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霧幻冬のヘキサグラム  作者: 宇野壱文
第2章 Tree × Aries
23/61

第九話 ハーモニアス・ドライヴ

 Another eye, a few days ago


 私立霧群学園。

 その広大な敷地は小高い坂の上にあり、また周囲には民家の一軒もなく校門の反対側は雑木林に囲まれている。

 こうした立地条件から周辺道路の夜中の交通量は少ないため、設置されている街灯も疎らである。雲間から差し込む月明かり以外はほとんど真っ暗闇であった。

 そんな学園の校門前で、二人の男性が何かを話し込んでいる。ペンライト片手に資料を覗き込み、時折ちらちらと校舎の方を流し見ている。

 その資料のうち一枚、ある男性の写真が載った紙を再度見て男の一人が嘆息した。

『まさか、昼間の少年が例のターゲットだったとは……』

 発せられた言葉は日本語ではなかった。その男自身も日本人ではない。外見から推測するにスラヴ系。もう一人の男の身長は180センチ前後と決して低くないが、外国人の男はそれより10センチは高かった。

『残念だったな、手柄を独り占め出来るチャンスだったものを』

 もう一人の男は同じ言語で返したが、こちらは日本人である。剃り上げた頭に黒いスーツという格好からヤクザな職業を連想してしまうのは、勝手な思い込みだろうか。

『それは違う。店の中で人が消えれば(霧を喚べば)流石に騒ぎになる。それにあの場所では霧の展開まで一分は掛かる。圏外へ逃げられるだけならまだしも、逆探されその場で反撃されるほうが危険だ。霧の召喚中はミスティも喚べない、その場から動けないと完全に無防備だからな』

 これが学園が戦場に選ばれる理由である。ミスティの召喚と違い、霧はいつでもパッと喚び出せるというものではない。その速度は召喚主の錬度よりも空間への依存度の方が遥かに高い。一秒掛からない場所もあれば、五分要する場所だってある。

 そしてこういった場所はすなわち『霧の世界』と繋がりやすい場所であり、向こうの世界の情報を抜き出す『発掘』において重要な場所ということでもある。

『店の中だとさっき自分で言っていただろう。十六そこらのガキにそこまでする度胸があるものか』

『侮るな。人間のほうも『最高』と呼ばれているんだ、どんな隠し玉があるかわからん』

 禿頭の男も決して新米ではないが、経験値で言えば外国人のほうが遥かに上だった。『異質人』との戦闘経験もある彼にとって、オーナーとはミスティに命令を出すだけの存在である、などと誤った認識は持っていなかった。

