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霧幻冬のヘキサグラム  作者: 宇野壱文
第2章 Tree × Aries
25/61

第十一話 氷の樹

 髪の端がはらりと落ちた。

「…………」

 足を縫いつけようと突き出された刀から寸前で引き逃げる。

「…………」

 爪に肩を引き裂かれた。

「…………」

 秒刻みで身体に傷が増えていく。息も着かせぬ連撃をどうにか避け続ける。“Resist”に耐刃性はほとんど無いしなあ、まともに受けるわけにいかないし。でなくても痛いの嫌いだし。

 ドライヴも使ってない状態じゃ速度は完全に向こうが上だし、反撃の手もない。ていうかこいつらって俺捕まえるのが目的じゃないの? さっきから急所狙われてる気がするんですけど。このペースだとそのうち致命打喰らうぞ俺? ……霧の中なら死にさえしなきゃ問題ないからかなぁ。

 まあ、思い通りにさせる気はないけどね。防戦一方なのは仕方ないとしても何も出来ないわけじゃない。そろそろ動くとしようか、っと!

 足元の手頃な瓦礫を蹴り飛ばした。ジャスリンの爪が避けるより先に反応し、こちらに打ち返す。少し身を反らして回避。そこへと右の刀が、追って左の刀が振り下ろされる。

 ギィンッ

「ととっ」

 打ち合ってパワー負け。よろめいて後退。

「!?」

 驚愕に包まれたジャスリンは慌てて右手を見た。そこには何も握られておらず、続けて俺を見る。俺が両手で握る、刀を。

「……無刀取り……?」

 あれ、すぐ真後ろから明野の声? 戦闘開始と同時に距離を開けたはずだけど、どっちも押され気味で下がってきたみたい。

「周防君、剣なんてやってたの? それって、いわゆる奥義でしょ」

「いやあ、俺のはインチキみたいなものだから。警戒されたら二度目はないよ」

 俺がやった無刀取りは“Ripple”で読んだタイミングに合わせて身体を動かしただけで、剣術の極みという本物(やつ)には程遠い。剣速が今より速くなれば合わせられそうにない。

 とはいえ、相手を多少牽制する効果くらいは見せている。じり、じりと迂闊に踏み込むのを躊躇したジャスリンに対して俺は、

「とうっ」

 ポイッと窓から刀を捨てた。

「――ッ、何やってんのよアンタはっ! せっかく手に入った武器、なんで捨ててんのよっ!!」

「いや、アレ重いし。さっきは奪った勢いのまま振っただけだし。正直荷物にしかならん」

「ああもうっ! ならせめて、もっと早く奪ってればよかったじゃない! 限定融合状態の時に奪ってればもう決着ついてたかもしれないでしょ!」

「いや、これ神経ゴリゴリ削れるからあんまりやりたくないんだよねぇ」

「……今この状況じゃなきゃ雷落としてるわよ、あんた」

 容赦ないな、こいつ。さて、

「なあ、あのロシア人(仮)、この間喫茶店にいた奴だよな。なんであの場で襲ってこなかったんだろ?」

「今さら……っていうか今この状況で訊くこと!?」

「だってさ、さっきから俺ずっと同じことやってんだよ? 避けたり斬られたりの繰り返し。さすがに飽きてきたから世間話でもしてみようかな、と。なんせしばらく時間潰さなきゃなんないんだから」

 ピキリ、と明野の表情が固まった。ん? と疑問に思うと同時に、

「なるほどな、時間稼ぎか」

 あ、ハゲが喋った。ミスティへの命令以外じゃ初めてじゃないか?

「何をする気かは知らんが、わざわざ教えてくれるとは、どうやら『最高のオーナー』とは頭の方はよくないらしい。すぐに終わらせてくれよう」

 クックックと忍び笑うハゲ。明野が殺したそうに睨んでくる。俺はうーん、と唸って頭を掻いた。

「……俺が言った事ちゃんと聞いてた? 俺は時間を『潰す』って言ったの。『稼ぐ』んじゃないの。分かる?」

 ハゲも明野も訝しげな顔になった。構わず続ける。

「俺はね、時間が来るのを待ってるだけなの。空き時間を潰してるの。お前らの攻撃に耐えて耐えて時間を作り出す――そんなのじゃないの。分かる?」

「……!」

「戯言を。一体何が違うと言う。その時間とやらの前に貴様らは倒れるというのに」

 うん。どうやら明野の方が理解力高いみたい。

「だからな、そんな可能性は無いって言ってんだよ。たかが前座が主役のタイムテーブルを邪魔出来ると思ってんのか、この漫才コンビ。ハゲとガイジンのコンビってだけで売れると思ってんじゃねえよ」

