第十五話 不可視疑
……どうしてこうなった、と考えるのは何度目だろう。
もう十時に差し掛かろうという時間、暗闇の中を照らす灯りは星と月明かりだけで足下に注意しながら山道を登って行く。
行き着く先は当然山頂。目的は真夜中のハイキング――などではもちろんなく、イルカ型ミスティ・メルフィンの追尾だ。
そのSAでほぼ直線距離を行ける向こうと違ってこっちは曲がりくねった道を歩かなければならないのだが、だからといって獣道に割って入ってショートカット、などという気は最早ない。流石に懲りた。ひょいひょい登れるこいつがおかしいんだ。
「急がなくて大丈夫? 今は山頂に向かっててもそこが終点って訳じゃないでしょ?」
……とか言うその同行者が今にも木々を突っ切って行きそうな雰囲気だ。いつものこいつなら思ってても表には出しそうもないもんだが。
「……それはない。山頂が終着点だ、少なくとも追いつくまでは」
こちらの断言に「そう」と頷き疑う様子は微塵も無い。その代わり、
「ね、どうやって追いかけてるのか、そろそろ教える気にならない?」
「ならない」
「そもそも、どうして周防さんは追いかけてるの? 『彼ら』について、随分訳知り顔に見えるけど」
「知らない知らない」
こんな調子でこの女、獅子堂優姫は俺についてきている。
本当ならあの場で別れるはずだったんだ、こいつとは。しかしだ、やはりというべきか、俺があの場に居合わせたのは偶然だと考えてくれるようなヤツじゃあなかった。辿り着くべくして辿り着いたのだと、つまり俺にはあいつを追う手段があるのだと獅子堂は見抜いたのだ。もちろん馬鹿正直に肯定してやったりはしてないが信じてもらえるはずもなく。俺が獅子堂を振り切れるはずもなく、溜息を吐く程度のことが俺に出来る精々の抵抗だった。
「いいじゃない、教えてくれても。秘密は守るよ?」
秘密のものを自分だけは教えてもらえると何故思える。
「……お前、そんな他人の事根掘り葉掘り詮索したがる人間じゃないだろ」
「だから、こっちが地なのよ。好奇心旺盛でね、父様によく諌められたなぁ」
懐かしそうに思い返す獅子堂を尻目に、分かり切っていた答えが返ってきたことに嘆息するしかない。
「……眼鏡かけてようがかけてまいがお前はお前だろ。あっちで出来ることが今のお前に出来ない訳がない」
だから自制しろ、と続けたかったのだが、
「それは違うよ。確かに今の私と眼鏡の私は同一人物。記憶が分かれてるなんてこともない。けど別人。お互いに出来る事と出来ない事が厳然と存在してるの」
「…………」
そうかもしれない、とは漠然と思っていた。今までの獅子堂と今の獅子堂では違いすぎるのだ。
それはただ性格の変化というだけの簡単な話ではない。もっと底の、獅子堂優姫という『存在』の大元の部分が大きく組み変わったように感じるのだ。それはまるで、黒炭とダイヤのように。
……母親、か。
A few minutes ago
「形見?」
「そ。レンズは変えてるけど」
そう言って壊れた眼鏡を胸ポケットへ戻す。その上からそっと手で包み込んだ。
「私の実家が所謂大企業なのは知ってるでしょ。それ、父が一代で築き上げたものでね、そういう人だからだろうね、父は自分の子供にも高い水準を求める人で。いつも家全体に張り詰めた空気が漂ってるの」
その張り詰めた空気とやらを肺腑から吐き出したいのか、訊いてない事を口にし始めた。これもいつもの獅子堂ならあり得ないことだろう。
「兄はその期待に……求めに応じて何かにつけて優秀な実績を挙げてきたのだけど、私はどうも落ちこぼれらしくて」
「……待て。落ちこぼれ? お前が?」
信じられないという意を込めて問い返す。同格ならいざ知らず、こいつを落ちこぼれ呼ばわりできるほど明らかに超越した人間なんて、俺にはまったく想像がつかないからだ。