 再び資料と学園を見比べる。

『……林から侵入出来ないか?』

『グラウンドと林はフェンスで区切られてる。いくつかある出入り口は防犯カメラで監視されている』

 彼らがここにいるのは、戦場の現地チェックだ。とはいっても実際にやっていることは現地確認と手に入れた見取り図によるチェックで、学園内部には侵入していない。

 霧を喚べばセキュリティは意味を成さない。しかし、ある程度慣れた者なら近場で霧が発生すれば感覚でわかる。それは無駄に相手の警戒を招きかねない。

『しかし……本当に「時間」はそれでいいのか?』

 外国人が禿頭の男に訝しげに聞いた。

『ああ、それで問題ないらしい』

 そうは言うものの、禿頭の男も納得しているわけではないらしく、眉を顰めた。

『それで上手くいくほど警戒が薄いのなら、今まで落とせていなかった方がおかしいんだが……』

『ある意味他の人間の身動きが取れない時間ではあるがな、真面目な学生なら』

 本音からそう言ってる訳ではないようで、肩を竦める。

 まあ仕方がない。上役の命令である以上彼らには従うほかに道はない。いざという時の撤退方法、経路について相談しつつ、彼らは学園を離れていく。

『……そういえば、アレはどうする?』

 アレ。数分前、姿を見せた奇怪な格好の人物。彼女は自分が二人より上の立場の人間であることを示し、それから最優先で命じてきたある仕事。

『どうする、と言われても……やるしかないだろう』

『……なんで俺たちが……』

 外国人の男は空を仰ぎ、呆れ声でぼやいた。

『下着泥棒なんて捕まえないといけないんだ……』

 その少女は日本語で話していた。だから禿頭の男が翻訳して伝えていたのだが、その場で伝えていなかったことがひとつ。

『……姉のカタキとか呟いてたぞ』


 Another eye end, return now



 ロックギガンドが肩に生成した砲身から岩弾を撃つ。身体の一部を放っているはずなのにどうして体積の減った様子が無いのか、なんて疑問に思うだけ無意味。だって、そういう存在なんだから。

 アライエスは岩弾を破壊し、時に回避しつつロックギガンドの懐に潜り込もうと試みる。

 この学園の廊下は広く、高い。それは今のような戦闘時を想定してるからだ。しかしロックギガンドの背はそれ以上に高い。片膝を着かなければ収まりきらないくらいに。それはすなわち、機動力の低さを示している。こういうパワータイプの相手は通常、接近戦こそ警戒すべきものだが、ろくに動けない状況では小回りの利くアライエスには当たらない。つまり、こちらが一方的に攻撃できる。

 注意すべきはあたしの方。アライエスが懐に飛び込むということはあたしの守りが薄くなるということだ。ミストクロークは絶対防御じゃない。岩弾がぶつかれば怪我はしなくても間違いなく吹っ飛ばされる。何発も当たればクロークは削れ、いずれ肉を裂き骨を砕く。

 それでも接近する。いえ、接近戦しかない。SAもFAも、雷撃による遠距離攻撃は全て無効化されるから。

 ただし、懐に飛び込んだその時は、

 一撃で決める。アライエスのFAの真価を見せてあげようじゃない。

 今は回避に集中。集中。集中。

「!」

 見えたっ!

 アイコンタクト。アライエスが駆ける。岩弾を潜り抜けるラインを走る。

 抜けた! 懐にはまだ遠いが岩弾を撃つには近すぎる距離。

 角に電光が集中する。ベストなタイミングはロックギガンドが所持する石剣を振り下ろしたときか、あたしに向けて岩弾を放ったときか。どちらにせよ終わりよ!

「……ロックギガンド!」

 その時、今まで一言も喋らなかったスキンヘッドの男が発した声、それと同時にロックギガンドは石剣を振り上げ、

「ギギギギッ!」

 天井に突き刺した!? と同時に立ち上がって剣を振る――天井を砕く。砕かれた天井がロックギガンドとアライエスに降り注ぐ。

 しまった! 巨体で頑丈なロックギガンドと比べ、軽量のアライエスは天井板の下敷きになったら大きくダメージを受けるだけじゃなく格好の獲物に成り下がる!

 落ちてくる天井板を回避、だがそこにロックギガンドの石剣が振り下ろされる。

「ンメエエェェェ!」

 ガキイィッ!

 石剣とアライエスの角がぶつかり合う。しかしパワーも体勢も向こうが有利。なら、

「壊せっ!」

 あたしの叫びとともに角が電撃を纏った。NAエレクトロホーン。この角が帯びている電気はこちらの世界にはない、向こう特有のもの。焼き尽くす電撃ではなく、電気というカタチを得た破壊の意思。追加効果として多少の痺れは与えるものの、本質は純粋な破壊力。何の付加効果(エンチャント)も無いただの石剣なら、

「SA発動、スティフェン!」

 スキンヘッドが命じる。確かロックギガンドのSAって……身体硬化!?

「ンメッ……」

 石剣を破壊できないままジリジリと押されるアライエス。あの石剣も身体の一部って括りらしい。ホント、相性悪いわねっ!

「戻りなさい、アライエス!」

 呼びかけに応え、角を払い一旦距離を取らせる。その際わずかに掠めたのか削り取られた体毛が宙を舞う。こうして送られてくるだけの事はあるわね、ミスティ自体よりオーナーの指示が的確なのが厄介。多分あたしよりずっと経験を積んでる。

 けど、それならなおさら負けるわけにはいかないのよ、あたしは!

