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霧幻冬のヘキサグラム  作者: 宇野壱文
第3章 Scythe × Sword
32/61

第五話 旅行前夜――まだ弱き少女

「ふう……。酷い目に遭った」

 この人の物憂げな声を聞くと妙に気分が――

「清々しくなるのはなんででしょう?」

「む? 気持ちが晴れやかになるというのは素晴らしいことではないか、一体何を悩むことがある?」

「ソウデスネー」

 棒読みの返事をして、訂正を入れることもせず練習を続ける。

「んん……」

 体の周りだけを覆うイメージで霧を喚び出そうとする。しかし、

「…………うああっ、また失敗だーっ」

 何度やっても拡散して上手くいかない。

 言われた通り、『霧』の召喚は一時間ほどで成功できた。その調子で防護服『ミストクローク』の生成も成功させようと意気込んでみたものの、未だ一回も成功に至っていない。

「ははは、不器用だなあ」

 ぬぐぐぅ。人の失敗を笑うなんて、心が貧しい証拠なんだぞぅ。

 ちなみに遠見会長はボクが『霧』を喚んだ後から『ミストクローク』を使って入ってきました。ガッデム。いや、教えられてるんだから相手が使えるのは当然なんだけど、なんかこう、ねぇ?

「何で上手くいかないんだろ。言われた通りやってるのに」

「まあ、教えられて即何でも出来るようになるのであれば、教師という職業の需要は大幅に減るだろうね」

 そんな一般論いらない。

「とはいえ、教える側と教えられる側の相性というものは確かにある。もしかすると、僕の『ミストクローク』のイメージはキミのそれに合っていないのかもしれない」

「イメージ……」

「『霧の衣』なんて形の定まったものではないからね。構築に関しても定型化しないほうがいいのかもしれない」

「……つまり、手探りで自分のスタイルを探すしかないってこと?」

 投げっぱなしは教師役としてどうなんだ、と言いたい。

「ググらなければ不安かい? 一から十まで手取り足取りでなければ出来ないかね?」

 言いたかったけど、その言葉で思い止まった。

「別に。運動競技をやってれば、スタイルの模索はいつだって自分自身でやらなきゃなりませんから」

「うむ。明らかに間違っていたら指摘くらいしよう」

 そうしてあれこれ試しながらも、二人の会話は途切れない。ボクとしては練習だけに集中したいところなのだけど、会長曰く、手を挙げるみたいな自然さ、スムーズさで出来なければ意味が無い、とのことで集中すること自体を禁じられている。

 ……言いたいことはわかるけどさあ、それってちゃんと出来るようになった後、次の段階で取り組むことじゃないの? なにコレ、スパルタ?

 そんなボクの内心も気に掛けず、話題はいつの間にかある一人の人物へと移り変わっていた。

「つまり、あの黒メイドはこおりちゃんの幼馴染みで間違いないんだ」

「ああ。そしてオーナーの二大組織の一方、『レオンハルト』の一員でもある」

 そう言いつつPDAを操作する会長。こちらに向けられたその画面に映っていたのは、縞模様の入った暗い赤色の体色、前脚上腕部が発達した四足の獣――ん? 後脚の付け根、なんか位置がおかしくね?――そんな姿のミスティだ。

「コモンクラス、闇地系獣種ミスティ、ヘーゲルネだ」

 コモン……プゥ――プルディノの同程度か。たいして強いわけじゃあ、

「強いぞ。少なくとも僕は勝ったことがないし、これから先勝てるとも思えん。レギュラークラス相手の勝率も決して悪くない」

「え……? 下のクラスじゃ上のクラスに勝つのは無理って話じゃ」

「原則、ね。ハーモニアス・ドライヴを常用出来る人間にとっては絶対的なものではないよ」

「はーも……?」

「ハーモニアス・ドライヴ。共鳴とも呼ばれるな。オーナーとミスティの精神波を同調させることで双方の能力を引き上げる技術だ。この技術の最大の利点はクラスの壁を破れるという点にある。本来不可能である単体での上位クラス撃破――その法則(ルール)を覆す権利を得られるんだ」

