。夢見るように語ってくれたわ、家族のように大切な人の話を」

「……家族」

「あの娘は恐れ多いとか言うでしょうけど、私もあの娘を家族のように思ってる。だからね、周防さん」

「それ以上はいい。わかったから」

 言い募ろうとする獅子堂を制して頭を抱える。

 参った。困った。

 面倒ではない。自分の家族を想って真摯な彼女たちに対してそれはない。輝燐に勝手に家族扱いされてるのとは訳が違う。

 だが、ああ、くそ。

 家族? サフィと知り合いだったというのはもう確定でいいだろうが、家族?

「……なんだよ、そりゃ」

 もちろん、サフィが本当の事を言ってるとは限らない。嘘ではなくとも、あくまで彼女の目から見た解釈という事もありうる。

 しかしだ、それでも俺の琴線に触れる単語には違いない。到底放置なんて出来ないほどには。

「……くそ、なんで思い出せねえんだ」

 舌打ちし、毒づく。思えば、今まで失われていた期間の記憶を積極的に思い出そうと試みたことなんてなかった。そのツケが巡り巡って今頃やってきたってワケか。はん、笑えねえ。

「……ごめん」

「あん?」

 何故か、唐突に謝られた。

「やっぱりいい。踏み込み過ぎた」

「そうか? まったくもって正論だったと思うんだが」

「私もそう思う。問題は、肝心のサフィエルがこの正論を振りかざすのを望んでるのかなってことで」

 そして俺はその問いに答えを出せる立場にない。ならばやはり獅子堂の判断が正解なのだろう。

「まあ、お前がそれでいいって言うならこっちが文句付ける筋合いはないんだけれども、な」

 内容が内容だけに、ものすごい不義理を働いてしまった気分にさせられる。しかしサフィに対してならともかく、結局は第三者であるはずの獅子堂にまでその感情を抱いているというのはどうにも解せない気持ちではあるが。

「けどあれだ、こういうのも奇縁っていうのかねぇ」

「ん、どういうこと?」

「いやな、俺らどっちも妙にあいつに懐かれてんじゃん。そんな二人があいつの預かり知らないところで偶然出会ってました、っていうのがな」

 そこまで言って、プッと吹き出された。

「なぁに? まさかこの出会いは運命でした、なんて歯の浮いた口説き文句が飛び出てくるのかな?」

「うわー、さむ。二重にありえんわ」

 ただ、「偶然」と口にして妙に引っかかりを覚えたのだけは確かだ。曲解されてからかうネタにされるのは勘弁だから言いやしないが。

 運命なんて信じやしない。気に掛けるべきは神の手より人の手で。そも、獅子堂の意思とは別にして、何故こいつが霧学への入学を許されているのか。立場を考えれば、どう転んでも有り得ない事なのに。

 ……俺と、こいつが出くわすことが目的だった、とか?

 考え過ぎか。自意識過剰か。あまりにもくだらない。

 時系列もおかしいし、一体何の意味があるというのか。それこそハニートラップだとでも? 臍で茶が沸くわ。

「……でも、運命なんてものを感じた気になっちゃうのも無理はないかな」

 ――それは、呟き程度の声量で。聞き逃しても何らおかしくなかったけど、生憎俺の耳に届いてしまったから。

「………………は?」

 思考が見事に寸断されて、馬鹿みたいに首を傾げるしかできなかった。

「ねえ周防さん、私の事、どう思う?」

「…………………………? ? !?」

 もう言葉も出なかった。

 え、何? 何これ? まさかほんとにハニートラップ? いや有り得んだろ、獅子堂だぞ獅子堂、いやしかしこいつの本性は十分少女らしくて、いやだからどうだってんだこいつに恋愛感情なんて微塵も無いけれども魅力的か否かと問われれば肯くのも吝かではなくああもう何だこの不意打ち悪質にも程があ――

「私はね、周防さんの事――――怖い」

「――――」

 ――本当、悪質な不意打ちだ。

「……サフィエルが家に来て、もう六年になるかな。私の事をキラキラした目で見上げて来るようになるまで、そんなに時間は掛からなかったな。行き過ぎなところは困ったものだけど、懐かれて悪い気はしないし、可愛らしくもあるよね」

 ……あの直後、になるのか? いや、そんなことより、

「桜井さんは本当手のかかる子だったなあ。あんなテンションの浮き沈みが激しい子初めてだったから扱い方も人一倍気を使ってね、その分手塩に掛けたとも言えるけど。あれかな、ダメな子ほど可愛いっていうの? あ、これ本人にはナイショね」