「セット!」

 掛け声とともに膨張した体毛からパリッと静電気が弾けた。



 ギンッ

 ガギンッ

 ザッ

 ギャリィッ!

 距離がわずかに離れた。その間に息を整える。

 頬から血が流れる。全身数箇所服に切り傷が出来、そこから血が滲んでいた。

 輝燐や教師の時とは違うクラス上の敵、それにこの先二度と会うこともない相手だ。“Ripple”を抑える気はない。行動意識は読めている。次手は分かっている。しかし行動が追いつかない。間に合わない。

 そもそも四本の腕から繰り出される攻撃をこっちは鎌一本で食い止めてるんだ。どれだけ先読みしても四撃に一撃は入れられている。流石にグレートクラス、それにこないだの教師や向こうのハゲと違って天然のオーナーか、楽にはいかない。やっぱり向こうを先に片付けとくんだったか。今さらだけど。

 敵が動く。その瞬間サイズカッターを射出。理屈では対応できないタイミングのはずだがカラクリ腕の一本が反射的に迎撃した。おそらくあのカラクリ腕の操作がNA。何度か自動で入る迎撃を読み取れなかったことから神経接続で意思の介在しない反射的な行動が可能なのだろう。

 お互いまだSAやFAは使っていない。手の内の探り合いという段階だ。しかしこのまま続ければジリ貧で追い込まれるのはこっちだろう。現に今斬り結んでいる最中にも身体の傷は増えている。少しずつ速度が、剣戟の重さが上がってきている。

 ……まあ、仮にこの鎌が防御を掻い潜って奴の体に届き、発動させたFAが奴を吹き飛ばしたとしても、奴に致命傷を与えることは叶うまい。それは奴の肉体強度だけが理由ではなく、どちらかといえば世界が決めた制約(ルール)に近い。仮に俺たちの攻撃力が上位クラスに属するミスティの肉体を破壊できる力を持っていたとしても、その制約を破って勝利を得るにはミスティ一体の存在では小さすぎるということだ。

 もっとも、上位クラスの能力が下位クラスを圧倒的に上回るというのは現実的に間違いないことで、そこに偶然の勝利という形すら排斥されているのだから始末に悪いという話だ。

 ピシッ

 手から伝わる違和感。不味い。このままのペースで打ち合いを続ければあと三合で鎌が砕ける。

 向こうにも察知されたか、鉄爪が二撃連続で打ち込まれる。目に見えるほどはっきりと鎌に亀裂が浮かぶ。

 ジャスリンが一旦距離を取り、助走をつけて突進してくる! 刀を交差させて同時に打ち込まれる一撃!

「――フッ!」

 突き出されたボロボロの鎌は、


 ――繋がれ。廻れ。


 ガギイイイッ!

「……!?」

 二本の刀と拮抗して留まった。それどころか押し返し始める。その刃に亀裂などわずかも見当たらない。

「? !? !」

 困惑の様子を見せるジャスリンが鉄爪で薙ぎ払う寸前で後ろに飛び退る。

 対して俺の方に惑いはない。先ほどのやぶれかぶれとも見える防御のときにも躊躇はなく、恐れもなく、怯えもなく、諦めもない。ただ当然の行動を起こしただけ。

 グレートクラス相当の(・・・・・・・・・・)力を引き出した(・・・・・・・)グレートクラスに(・・・・・・・・)勝利する権利を得た(・・・・・・・・・)それだけの事に(・・・・・・・)過ぎない(・・・・)。先に手の内を一枚晒したというのは面白くないが――

 増した凍気により再構成した鎌を構え直す。

「さて――続けようか」

 混乱が収まる前に、今度はこちらから斬りかかった。



 ――異常というのは彼の為にある言葉のような気がしてきた。


「嫌になるわね、ほんと」

 教室の床に腰を下ろして愚痴る。十秒チャージという触れ込みのゼリー飲料を一吸いして残りをアライエスにあげた。

 戦闘開始から五分。状況は明らかに劣勢。こちらのメインである電撃は効かず、パワーは言うまでもなく負け。オーナーを直接狙おうにもこちらの射程が把握されてるみたいで雲の中に入ってこない。スピードと小回りを生かそうにも、正面からではどうとでも対処されそうな気がした。

 このまま続けてもジリ貧……と判断して一旦距離と時間を取ることにした。電撃による目眩ましは成功し、現在の状況になったワケで。

 ……ほんと参ったわね、相性の差がここまで厄介だなんて思ってなかったわ。ていうか無効っていうのはいくらなんでも反則じゃないかしらっ!?