 ……ハゲが顔を紅潮させて口をパクパクしてる。なんかすげえ間抜け。

「……このドS」

「お前にゃ言われたくねえな」

 おお、頭のてっぺんまで赤くなった。うーん、ありゃタコだな。

「ッ、調子に乗るなっ、ミスティ無しでこれが防げるものかっ!」

 ドドドッと岩弾を乱射する。ふう、やれやれ。どうにも誰も彼もが勘違いしてるなぁ。

「明野。ちょっとばかし背中任せる」

「えっ、周防君?」

 動こうとした明野を制して前に出る。歩くこと数歩、眼前には岩の塊。

「なっ、馬鹿か! 死ぬ気か!?」

「周防君!?」

 あー、うるさい。

 右腕を前へ伸ばす。真正面に飛んで来た岩弾を、ボールをキャッチするくらいの感覚でふわりと受け止めた。

「なっ!?」

 ぽいと投げ捨てた岩が他の岩弾に当たって弾き飛ばしたのは偶然。視覚効果(えんしゅつ)以上の意味でこんなめんどくさいこと何度もやる気はねえ、と残りは全部払いのけた。

「くっ、行けロックギガンド!」

 ハゲの指示通りずんずんと向かってきて石剣を振り下ろす。タイミングを合わせて脚、腕をとん、とんと押すと見事に頭からスッ転んだ。

 今度は、怒りでなく驚愕で口を馬鹿みたいに開いていた。

「まだやる? それなら仕留めにかかるけど」

 岩の塊を生身で破壊するのは流石に骨が折れるけど……ま、やりようなんて幾らでもある。

「馬鹿な……ミスティが人間に負けるはずが」

 まったく。どいつもこいつもミスティに幻想持ちすぎだ。

「あのねえ。そりゃあミスティが使える能力ってのは人間にとってみりゃ超常現象ですよ。身体能力も人間よりずっと高いですよ。まともにやって勝てる道理は無いですよ。でも、そんなの勝てない理由にならない。だって、人間は弱くて脆い生き物だけどさ――そんなのミスティだって同じだろ?」

 ハゲだけじゃない。全員が俺の言葉に凍りついた。

「な……にを、言ってるの、周防君」

 あー、こいつが一番ショック大きそうだなぁ。『教会』の教えとやらを完全否定してるもんな。……まあ、しょうがないか。俺はただの事実を言ってるだけだし。

「だから、ミスティってのは特別な存在でも化け物でもない、人間と同列の存在だって言ってんの。簡単に壊れる、脆くて弱い存在だって言ってんの」

 だから、オーナーであることに特別性なんて欠片も無い。

「馬鹿な、何を根拠に」

「『人間より高い能力を持っている』イコール『人間より強い』じゃない。現に、ホラ。一介の人間に過ぎない俺相手にこのザマだ。まあ、姿形が怪物って意味でミスティを化け物って呼ぶのは無理に否定しないけど」

 石のデカブツを爪先で蹴ろうとしたがその前に腕を振るってきたのでおとなしく引き下がる。

「じゃあ……周防君、あんたは何なの? あんたの言う『化け物』って、何? 何で自分を『化け物』って言えるの?」

「手の届かないもの、それが『化け物』だよ。お前らはなんで俺がこんな回り道(リミテッドシンクロ)してると思ってんだ? 簡単には壊れない、簡単に壊せる、さっきの等式がそのまま成り立つ、そんな『化け物』だからだろうが。人間もミスティも関係なくより強い生き物ってことなんだよ」

 でも、本質的には人間と変わりない。別物じゃあない。だから俺は人間でもある。頑丈で強い『化け物』なのに脆くて弱い『人間』だなんて矛盾した話だけど、間違ってない。その理由はフィーリングになるから上手く説明できないけど。