 いや、だから、そんな他人事どうでもいいから、

「そう、可愛い子たちなの。なのに、ね」

 獅子堂の視線が流れた。フッ、と自嘲気に嗤って、

「結局は他人事。そんな意識が根底からこびりついて離れないんだよ」

「――――」

 この短い間に、こいつは何度俺の心を揺さぶれば――いや、殴打すれば気が済むんだろう。

「ねえ、おかしいでしょう。私はね、自分の大事なものをどうでもいいものって思ってるんだよ? 訳分からないでしょう。……なのに、ね。本当のところ、全然おかしいなんて思っちゃいないんだ。客観的に異常だって分かってるのにね。それでも、この決定的な隔たりを否定することなんて、どうしたって出来ないんだよ」

 今にも泣きそうな声。しかしその眦に水が滲み出す気配は無い。

 そして、そんなことを気に掛ける余裕なんて、俺に残されてもいない。

 ……何だ、これは?

 何だこれは。

 知っている、知っているぞ。間違いなく、俺はこれに似通った「何か」を知っている。それはもう、よく知っている。

 なのに何故だ?

 何故、それが何か分からない?

 何故、連想して想起することが出来ない?

 何故、その二つを結びつけて考える事が出来ない!?

 違う、間違っていた。

 ヒントなんて、何の役にも立たない。どんなに近しいキーワードだろうが、そこから順繰りに正解を辿ることなんて不可能だ、そうなっている(・・・・・・・)

 この謎めいた感覚の正体を知る為には――『答え』そのものを提示する以外にないのだと。たった今、理解した。

 めんどくさすぎる。別に解明したいって訳じゃないが、事あるごとに意識に引っかかっていい加減鬱陶しい。

「……んな話、何で俺にした?」

 半ば八つ当たり気味に、吐き捨てる口調で問いかけた。今獅子堂が口にした事実は、こいつにとってトップシークレットに違いないのに。

「…………」

 しかし、その問いに返事はない。

 ……おいおい、まさかここまで来てだんまりか? と頭を掻いて、一瞬だけ獅子堂から視線を切り、

 忽然と姿が消えていた。

 へ、と間抜け面を晒し、ぼす、と背中に重みが加わった。

 ふわり、甘い匂いが鼻孔に届く。さらり、髪が首筋をくすぐる。

 それらの感触に一瞬意識を奪われ、

「聞きたいのは私の方だよ。周防さん、貴方、何?」

「――ん?」

 問いに反応するのが若干遅れる。それでなくても何を言われたのかよくわからない。何、とはまた失礼な物言いだな、とだけぼんやり思った。

「初めて見たときから感じてた。貴方は、どこか異質だって」

「ふーん、それが?」

 別におかしなことじゃない。俺に限った話じゃなく『異質性』を身に宿しているというのはただの事実だ。気配に敏感なら感じ取ることもあるだろう。

 とか勝手に納得して見せた俺、超恥ずかしい。そんな程度を異質と呼び表した、そんな結論はいくらなんでも獅子堂優姫を舐めすぎだろう。

「うん。どう言うべきかな……近い表現を探すなら、うん、やっぱりこれかな」

 そう言いつつも、その答えは、

「貴方は、まるで……」

 きっと、正鵠を射ている。

 なのに、その続きがいつまで経っても出てこない。

「……どうした?」

 普通に(・・・)声が出た。背後で首を振る気配。

「やめとく。私の歳で口にするのはちょっと恥ずかしい答えだからさ」

 などと照れ笑いして見せて――しかし、それだけでは終わらない。

「それに、この続きを言っちゃったらさ、何だか酷い事になりそうな気がしたから」

 ――手に滲んだ汗を意識する。その理由も『理解わか』らずに。


 ……言わなかった理由がもう一つ。

 その言葉は、鏡写しで私自身にも返ってくるような気がしたから。


「そんな貴方に、私は名状しがたい感覚を覚えた」

「うん、抽象的すぎてまったくわからない」

「それは仕方ないよ。『私』だってわからなかったんだから」

 身も蓋もない言い分に肩を竦めるしかない。

「まあでも、今ならある程度言語化出来るよ。特に、今の私なら」

「ほう」

 という言葉に我ながら驚く。他人から――獅子堂からどう見られているか。それなりに興味があるらしい。


「殺したい」


 ――聞かなきゃよかった。

 あれ、やばくね? 今二人きりで、しかも背中向けてますよ? おあつらえ向きに死体を隠せそうな山の中ですよ? まさか俺の人生、ここでDEAD END?