 ……法則(ルール)に文句言っても無意味ね。だいたいこんなのただの弱音。そもそも相性の差も経験の差も、クラスの差に比べれば容易にひっくり返せる要素に過ぎないもの。むしろ今までそんな状況がなかったことを幸運に思うと同時に反省すべきね。この学園に配属されてから単独での戦闘回数が飛躍的に増加したから慢心気味になってたかしら。自分より強い敵にいかに勝つかっていうのがあたしみたいな普通のオーナーには必要な能力だっていうのに。

 さて。あまりこうして隠れてるわけにはいかないわね。レオンハルトの目的はあくまで周防君。無理にあたしと戦う必要はない。まあ、それはあたしも同じことなんだけど、あたしから逃げた形になったまま状況が終わりを迎えるのはプライドが許さないわ。

「でもそれ以前に周防君が負けてたら終わりよね……」

 クラス上の相手と戦えばまず敗北は必至。それは実力差以前のものとして存在する、あたし達の――いや、この世界の法則(ルール)と言ってもいい、それほどの強制力を持っている。さっきはああ言ったけど、如何にあたしが早くロックギガンドを倒して合流できるか、それまで周防君が戦況を維持出来るかが勝敗の鍵と言っていい。

 そう考えつつあたしはY・Iを開いた。このPDAに元々付属している機能はミスティの情報検索と通信機能程度だけど、皆大抵それ以外にも機能拡張を施している。その一つ、特定対象の観測という機能が今作動中。対象は当然周防君及び彼のミスティ。戦闘時のデータが採れる絶好の機会を逃す手なんてあるはずがないでしょう。各種身体データがリアルタイムで表示されるからどのくらいの余裕があるかくらいは分かるはず……と考えていたのに、最初に飛び込んできた表示にあたしは目を瞠ることになる。


 214% SYMPATHIZE!

 HARMONIOUS DRIVE!!


「……なによ、この数字」

 クラス上の相手と戦えばまず(・・)敗北は必至。けど、その法則を破る抜け道も確実に存在している。あたしが試みようとしていたのはその中で最も容易に実行できる「多対一」というやり方。結果どちらの力が上回っているというのは関係なく、下位複数で上位一体と戦っているというのを世界が認識すれば制限が解除される。数と力の条件が明確に定まっているわけじゃないけど、下位グレートに対してレギュラー二体なら十分のはず。だからあたしは急いで自分の戦いを終わらせる必要があったのだけど……

「……ハーモニアス・ドライヴ……ッ」

 ミスティに対して明らかに能力で劣る人間は時として足枷になりかねない。けど、そのリスクを補って余りある利点が確かに存在する。それはオーナー・ミスティ間の精神を同調させることによって両者の能力を引き上げることが出来るという特質。それは強制契約したオーナーには決して引き出せない、純粋なるオーナーのみと生じる力。けど、通常それは微々たるもので、同等の実力の相手より一歩先んずれば御の字という程度の、ちょっと役に立つかなというものでしかなく、劣勢を覆すほどの力は発揮できない。

 しかし、これが平常状態から一気に高まり、100%を突破すると能力が爆発的な増加を見せる。それがハーモニアス・ドライヴ。その爆発力は法則の鎖を引きちぎり、クラスの壁を破壊する。前述の方法と違い、単騎で、しかも確実に能力が上昇する力。あたしみたいな平凡なミスティと契約するオーナーにとっては切り札といってもいい位に欲する能力。

