第十話 禁
適当な教室で一息つく。やれやれ、予想外に手間を掛けさせてくれる。今まではグレートクラス相手でもドライヴを使えば撃破、或いは追い返すことが出来たが、流石に野良と共生ミスティ、しかも天然ものじゃ勝手が違うか。面倒な。
面倒って感じてる時点で危機意識が薄い。野性はシンプルだ。故に敵性に対して容赦なく殺気を叩きつけてくる。だから対応するこちらも自然、敵性の排除に神経が研ぎ澄まされる。対して人間にはいろんな思惑がある。戦う理由は生存本能とは大きくかけ離れている。だから戦意があっても殺意が足りない。質も量も何もかも。この前の教師とかいい例。無駄に殺意振り撒いてたけど質の軽いこと軽いこと、小物っぷりしか伝わってこなかった。逆に獅子堂は超危険。教師が風船なら彼女は銃弾。未だ理由不明だけど他人事感覚も出て来ないし。
危険度が足りない。
比較して足りない危険性は余裕に変換される。
余計な思考が生まれる。
集中の妨げになる。
緊張が削がれる。
慢心と油断が発生する。
手が疎かになる。
それ以前に自らの危機を他人事のように捉えている。
そんなだから同調率も低くなるし、こうしてだらだらと時間が掛かってさらに面倒さが増すというスパイラル。自業自得だ。「負けるわけない」とか考えて負けたら末代まで笑われても文句言えない。
それでも、噛ませ犬に噛まれてやる気はさらさら無いが。
幸いなことに少し前より手札に余裕がある。存在は識ってたけど手段がなかったモノ。早速だが使わせてもらうとしよう。……この状況を見越されてたんだとしたら遥香さんは相当俺の内面を理解してるって事になる。二日も会っちゃいないっていうのに。『先生』以上に――それはすなわち、俺の人生で最も――侮れない相手かもしれない。
……俺、一体何させられるんだろ。こいつだってその一環に間違いないし。
とはいえ相手のことをよく知らず、知る気もない俺には考える材料すらない。つまり常に受け身。来たものにその場で対処するしかない。ああ、いつも通りだな。
そんな思索のうちに、教室の中はいつの間にか――曇っていた。
「…………」
どこかで覚えのある景色。逃げ出そうと動く前に、
「サンダークラウドオッ!」
まさに電光石火。雷鳴が轟いた。
ドシャアアアアンッ!
「……かふ」
ばたりと倒れた。
「ようやく見つけたわ、この殺人鬼」
倒れたまま声の方へ振り向いた。チビッ子がいた。肩で息をしている。トレードマークの尻尾が片方解けて乱れていた。しっかりきっぱり睨まれてる。てか頭を踏まれた。
「危ないな。コンセントからの感電だって死ぬときには死ぬんだぞ?」
「あんたみたいな頑丈な奴、あのくらいで死んでたまるもんですか」
「……この足どけてくんね?」
と言ったらさらにぐりぐり踏み躙ってきやがったこのチビ。
「……黒」
顔面を蹴られた。スカートの裾を押さえながら後退する明野。冷視線を受けながら立ち上がり、そのまま教室の入り口へと彼女の横を通り過ぎようとした。
「どこ行くのよ」
「誰かさんがドデカい音させたからな、場所替えだ」
もう少し時間を潰したい。しかし明野が前に立ち塞がった。
「……何さ?」
「さっき、あたしを巻き込んだことに何か言う事は?」
「……やっぱ撃墜率低いな、アレ」
状況変化には使えるが切り札にはし辛い。FAとしちゃ落第点じゃなかろうか。
「反省の色なし、って事ね」
「反省する要素が無いしな」
「ふっ、ざけんじゃないわよっ!!」
ドカン、と壁が叩かれた。
「人を殺しかけて反省の要素無しですって? しかも味方を? あんたってどういうイカれた頭してるワケ!?」
「一応勘違いは訂正するけど、お前味方じゃないし。ただの他人。巻き込んだってのも違うな、お前から飛び込んできたんだろ、ここに? 最初にちゃんと確認したよな」
「なっ……」
絶句される。まあ、きっと理解されない考え方なのだろうけど。
命ってのは決して軽いもんじゃない。けど人間ってのは弱くて、脆くて、簡単に壊れてしまって、簡単に壊せてしまって。そんな人間ってのは他人事で、だから彼らを壊すことを是としない。巻き込んで死なせる真似はしない、それは俺の決定事項。たとえ自分が死の淵に追いやられようと覆すことはないだろう。
しかし相手にも相手の意思があり、そして結局他人事だ。