「……それじゃあ」

 その技術を習得出来れば――

「と、誰もが思うことだが、難しいぞ。そも「技術」などというが、方法論が確立されているわけでもなく、「こんなことが出来ます」と言ってるだけに過ぎない。大抵は偶発的にドライヴ状態へ入れるだけで意図的に起こせる者など一握りだ」

「……ぐ、偶然でも入れればチャンスは」

「ハモったのは攻撃がインパクトする瞬間とは限らないぞ。さらに、「波」である以上、上がった後は下がる。それも基本値より下へ。さあ、ここで想像してみよう。拳を振りかぶった瞬間に偶然同調! しかし次の瞬間、揺り戻しでガクッと威力の落ちた拳がヒット」

「……空しい」

「で済めばいいが、拳でなくFAやSAだったなら空振ったエネルギーは相当なものだし、そこにカウンターを合わせられた日には」

「悲惨だぁ」

「だなぁ。だから半端なドライヴは起こすべきじゃないし、逆に意図的にドライヴを起こせるオーナーは相当重宝されてるのさ」

 ……要するにミスティが強いのではなくそのコンビが強いということ。なんにせよ、あの黒メイドが一定の評価を得ているというのは、非常(ひっじょ~う)に面白くない。

「これに関して僕からアドバイス出来る事は何も無い。才能や相性以外で実践方法があるなら、僕が教えて欲しいくらいさ。それに、あくまで得られるのは権利だ。実力が伴わなければ結局勝てはしないよ」

「……それって、暗にボクが力不足だと?」

「違うかい? 僕もテレムスも前線に出る側じゃあないから正確になんて言えないが、こおりちゃんの周りにいるオーナーのうちで今一番弱いんじゃあないかな」

 流石に、カチンときた。

「何それ。まさか、会長がボクに勝てる気ですか?」

「ふむ。まさかもなにも、キミらが僕らに勝てる要素が見当たらないのだが」

 ――あったまきた!

 会長へ一歩踏み出す。同時に、ボクの感情に呼応して陽炎の扉が開き、

 同時に、会長の側の陽炎からぬるり、とモニター顔の奇怪な生物――テレムスが現れ、次いで側からプゥが出て来る。

「……ボクの反応なんかお見通し、ですか」

「頭に血が上りやすいからね、キミは。この間の一件からも、僕にあまり良い感情を抱いていないようだし。この際、ここらでスッキリさせておこうじゃないか」

 ……ふん。この状況も狙い通りですか、そうですか。

 なら、結末くらい大番狂わせをくれてやる!

「いくよ、プゥ! あの性悪にギャフンって言わせてやる!」

「きあ!」

 ガシガシと両拳を打ち合わせるプゥ。そんなボクらの様子を見て会長は、

「ギャフン」

「――だから、そんなお約束はいらないって言ってるでしょおおお!?」

 ニンマリと、嗤われた。


 結論から言って、完敗でした。

「まあ、クラス差を覆す方法が無い時点で当然の結果だよ」

「ぐ、ううう」

「きああ……」

 プゥと二人揃ってグッタリ。ボッロボロにされました。レーザーに散々追いかけ回されました。

「ていうか……どういうことなのこれ……」

 実質、ボクらは二対一だった。片方がテレムスを引きつけている間に会長を狙う隙があり、事実踏み込んだ。なのに。

「いやあ、痛かった痛かった。それでも、守りに集中してれば急所を守るくらいは出来るさ」

「だから、それがおかしいんだって!」

「きあきあ!」

 プゥも同意の抗議を吠える。ボクの“Attack”にせよ、プゥのフォトンアームにせよ、生身の人間が受けて平気なものじゃあない。

「おかしい、こんなの……こおりちゃんじゃあるまいし……」

 特に、ボクの拳が効かなかったのが衝撃だった。今まで疎ましく感じていた力が、ここでは役に立つ。そう考えていた矢先だったっていうのに、まるで無力。所詮ボクの力なんてそんなものだってことか!?