 けど、その発動は精神の同調という条件ゆえに偶発性が高く、しかも爆発性の力ゆえ保って数秒。とても戦術に組み込めるような力じゃない。……あくまで一般のオーナーには。上級のオーナー――例えばアウレリア様や先代『最高のオーナー』は自由にこのH・Dハーモニアス・ドライヴを発動出来るらしい。現『最高のオーナー』である周防君が使えるのは想定外というほどではないし、だいたい融合タイプのミスティとは精神同調能力は必須項目のはず。だからH・Dを使えること自体は驚くことじゃないのだけれど。

 ……そう。周防君はミスティと融合している。その時点で既に同調率100%を突破しているのが前提よ。そしてそれが平常状態となっている為100%を突破していてもH・Dは発動しない。だから驚異的なのよ、この214%って数字が! 同調状態から更に同調率を上げるってだけでも困難だってのに、200%突破!? 精神第二階層同調!? しかもそれを既に三分間維持!? そんなこと出来る人間、あたしはアウレリア様しか知らない。……幼少からミスティと一緒だったっていう周防君が、ミスティと同調し易いっていうのは理解出来る。けど、それだけで納得出来る数字でもない。

 ……そう。これもまた才能ってワケね。ほんっと、異常と才能のカタマリよね、彼って。ここまで来ると笑うしかないんじゃないかしら、おほほ。

 ……腹立つわね。嫉妬でも劣等感でもなく、純粋に腹が立つ。

 昨日と同じ感情。ふと、そのときの会話が頭に浮かび上がってきた。


「これが、『最高のオーナー』」

 ……違う。後悔なんかじゃないわ。

「やっぱり認めない」

 これは、憤慨よ。

「周防君なんかが『最高のオーナー』だなんて、絶対に認められない」

 有り余る才能。圧倒的な能力。けどそれだけ。その上にいるだけ。磨く事もしない。有意に使うこともない。そんな存在があたしより上だなんて事、有り得るはずがないわ!

 あたしはとても平凡。『異質』は持たない。契約したミスティの力は平均並み。それでも努力を積み重ねることで現在の実力と評価を得るまでに至った。けど周防君は才能だけであたしを飛び越えてみせる。

 でも、それを嫉妬してるわけじゃない。実力のある人間が上に行くのは当たり前のこと。その手段が才能だろうと努力だろうと構わない。そしてあたしは自分より上の人間を目標と定めて目指す為の努力はしても、その歩を乱す嫉妬は邪魔なだけ。するだけ馬鹿らしい。あたしが怒ってるのはその才能、その能力を周防君という人間が有している事っ! それだけの力を持つ者の義務は隠すことじゃなくて使うことでしょうっ!? 努力じゃ得られない力だっていうのに、宝の持ち腐れにしてんじゃないわよっ!!

 人間は才能の奴隷じゃない。ええ、確かに才能があるからといってそれに基づいた職へ進まなくてはいけないなんてふざけたことは言わないわ。けどね周防君、あなたは自分が特別な力を持っている人間だっていう自覚があまりにも足りないんじゃないかしら? あなたの何気ない一挙手一動作で世界中が動くかもしれないっていうのに。『最高のオーナー』にふさわしい言動ってものがあるでしょう? なのに周防君ときたら自分には関係ないと謂わんばかりの――いいえ、事実そう思ってるんでしょうね、そんな自己中っぷり。あらゆるオーナーの頂点であるはずの『最高のオーナー』がそんな人間でいいはずがないっ!