「そっちから飛び込んできたのに心配なんかするわけないだろ。利用出来るなら利用しないでどうする」
「……敵の命を心配してどうする、って言うならまだ理解できるわ。けど、あたしは一応あんた側の人間でいたつもりなんだけど?」
「だから、そもそもそれが間違いなんだって。敵対の意思が無い奴と争う気は無いけど、お前の為に機会を潰す気も無いの。ご理解頂けましたか」
「……危ない奴。自分の都合に反する奴は全部死んでも構わないってことでしょう、それは」
「そりゃ違う。命ってのは弱くて脆いくせに重いモンだ。他人事でもそれは変わらない。化け物の馬鹿な暴走で壊していいものじゃないんだ。けどあいつらは俺の命か、それに類するものを狙っていて、そんな奴らに躊躇する理由は無い。お前はそこに自分から入ってきたんだ、気遣ってやる理由が何処にある。俺の都合に反するんじゃない、お前らの都合に合わせる理由が欠片も無いだけだ」
敵の都合を排除するのに手段を選ぶ気は無い。むしろ、俺の都合を通すときこそ誰かを踏み躙らない様、手段は慎重に選ぶ。
「それが知り合いやクラスメートでも?」
「関係ない、全部同じ。他人事だ」
「殺人者の言い訳にしか聞こえない」
「言い訳ってのは釈明だろ? 許しを請う事だろ? 今言った事は許されるための言葉じゃない、ただの決定だ」
「つまり開き直りね。まあいいわ、仮にその考え方を万歩譲って認めるとして、それでも実行出来るかどうかじゃ大違いよ」
「決めたなら迷う必要はないだろ」
「そんな簡単に割り切っていいもんじゃないでしょう、命に関する事なのよ」
「簡単じゃないさ。命はそこまで軽いもんじゃない。けど重いからってのは理由にならない。割り切れないなら考えが足りないってことだろ」
「人間の感情はそこまで単純じゃないわ。どこかでこれで正しいのか、後悔しないか、もっといい方法があるんじゃないかって思考が生まれる。命みたいに取り返しの付かないものなら尚更。あんた、自分が必ず正しいとか思ってるんじゃないの?」
「正しいよ。ただしあくまで俺にとって。他人にとってはどうだか知らない。たとえ世界全てにとって間違いでも、俺がそう思わなきゃ絶対に謝罪したりしない」
「……自分が完璧人間のつもり?」
「それこそまさかだ。自分が絶対唯一の正義だなんて有り得ないだろ。他の誰かにとっちゃ悪ってことももちろん有り得る。それでも俺にとって正しいなら行動する理由には十分だ。躊躇はない。それが命を奪うことだろうとも」
「絶対に自分にとって正しいことを選択してるとも限らないわよ」
「俺が間違いだと思わなけりゃ正しいんだよ」
「……思ってた以上の自己中だったワケね。この独善者。自分一人が満足できればそれでいいってこと」
無言で返す。他人の事なんてどうでもいいし、否定の材料はないわな。
「……ある意味、あんたみたいな人間は強いって呼べるのかもしれないわね。他の人間に左右されず自分の意思を貫き通せるって事だものね。人の心まで読める化け物は精神構造も普通じゃないってことかしら」
「何言ってんのお前。そりゃ俺は化け物だけど、それでどうして心が読めるなんて発想が出てくるのさ。それに俺は別に強くもなんともない、ただの人間だぞ。化け物だからちょっと考え方が違うだけの」
“Ripple”の事か、厳密には心が読めるってのは間違いだけど。参ったなあ、どこでばれたんだろ。キョウ辺りにでも聞かされたか? まあ……隠しちゃおくけど決定的に知られちゃいけないってものでもないが。
「……タヌキね。全っ然表情が変わらないじゃない、普段は余計なことまで顔に出てるくせに」
少し時間かけすぎかな、流石にもう移動しないと。
「無視してんじゃないわよっ! っもう、何がただの人間よ。あんたみたいのが普通の人間なわけないじゃない。余裕のつもり? 自分が化け物とか、自分はお前たちとは違うんだぞって優越感を自虐っぽく言ってるつもりなワケ!? じゃあはっきり「自分は人間以上です」とでも言ったらいいじゃない、この自己陶酔者!!」
刹那、あたしは敗北した。
彼は指一本動かしていない。一声たりとも放ってはいない。殺気を感じたわけでもない。そもそも戦いが始まってすらいない。けど。
あたしの意思は、本能は――それ以上に存在が白旗を揚げて、降伏の意思を示す事も出来やしなかった。
「そんなわけないだろ。俺は人間だよ」
