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霧幻冬のヘキサグラム  作者: 宇野壱文
第2章 Tree × Aries
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エピローグ

 Another eye


「だぁから、悪かったって言ってるじゃん。まさかちょっと目ぇ離した隙にこんななるなんてさぁ」

『もぉう、昇ちゃんはいっつもそんなのばっかりなんだからぁ』

 何度も同じ文句を繰り返す電話越しの声に辟易し、その発端となったものをちらりと横見する。

 空き教室の椅子に縛り付けられているスキンヘッドの男――周防こおりを狙ってきたという『レオンハルト』の構成員だ。

 この場に何人もいる職員兼『ブリッジ』の構成員を前に抵抗を示す様子は微塵もない。それどころか俯き、死んだかのように動かない。

 ――否、死んでいた。

「でも運命みたいなもんなんだろ? ミスティが死んだらオーナーもそのうち、って」

『逆もね』

「番の鳥ってヤツかな」

自滅因子(アポトーシス)が働くとかエライ学者さんは言ってるよ。でも人工ものだったらねえ、あっという間に自然死、なんてことはないの。運がいいと十年くらい生き続けちゃってもおかしくないんだよ。あーあ、せめて情報を吐くまで生きてて欲しかったなぁ。やっぱりそっちの不手際だよ、うん』

 そういう割りに声に重さがないのは、どうせたいした情報は得られないだろうと初めから考えていたからだろう。とはいえ、今回の襲撃の目的くらいは聞き出しておきたかったところなんだが……。

「って言われてもさ。実際誰かが侵入した形跡とかはないんだよ。こいつらの戦闘が終わって以降は霧張られてないらしいし?」

『――死因は?』

「縊殺。これで自殺のセンが消えちまった」

『……遠隔式か自動式のSAだね。一つ心当たりがあるよ。だとしたらそれ以上調べても何も出ないね。ご苦労様、あとは回収班の人に任せていつものお仕事に戻っていいよぉって皆に伝えて』

了解(りょーかい)。って、こーいう遣り取りしてるとなんか上司と部下みたいだわな」

『ぶう。みたい、じゃなくてわたしは昇ちゃんの上司なんですぅ。偉いんですぅ』

 まったく偉く聞こえねえ。電話の向こうで口を尖らせている姿を想像して苦笑が漏れた。

「っと、そういやこないだドイツでアウレリアに会ったぞ」

『リアちゃん? 元気してたぁ?』

「開口一番でメシたかられた」

『あはは、変わらないねぇ』

「だな。アタシたちんなかで一番変わったのはアンタだよ、遥香」

『…………』

「アレをアタシに押し付けられてもなんも出来ねえぞ? 仮にも親代わりをやるならアンタがしっかり面倒見ろ。アレ、アンタと『同類』だろ?」

『……やっぱりかぁ』

「あん?」

『ううん、なんでもないよぉ。そうだねぇ、わたしもそろそろ家が恋しくなってきたよぉ。輝燐ちゃんと女の子同士のスキンシップしたりこおりくんの手料理食べたりしたいなぁ』

「トシ考えろバーカ」

『……ちょっと昇ちゃん、今のは聞き捨てならないなぁ? だいたい、昇ちゃんも同い年じゃない!』

「そーだよ、同い年だ。ホラ、アタシ今幾つだ? それがアンタの年齢だよ。それを踏まえてさっきの発言と比較してみ?」

『まだまだ現役! イケる!』

「あー、悲しくならんかね?」


 更に二言三言言い争いをして電話は切れた。

「……ふうう~」

 疲れがどっと吹き出た。そのまま椅子に深く沈みこむ。

 普通なら口封じが目的だけど……今回の場合、この段階で死人を増やす意味は無い。だからこれは『レオンハルト』本来の思惑じゃなくて、一部の人間の独断、または暴走。あるいは愉快犯。

 ……頭の中に浮かぶのは、くすくすと二重に響く嘲笑(わら)い声。

 必ず打倒すべき、わたしの『敵』。

 そのビジョンを、とりあえず今は頭から追い払う。

 パソコンの画面にはついさっき送られてきた報告書。そこにはつい数時間前の戦闘について書かれていた。詳細を省いたおおまかなものではあるけど、京之介くんといいルーキーの子といい、迅速で大変よろしい。

 第一段階、『古代種ヒュドランへのシフト』余裕でクリア。ついでに長時間のハモりも確認、かぁ。うん、当然当然。説明書入れ忘れたのがちょっと不安だったんだけどねぇ。

 これで『レオンハルト』はしばらくこおりくんにちょっかい出さない、と。でもこおりくん自身がトラブルの種みたいなもんだもんね。退屈とは縁遠い日々になりそう。うん、大いに結構。何も起きないようじゃ、わたしたちが困るんだよね。