「な……何をワケのわからないことをさっきから言って」

「単純に強い力を持てば化け物になると思うなよ。アルティメットクラスがそんな簡単なものか。あれを他のミスティと同次元で考えるな。あれと共生するには普通の人間の意志じゃ許容量(キャパ)が足りない。だから壊れる。イカレる。滅ぶ。けど俺は普通の人間のまま壊れなかった。だから化け物なんだ。お前、自分がそれだけの容量あると思ってんの? 自分の力じゃオーナーにもなれない分際で。そんなのが万一にでも、俺に勝てると思ってんの?」

 そう、普通の人間。本質的に変わりはない。けど――遠い。

「これだけ懇切丁寧に説明してやったんだから時間の無駄ってことも理解したろう? さっさと消えろ。失せろ。目晦ましでもかましてケツまくれ。何の為にそのでっかい電球があると思ってんだ?」

 一歩、踏み出して――身を屈めた。

 ガキイッ!

 俺の背後、金属が打ち合う音。咄嗟に腕を伸ばし、体毛を掴んでその場から飛び退いた。

「ギギッ!」

 倒れたまま肩に生成した砲身から岩弾を撃つロックギガンド。砲門は一つ失われてるし、狙いもろくに定まってないから避けるのは難しくない。それ以前に当たったところで痛いだけでまるでダメージはないだろう。が。

「ッ!」

 真横を通り過ぎる岩弾が二つに割れる。綺麗な断面からジャスリンが飛び出す。アライエスを攻撃圏内から放り出した。

「くっ」

 刀の連撃。躱し切れない。左肩を大きく斬られた。

 バックステップ。距離を取る。と、それを追って投げられた刀。その行動を訝しみながらも右に回避。その先に、爪が飛んできた。

「っ!!」

 ドシュドシュドシュッ!

 ……左腕を盾にして三本全てを受け止めた。かなり深く刺さってる。左腕はもう使えんな。絶対に避け切れないってタイミングじゃあなかったが……

「……どうしてよ」

「避けたらお前に当たってただろ」

 明野の背中に直撃するコースだった。これだけ深く刺さるとなると相当ヤバイことになってたろう。

「そうじゃなくて、いえ、そうなんだけど周防君があたしを助けるなんて」

「そりゃ一緒に戦ってんだし。痛いの嫌いだけど、この程度はしょうがない。そんなことより自分の方に集中しろ」

 近接攻撃のみかと思ってたが、鉄爪を飛ばすって隠し玉があったか。相手の油断を突けば確かに有効だが、これで完全に丸腰になったぞ? 流石に無手でさっきまでと同じだけの戦闘能力を発揮出来るとは思えないんだが。

「~~~~!」

 ジャスリンの遥か後ろから、(多分)ロシア人が何かを叫んだ。

 カタリ

「……?」

 何だ? 左腕に刺さったままの爪が――

 ヒュッ

「――ッ!」

 咄嗟に更に右へ避けたが脇腹を裂かれた。さっき避けた刀が回転しながら弧を描いて背後から飛んできたのだ。その拍子に腕から爪が抜ける。勢いよく刺さった割には簡単に。

 そしてジャスリンの手元へ戻る。爪も刀も。さっき外に放り出した刀までも。

 武器回収、これがこいつ(ジャスリン)のSAか。避けたと思ったところへ背後からの奇襲にもなる。まんまとハメられた形だな。まったく、ミスティの能力が常識の枠に当て嵌まらないってのは『常識』だろうが。

「~~~~」

 続けて放たれたロシア人(ではあるまいか)の言葉。呼応するようにミスティがゆらり、と両腕を広げる。畳み掛けに来るか。

 ……さて。



 このお人好し。

「――っ!」

 振るわれた石剣。回避して懐に潜り込むアライエス。このまま角を身体へ突き立てれば勝負あり、だけど、

「……SAか」

 身体硬化が発動してる。それでも試してみる価値はある。けど、それは少し前までの話。

「下がって!」

 振り払うように蹴り上げられた足を躱すようにあたしの指示通り後ろへ跳ぶアライエス。その角の真ん中ほどに、亀裂が入っていた。

 さっき周防君の背後に迫っていたジャスリンの剣撃を受け止めた時だ。たった一撃、正面から受けただけでこれだなんて、グレートクラスとの力の差と、それと渡り合っている周防君との実力差を明確に表す(しるし)みたいだった。

 それはもういい。現実を見誤ればまたさっきみたいな無様を晒すことになる。だから認めよう。周防君はあたしよりオーナーとして数段優れていると。

 でも。だからこそあたしは周防君を認められない。

 周防君がどれだけ高い位置にいても、いえ、だからかしら、上を向かない――上を目指さない。そんな人間に未来はない。何かに懸命になれない、そんな人間をあたしは認めない。それだけは譲れない。

 ……結局、周防君が他人に手を貸すのもそういうことなのかしら。「そんなことも出来ないのか」とばかりに呆れて、見下して手を出しているのかもしれない。……それとも。そんなお人好しな行動こそが周防こおりという人間の本当の姿なの?