「周防さん。人はね、その場その場で求められる能力が違うの。たとえ他の分野でどれほど圧倒的な実力を示しても、求められた場で活かせる能力でなきゃ何の意味もない」
「ああ、成程」
その通りだな。確かに俺にしろ獅子堂にしろ、社会的にトップに立つような能力の持ち主じゃあない。
「……ま、どちらかといえば能力より性格的に向いてないっていうのかな。人にも自分にも素直で、丁々発止の権謀術数とか苦手なんてもんじゃない、私の辞書に載ってないってヤツだったの」
うん、理解出来る。罠とかそういうのに嵌った後で罠ごとぶっ壊すタイプだもんな、こいつは。
ついでに付け加えれば、いつもの威圧感がまるで感じられないのも痛い。あのプレッシャーがあるだけで交渉とか優位に進められそうなもんだってのにな。いや、俺の精神衛生的にはこちらの方が望ましいが。
「そんな私にとって、母は理想の人でね。常に厳格、公明正大。それでいて面倒見がいい人で。常に後ろから見守ってくれる人がいるっていうのは、安心感があったなあ」
断言する。安心感と同等以上のプレッシャーが加えられてたと。まあ、思い出って美化されるものだし、別にいいけど。
「ただ、身体が弱い人でね、私が小学校に入った頃にあっさり逝っちゃった」
「ふぅん。で、そういう人になりたかったと?」
「ううん」
即答の否定に割と面食らう。しかしすぐに考えを改める。こいつがその気ならとっくにその性格になってるはずだ。変身なんて手段じゃなく。
「母様は凄い人だったと思うし、憧れてもいた。でもね、私は私でよかったの。どれほど憧れたとしても、自分自身を揺るがす事なんて発想にも上らない」
その思考はとても良く理解出来た。『先生』と過ごしたほんの一週間、同じような事を俺も考えていたっけな。
「私は母様になりたかった訳じゃない。母様に……逃げたの」
「…………」
今日、こいつからは予想外の面ばかり見せられてるが、これは極めつけで……衝撃的だ。
逃げた。
獅子堂優姫が、逃げた。
冗談の一種にしか聞こえない。
「冗談じゃないよ」
「だから心を読むなと……」
いや、それはどうでもいい。よくないが今優先することじゃない。
「私は酷い事をした」
それだけ口にして空を見上げた。
「私には耐えられなかった。……ううん、違う。あんなことをしてみせて、耐えられる自分に堪えられなかった」
……何だろう。
どこかで聞いたような話だ。
「……何をしたんだ?」
気付けば、そんな言葉が口から出ていた。
「言いたくない」
その返答からは感情が感じられなかった。押し殺したのではない。すっぽり抜け落ちていた。
……これ以上、それに触れない方が良さそうだ。誰の為にも。
「だから、私は私に魔法をかけたの。母様なら――誰より自分を律せる母様ならあんなことは起こさないから」
そして再び胸ポケットを指し示す。
「眼鏡は本当に形見分けで貰ったって、ただそれだけのものだったんだけどね。あれ以来頻繁に身に着けるようになって、……気付けばこうなってた」
「……お前、今の……元々の自分が嫌いなのか?」
だからいつも眼鏡を掛けて、別の性格で日常を過ごしてるのか、と。
「どうだろう。単純に私の立場とか周りの環境とかにあっちの性格の方が何かと都合がいいからってのが大きいなぁ。人前で外さないのは……あのかっちりした私を知ってる人にこんなふにゃ~んとした私を見られるのが恥ずかしいからだし」
そう言うと改めて恥ずかしくなったのだろう、わずかに顔を赤らめてあははと苦笑い。
「……うん、封印。これが一番かっちりはまる言葉かな。これは、私が他人に対するために負うべき責任の一つだと思うから」
……………………何だ、このもどかしさは?