 こおりくんは『ブリッジ』の……ううん、人類の切り札になってもらわないといけないんだから。

 さて、一時間くらい仮眠を取ったらまたお仕事かぁ。うう、本当に休暇が欲しいよう。

 ふと、鏡に映りこんだ自分の顔を見た。

「…………」

 こおりくんを思い出す。あのひどく変わった瞳をした男の子の顔を。

「……『2nd(セカンド)』」

 その瞳を見た今でさえ、自分の瞳がどう変わっていたのか……まったく分からなかった。


 Another eye end



「あ」

「ん」

 翌朝、下駄箱で明野とばったり。

「おはよ」

「……おはよう」

「……なに、このビミョーに変なフンイキ」

 輝燐が訝しげに窺ってくるが、俺に聞かれてもわからんて。

 そのまま黙って靴を脱ぐ。下駄箱を開くのは三人同時だった。

「あ」

「ん?」

 俺と明野の声が重なる。そのまま下駄箱の中に手を伸ばすのが同時なら、取り出したものもまた同じだった。

「わお」

 輝燐が感嘆の声を上げる。俺と明野の手にあるのは一通の封筒だった。

「ふう、参るわね」

 とか言いつつピッと封筒の口を切る明野。そのままざっと一読してすぐにしまった。

「今年に入って何通目や?」

「こんどこそつきあうのかー?」

 いつの間にか背後に立っていた藤田と乾に、明野は肩を竦めて答える。

「まさか。あたし、手紙で告白するような度胸のない人に興味ないわ。まあ、呼び出しの手紙でも結果は同じだけど。っていうかあたしを手紙で呼び出そうって何様? 直で迎えに来るのが最低条件でしょ」

「くっはー、さすがこころん!」

「貫禄の女王サマ発言、すばらしいの一言やな。……で、ワレは何しとんねん」

「ん? ……ごみはゴミ箱に?」

 端からどつきまわされた。

「いきなり何しやがりますか」

「いやいや、それはない! その選択肢はないってこおりちゃん!」

「せめて中身確かめるのがスジってもんやろ!」

「けっとーじょーか? らぶれたーか?」

 興味津々に見られまくる。あー、うっとおしい。溜め息とともに封を開いて、野次馬どもに開帳してやる。

「……嘘、ありえない」

「まじもんのらぶれたーだったとは」

「この裏切りモン! ちょっとばかし顔が良くて頭が良くて喧嘩が強いからって……泣きそうになってきたぞコノヤロー!」

 あー、うるさい。

「もういいな、捨てるぞ」

「バカなの!?」「バカかお前!」「ばかだ!!」「馬鹿ね」

 異口同音に馬鹿呼ばわりされた。しかも一人増えてるし。

「ワレ、こんな人生で何度もあるかわからん機会不意にして――」

 そこで乾が何やらハッとして明野を見た後、こちらに向き返り、

「なあ、こおりはん。コレ、初めてや、よな?」

「いや? 前にも何度か」

「…………死にさらせーーーー!!」

 ダッシュで駆けていく乾。もうじき始業だってのにどこ行くんだあいつは。

「……ちなみにこおりちゃん、その時どうしたの?」

「ガン無視。けど何日か続いたから、折れて呼び出しに応じることもあった」

「……返事は?」

「『断る』。あるいは『嫌だ』」

「アホーーー!!」

 輝燐に拳骨でどつかれた。

「~~()ぅ。さっきから何なんだ、いったい。だいたい、明野だってかなり無碍に扱ってるだろ」

「いいのよ、あたしは。男は打ち捨てるくらいの扱いがちょうどいいのよ」

「男女差別反対」

「そう言うこおりちゃんはもうちょっと女の子に優しくするべきだと思う。たとえばボクとか」

「あたしとか」

「伊緒とかな!」

「寝言は寝てから言いましょう」

 放置して歩き出すと三人も後ろに付いて来る。

「わかんないなあ。なんでこんなの好きになるかな」

 俺に聞かれても。

「そうかしら。あたしはわからないでもないわよ」

「ふえ?」

 疑問符と共に輝燐が立ち止まる。同時に一駆けし、俺の前に出たのは明野。

 振り向いた表情(かお)は、悪戯めいた笑顔で。

「だからってあたしがあなたを好きになんてならないけどね。もっといい男になりなさい、こおり(・・・)

 何やら勝手なことを言い残して明野は一足先に教室へと駆けていった。銀の尻尾を翻し。

 何故か、輝燐に後ろから殴られた。

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