 ……ともかく。

「くっ、サンダークラウド!」

 目晦ましの電撃を放って二手に走り出す。しかしアライエスの動いた先を読んだように岩弾が飛んできている!?

 ドカアッ

「ンメエッ!」

 避けきれないと見るや咄嗟に体毛を膨張させてダメージを軽減させるも吹き飛ばされる。その間に、

「!」

 あたしの方にロックギガンドが迫ってくる。不味い!

「ギギッ!」

 大きく石剣を振り下ろす。後退して咄嗟に避けるけど、ロックギガンドはそのまま石剣を振り回す。その巨体から繰り出される攻撃の勢いはかなりの重圧(プレッシャー)を与えてくる。前面に立つのに慣れていないあたしの足が不意に鈍りそうになる。まるでそれを見透かしたようなタイミングで振るわれる石剣。

「ンメエエエッ!!」

 そこへ勢いよく走りこんできたアライエスが電気を纏った角を振り上げ、正面からぶつかりあった石剣を真っ二つに破壊した。

「アライエスッ、」

「スティフェン!」

 あたしが次の指示を出す前にスキンヘッドがロックギガンドの身体を硬化した。こうなると今のあたしたちじゃ手の出しようがない。歯噛みしつつ大きく後ろへ下がる。硬化状態では動きが鈍くなるらしく、咄嗟に追撃が来る事は無い。

 角の亀裂はさらに広がっていた。やっぱり……このまま硬化状態のロックギガンドとぶつかったら確実に折れる。そうなったらあたしたちにはもう勝機がなくなる。

「……くっ」

 弱気の虫でも働いたのか、つい後ろを見そうになる。圧倒的不利な状況で、自分より強い人間の存在があるとやっぱり頼りたい気持ちが働いてしまうから。

 その人間が、あたしの真横で宙を舞った。

「え」

 ドザァアッと背中から床に叩きつけられた周防君はがふっと空気を吐き出す。その身体はどこもかしこもズタズタだった。

「す……周防君!?」

 その姿に、あたしは思わず振り返る。周防君をそんな姿にした相手を。

 ゆらり、と。何本もの刀が揺らめいていた。まるで何本も腕がある様。揺らめきは次第に小さくなり、最後には元の二本腕だけが残っていた。

 ……FAだ。周防君はグレートクラスのFAを生身で喰らったんだ。

「……この馬鹿」

 この姿はむしろ当然。腕の一本も失ってないのが不思議なくらいよ。

 キッと正面を見据える。こんな状態じゃ周防君はもう動けないでしょう。それなら、動けるあたしが何とかするしかない。

 周防君みたいに勝てるのが当然なんて思えない。努力して手に入れたものには自信を持ってるし、自らを高める意味でも出来て当然みたいな言動を見せるけど、周防君のそれとはまったく違う。周防君の言葉は自尊心(プライド)から出るものじゃない。まるでそれが自然の摂理であるかの様に語る彼は傲慢で、そして圧倒的だった。あたしは一生これほどの強さを得ることは出来ないでしょうね。

 それでも上を見上げる。上を目指す。上に挑む。上に――勝つ。

 そんな決意を新たにしたところへ、

「……あー、痛い」

 起き上がってきた阿呆が一名。

「…………な」

「くそ、やられたな。血が足りん。くらくらする。まあ……左手がまだ付いてるだけマシってことにしとくか」

 絶句したのはあたしだけじゃなかった。誰も彼もがこの場で最も重傷な人間を怖れるように見る。そんな周囲を他所にフラフラと立ち上がる周防君。

「ちょ……あんた、平気なの?」

 恐らく殺さないよう手加減されていたとは思う。でなければ周防君の身体は今頃バラバラのはず。それでもかなりの衝撃を受けたでしょう、まだ意識があること自体おかしいのよ。まして立ち上がるなんて!

