挿話 ジレンマ
「ばれた?」
「気付かれた?」
…………。
「大丈夫、見つかってない」
「危ないなぁ、危ないねぇ」
くすくすくす。
「おかしいなぁ、気付かれないハズなのに」
「ねっとり、じっとり見過ぎちゃった。視線は力を持ってるもの」
「それに」
「うん、それに」
くすくすくす。
「「『化け物』相手じゃ仕方ない!」」
あはははは。
「さあ、続きだよ。あと一歩だったんだ、次こそ見せてもらおうよ」
「ダメだよ、恐いヒトが来た」
「……あのヒト?」
「うん、あのヒト」
はああああぁ。
「いつも邪魔するね、あのオバサン」
「仕方ないよ、大人は子供の邪魔するのがお仕事なんだ」
くすくすくす。
「さあいこう、捕まったら叩かれちゃう」
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
くるり、くる。
「「さようなら『破壊王』、きみが死ぬその日まで」」
「…………」
逃げられた。また、逃げられた。
くそう、やっぱりさっきのドライブインで車降りればよかったかも。わたしだけなら見つからずに射程まで入れたかもしれないのに。でも、そしたら流石に今のペースは維持出来ないもんねぇ。
……今回の目的は『敵』の討伐ではありません。何度も何度も自分に言い聞かせます。それでよぉ~っやく落ち着いてきたよぉ。
目的はやっぱりこおりくんだろうなぁ。こっちの切り札をどこまで測ってくるか……。
「やっぱりわたし、こおりくんの近くにいた方がいいのかなぁ。でもなぁ」
あれを完全に捉えるのはこおりくんでも不可能だ。あれを倒すのはわたしの役目、わたしの義務。でも、今のお仕事はわたしの存在が大前提だ。今回みたいにちょびっと抜けるだけならともかく、完全に配置換えしちゃったら絶対立ち行かない。
「ちょっと、大局を理解してる人が少な過ぎるんだよう。お偉いさんたちなんて椅子にふんぞりかえってるだけで、ミスティのことなんて何もわかってないんだからぁ!」
あと、あれの正体と危険性も。誰もまともに信じてくれないし。いざってときに肝心の切り札が機能しなかったらどうする気なんだろう。『計画』を完遂しても、『戦争』が結着するわけじゃないのに。
……でも、やっぱりわたしの配置を動かせないのは事実だよねぇ。一大計画ってのは間違いないんだし。あちらを立てればこちらが立たず。うぅむむむ、体が二つ欲しい。
『わたしがいるぞ?』
「……だぁめ、サイくんはいざってときにわたしを手伝ってくれなきゃだめなの」
『やれやれ、あの狭い穴倉から出られると思ったのだが』
「ブッブーッ、サイくん一人自由にさせませんよーっだ」
軽口で気が軽くなる。流石わたしじゃないわたし。もう十年来の付き合いだもん、
『遥香のお守りも慣れたものだよ』
「ちょ、お守りってひどいよぉ」
こんなやり取りも、もうお決まりだ。そろそろ変化を入れないとマンネリ化しちゃいそうで怖いかも。
ん。高速の看板が目に入る。目的地まであと五キロ。
「それじゃ、打ち合わせ通りに」
『ああ。わたしが手の付けられない悪ガキの見張りで』
「わたしがやんちゃな坊やのお尻を叩く役目、だね」
その例えに、お互い堪えきれずに笑ってしまう。もぉ、わたしだってまだ若いのに、早くも子育て気分?
「『美人若妻』って新しい二つ名、どう?」
『サイアク。これ以上ないってくらい似合わない』
最高位のパートナーでも、意見が合わないことは、ある。
――さて。
桜井遥香、久々に現場へ介入する!
なぁんてね。




