第十四話 系統樹録――取説には書かれてない便利な使い方
『人間』の上たるオネーサマに「必要」なのはコーリだけだ。お二人と同じ舞台に立てる者は片手で数えられるほど。それ以外は全て「余分」に過ぎない。もちろん、そこにはサフィも含まれている。
しかし。『人間』たるオネーサマを構成するものは「必要」だけではナイ。むしろ「余分」こそを大事にしていることをサフィは知っている。
もっとも、ソレを理屈で理解できてもサフィの心情はまた別のハナシ。コーリにベタベタくっつこうとする輩など万死に値する。馬などと言わずドラゴンにでも蹴られてしまえばイイ。最高位竜種ミスティのオーナーとのコネをフル活用して現実にしてやろうか、フフフ。
しかし、サフィ如きの感情でオネーサマの日常を阻害するなどあってはならない。
だから「仮面」だ。サフィはサフィではない。オネーサマに忠実な一つのメイド。サフィ自身の意思よりオネーサマを優先する。だから、こいつら「余分」を積極的に始末にはいかなかった。身の程を弁えさせ、その過程で死んでしまえば、それはそれで仕方ない、理解出来なかったコイツラが悪いのだ。
オネーサマとお会いしてから今日までの絶対の理。
だが、今。
「貴様だけハ、生かしておかナイ……!」
サフィの怨嗟と重ねて黒い飛刃が空を舞う。
仮面を捨て、役割から離れて、あの醜女をブタの餌にしてやることしか考えられない……!!
「くっ……」
「下がりなさい輝燐!」
黒い刃と猿女の間にもう一人の女――ココロが割り込む。羊型ミスティ・アライエスの角が二つの刃を打ち落とした。
「邪魔ダ――死ネ」
ヘルが一足飛びに距離を詰めブレードを振り下ろす。アライエスも角を振り上げ、打ち合い、
ガキンッ
「ンメッ」
身体ごと押し返す。追い討ちでもう片方のブレードを、
「SA発動、サンダークラウドッ!」
ヘルに電撃が落ちた。いつの間に雲を。
「ヘルッ」
名前を呼ぶ、それだけで意思を伝える。言葉に込めたのは心配ではなく鼓舞。
退くな。斬れ。
「ジャッ!」
振り切った。
体毛深くまで斬り込み、肉を斬った手応え。しかし浅い。電撃による硬直の間にこちらの斬線から逃れたか。
「ヘル」
今度は下がらせる。いつまでも危険な雷雲の中にいてやる理由はナイ。
ココロも下がり、後ろ手で手をヒラヒラと振る。
「あんた、もっと下がりなさい。いえ、むしろ山の中に逃げなさい。もうこの女にあんたが使える技は何一つ効かないわ」
ソレは困る。ココロを無視してでもあの女は絶対に殺す。少々使い過ぎだが、もう一度ハモッて……いや、その必要はなさそうだ。こちらを見たまま硬直して動かない。見ているのは……ヘルか?
「あのミスティがどうかしたの?」
ココロもそれに気付き、問いかける。
「……あのミスティ、ボク見たことある」
……ナニ?
「そういうことはもっと早く言いなさいよ。Y・Iとのデータリンクでシフトするタイプだったのね」
「え、でも、会長がヘーゲルネは一度シフトしたら元に戻らないって」
勘違いしてくれたままなら都合がよかったのだが、キョーめ、余計なことしか口にしやがらないな。
ココロが眉を顰める。髪を弄りながら考えること数十秒、彷徨っていた視線がサフィのY・Iに集中し、大きく頷いた。
「……そういうこと。退化機能」
ヨク知っているものだ、使いもしない機能だというのに。
ユグドラシル・インデックスの端末にインストール可能な拡張機能のひとつ。名称の通り、シフトしたミスティを以前の姿へと戻す機能の事だ。
シフト前の姿に戻すということは、当然シフト後より能力値は下がり、対象によってはクラスも下がる。おまけに、この機能による退化後の姿では技が一切使えないのだ。つまり、戦闘におけるこの機能のメリットは何もない。
では何故このような機能が開発されたかといえば、ミスティとは決して戦うだけの生き物ではないからだ。
つまり、生活における不便さの解消だ。シフトによって大型犬からゾウの二倍近くの大きさになったミスティがいたとして、そのミスティが屋内で生活できるようになるためには、大きさを小さくする機能かシフト前に戻す機能が必要とされたワケだ。
……では、何故サフィとヘルはこの機能を戦闘中も解除せずに戦っていたのか?