何かに気付いてもいいはずだ、俺は。もう答えに辿り着くためには十分な情報を持っているはずなのに、答えがはっきり見えていても、それを自覚する、すなわち手に入れるということは、月を掴めと言われているのと同義な気がしてならない。
「こ、こんなところでいいかな? あはは、自分語りって思ってた以上に恥ずかしいね」
「ん? あ、ああ」
自分への不審に首を傾げていたところへの問いだったため反射的に頷いてしまったが、内容を思い返して実際のところ問題は無い。
問題だったのはむしろその後、獅子堂の眼光が妖しく煌めいた瞬間だった。
「じゃあ、次は私の番ね」
「は?」
「は? じゃないよ。自分ばっかり聞いて、終わりに出来ると思った?」
ゾクリ
その一睨みで背筋が凍った。いや、睨まれたのか? 目だけが笑っていない、ってなら簡単な話だ。でもこいつが浮かべているのは何の変哲もない普通の笑み。そこから感じ取れるのは、威圧の必要すら無いという絶対者の意思。
今までの名前通り獅子の威圧に震え上がるのとはまるで違う、蛇に睨まれた蛙の心境。前者ならまだ抗い様がある。しかし後者は何をしても無駄、もう勝者は決まっているのだと抵抗の意思すら削いでくる。
はたして王者の威としてふさわしいのはどちらなのか……?
「いろいろ教えてくれないかな、周防さん?」
Return now
現時点で口を割ってないってことは蛙まで身を堕とす事はどうやら避けられたようだ……って本題違う。
大きな失敗をやらかした子供が母親の胸元へ逃げ込む。誰でも一度や二度はありそうな経験だが、獅子堂には――失敗が無かったのか、逃避が許されなかったのかは分からないが――なかったんだろう。
自分の許容量を超えた失敗――いや、獅子堂の話が確かなら超えていないのか。よくわからないが、自分自身への絶望……とでも言えばいいのか? そういうものを初めて味わって、何かに誰かに縋りつきたい、しかしその寄る辺は既にこの世にいなかった。
だから、自分が『母親』になった。
それはつまり、甘え慰めてもらいたかった訳じゃなかったんだろう。ただ尊敬する母親なら、どうすれば解決できるか知っていると思っただけで。
重ね重ねこいつの才能に身震いする。こいつはただ単に性格が変わった訳じゃない。
『本質』だ。
あの眼鏡を基点として自分自身の『本質』を組み換え、『変質』させることで『母親』を作り出したのだ、恐ろしい事に。
そして答えは見つからなかった。
これは自分でしか解決できない。他人では解決できない。別人になっては解決できない。
今まで俺が知っていた獅子堂優姫は、獅子堂の『本質』から切り離された別人に過ぎなかったのだ。どう転んでも答えなんて出て来るはずがない。
だからこそ次善策として封印が成功したワケだから怪我の功名とは言えるんだろうが。
とはいえ完全に別人って訳でもない。本当に全くの別人ならば、常日頃こいつから与えられるプレッシャーに恐怖なんて覚えない。……はずだ、多分。そんな気がする。
炭とダイヤの例は訂正。純度の差くらいに考えた方が正しいかも。
とりあえず今、強引に口を割らされるということはなさそうで実に喜ばしい。あっちの獅子堂だったら「いいから話せ」で問答無用だ。いや、向こうならそもそもこっちの事情に深く踏み込んでこないか? どうもこの辺の違いが決定的な差異っぽいな。
しかしあれだな。一体全体何でこんな、少なくとも学園の誰も知らねえような秘密を抱える羽目になっちまってんだ、俺。
「脅そうとか思わないでね」
「思うか、んな命知らずな真似」
「そう。じゃあついでに教えてあげるとね、秘密誰にも教えたことないの。素で誰かと話すのなんてもう何年ぶりになるか覚えてないよ」
「……誰も?」