「やれやれ。キミは今まで何の練習をしてきたと思ってるんだ?」

「……え? 練習って、『ミストクローク』じゃないよね……空手?」

「いや、『ミストクローク』であってるさ。これは『防護服』だと、何度も言ってるだろう?」

 ……ええと、それって。

「レギュラークラスのNAくらいまでなら効果を遮断出来るのさ。もちろん耐久限界はあるし、何より衝撃がある程度伝わるからさっき殴られたときも痛みを顔に出さないようにするのが大変だったのさ、はっはっは」

 笑いながらさっきボクの拳を受けた腕をぷらぷらと振る会長。けど、でも、ちょっと待って。

「き、聞いてないよボクそれ! てっきり、ただ『霧』に侵入するだけのものだとばっかり!」

「む? そうだったか? いやあ済まない。だが、これではっきりしただろう? 『ミストクローク』の戦術的重要性が」

「……そりゃあね」

 超常的なミスティの(アーツ)が飛び交う中に生身の人間が飛び込むのは自殺行為だ。身の備えがあるのとないでは出来ることが大きく違ってくる。

「でも……防御力が上がっても、攻撃力が上がらないんじゃやっぱりボクの『異質性』は役立たずなんじゃ……」

「オーナー相手に効かないならミスティを殴ればいいだろう」

「でも、この間一発殴っただけで手がイカレちゃって」

「手が保護されるのに?」

 ……あ。

「それに、キミの『異質性』は“Attack”、攻撃力の上昇であり、肉体そのものの強化じゃない。逆に言えば、攻撃方法は肉体による直接攻撃に限定されないということだ」

「……たとえば、武器攻撃とかでも効果が出る?」

「もっと単純に石を投げるとかでもいいかもしれん。まあ、その辺りはキミ自身の『異質性』だ、自分で試していけばよいだろう。実例として――」

 ここで一旦会長は複雑な表情で口篭もり、しかしその続きを口にした。

「サフィは自分の『異質性』を武器にまで広げている」

 ただし、具体的な内容を示さずに。

「……会長、どっちの味方なんですか」

「こおりちゃんの味方だよ、僕も、サフィも」

 サフィのミスティを教えた。『異質性』があることを教えた。つまり、ボクに対して出来る譲歩はそこまでが限界ってことか。

 ……ちょっと待てよ?

「えっと会長、サフィのミスティって本当にさっきのであってるんですか?」

「ああ、間違いないがそれが?」

 ……おかしい。あの時――一週間前、ボクらを襲った仮面メイドのミスティは二本足、両腕から刃が生えた獣だった。

 別人? いやいや、それこそないって。あんなに特徴一致してるのに。じゃあ、考えられることは……

 会長にそこまで話して、さらに自分の考えを伝えた。

「シフト、か」

 こくんと頷く。シフト前と後の姿がまるで違うのは体験済みだ。あの時こおりちゃんが仮面メイドを引き受けたことから考えても(牧野がこおりちゃん曰く「雑魚以下」であったことを差し引いても)あの魔獣はおそらくレギュラー。戦闘時にだけシフトしているに違いない、そう考えた。のだけど。

「……いや、それはない、はずだ。彼女のミスティはシフトしていない」

 と会長は否定した。

「どうしてそう言えるんです?」

「ヘーゲルネのシフト形態は不可逆性だ。一度シフトしたらもう以前の姿には戻らない。キミのプルディノがプニャモに戻ることは無いようにな」

「あう……」

「加えて言うなら、Y・Iユグドラシル・インデックスに情報が載っていない。こいつにはこちらの世界に現れたミスティと、共生したオーナーが全て登録される。端末によって情報開陳のレベルに差はあるが、僕に対して彼女の情報を閉ざしているとは思えん」