彼の言葉のイントネーションは変わっていない。こちらが緊張している方が変に思えるほど変わってない。
「ただの人間。けどレリと同じ化け物。だから変わった人間かもしれない。おかしな人間かもしれない。もしかしたらどこか壊れてるかもしれない。でも、人間。人間以上なんかじゃない――人間から外れる事なんて決してない」
視線を合わせることも出来ない。言葉の意味を問い返す事も出来ない。はたして彼は怒ってるのか。全てを他人事と見ている彼が憤怒する事があるのか。少なくとも彼は今までの彼じゃなく、何か『異質』なモノが『周防こおり』という殻に入った罅から滲み出て来たかの様。
それは、まさしく、
「だろ?」
思考は中断させられた。そんな思考を持つことは許されないと命令された気がしたのは、はたして錯覚なのか。抵抗の意思も無く、あたしはただ一度頷いた。
それで終わり。周防君に現れた『何か』はわずかな余韻も残さず消え去った。
体中から汗が噴き出した。目尻に涙が浮かんだ。嗤いたくなるほど無様。失禁しなかったのが救い。溜まりに溜まった憤懣が攻撃的な言動になって噴き出した、それだけのはずだったのに、それは一瞬で畏怖に上書きされ消滅した。本当は畏怖なんて言葉じゃ言い表せない衝動に襲われたのだけど、それを表せる言葉をあたしは知らない。自分の言動をこれほど後悔したのは生まれて初めて。何が周防君の逆鱗だったのか――考えたくもない。
「……おい、どうしたよお前。突然顔中汗だらけだぞ。輝燐に風邪でもうつされたか」
……自覚してない? それともフリ? ……どっちでもいい。周防君が知らない事になっているのならあたしが触れる必要も権利もない。
「……別に、気にするほどのことじゃないわ」
精一杯いつも通りを装って視線を周防君の顔へと戻す。そこにあるのは何事もなかったようないつも通りの顔。あまりにもいつも通りなんで怒りすら覚えるくらい。このあたしがとことんコケにされてる気分。あ、調子戻ってきたかしら。そうよ、そのやる気のない表情も、そのくせそれなりに整ってる顔立ちも、どこを見ているかもわからないような瞳も、何もかも気にくわな
ゾクリとした。反射的に一歩下がった。
瞳。いつも通りの瞳。周防君の方に変化があったわけじゃない。変わったのはあたしだ。あたしの認識だ。
さっきよりはとても弱い。どうして、どういう風に、とか具体的なことは言えない。わからない。けど。
「周防君、あなたの瞳……何?」
質問を口にしていた。今さっきの出来事を鑑みれば反省がないとか無謀とも思える問いだけど、あくまでそれは理性の認識。もしこの問いが逆鱗に触れるなら、あたしという存在そのものが阻止していたに違いない。口に出来たということは許可されてるという事。そういうレベルの存在よ、『アレ』は。
「何、とは何だ。かなり唐突でぶしつけでしかも失礼っぽいぞ」
「あたしは周防君相手にならどこまでも失礼になれる自信があるわ。それで、その瞳だけど……特別、とか思ったことは?」
「……お前までそういうこと言うか」
不快気に眉を顰める周防君。
「言われたことあるのね」
「お前で三人目だよ。ったく、俺の瞳が何だっつーんだ。他と何がどう違うんだかわかんないっつーの」
そう、周防君は「特別な瞳」っていうのを「変わった瞳」って意味だと思ってるのね。それならそれでいいわ、あたしから藪を突くことはないもの。
「そうね、常に女の子のあられもない姿を見逃さんとする変質者の目かしら」
「……いつまで引っ張り続けるんだ、そのネタ」
「あたしとあんたの縁が切れるまでよ」
疲れたような溜め息を吐く周防君。その彼がふと何かに気付いたように振り向いた。あたしもその視線の先を追う。
黒い点が浮いていた。いえ、浮いているというより、その空間にマジックで目印を付けたみたいな……
「……なんだコレ」
訝しげに見るだけの周防君。けど、あたしにはこれに覚えがある。データベース通りなら、
「馬鹿っ、どうしてそう危機感足りないのよっ!」
ぐいと周防君の腕を引いて教室から飛び出た直後――岩の塊があたしの目前に!
「きゃっ」
咄嗟に回避。その結果、
「ぶっ」
周防君に直撃、勢いであたしの手が離れ、周防君は教室の中へ押し戻される。
「周防君!」
振り向こうとして、その直前、目に入った窓の外の光景に息を呑む。大量の岩塊が窓を、壁を破り加速をつけて迫ってくる!