ソレは全くの偶然だった。ヘルがシフトしたのは約半年前になる。アノ時も任務はミスティの捕獲で、随分厄介な手合いだった。激しい戦闘になり、その影響でシフトしたヘルの蹴りが延髄を刈って気を失ったところを専用の檻に閉じ込め任務は終わりを見る。ソレに気付いたのは戦闘終了から『霧』が散開するまでの空白の時間だった。
自分のミスティの基本情報なら真っ当なオーナーならわざわざインデックスを覗くまでもなく自ずと『理解』る。故に、そのときサフィがY・Iを開いたのは暇潰しの気紛れだった。
『……ン?』
その時、おかしなことに気付いた。ヘル――ヘルビーストの情報が閲覧出来なかったのだ。この世界に現れた全てのミスティを記載しているはずのインデックスが、だ。
故障か、バグか。初めは単純にそう考えたが、ふとおかしなことを思いついた。
Y・Iは『この世界』に現れた全てのミスティを記載する。
では、『霧』の中は『この世界』に含まれるのか?
含まれないから『霧』に現れたヘルビーストは登録されないのでは?
ならば『霧』が散開したときにヘルビーストがいなければ、Y・Iに登録されないままなのでは?
幸いなことに、サフィのY・Iには様々な拡張アプリが入っており(お節介なヤツに入れられた)、その中の一つに退化機能があった。
すぐに実行、擬似的にヘルビーストが消える。
散開を待つ。
結果はビンゴ。
サフィは自分の手札を隠すことに成功した。
解除するのは『霧』の中のみ。知るヤツはどうせ消すヤツだ。
……なのに何故知られている? あの程度のザコ、サフィが討ち漏らしたと思えない。そも、ヘルビーストを見て生きてるのなんてコーリ以外にいないはずだが……ン? そーいえばコーリの陰に隠れた虫ケラがいた……か?
「……なンでもイイ。どうせ潰ス」
深く考える必要はナイ。ヤツは受け入れざる敵だ。
「コーリは、サフィの」
ヘルが膝に力を溜める。それを見てヤツらは腕を上げ角を構え備える。臨戦態勢。
「サフィだけの」
許さない、許せない。ソレの意味も価値も分からず口にしたことも、ずっと封じてきたこの言葉を言わされることも。
「オニーチャンだアッ!!」
呼応して、火蓋を切る。
サフィの聖域を踏み荒らしたその罪、死んだ程度で赦されると思うなッ……!
口頭での伝達を封じられた状況で、もっとも手早く考え付いた方法が筆談でした。ワーちゃんを再び盾に変えた理由は防御を固める以上に私の手元へと近づけることです。身体に指でお書きになられた文字を当てるという、パーティーゲーム的なアレをワーちゃんにチャレンジしていただくためです。一応、口で伝える以外にも簡単なサインは以前より決めておいたのですが、あくまで簡易的に用いるものでしたから、今回のように複雑な指示を出すには向いていなかったのです。
……正直な話、とても不確実な方法だとは思いましたが。ワーちゃんに私が書いた文字を正確に読み取って頂けるか、それ以前にワーちゃんが、いいえミスティが私たちの文字を読めるのかが疑問ですから。
ですから、盾の裏を二回叩いて私の指示通りにワーちゃんが元の姿に戻られても、全ての手順が終わるまでまだ安心は出来ません。
「プフファ!」
NAキャプチャネット。ワーちゃんの口から吹き出される多量の糸が網となってこちらへ飛び掛ってくる敵さんミスティの目の前へ広がります。
避けるでしょうか。いいえ、余程潔癖であられるならば話は別ですが、恐らく気にも留めないでしょう。この糸には粘性と延性がありますが、レギュラークラスを拘束出来るほど強靭なものではありません。あっさり引き千切られてしまうでしょう。
重要なのは次の一手です。以前に実験はしています。ですから大丈夫です、発動するはず――!