「あと、セックスしたい」


 ………………?

 あれ、俺もしかして……?

「からかわれてる?」

「ううん、全然」

 そっかー。そですかー。ふーん。

「何よ、失礼ね。私だって年頃の女の子なんだから、そのくらい考えたって不思議じゃないでしょ」

 しかし、まるで予想外の衝撃に機能停止に陥った俺の脳が打ち出した言葉は、

「……ビッチ?」

処女おとめに向かって吐いていい暴言じゃないな」

 ズドンと、脇腹に肘打ちが突き刺さった。ぐほう、痛い。やっぱり手が早くなってる。ついでに脳へスイッチが入る。

「いやだってな? 一目見ただけの男にその思考はいやなんでもないです」

 これ以上の発言はマジ命に関わる。

「……いやしかし、その二つは」

 正反対だ、とは口にするまでもない。

「うん。しかもね、この二つの思いを同時に抱いた、っていうのは厳密には間違いなの。浮かんだ感覚は一つ。その中にこの二つの思いが同時に内包されていた、それが正確なところ」

「何それ」

「言ったでしょ、わからないって」

「……ちなみにそれ、今は?」

「あんな感覚、いつもあったらとっくに周防さんの事襲ってるよ」

 どっちの意味で、かは聞く気も起きない。どちらでも心臓に悪い事には変わりゃしない。

「……で? その感覚があったから、俺の事怖いって?」

 いい加減話を終わらせたくて自分から締めに入る。これ以上続けてるとここから生還する自信がどんどん無くなっていきそうだし。

「ちょっと違う。その感覚を覚えた貴方が――到底他人とは思えなかったからだよ」

「それは……お前にとって怖い事なのか?」

「嬉しい事、だと思ってたんだけどね。正直諦めてたんだろうね、そんな人が現れるの」

「でも現れた。いや、現れてしまった、になるのかな?」

「……正体不明の怪物と出くわしたみたいだった」

「……それを言っちゃうなら、今の状況の方がよっぽど当て嵌まると思うんだが?」

 とは言ってみるが、答えなんて分かり切ってる。

「あの時、私にとって『彼』は地上から射す光だった。そこに繋がるのなら」

「むしろ自分から手を伸ばす、か」

 理解出来ないはずがない。俺にとってはレリがそうだった。

「貴方と出会った時は、口の中に無理矢理何かを流し込まれたみたいだった」

 それも口移しで、とかいらん注釈加えてくる。明らかにこちらの反応を窺う気配に溜め息一つ。

「毒か、薬か?」

「はたまたただの甘い水か。答えはまだ出ない。一つ間違いないのは、もう私の中に入り込んでしまったってこと」

 だから他人みたいな隔たりなんてあるはずがない。そして結論を要約してしまえば、

「獅子堂優姫といえど未知の物は怖いか」

「そう単純に纏められても困るけど、大筋はそれで正しいよ」

 まあ、しょうがないだろう。相対しているというならともかく、これは一方的な浸食だ。俺だって御免被る。むしろ今の今までそんな内心を微塵も表に出していない事に脱帽したい。

「……改めて聞くぞ。んな話、なんで俺にした?」

「むしろ、周防さん以外には出来ないな、こんな話」

 だろうとも。しかしそれは話す理由にはならない。それは向こうだってわかってるだろう、背中越しに苦笑いの気配。

「正直、はっきり言語化出来る理由なんてないよ。強いて言うなら、直感?」

 ある意味、とても今のこいつらしい答えだった。

「だからね、深い意味がある訳じゃないから。無理に解決法とか、考えないでいいから」

「…………」

 わかってる、そんな勘違いなんてする訳ない。

 わかってる、こいつは助けなんて求めてない。

 この問題の答えは俺の中にはない。輝燐や明野のケースのように、分かり切った問いに自明の答えを返すのとは根本的に異なっている。では、その答えを出す為に――獅子堂の為に、俺が思い悩む必要はあるのか?