「FA、ギャザリングボディ……ッ」
無数の岩塊に体を分解させたロックギガンドが一点――あの黒い目印に集まって元に戻ろうとする。その速度をどんどん増し、内部の物を巻き込んで、最後には中心で圧殺する!
「アライエス!」
角が電撃を纏い、強化される。飛んで来た岩をその場で迎撃。全包囲攻撃、軌道は直線、下手に動き回るより目の前だけに集中する!
「ンメエエ!」
破壊するより軌道を逸らすため横から振るう。砕いても収束が止まるわけじゃない。
ぴしぴしと身体が細かい痛みに晒される。襲い掛かるのは巨大な岩だけじゃない。砂礫だってこの速度で飛んでくれば立派な弾丸になる。割れたガラスや砕けた壁の破片も飛んでくる。目だけは腕で覆う。すると視界が制限され、撃ち漏らした岩に身体を打たれた。もともと全てを避け切るなんて事は不可能、多少身体が傷ついても潰されるよりマシ。
耐えていれば必ず終わりが来る。しかしその前に、
人の胴体ほどはある大きさの岩が迫ってくる。
アライエスの角で逸らせる大きさじゃない。砕いたところで致命的な大きさの瓦礫が残るのは明白。
正しい選択は回避。けど。
アライエスは真っ直ぐ角を大岩に向けた。
この状況、あたしたちにとっては願ってもない好機! 危険な勝負にはなる。けど、
ロックギガンドを一撃で倒せるチャンスなんだから!
見せてあげるわ周防君、あたしたちの力をッ!
「貫きなさい、アライエス!」
四肢に力を篭め、大岩へと飛び出し――
「馬鹿かっ、上だ!」
――え?
次の瞬間、アライエスの真上の天井に線が入った。その線で天井は分割され、崩れ、そこから見える姿は――ジャスリン!?
完全に失念してた。不味い、アライエスはもう岩への攻撃態勢に入ってる、すぐには回避行動へ移れない! 完全に無防備なアライエスへ刀が投げつけられ
ヒュンッ
る直前、その目前に投げつけられた物を反射的に鉄爪が弾き飛ばした。その行動により刀を投げるまで数秒のタイムロス。その間にアライエスは回避行動に移る。が、その時点からでは岩の軌道から完全に脱することは出来なかった。
ドカアッ!
「ンメエエッ!」
「アライエスッ!」
大きく弾き飛ばされたアライエスに駆け寄った。直前に体毛を膨張させてはいたけど、大きく加速のついた岩塊の威力は相当のものらしく、立ち上がっても足元が覚束ない。
あたしのミスだ。いつもならもっと慎重に指示を出してるのに、周防君への対抗心が先に立って……ッ。
「焦り過ぎだ、馬鹿」
いつの間にあの隕石群を抜けたのか、あたしたちの傍に歩いてきた周防君が呟いた。
「あんた……無傷……?」
正確にはあちこちに切り傷があるけど、それはそれは教室の中で見た傷と同じもので、つまり岩や砂で受けた怪我はひとつもないということだ。
砂に耐え、岩を読む。例の耐久能力、それに読心、あるいはそれに類する能力。その二つがあればそんな芸当も可能でしょうね。遠見先輩が言った事が現実味を帯びてくる。
でもそれすら、『アレ』に比べれば大したものじゃない。
……『アレ』が『最高のオーナー』の理由? なんとなく違う気はする。確かに圧倒的だけど、そういうのとは別物に思える。
周防君が『最高のオーナー』と呼ばれる理由は先輩から聞いたけど、肝心の選ばれた理由は分からないまま。もしかするとあたしたちには決して分からないのかもしれない。だって――
「あんなもんで怪我してたまるか」
――ッ! 周防君のどうでもよさそうな声で我に返る。同時に砂礫でところどころ裂けた身体と服を意識して、酷い敗北感に襲われる。
「……敗者に鞭打って楽しい?」
アライエスの背をさすりながらじろりと睨む。が、周防君は呆れたと言わんばかりの溜め息を吐いた。
「何で敗北宣言してんだ、お前は。ただ今は俺達の攻撃ターンじゃない、それだけのことだってのに」
周防君は、全く動じていなかった。この圧倒的不利な状況下で、自分の勝利を微塵も疑っていない。……あたしが誰に対して敗北を感じてるか、まったく理解してないんでしょーね。
「……さて、どうする?」
「何をよ」
「今更だけど共闘するか、ってことを。一人でもなんとかなりそうだけど、まあ、どちらが楽かって言われたら組む方だから。無理にとは言わんけど」
「……言葉を返すけど、本当になんで今更?」
「正確には改めて、だよ。一応最初に意思確認してたし、お前の命の責任について。「心配するな」って返事だったから一切心配しなかったら、さっき文句言われたばっかりだし」
その返事で容赦なく巻き添えに出来る辺り、極端過ぎるわ、こいつ。
「……一度あんたに殺されかけてる身として、素直に背中を預けられると思ってんの?」
「まあ、だから訊いてる訳で」
「……選択肢無いもの。仕方ないから共闘してあげる。さっき助けてくれたことでチャラにしとくわよ、とりあえずはね」
さっき周防君がジャスリンの邪魔をしなければアライエスは確実に殺されてた。そのとき投げられたものは破れた窓から落ちてしまったみたいだけど……何かボールみたいな……機械だったような?