「ブッ!」
出ました! 網を吹き出される中に数本、複数の糸を束ねたような太さの糸が混ざります。
FAコーティングストリングス。この糸は外皮のような念動力に覆われており、強度を獲得すると同時にワーちゃんの思った通りに動かすことが出来ます。
周知の通り、FAはオーナーの指示なしに発動することが出来ません。また、ミスティの任意で発動するように指示しましても無意味です。ミスティの自由意思に任せたタイミングで発動させることは不可能ということです。ですから、その「発動タイミング」をどこまで指示できるか、私たちは実験を行いました。
結果は「指示投下から至近時間において複雑ではない範囲での条件指定をすることならば可能」でした。敵ミスティを見つけましたら即時発動というような簡易条件、または指示した一纏まりの連続行動の中での発動、などというような具合にです。今回も指示した手順通りに発動してくれました。
サメさんならば無駄な手回しだと仰るのでしょうね。以心伝心の意思疎通が出来てさえいれば視線すら合わせずに技の発動は可能、このような小細工は必要の無い手管なのですから。
ですが私には出来ません。それが現実である以上、小細工であろうとなんであろうと使わせて頂きます。
FAの糸をネットに紛れ込ませます。太いといってもそうと知っていなければ気付かない程度の違いです。
「ゲッハア!」
両腕を振り上げて飛び込んでこられるミスティ。やはり私たちとの間に張られたネットなど意に介した様子もありません。
「ピュイ!」
その隙を狙い違わず、潜ませた十本近くの念糸を槍のように突き出します。一本一本が木の幹に突き刺さるほどの硬度です。軽量タイプのようですし、喰らえば無傷では済まないはず。
「ゲッファ♪」
ですが、私が糸の隙間から目にしたのは、不意打ちだったにも関わらず腕の一振りで糸がまとめて薙ぎ払われる場面でした。たった今気付いたのですがミスティの指、いいえ爪が長く、太く、大きくなっています。そのままもう片腕を私へ振り下ろす勢いです。
強化系の技を使うのですね。しかし、それでも下位クラスとはいえ強靭な糸槍をいとも容易く引き千切るなんて、
予想通りとしか言いようがありませんね。
ネットを引き裂いた爪はその勢いのままに――地面へ叩きつけられました。私の身体には掠りもされずに。
私の身体は既に遥か後方、街路樹に引っ掛けたのちに腰へと巻きつけられた念糸に引っ張られ敵さんミスティが飛び掛かるよりも早い速度で離脱した後です。
実に理不尽なものです、クラスの差というものは。起死回生を狙った慮外の一撃ですら勝敗を覆す余地はありません。ですから攻撃の糸も防御の網も、この救出の紐を隠すためのカモフラージュに過ぎません。
そして空に投げ出される中、手の中の機械を操作します。呼び出すのは『霧の世界』より『発掘』された『刻の輪』のデータ化された因子。ワーミンへと転送することで太古の姿を呼び戻します。
古代遡行。ワーミンの身体が念を表す紫の光に包まれます。
ワーちゃんと相手方ミスティの距離は近いですが、シフトの余波で阻まれるはず。私は距離を離しました。この攻防は私の勝ち――
ズブッ
「!?」
念糸で放られて着地しようとした足が捉えた感触は硬い地面のものではありませんでした。ぬかるみに足を取られた、などというものではありません、まるで溶けてしまった地面に足が沈み込んでいくのです!