「うん。兄様や、傍付きのサフィエルも知らない。父様には気付かれてる気がするけど」
「さっきも言ってたけど、兄貴いるんだ」
「そ、獅子堂グループの後継者。……サフィエルも分かんない娘だよね、どう考えても将来有望なのは兄様なのに、何を好き好んで私にこだわるのかしら」
「俺はお前の兄貴を知らないから何とも言えないが、あいつお前の事崇拝してるっぽいよな。なんか超人芸でも見せたのか?」
「その言葉、そっくりそのまま周防さんに返すよ」
いやあ、心当たりになりそうな記憶自体がねえし。空白になってる時間の状況を考えるとむしろ避けられてもおかしくないと思うんだが。
ま、あいつの事はいいや。答えを出すには情報が足りなさ過ぎるし、何より結局は他人事だ。
それより今はこいつだ。
「しかしあれだな、お前、自分で違和感とか覚えないワケ?」
「ていうと?」
「口調や雰囲気もそうだけど、自分の言動に、だな」
「? 変わってないよ?」
「大違いだ、俺から見たら」
たとえ内心は変わってないんだとしても、表出の仕方がまったく違う。
「さっきも言ったが他人の事詮索するヤツじゃなかったし、建前でやり過ごす気ないみたいだし?」
「……そうだね。あっちの『私』は大人なんだろうね。だから羞恥や弱みになるような迂闊な本音は言わない。言えない」
そこで区切り、立ち止まって胸に手を置いた。
「でも私は感情がストレートに出るから。疑問とかあれば溜め込まないで訊くし、大抵の事に本音で相対する気だし」
「そういう態度の変化とか、自分でおかしいと思わねえの?」
「全然。そういう変化もひっくるめて、これが今の『私』だと認識してるんだよ」
自分はそういうモノでそれが自然であり、だから問題無い、そんなところか。
「変な奴」
「その言葉もそのままお返しするよ」
失礼な。化け物だからって変人みたいな扱いされるのは心外だぞ。
まあ、それはともかく、
「変だろ、こんな時間に山登りとか」
ようやく俺にとっての本題に入れそうだ。
「そうだね、これ以上周防さんを付き合わせるのも悪いし、場所さえ教えてくれれば私一人で片付けてくるけど?」
「…………」
と思った矢先に返し技を打たれた。
「回りくどい言い方しなくていいよ、まだるっこしい」
ばれてたか。ま、俺自身でも面倒な言い回ししてんな、と思ってたし、第一こういうのはキョウのやり方だよな。
「お前、なんであの妙な生き物追い回してんの?」
というワケでストレートに訊いてみた。レリが妙って言うなー、とか言ってる。
「……その質問は私が先にしたよ」
「知らない、と答えたけど?」
いけしゃあしゃあとのたまってやる。
「……そう、肝心な事だけは絶対に隠し通すタイプなんだね、やっぱり」
半分正解。ミスティに関しちゃそれほど厳重な秘密でも無い。だからって話してやる気も無いが。
「私はもうたくさん自分のコト話したつもりなんだけどねえ? 自分の事何も教えないのに他人の話ばっかり聞き出そうなんて虫がいい話じゃない?」
その通りで。返す言葉も無く口を噤むしかない。
「で、何で私があれを追いかけてるのか、だったよね?」
「話すのかよ!?」
「あれ、聞きたくないの?」
「いや、そうじゃないけど……」
「じゃあ聞いて。この話、他人にするの初めてなんだから。誰にも言っちゃあやだよ?」
……ああ、そっか。話したいのか、こいつ。
特別な秘密を他人と共有することで仲間意識を深めたい、なんてのはよくある欲求だ。俺の場合レリの事を知られることは俺たちが生きていく上で不都合なことだから誰にも話そうなんて気にならなかったが、こいつの場合その秘密は生活に密着したものではないのだろう。とすると、こいつの家の仕事とは関係ないってことで間違いなさそうだ。
「……それに」
「ん?」