「どれだけ優れた力を持っていても使わなければ意味はないわ。何もしない人間には評価なんてつける以前の問題よ。ただ自儘な行動しかしない周防君に『最高』なんて評価がふさわしいとは到底思えないわね」

 でなければあたしのこれまでの人生、これまでの努力は何だっていうの。

 あたしは親の顔を知らない。子供の頃から『教会』で育ち、オーナーとなる以前からオーナーとしてふさわしくあるように努力をすることが当たり前だった。目指す目標は二つ、『最強のミスティ』と『最高のオーナー』。

 結局契約したミスティはレギュラーだったので『最強のミスティ』の座は断念したけどある程度予想もしていたので割り切る事は出来た。あたしのミスティ、アライエスを卑下するつもりはない。決して弱いとは思わないし、あたしとの相性も――まあ本来契約ミスティっていうのはそういうものなんだけど――当然悪くない。けどレギュラーであり、クラスの壁を越えるような特殊性も持たない以上、どれほど努力しても『最強のミスティ』は目指せない。

 しかしだからといって嘆くことはなかった。むしろ自分自身の成長こそが修道騎士として成長する鍵になると強く意識する発破になった。

 そんな折一つの事件が起こる。鳴海市を襲う大寒波。中心部にいるミスティを鎮圧に向かった当時『最高のオーナー』と呼ばれていた人とそのミスティの完全敗北。初めてグレートクラス以上の存在――アルティメットクラスが確認された瞬間。

 その一組は『最強のミスティ』と『最高のオーナー』の称号を同時に手に入れた。

 あたしはすぐにそのオーナーについて調べた。けどその時には既に『ブリッジ』がほとんどの情報を封鎖し、彼自身にも近づけない様ガードが固められていた。分かった事は二つ、周防こおりという名前と彼のミスティがオーナーとの融合能力を持つ古代種(エンシェント)だという事だけ。

 同じ能力を持つミスティに心当たりがあった。『教会』の前線に立つオーナー『修道騎士』、その中でトップに立つ女性。気高く美しい、あたしの憧れの存在。アウレリア=ペトラルカ様。『最高のオーナー』が入れ替わる日が来るなら、必ず彼女がその座に納まるだろうと思っていたのに。その彼女すら抜き去って『最高』の座を射止めた周防こおりという存在にあたしは心から惹きつけられた。いったいどんな人間なんだろう。彼に出会えばあたしはより自分を高められるかもしれない。けど彼についての情報は何も手に入らず(情報収集能力の高いミスティですらお手上げって異常よ!?)結局今までどおり、任務と学業の日々を送ってきた。それは静かな水面。そこに投げ込まれた一通のメールが大きな石となって波紋を起こした。

 ――霧群学園に『最高のオーナー』が編入する。

 その報せと共に彼の監視を命じられた時はそのメールの文面を何度も読み直し、その度に興奮の余り叫びだしそうになるのを必死で堪えて、その代わりに部屋の中を意味無くぐるぐる歩き回りながら神への感謝を緩みまくった顔で唱えまくるという学園の人間が見たら今まで積み上げてきたあたしのイメージを一瞬で破壊する行為を繰り返していたというのは記憶から、いえアカシックレコードから抹消すべき黒歴史ね。

 そこには指令のほかに今までいくら捜しても見つからなかった彼の情報が記載されていた。といっても簡単なプロフィール程度で、つまるところ『教会』には『ブリッジ』よりこれしか情報が下ろされていないのだ。要するに、当人からそれ以外を探るのもあたしの役目。『ブリッジ』側の意図も含めて。本来戦闘要員であるあたしにとっては困難な任務になりそうだったけど、それ以上に期待で胸がスキップしていた。……そう、あの日が来るまで。

 あたしの理想がそのまま『最高のオーナー』であるはずはない。けど、周防君の人格はそれからあまりにもかけ離れていた。なのに能力だけはふさわしいものを持っている。

「ふむ……つまり、理想を裏切られた逆恨みということかな? しかし、何の分野でもそうだが高度な才能の持ち主が必ずしも人格者とは限らないだろう」

「どちらも否定はしません。けど、誰からも『最高』と呼ばれる人間なんですよ? ただ才能があるだけの人間が当てはまるっていうのはおかしいじゃないですか。それに、あたしはどちらかといえば人格より姿勢が気に入らない。『最高のオーナー』なんてどうでもいいって言うくせに、自分が誰よりも高いところに立っているみたいな態度でいるんじゃないわよってカンジ。完全同調融合しないのだって、周囲を心配してるっていうより配慮してやるって感じじゃないの」