これは、沼!? 地面が沼に!?
「ざ~んねんじゃん」
耳もとからの嘲る声にハッとミスティを見遣る。地面に埋め込んでいた両手の指をズボッと引き抜くと地面に空いていた穴は周りからドロリと流れてきた土ですぐに埋まってしまいました。あのミスティから半径十数メートルの範囲の地面が軟化、いいえ液状化してしまっています!
「くっ」
足を抜こうと試みますが、片足を抜けばもう片足がより深く沈んでしまいます。まるで人喰い沼です。
さらに酷いことに、この現象を創り出したに違いない張本人、あのミスティは沈むことなく、それどころか地面、いいえ沼面を氷上のように滑って私へ襲いかかってきます! その速度はただ飛び掛かるよりもずっと速い!
間に合いません、ワーちゃんのシフトが終わるより早く私があの爪に掛けられます!
これは、領地作成系技!
「“足引きの沼鰐”アングエータ。終わりじゃん」
耳に届く勝利宣言。ええ、爪が届けば私はあっさりと紙くずの如く引き裂かれることでしょう。
……仕方ありません。これほど早く衆目に晒してしまうことになるなどどうしようもなく失策ですが、出し惜しみして敗北する方が余程愚策です。
掌中の機械を指一本で滑らかに操作。爪が迫る、その眼前へ決定ボタンと同時に突き出します!
「武装展開:神盾スケイル――!」
何、と口の中だけで漏れた驚愕まで耳に伝わるのですね。しかしそのようなものに構っていられるほどこちらに余裕などありません!
突き出した先の虚空にラインが描かれ、象られたカタチが半透明な物体として現出する。菱形の鱗を幾枚も貼り重ねた盾が敵方ミスティ――アングエータさんの爪を正面から受け止めました。
「ちいっ」
舌打ちと共に次の指示を出そうとされる……えー、仮称「じゃん」さん。ですがそうはさせません、こちらの奥の手を引っ張り出させてしまった以上、ここから先は私の手番です。
――いいえ。既に私の手番ですと言うべきですね。
盾表面の鱗が、アングエータさんの攻撃を受けた鱗が、弾け炸裂する!
「ゲェヒッ!?」
堪らず吹っ飛ばされ、沼に背中から落下し倒れるアングエータさん。同時に攻性防御兵装『神盾スケイル』の姿が薄れていきます。実体化が解かれ、後に残るのは炸裂の勢いで尻もちをついた私だけ。
さ、炸裂の反動を支えきれないのは予想内でしたが、それを利用して沼から足を引き抜く予定でしたのに。まるで泥に足を掴まれているかのよう。脱出どころか衝撃でバランスを崩した挙句、倒れてお尻まで沈む結果となってしまいました。
“足引きの沼鰐”……足を引く沼。一度引きずり込んだ獲物は逃がしはしないということなのでしょう。
起き上がったアングエータさんには、やはり外傷といったものは見当たりません。少々腕に火傷を負っておられる程度でしょうか。すぐにでも飛び掛かって来そうですが、もうスケイルで防ぐことは出来ません。バッテリーの消耗が半端ではないのです、この機能。
また、その必要も最早ありません。
アングエータさんが再び飛び掛かる前に、私の身体は沼の束縛から逃れ、宙へと浮き上がったのですから。
「ゲイィッ!?」
アングエータさんが顎を開いて驚愕の表情を浮かべます。それはそうでしょう、踏み入れたものを離さない沼から脱出しただけでなく、その脱出した張本人である私の身体は宙に浮き上がったまま落ちて来ないのですから。
もちろんタネも仕掛けもあります。――ただ、これをマジックショーの席で行ったならばタネも仕掛けも無いということになるのでしょうが。