「何かいろいろ知っているらしい周防さんにはむしろ話しておいた方がいい、そんな気がして」
「……どうして?」
「勘。割と当たる方だよ、私」
や、だから悪戯っぽく微笑うとか、心臓が跳ねるから止めろって。
歩き詰めだったし、ちょっと一休みすることにした。メルフィンが動く様子はなさそうだし。
じっくりと腰を落ち着け、何から話そうかと思案していた獅子堂がうん、とひとつ頷いて話し始めた。
「私がミス研に入ってるのはもう知ってるね?」
「……ああ、あったなそんな裏設定……」
「裏設定言うな。皆同じ反応するし。別に人が何に興味持とうと勝手じゃない」
そう言って膨れっ面になる獅子堂。しかし多少は恥ずかしさがあるのだろう、顔がわずかに赤らんでおります。
「茶化すようなら話したくない」
「いや、ただの本音で茶化してる気は全く無いんだが」
と正直に言ったらなおさら悪いと言わんばかりに睨まれた。ハイ、もう余計なコトは言いません。
「もう、周防さんはホント仕方ないなあ……それで、ミス研の活動内容は知ってる?」
「いや」
「あのね、鳴海市中の不可思議現象の情報を集めて調査する、フィールドワークみたいな事をやってるんだけど」
んー、なんか藤田から聞いたような聞かないような。まあ、どっちでもいいっていうかどうでもいい内容だわな。
「…………」
「?」
とか思ってたら、獅子堂の話が止まってた。いや、そんな所で止められても全くミス研に興味なんかない俺にどうしろと。
「………………ヴウウ」
と思ったら唸り出すし。怖いっス。
「……私が、」
ようやく言葉を搾り出したと思ったらそこで一息吐いて、
「あの学園に入って部活を選んだんじゃなく、この部活をする為にあの学園に入ったんだって言ったら、どう思う?」
「……はい?」
え、なに、どゆこと?
「どう思うって、いや別に……。ミス研って特殊性はあっても、入学前から部活決めてるのなんて珍しい話じゃないし」
「そうじゃないよ周防さん。私はね、この活動をするために霧群学園に、もっと言えば鳴海市に来たんだって言ったら、どう思うって訊いたんだよ」
「……んっと、え?」
なんだそれ? 部活で学校選んだって事? 野球の強豪校に入る、みたいなのなら納得も出来るが、たかがミス研で?
いや、そうじゃない。こいつは今わざわざ「活動」って言い直した。「鳴海市に」とも。つまり。
「……お前は、鳴海市を調査するためにあの街へ来た?」
こくり、と頷いた。
「……あの街にいったい何があるっていうんだ」
息を呑む、って程じゃないが眉を顰めるには十分な程気になる情報ではあった。なにせ自分が住んでる街だ、自分自身がめんどくさい状況に巻き込まれる可能性もあり得る。あるいは、俺が呼び戻された理由と被っている可能性も無きにしも非ずだ。
しかし、そんなこっちの心中とは裏腹に獅子堂は朱に染まった顔で俯いて、
「鳴海市って、UMAの目撃例が頻発してるの」
「…………はい? ゆーま?」
「うん。Unidentified Mysterious Animal。未確認生物を示す略語だね」
「へー」
とっても棒読みな返事が口から出た。割と目も死んでる気がする。
「あー、んー、つまり、あれか? お前、えっと……変な人?」
「やっぱり変っ!?」
ガバッと跳ね上がった赤い顔は口がわなないて、目尻からは今にも涙が零れそうだ。
「いや、まあ……。そんな理由でわざわざ親元離れて進学先選ぶ奴は、道楽者か変人のどちらかしかないと思うぞ」
だからって俺が気を遣ってやる必要は微塵も感じないが。
「……恥ずかしさを堪えて告白した私にもっと配慮した言葉を選んでくれても罰は当たらないと思うのに、うう」
肩を震わせて涙目の獅子堂に睨まれる。睨んでも怖くない獅子堂、新鮮過ぎる。も、物足りないとか思ってないんだから……ねっ!!