「方策はあるの?」
「うん。けどちょっと時間掛かるから、その間あいつらの相手しないとな。マッチアップは同じでいいな」
「って、ちょっと待ちなさい! さっきからあんたのミスティの姿を見ないけど」
「今ちょっと動けない」
「こっ、この馬鹿! 生身でグレートクラスなんて相手出来る訳ないでしょ! 代わりなさい、その方がまだマシよ」
「そっちこそ馬鹿言うな。それこそお前の方が保たん。大体お前があのデカブツさっさと仕留めときゃこんな面倒な事態にならなかったんだろ、責任持ってあっちやれ」
「んな、あんただって倒せてないじゃない!」
「同じにすんな。あれ、天然ものじゃないだろ?」
「……はい?」
「だから、強制的にミスティと共生関係を結んだってヤツ。前回の教師で見たの初めてだけどさ、「こりゃダメだ」ってカンジ。野良以下。相性悪いとかレベル差とかクラス差とかどうでもいいよ。苦戦すること自体信じらんない。輝燐は初陣だった訳だから、結構手酷くやられてても「そういうこともあるか」って思えたけどさ、お前、それなりに経験あんだろ? だから手伝いとか必要ないと思って言わなかったのに、手こずってんじゃねえよこのチビ」
……とりあえず最後の暴言は聞かなかったことにしてあげるわ、今回だけ。蹴り倒したいのを我慢して気になったことを二つ訊いてみる。
「わかるの? 天然かどうかなんて」
「何言ってんだ、見りゃ『理解』んだろ」
普通わかんないわよ。これも例の『異質』? でも、まるで誰でもわかる当然の事みたいに言ってるけど……?
「……ま、いいわ。で、周防君。もしあたしが「助けて~」とか言ったら、助けてたのかしら?」
「……ないんじゃないかな。あの位自分でやれって突っぱねてたと思う」
「ふぅん。……つまり、あたしには無理だと思えば助けてたのかしら?」
「揚げ足取ってんじゃねえよ」
けど否定はしなかった。そういえば……以前、あたしがプリント運ばされてる時に半分持って行ったっけ。あの時は余計なお世話くらいにしか考えなかったけど、冷静に見返せば、あの喫茶店での事もそうだし、学園でも度々誰かが困ってたり人手が足りなかったりする時に手伝いに入ってるのよね、こいつ。
「周防君って、実は優しい?」
「何を藪から棒に脳みその腐ったことをほざくか」
「……そうね、あたしもそう思う。あんたが優しいなんて血迷った発言どこから出てきたのかしら。きっとあんたがあたしにストレスばっかりかけるから、擦り下ろされた心が癒しを求めて少しでも周防君のいいところを探そうとしているのね。ああ、なんて可哀想で健気なあたしの心」
「はいはい。ん」
バガッと穴だらけの壁を壊して教室からロックギガンドが出てくる。あたしたちを挟んで反対側の天井が崩れ、ジャスリンが飛び降りた。
それぞれの相手へ再び向き合う。背中合わせに。
「そんじゃ、ちょっくら相手しますか。時間潰しゃいいからさっきみたいに無理すんなよ」
「わかったわよ」
「お前もな」
あたしの足元をちらと見る。アライエスがこくりと頷いた。
「いい子だ」
……なんかあたしに対するより優しくない?
始めと同じ背中合わせ。でもその意味は少しだけ違って。とりあえずもう一人のパートナーの背中に、聞こえない程度の声で呟いた。
「……このお人好し」
聞こえてたら絶対否定してたでしょうけど。