「……情報は「無い」んですよね? なのにシフトは不可逆って判ってるんですか?」

「ほう、いいところに目を付ける。聞いていたより鋭いじゃないか」

 はははー、誰だー? 鈍いとかバカとかそーゆー類の印象植え付けたのー。

「しかし生憎だが、僕にはその答えの持ち合わせが無い。ヘーゲルネのオーナーは現時点でサフィしか確認されていない希少(レア)なミスティなのだが、何故か……その進化系統樹が明らかになっているという話だ」

「何故かって……どうゆうこと?」

「ミスティがシフトするか否かは実際にそれが起こらないと分からないということさ。Y・Iでも分からない。もっとも、僕らに公開されていないだけで実はその機能が存在するのかもしれないが」

「じゃあ、何で会長がそのことを知ってるんです?」

「教えられたからさ。僕だけじゃない。流石に気付いてるかな? こおりちゃんがこの学園に呼ばれたのは、単なる保護目的ではないことは」

「……まあ、そりゃ」

 本当にこの人たちにこおりちゃんを護る気があるなら、ボクがこんな特訓をする必要なんてないんだし。

「いずれこおりちゃんの手を借りることになるある作戦……今はその準備段階というところだが、現在この作戦を推し進めているメンバーにはある数体のミスティのシフト情報が知らされている」

 その内の一体が、つまりサフィのヘーゲルネか。

「でも……何で? ブラックリストとか?」

 その計画とやらに当たって邪魔になるから注意しろ、とか?

 会長はそんな内心を正確に把握したようで、しかし首を振る。横に。

「その面子の中に味方も混ざっているよ。おそらくは逆、むしろシフトを促進させたいんじゃないかな」

「ちょっ、敵でしょ!?」

「僕個人はともかく、ブリッジにとってはそうだね。だが、それを脇に置いてしまう程の事情があるのかもしれん、その作戦には」

「……一体何させる気なの、こおりちゃんに」

「……あるミスティを倒してもらう、それだけのハズなんだが」

 ……沈黙。不安。でも少し安心。この会長だって何だって知ってるワケじゃないということですよ。

「……話は変わるが、随分敵視しているな、サフィを」

 一瞬で顰めっ面になったのを自覚した。

「アレは……ムリ。出会ったばっかの時のこおりちゃんよりムリ。本能が受け付けないレベル」

「ふぅむ。いきなり乳揉みされた以上とは、相当だな」

「ぶっ!? ちょ、え!? な、なんでそのこと!?」

「はっはっは、まあいいではないか、そのような瑣末なことは」

「瑣末か、ドコが瑣末か! ボクのプライベートが! あんなハズカシイ黒歴史が!」

 よりに、よりにもよって、こんな、こんな性悪にィィィィ!!

「安心したまえ、僕に他人の恥ずかしい秘密を吹聴して回る趣味は無いよ。ところで、こおりちゃんはテクニシャンだったかな?」

 …………

「う……」

「う?」


「うンがああああああっ!!」


 ……閑話休題。

「だいたいさあ、アレいきなりボクにフォーク投げたんだよ、どゆこと!?」

「何を言う、僕なんて初球デッドボールだったぞ。フォークなんて可愛いものじゃないか」

「ちっがーう! ああもうっ、何でボクがいきなり殺されかけたのって訊いてるの!」

「ふぅむ。こおりちゃんにベタベタしていたからじゃないか?」

「してないよっ! てか本当に危ないヤツだね、それは。ヤンデレ? ボク尾け狙われたりしないよね?」

「それはないだろう。あれはあれでバカ素直だ、来るなら正面から堂々とだろうね」

「……ボク、後ろから不意打ちされたことある気がするんだけど」

「『敵』ですらなかった、というだけのハナシじゃないか? こおりちゃんの後ろに隠れた目障りな邪魔者、だからとりあえず駆除」

「また虫扱いか」

「実際、彼女にとっちゃ「邪魔虫」だったのではないか? もしかしたら、今日その邪魔虫がキミだと気付いてすらいなかったんじゃないかな? まあ、その仮面の人物とサフィが同一人物と仮定した上での話だが」