「お前はこれが平気に見えるのか」

「見えないから訊いてんじゃない! そんなボロボロでどうして立てるのよ!」

「まあ、慣れてるし(・・・・・)。不意打ちならいざ知らず、受けると分かってりゃそう簡単に気絶しねえよ。意識さえ残ってりゃ、そりゃ立てるだろ。足はちゃんとあるんだし。寝てられる状況でもねえんだからよ」

 ……慣れ? ちょっと、まさか……精神論? そんな……そんなもので簡単に肉体の限界値を超えられるっていうの?

『あれと共生するには普通の人間の意志じゃ許容量(キャパ)が足りない。だから壊れる。イカレる。滅ぶ。けど俺は普通の人間のまま壊れなかった。だから化け物なんだ』

 ゾクリ、と背筋が粟立つ。ああ、そういうことだったのね。こいつ、むしろ精神の方が化け物なんだ――

「――ロックギガンド!」

「~~~~!」

 スキンヘッドとロシア人が同時に叫ぶ。ロックギガンドの肩に砲が生成され、ジャスリンの刀が揺らめき、それが次第に大きくなり、幾つもの腕、幾つもの刀へと分裂したかの様。誰も彼もの表情に浮かぶのは恐怖と焦り。

 これは、本気で来る。組織の命令とか無視して、殺しに来る。

 どうする!? 立ち上がったっていっても結局こんなフラフラで戦えるとは思えない。いいえ、戦えたところでこの劣勢を覆す手なんて、

「“我が傍らには氷の樹、下すは瀑風の裁き”」

 ――!? “送り唄”!?

 幾つもの岩弾が迫る。無数の刀が迫る。

「“そして死する汝に祝福を”」

 その全てを、無数の氷柱が受け止めた。

「な……!」

 床を、壁を突き破り生えてきた氷柱にぶつかると飛んできた岩弾の方が砕け、それとは比較にならない威力を持つ刀も、突然現れた氷柱へと存分なインパクトを与えることが出来ず弾かれる。

「……ふう。初期設定に随分時間食っちまったおかげで、ようやく攻撃ターンだ」

 そしてさらに、ジャスリン側に生えた氷柱からそれより一回り細い針のような氷柱が生まれ、勢いよく突き伸びた。

「!!」

 それらを咄嗟に鉄爪と刀で薙ぎ払いつつ後退するジャスリン。そこへ、

「それじゃあ、終わりにしようか」

 あちこちの床から氷柱が顔を出す。そのうちの一本がさらに鹿の角のように枝分かれしてジャスリンを刺し貫く。

「わあああ!?」

 叫び声に振り向く。そこには誰もいなかった。ていうか床が無い。ああ、ロックギガンドのFAで脆くなってたものね。そこにさらにこんなことしたら床が崩れるのも仕方ないわよね……って。

 ガラリ

 あたしたちの足元もっ!?

「きゃああ……あ?」

 予想したような浮遊感は一瞬で終わりを告げた。抜けた床の下にさらに太い氷柱が横に伸びていたのだ。

 その氷柱が動き出してグラウンドの方へ引っ張り出される。その先の光景に目を見張った。

 巨大な四足の怪獣。その背から巨大な氷の樹が生えていた。あたしたちが乗っているのは、その樹からさらに伸びた枝の一本だったのだ。

挿絵(By みてみん)

 自らに刺さった枝を強引に叩き折るジャスリン。そこへさらに多くの枝が突き出される。

 ……これってまさか。慌ててY・Iを開き検索。

 ヒュドラン。氷系木種。グレートクラス。Ⅱ型古代種。

 やっぱり。『最強のミスティ』は人間との融合によるシフトという形から分かるように現代に新たに生み出された形態。そしてこの巨獣こそが『ミスティ』レリーフの古代における真の姿。現代に復活した遥か太古の強大なる者(グレートクラス)。そうだ、確かさっき周防君が投げた機械はⅡ型の古代種を元の姿に戻すためのエネルギー供給装置のはず。周防君が投げた時、いえあたしが周防君を見つけた時には既にレリーフを収納していたんだわ。投げつけた装置が外に弾かれたのも計算づく、か。

「ほんと、人が悪いわね。こんな切り札隠し持ってたなんて」

「使いにくかっただけだ。グレートクラスの古代種となるとある程度強いミスティの霧じゃないとあっという間に分解しちまうし。貰ったのついこの前だから試してみる機会もなかったし、初期設定に時間がかかるのわかってたからいきなり使うわけにもいかなかったし」