 どうでもいい。全部他人事だ。

 いつも通り、その一言ですべて終わり。なのに。

 何故、それが悪い事のように感じられてしまうんだろう。

 そんな「当たり前」と「そうでないもの」が綯い交ぜになって、ついには、

「分からないのが怖いのなら、いっそのことそっちで勝手に型に嵌めちゃえばいいんじゃね?」

 とかとんでもない暴論を口にしていた。

 いや、ないだろこれは。俺の言ってる事は無責任で勝手な第三者的物言いに過ぎないという自覚はあるが、それでも自分で納得出来ない、自分が相手の立場に立ったとして到底承服できない事を言った覚えはない。だからこそ、今の発言の有り得なさに吃驚だ。獅子堂も呆れている事だろう。怒っていないと嬉し……い?

 ……あれ? そんな感じは全くなく、むしろ……?

 恐る恐る振り向いて見る。と、ちょうど同じようにしていた獅子堂と()が合った。

「……そっか」

 ……はい?

「そんな方法があったんだ。凄いね、周防さん」

 いや……いや!

「ちょっと待てぇっ! なんで納得できるんだ、今ので!」

 勢いよくぐるりと、今度は体ごと振り向く。そんな俺を弄ぶかのように、獅子堂は背中へと回り込む。

「宙ぶらりんで気持ち悪いから確定させちゃえってことでしょ? 妙案だと思うよ?」

 ぐるぐる。ぐるぐる。なにこれ。

「言うだけなら簡単だがな! 事実でないことを事実と思いこむ、そんな真似がお前に出来るか?」

 出来る訳がない。獅子堂だからこそ、そんな欺瞞が通るはずがない。

 だが、

「違うよ。在りたいカタチを決めて、その通りに在ろう、って話でしょ? 事実と思いこむんじゃない、事実にするんだよ。『私』が生まれたみたいに」

 その無理難題は既に通しているのだと、実例付きで返されては反論の余地もない。

「だからね、周防さん」

「うおっ」

 安定していたステップが崩れた。理由は明白、両肩に突然かかった獅子堂の重みの所為だ。いつの間にか自分だけこっちを向いて、俺の両肩に手を載せて、頬に息が吹きかかる。


「友達になろうよ」


「……」

『断る』

 そのいつも通りの一言が吐き出されようとして、何故か音にならず霧散する。

 結果生じた沈黙に、先に耐えられなくなったのは獅子堂の方だった。

「……あ、はは……何だかこんなこと改まって言うの、照れくさいね」

 ぱっと手が離されて、そのまま距離を開ける気配にようやく振り向く事を許された。

「しし――」

「返事は今すぐなんて言わないから、ちょっと考えてみてね。ああそうだ、それとは別でお願いがあってね、今度周防さんの料理食べさせてほしいなぁって」

 こちらの言葉を遮るようにまくしたてて、その上話題を変えてくる。……まあ、それは俺も望むところか。正直、どう答えていいかわからなかったし。

「何でわざわざ。言っとくけどな、俺の料理スキルなんて半ば生きていく上での義務として身につけたような程度のものだぞ」

「そう? それにしちゃ楽しんでやってるんじゃない? 今日の夕飯の時も、ひとり目の色が違ってたよ」

「……んなこたぁない」

 と思う。

「ふふ、素直じゃないなあ。それで、YES? それとも、はい?」

「同じ、同じ」

「だって興味あるもの。桜井さんたちからこぞって「美味しい」って聞かされてるし。私だけ除け者にする理由でもあるの?」

「……そういう風に言われると、確かに構やしないけど」

「でしょう? ふふ、楽しみ。この前酷評されたお返しも兼ねて、辛口で評価してあげるから」

「……まあ、別にいいけど。所詮家庭料理の範疇を出やしないからお前んちお抱えのコックとかと比べられるとハードルが高すぎるけどな」

 後は。

「これが死亡フラグにならないようにしないとな」

 そう言ってあらぬ方向に指を差す。つい長話に興じてしまったが、何のためにここに居るのか、忘れたわけじゃあ勿論ない。

 瞬間、弾けたように獅子堂が駆け出した。

 取り決め通り、先制攻撃を任せて俺も走り出す。

 その先、遠目に、察知した通り根の足を忙しなく動かすスペイラーの姿を確認した。

 向こうに敵と認識された以上、あの土津波を初撃で見舞ってくるのは予想の範囲内だ。そして、俺たちにはレリなしであれに対処する術は無い。

 ならばどうするか? 答えは簡単。

「出だしで止める」

 土を捏ね、動けないその間に、

「ハッ!」

 鼻面へ跳び回し蹴りを叩き込んだ。

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