 でも、サフィが敵であることは変わらなくて。だから、ボクは会長に絶対に訊かなきゃいけないことがある。

「遠見会長――」

「我らが獅子堂優姫副会長は敵か否か、かね?」

 ……いちいち先読みされるのは気分が悪い。けど、ここは素直に頷いておく。……口に出す方が多分、もっと気分が悪かった。

「――答えは否。ただし決して無関係では無い」

「……どういう意味」

「なぁに、それほど深い意味じゃ無いさ。単に、『レオンハルト』会長の長女というだけのハナシだよ」

「へっ……」

 なんだそれ超VIPじゃ、ああいや、そもそも先輩ってお嬢様だから元々VIPで、ってちょっと待て。

「優姫先輩の家って、大企業の……」

「ああ、獅子堂グループ。『レオンハルト』の母体企業さ」



「はー、なるほどねぇ。獅子堂が『レオンハルト』とやらのお嬢サマ、か」

「現実味ないよねぇ。獅子堂グループってさ、確か持ち会社がCMにバンバン出てるような、そんな有名企業らしいんだよ? それが世界の裏側(ミスティ)と大きく関わってるとかさあ」

「いや、むしろ大企業だからこそ関わっていて不思議はないと俺は思うぞ」

 肉じゃがのじゃがいもを半分に切って口に運ぶ。煮崩れしない程度に軟らかく、味も染み込んでる。けど、何かもう一味欲しいなあ。今度本屋でレシピ漁ってみるか。

「それよりも、なんで獅子堂が霧学に入れたんだ? 要するに大ボスの娘なんだろ? 事情を知らなくても重要人物に違いない。よくどっちも認める気になったよな」

 以前にも何故獅子堂がこんな地方の学園にいるのか気になったことがあったが、輝燐の話を聞いてその疑問がさらに深まった。ミスティについて何も知らないなら、学園側としては人質として価値があると思うが、逆に『レオンハルト』にはどんなメリットがあるというのか……。

「ていうか中学の頃から鳴海市(このまち)で暮らしてたんだよね、親元離れて。詳しいことは知らないけど、自分で決めたって言ってたよ」

「……決めたからハイそうですか、って了承するもんか? 親が? 中坊の一人暮らしを? 遠くの街で?」

「う、うーん、そりゃボクもそう思うけどさ、その辺はボク、他人の事とやかく言えないから」

 ああ、そりゃそうだな。

 けど隠し子とかならともかく、世間的にも認められてる大企業の令嬢だぞ? 仮に家庭内で不和があったとしても、護衛も付けず一人暮らしなんて許すものなのか? いや、寮暮らしではあるんだが、そこは実際に敵地なワケで。その辺の裏事情を知らないはずの獅子堂がピンポイントで霧学に……いや、それ以前にこの街に来た事自体、偶然と片付けるのは無理がある。あいつ自身の意思で選んでるなら尚更だ。

 端的に言ってしまえば、どいつもこいつも何考えてんのか分かんねえ。分かんなくて当たり前だけど。

 結局は他人事だ。そのはずだ(・・・・・)