 面倒臭そうに語る周防君。まあ、それだけしがらみがあったら愚痴りたくも、

 ……ちょっと待って。それってつまり、今回が初めてのシフトってこと、よね? 周防君が装置を外へ出したのはヒュドランの巨大さから考えれば当然だけど、そもそもなんで巨大になると知ってるわけ!? それにこの氷の枝。まるで手足のように動くこの特殊な性質からおそらくSAだと思うけど、SAは常時発動型・自動発動型でもない限りオーナーの指示なしに発動出来ないはず。いえ、周防君ほどなら口頭での指示がなくとも意思の疎通だけで発動できるのでしょうけど、でもそれだってオーナーが(アーツ)を知っていることが前提でしょう!? 内と外、話す時間も無かったのにそんなのわかるわけないじゃない!

「ちょっとあんた! なんでシフトした後の形態を知ってたのよ!!」

「……はい?」

 不思議そうな目で見るんじゃないわよっ! あたしの方がおかしいことを言ってるみたいじゃない!

「いや、そんなのお前……当たり前だろ? 何も知らないガキの頃ならいざ知らず、自分のミスティがシフトした後どうなってるかなんて普通分かるだろ」

 わかんないのよ、普通は! この馬鹿、自分が特別って自覚がいくらなんでもなさすぎるわよ!?

 だいたい人間とミスティが同等とか、『契約』っていう『教会』の教えじゃ絶対に有り得ないわよ。でなくても超常の力を持つ存在を同等と呼ぶなんて――

 不意に思った。だから(・・・)、なの?

 先輩の言葉が思い返される。それは、周防君が『最高のオーナー』と呼ばれる理由。


『つまり、彼を『最高のオーナー』と認めたのはミスティなのさ。あらゆるミスティにとって、彼は『最高』のオーナーということさ』

 その言葉を先輩のミスティと、遠慮がちにアライエスも肯定した。


「さて」

 その一言の後に周防君が枝から飛び降りた。降り立つ先はヒュドランの頭の上。

「待たせたな、レリ」

「――ゥ」

 応えて唸るヒュドラン。待ったのはあたしたちの方だと思うんだけど。……って、あんな優しい表情も出来るのね、あいつ。

 校舎の方を見遣る。瓦礫の中から現れるジャスリンとそのオーナー。

「散々好き勝手してくれたんだ、今更逃げられると思うな。慣らし運転程度には付き合って貰うぞ」

 ――予感がした。確信と言ってもいい。

 ここから先、「戦い」になんてなりはしない。

「アイスブランチ」

 氷の枝が伸びる。突き刺し、打ち据えようとジャスリンへ殺到する!

「~~~~!!」

 ロシア人が吠える。ジャスリンの腕が揺らめく。三回目のFA!?

「! ! !」

 ジャスリンが跳んだ。迫ってくる氷の枝を時に砕き、時に避け、時に踏み台にして巨大な古代種へと跳び向かう。何十本にも増えた刀を振り続ける。

 しかし。氷の枝の数はその倍じゃ済まない。それどころか無数に増え続ける。単純な手数だけでも押し通せたはずだけれど、周防君はそれだけで済まさなかった。

 増えた右腕が、残り一本の機械腕ごとまとめて斬り落とされた。枝の間を縫って飛んできた巨大な氷の葉によって。

「NA、ギガイスカッター」

 体勢が崩れるジャスリン。その隙に太い枝が腹を打ち据え、上空へと打ち上げた。

 周防君がそれを二本指差す。ヒュドランが息を大きく吸い込んだ。

「――チェックメイト」

 巨獣の口から渦巻く風の球体が放たれた。中速で進むそれはジャスリンにぶつかると内部へと呑み込み、そのまま前進を続ける。そして最高点、校舎の真上で瀑発(・・)した。

「バーストブリザード」

 圧縮された冷気が解放され、瀑風(・・)となって吹き荒れた。勢力圏内の物質を氷が覆い、瞬時に嵐が砕き去る。それはまさに炎のない爆発。中心点から球状に生まれた何もない空間。余波の冷気がその周囲を霜で覆う。その光景はあまりに空虚で、空寒い。

 当然ジャスリンの姿は、最早影形もなかった。

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