「でも、そっか。桜井さんもやっぱりそう思ってたかな」
そう言って軽く溜め息。
「なんだ、輝燐にも話してたのか」
「あの娘がミス研に入ってきた時に軽く、ね。中学の頃からなんで親元離れて暮らしてるのか不思議がられてたから、話すいいきっかけになったの。……と思う事にしたよ」
はあ、ご愁傷様。
ていうかあいつ、つい昨日「詳しいことは知らない」とか言ってなかったか。まあ、獅子堂の秘密をペラペラ口にする勇気は俺にだって無いが。
「にしてもオタクの人とかさ、他人に知られて恥ずかしいと思うものを趣味にするヤツの心情が理解出来ないんだが」
「とりあえずその疑問は趣味といえる趣味を持ってからもう一度考えるといいと思うよ」
失礼な。俺だって趣味くらい……無いと生きていけないってワケじゃないもんね。
「で、肝心のUMAには会えたのか?」
「……それなら今日ここまで執着してはいなかったかも」
そう言って肩を竦める。ま、いくら扉が開きやすい地域だからって会おうと思って会えるモンじゃないわな。そもそも出てきた側から『ブリッジ』が対応してるだろうし。
「難儀なこった。住む家まで変えても見つからなかったのに偶然旅行先で見つかるって、今までの苦労はなんだってハナシ――」
「あ、それ違う。見つけたのは偶然だけど、いるって事は知ってたよ」
「……うん?」
「もちろん本物って確証があった訳じゃないけど。ネットとかで前々から噂に」
「…………ああ、それで来たのか、お前」
そもそもこいつがここにいる事自体奇特なハナシだったもんな。こーいう裏があったワケか。
「………………そうだよぅ、悪い?」
相当恥ずかしかったのか、軽く拗ねて見せる。しかしそうか、こいつとは全くの別件で納得出来た事がある。半ば予想していた事ではあったが。
「成程な。……野郎」
俺の行動パターンを読んだのはキョウか杏李先輩か、それとも。なんにせよ今回のミスティ出現の原因が俺でない事は明白。俺がこの件に関わる動機が失くなった訳だが……。
ちろりと、同行者を見た。
「……で? はぐらかす気?」
UMA……ミスティを追って鳴海市へ来たのはわかった。けど、肝心の何故ミスティを追ってるかはまったく答えていない。
「そんな気はないよ、周防さんと違ってね。本題に入る前にワンクッション置いただけ」
目を閉じてふーうっと息を吐く。そして開いた目が、
瞳が真っ直ぐ俺を見据えた。
途端妙な感覚に襲われる。何だ?
こいつ、本当に俺を見てるのか?
何を見ている?
一体誰の許可を得て、俺を『上』から視ている!!
舐めるな/巫山戯るな/図に乗るな。
ひれ伏せ/朽ち果てろ/骸を晒せ。
霞が形を持っていく。深海から浮上するかの如く、其れは覚醒す――
「周防さん?」
「何?」
霞はやはり霞だった。何かの形を持ったようにも見えたが、斬り裂かれたみたいに文字通り霧消した。
「ちゃんとこっち見てる? ときどき、ううん頻繁に、何処も見てないんじゃないかって不安になるんだよ、周防さんって」
「なんだそりゃ。それを言うなら、」
お前の方こそ、と言おうとして何故か口を噤んだ。
「……何でもない」
これは何だ? こいつと対面してると次々に味わう謎めいた感覚は。
そして根本的に、獅子堂優姫という『存在』は何なのか。
いや、答えはもう識っている。識っているが見えないだけだ。
ならば待つしかないだろう、然るべきその時まで。
「――これは、本当に誰も知らないこと」
……この話が、その鍵となるのだろうか。
「もうずっと昔に見た『生き物』に、私は焦がれてる」
そして獅子堂は、過去へ手を伸ばした。