「まあ、人様の事情をいつまでも詮索するのもアレだし、何より不毛だろ、いくら考えても正解なんて判別出来ねえんだから」

「身も蓋もないなあ」

「で、どうでもいいけどとりあえず聞くが……何でヘコんでんの、そいつ」

 顎をしゃくって輝燐の隣を示す。青い恐竜――プルディノが三本指で器用にスプーンをつまんでメシを食ってるのだが、貪り食うと形容してもいい程のやさぐれ具合である。

「きあ!」

「あんまり気にして欲しくないんだけどね、ボクは」

 そう前置きしてから、輝燐はでっかい溜め息を吐いた。

「今日、あの後遠見会長とちょっと、ね」

「ふーん。喧嘩して負けた、とか?」

 二人揃って苦み走った表情(かお)になる。図星かよ。

「負けたの勝ったのいちいち気にすることか、馬鹿らしい」

「こおりちゃんはそうかもしれないけど……プゥ、ずっと勝ち星ないから」

 ふむ。勝てないこと自体より輝燐の役に立ってないかも、てことを気にしてるってとこかな。なんとも健気なヤツだ。

「別にミスティの存在理由は戦うことじゃねえぞ。少なくとも単にここでこうして暮らす分にはレリの(アーツ)も『最強』なんて肩書きも爪楊枝程の役にも立ってくれねえし」

 そしてそんな事を気にした様子もなく首肯して葉で掬い取ったメシを口に運ぶレリ。

「……でもこおりちゃんは戦ってたんでしょ? 力も使いこなせるよう鍛えてるよね?」

「必要性があるからな。つーか、何? お前、ここ数日帰りが遅いと思ったら、キョウに特訓でもつけてもらってるワケ?」

「も、問題ある?」

「いや、全然。何をわざわざやる気になってるんだか、とは思うけど備えあって悪いことはないし」

 あと、どうでもいい。

「……遠見会長はさ、こっちの頭の中読んでるんじゃないかって思うほど鋭いことあるけど、こおりちゃんは逆だよね」

「ん?」

「読まれ過ぎ。今、どうでもいいって思ったでしょ。あと、かなり鈍ちん」

「ほっとけ」

 いちいち言われるまでもない。“Ripple”を意識的に抑制する弊害なんだよ、鈍いのは。

『読まれ易いのは素だよね。警戒心皆無なんだよこおりは』

 だからほっとけ。別にまるっとない訳でもないぞ。無警戒ってより無頓着なんだよ、俺は。

「ボクだって、必要だからこうして稽古つけてもらってるんだよ。さしあたって、あの黒メイドには負けたくないから」

「はあ。ま、好きにしたらいいんじゃね」

 そう軽く流す俺に、しかし輝燐はずいっとテーブルに身を乗り出し、顔を思いっきり近付けた。

「ねえ、こおりちゃん。本当に、あのサフィってメイドの事知らないの?」

「ああ」

「でも、遠見先輩はこおりちゃんの幼馴染みだって言ってたよ」

「なるほど。しかし、だからといって俺が覚えているかは別問題だろ?」

 嘘は吐いていない。ただし、俺にあのメイドの記憶がない理由に関しては既におおよその見当が付いている。別に教えてもいいんだが、先に当人(サフィエル)と話すのが筋だろう。現在の俺にはそれが事実であるとはいえ、面と向かって「知らない」と言ってしまったのだから。