それでも私たち――『ミスティ』の存在をご存知の方々にとってはこのような力――「超能力」など「タネ」や「仕掛け」の範疇に入ってしまうものでしかありません。
そう、超能力。いわゆる念の力で私は宙に浮いているのです。引き込む沼から脱出出来たのは、特に難しい理屈などありません、彼の念力の方が引く力が強かっただけのことです。
そう、私の傍らで滞空する、彼の。
「出てきちゃったじゃんかよぅ、古代種……!」
忌々しげに吐き捨てる「じゃん」さん。真夜中、霧の中という視界条件の悪さの中でも空に留まる存在の姿ははっきり視認出来たようですね。あるいは高速で動く翅の音が届いたのでしょうか。
襤褸の外套で身体を覆った人型の虫。
念系虫種、レギュラークラスミスティ、イセクザイス。
お待たせしました、逆襲のお時間です。
「女の子の服をドロドロにするような変質者さん相手です、遠慮なんていりませんよ、イセグザイスさん」
「や、ドロドロと泥だらけじゃニュアンス大違いじゃん?」
及び腰のツッコミは聞き流して、攻撃を撃ち込みます。念系の中でも強大な破壊力・現象を伴う技こそ可視化されますが、イセクザイスさんのNAのようなただの念動力と分類できる技は基本不可視です。
「ゲエッ」
その対策なのでしょう、沼から両手いっぱいに掬った泥を頭上一杯にばら撒きました。何故か纏めて落下せず砂のように解れてパラパラと降り落ちてくる泥。攻撃の軌跡を読む気なのでしょう。ええ、その考え方は至極真っ当で間違ってはいません。少なくともこのNAは対象を直接動かすのではなく、力の形がちゃんと存在しているのですから。ですが、
ドスン!
「ゲェフッ!?」
攻撃がアングエータさんの右側面から入りました。何かが周囲の泥を押し退けて進んできた、というようなことは確認できなかったでしょう。それもそのはず、エネルギーの移動と共に生じるはずの気流の乱れが何故か起こらないという訳の分からない力なのですから。つまり、これは当たるまでどこにあるか分からない力ということになります。ですから、
ドドドスンッ!
「ゲェイ……」
亀さんのように丸くなって連撃に耐えるアングエータさん。大きなダメージは入っていなさそうですが、先程の意趣返しにはなりました。
「厄介じゃん、念系。ミスティの中でもデタラメ過ぎじゃん?」
「いえいえ、同じ念系の方には私たちの攻撃の形がしっかり見えておられるそうですよ」
「デタラメ同士で何の参考にもならないじゃん」
とはいえ、と一息、
「やられっぱなしで引き下がれないじゃん」
「じゃん」さんがそう仰るとアングエータさんが再び泥を手に取ります。それを――こちらの攻撃タイミングと合ったのは呼吸を読まれたのでしょうか、今度は周囲へ、円を描くように、壁へ塗りたくるように蒔きます。今度は塊のままで。
攻撃を引こうにも間に合いません。……いいえ、引くほどの必要性はありません。攻撃を続行。NAが泥にぶつかり、貫通し、そして避けられました。
一本は。
逆側から向かわせたNA――念の糸、と言うには随分と太い糸が泥にぶつかり、貫通し、避けた直後のアングエータさんを穿ち飛ばしました。
「ゲエッ」
ゴロゴロ転がり咳き込みます。さらに追撃を、
クラリ、とした。
「……!?」
腰掛けていた念の太糸から転げ落ちそうになります。その前にイセクザイスさんに支えてもらいましたが、今のは一体……?