「そりゃそうだけど……」

 肯定しつつも納得はしていないという表情の輝燐。そんな彼女へ内心をおくびにも出さず話題を転換する。

「というか、お前明日旅行行くんだろ? 前日にまでよくやる……」

「旅行っつったって温泉じゃん。そりゃ遊園地とかなら体力温存しとこうって気にもなるけどさ。それに、根本的な身体の鍛え方がこおりちゃんとは違うしね」

 さいですか。

「それよりさ、こおりちゃん本当に行かないの? 折角なんだからさ、一緒に温泉入ってゆっくりしようよ」

「……お前、大胆だなぁ」

「は? ……ちっ、ちがっ! 一緒にってそう意味じゃなく、男女別に決まってるでしょっ!?」

「あー、はいはい。で、同じ問答を繰り返す気は俺にはないんだけど」

「ボクにはあるの」

 ……またこいつは、妙なしつこさを発揮しやがって。

「あー、はいはい。ところで、来週頭までの英語の対訳終わってんの?」

 ピシリ

 あ、固まった。

「……えーご?」

「うん、宿題」

 頷きつつカチャカチャと空になった食器を重ねて立ち上がる。そのままキッチンへ運んで、

「ま、ちょーっと待った! ね、こおりちゃん、ちょっとお願いが」

 後ろ襟を引っ掴まれた。危なっ、皿落としたらどうすんだ。

「じ・ぶ・ん・で・や・れ」

「まだ何も言ってないのに! そんな、自分で爆弾投下しといてあんまりだよ!」

 そのまま逃がさないとばかりに腕に首を回してくる。

「頼むよぉ、旅行中に宿題のことなんて考えたくないんだよぉ」

 そして、ぎゅっと腕に力が入った。当然締め付けられる俺の頸動脈。

「ぐえ」

 だが、そんなことで折れる俺ではない。

「今からやれ。でなきゃ諦めろ。あるいは開き直れ」

 そしてこれも当然の結果だが、俺の背中に輝燐の胸が押し付けられている。杏李先輩程ではないが、十分おっきい。けどあの先輩とは違って故意ではあるまい。

 わざわざ指摘して殴られることもないよな、うん。

「そんな冷たいこと言わないでよぉ。人助けだと思ってさぁ。てか首締められながら普通に話すなぁ!」

 首に回した腕を左右に振る。合わせて振り回される俺の首。やってることは子供と一緒だが、しかしまあ、ぐにぐにカタチを変える胸は十分オトナであります。うむ、悪くない。

「きああ!」

 ん? プルディノが輝燐に向けて何か喋った。意味の汲み取りはあくまで俺に対しての言葉に限定されるから、あいつがなんと言ったのかは分からない。

 しかし……それで輝燐の動きがピタリと止まった事を考えると、嫌な予感しか浮かんで来ない。

「……このラッキースケベイベンターめ……!」

 そんな低い声が聞こえたと思ったら、首から腕を離さないまま腰を落とす。ヤバい、何かヤバい!

「いや待て、よく考えろ。俺は何もしていない。お前が勝手にやったことで、その責任を俺に(なす)り付けるのは如何なものかと――」

「問答――」

 そして落とした重心を伸ばすと同時に、後方へと身を反り返らせて、

無用(むよお)ーーーっ!」

 持ち上げた俺の体を、脳天から床へ叩き落す!

「ぐほっ!」

 バックドロップッ! しかも腰じゃなく首に腕を回して! 死ぬぞ普通!! あとなんでプロレス技?

 そして宙に舞った皿をキャッチしたレリ、ナイス。でも、出来ればこうなる前に助けて欲しかった……。



「はい……はい。承りました。そのように」

 そうお返事した後『上司』からの電話は切れました。そして頬に手を当て、溜め息をひとつ吐きました。

 ……困ったことになりました。

 本日の放課後、思わぬ闖入者と、予想外の人間関係が発覚致しましたものの、肝心の旅程に関しましてはつつがなく、予定通りに進んでいましたのに……お仕事のお陰で台無しです。

 仕方ありません、気は進みませんがお仕事はお仕事です。良く評価されているとはいえ、新戦力(ルーキー)は所詮新顔(ルーキー)なのです。このような所で『組織』の心証を悪くする真似は避けるべきでしょう。

 大丈夫。上手くやればいいだけです。幸いな事に本日お会いした限りでは『あの方』は『彼女』に興味を示した様子はありませんでしたし、明日お会いしたときにお名前を覚えていらっしゃるかも怪しいくらいですね。大きな接点さえ持たせなければ心配ないでしょう。

 ……となれば、後は肝心のお仕事の方ですか。こればかりは『あの方』がやる気になって頂かなければどうにもならないと思われるのですが……その辺りはキョウさんとご相談すると致しまして。

「まずは、お電話ですね」

 まずは巻き込んで――いえいえ、参加して頂かなければはじまりません。いえ、そう難しい事ではないのです。

 なにしろ、説得する必要などというものは初めから微塵もないのですから。

今更ではありますが、この物語、概念とか抽象的な要素が多くて読者の皆様にちゃんと設定が伝わっているか心配です。あえてぼかしているところもありますし。それはさておき、読者の皆様におかれましてはどのキャラが人気あるのでしょうかね。この話を書いてる段階では女性主人公5人のうち誰を最終的なヒロインにするか、まだ決まっておりません。まあ、このペースでは最終話はずいぶん先になりそうですし、気長に考えると致しましょう。

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