「コモンからの延長線上の技じゃんね。物質である糸を念の流線に置き換えたんじゃん。パワーは段違いだけど……操れる数は減ってるんじゃんか?」
その間にアングエータさんは起き上がり、「じゃん」さんは推測をぶつけてきます。
「あら、どうしてその様に低く見積もられてしまうのでしょう。私、悲しいです」
涙を拭うマネをします。私自身に起きた異変、これを推し量る間を得るため会話に乗っかってみることにしました。
「や、さっきのFAみたく何本も操れるならもっとボコボコになってるじゃん」
「ふふ、ご想像にお任せします」
当たりです。今は六本が限界です。タコさんにも負けています。
ちなみに、正確には糸の形をした念動力を動かすと言うより、糸のイメージで念動力を操る、と言う方が正しいのです。いえ、この説明で違いを伝えるのは苦しいと愚考しますが、糸の形をした何かが実際に存在しているわけではなく、ただ「実際には存在しないもの」を操る上で実物の何かをイメージする必要があると、理解していただければ幸いです。
「そんなことより、一体何じゃん、さっきの武装顕現は。いつから『ブリッジ』は末端にワンオフものを支給できるほど羽振りがよくなったんじゃん」
……ええ、本来なら新人に回されるような武装ではありません。
Y・Iの拡張機能、器物仮想再現。『霧の世界』より『発掘』された武器・器物をデータ化してインストール。Y・Iを代用品としてシフトに必要なエネルギーを精製したり、そのものを仮想物質として再構成させる機能です。
……どう考えても現在の科学水準を大幅に超えた機能ですよね。何ですか仮想物質とは、とか一体どこからエネルギーを発生させてるのですか、とか突っ込んだらキリがありません。Y・I自体が恐らく『向こう』のテクノロジーによって作られているのでしょうが……いえ、素人が考えるべき範疇ではありませんね、これは。
それらの道具を形状・用途で分類致しますと非常に多岐に渡りますが、「格」で分ける場合、大きく二通りに分けることが可能です。その分け方が複製可能か否か、ということなのです。
「まさか『神具』が複製可能だなんて苦しすぎる言い訳はしないじゃんな?」
『神具』――神の武具。『発掘』される器物の中で、もちろん最高位の格を有する物品です。そのような逸品を、何故たかが新人が所有しておりますのか?
実は複製品である? その場合『レオンハルト』にとって非常事態だということになります。パワーバランスが一気に崩れかねません。調査の為にそれこそ死に物狂いで私のY・Iを奪いに来るでしょうから、返り討ちにして短時間でこの『霧』を脱出するチャンスとなるでしょうが、
「確かめてみますか?」
「……や。やめとくじゃん」
ですよね。たとえ複製・量産に成功していたとしても新人に支給するには早すぎる段階です。技術はいずれ流出するものとはいえ、あっさり強奪されて解析されてはたまったものではありません。
つまり、私の『神盾』はオリジナルと考えるのが妥当。そこで、最初の疑問に逆戻りです。
「……ただ『古代種』のオーナーってだけじゃない、そういうことじゃんか?」
「さあ、どうなのでしょう?」
と、微笑んで思わせ振りなことを言ってみます。ええ、思わせ振りです。
私だって知らないのですから。
いえ、予想は着いているのですよ? 『神具』ともなると誰でも使えるわけではなく、『スケイル』の適正が合いました方がたまたま私、というよりワーちゃんのみだったのでしょう、と。
ですがそれだけの理由で新人にポンと渡せるような気軽なものではないのも事実ですから、過大評価されてしまうのも仕方ないことなのでしょう。
その過大評価が吉と出ますか凶と出ますか。しばらく沈黙が続き、眼下を注視し続けて、
「……?」
それは、わずかな変化。真下の沼面が盛り上がったような――
「上昇してイセクザイスさん!」
咄嗟の指示と同時に一気に高度を上げになられる。届かないはずの声で。
それで確信し、すぐさま答え合わせが示されました。
泥で出来た巨大な鰐の頭が現れ、先程まで私たちがいた空間をその強靭な顎で噛み砕いたのです。
やはり、FA発動の為の『異質』の解除。強力な技ほど発動前から予兆や溜めがあるものです。それがなければ気付かないまま二人まとめて噛み砕かれていたことでしょう。
一噛みした後、高空の私たちを追って第二撃が来るかもと考えましたが、その心配は杞憂に終わり鰐の頭は天辺の口先から崩れていきました。
そしてわずかな沼面が盛り上がりを残してそれ以外の痕跡が消え去ったとき、アングエータさんの姿はどこにもなかったのです。
「……えっ?」
「や、トロそうに見えて意外と鋭いじゃん。飛んでるヤツは苦手だし、今のが俺たちがあんたを倒せる最後のチャンスだったんじゃん?」
けど、と続けて、
「勝つのは俺たちじゃん。あんたの超能力で隠れた俺たちを探せるじゃんか?」
……! 自分たちの勝利を捨てて、完全に足止めに徹してきましたか!
「イセクザイスさん、探して下さい!」
言葉は届かないので手振りで示します。念流のNAイマジンストリームは私かイセクザイスさんの知覚範囲へしか影響を及ぼすことは出来ません。必然的に飛び回って探すしか方法はありません、と動き出そうとした途端、
「させないじゃん! ……」
台詞のフェードアウト。またFAかと上昇指示をしようとした瞬間。
ボボボッと沼の一地点から泥玉がマシンガンのように撃ち出されて来ました!?
「……イセクザイスさん!」
咄嗟に念の糸を渦巻く形にイメージ。円形の盾としてほとんどの泥玉を防ぐことに成功しましたが、イメージの見積もりが甘かったようです。外縁部を掠めた泥玉が形を崩しながらも勢いは失わず、イセクザイスさんの肩に降りかかったのです。ダメージはありませんが……。
どういうことですか!? アングエータさんの技は爪の強化・沼の領地作成・泥鰐の顎の三つのはずです、四つ目の技を持つミスティなど聞いたことがありませんよ!?
「驚いてるみたいだけど、それより自分のミスティを気にしてやった方がいいんじゃんよ?」
「え?」
……いえ、特に変わった様子はありませんが。
「今のは所詮泥玉じゃん。たとえ何十発当たっててもミスティには決定的なダメージにはならないじゃん。けど新人ちゃん。世の中には当たればそれでいいって攻撃があるんじゃんよ?」
「……!」
そこで、ようやく私は対ミスティ戦における真っ先に取るべき行動――Y・Iによる敵ミスティの情報収集をまだ行っていないことに気付きました。
開いた結果は、
「アングエータ、レギュラークラス、水地系……毒種!」
「イエス、ポイズーーンッ!」
正答の賞品とでも言いたいのでしょうか、先程とは異なる位置から再び泥玉のマシンガンが!
「! イセクザイスさん、一発も通さないで下さい!」
しかしその声は届きませんし、説明する猶予もありませんでした。
イセクザイスさんの死角になる位置から放たれた泥玉は最初の一発が腕に命中。うざいとばかりに振り払い残りを完全に防ぎましたが、
「キィイ(なんだ)……?」
イセクザイスさんがその腕に痺れの様な違和感を訴えてきます。
やはり、毒沼……!
アングエータさんが沼の下から、毒を凝縮させた泥玉を撃ち出しているのです……!
ハッと気付き、足を触ってみます。感覚が鈍い……!
「麻痺毒ですか」
その言葉を努めて冷静に発します。「じゃん」さんの『異質』によって伝わるのは発声器官によるものだけです。しかし、このとき私は彼のニイッと嗤った表情を見た気がしたのです。
「防御に徹すれば防ぎきれないもんじゃないじゃん。俺を探し回ってたりしたら隙を見せることになるかもじゃんけどな?」
背中から毒に撃たれたくなければおとなしくしていろということですか。
「安く見られたものですね」
それでは私の任務が達成出来ません。
ワーカホリックという訳ではありません。キリンさんをどうしても守りたいなどということもありません。
私は示し続けなければならないのです。私は『彼』と違い『組織』に従順であり、有能な戦力であるということを。
「石崎杏李、“崩哮の念虫”イセクザイス。お相手致します」
その為に、この程度で躓く訳にはいかないのです!