「だから言ったろう、彼は『暴君』だと。もっとも、鎖国状態の上国民は一人だけだがね。あと、上から目線って言うならキミもなかなかのものだと思うが?」

「あたしはいいんですよ、そういうスタンスだもの」

 傲岸不敵に髪を流し、微笑ってみせる。遠見先輩も苦笑で返した。

「そう言い切れる辺りが素晴らしい。やはり次代の生徒会長はキミがふさわしいとおもうのだがどうだい?」

「お断りします。周防君にでもやらせてみたらどうですか」

「ああ、それは却下だ、周りが潰れてしまう。補佐役くらいがちょうどいい」

 肩を竦める先輩。皮肉のつもりで言ったんだけど、どうやら既に検討した上であたしの方を選んでいたらしい。

「それはともかく、確かにこおりちゃんは協調性がないし独善的、孤高といってもいいタイプだ。そもそも人間というものを他人事と見ている彼だぞ? 余程同じタイプの人間でなければ手本になどなるはずもないさ。キミの言う『最高』からは大きく外れるに違いない。だがね、明野女史。君には一つ大きな間違いがある」

「……間違い?」


「そもそも――『最高のオーナー』ってなんだね?」


「もっともミスティのパートナー――『オーナー』としてふさわしい人間のことよ」

「ああ、僕もそう思う。では、その判断基準は?」

 『最高』。それはとても定義が曖昧だ。『最強』と違ってはっきりとした基準が存在しない。では何を以って『最高』とするのか。

 先代の『最高のオーナー』はミスティが下位グレートにも関わらずその戦略を以って上レベルのミスティを何体も撃破した事からその称号を与えられた。つまり、

「……『実績』」

「それは先代の話だな。今代――こおりちゃんの理由は全く違うのだよ」

 わかってるわよそんなこと。あの『白い死神』事件はミスティの暴走により起きた事。そんな事件を引き起こしたオーナーが何故『最高のオーナー』と呼ばれるようになったか、何故その一件だけで決定されたか。

「『能力』、或いは『才能』って言いましょうか? 先代だって突き詰めて言えばそうですけど、ミスティと融合する事も判断基準に入れれば総合的に先代を上回っていると上の人たちは考えたんでしょうね」

 ところが、遠見先輩はこれにも首を振る。

「融合能力はあくまでミスティが古代種であったが故の能力だぞ? オーナー単独の能力として見た場合、ミスティと高い精神同調が可能ということに過ぎない。先代と決定的な差をつけるものとは言えないんじゃないかな?」

「じゃあ他にどんな理由があるっていうのよ。実績はない、かといってその特異な能力が理由でもない。まさか人格なんて言わないでしょうね」

 或いは、子供の頃は本当にカリスマといってもいい人間だったのかもしれないけど、今は今、関係ない。やはり先輩は首を振る。

「……勿体つけるわね。そんなに予想出来ない理由なのかしら。それとも、焦らして遊んでるだけじゃないでしょうね」

「フッ。確かに予想出来ないかもしれないが、この理由以上に『最高のオーナー』にふさわしいものはないよ。ある意味これも『才能』か、君が挙げたものとは別物の。さあ、何だと思う?」

「……やっぱり遊んでますね? あたしの反応で楽しんでるでしょう?」

「そんなことはないぞ、うむ。であるからそのバチバチいってるのを収めてくれないだろうか?」

「それは先輩の態度次第だと思いますよ?」

 キレイ(・・・)に微笑ってみせる。何故か(・・・)先輩は両手を上げて降伏のポーズを取った。

「……なぁに、簡単なことだ。要するに、『誰』にとって『最高』かということさ」

「?」

「つまり――」


「ンメッ!」

 アライエスの一鳴きで回想から現実に引き戻された。弓を引き絞るように緊張感が増す。同時に廊下側から剣戟の音が近付いてくる――けど!

「あたしの相手は、こっち!」

 何の前触れもなく隣の教室との壁が壊される。けどそれを予期していたあたしたちは迷いなく現れたロックギガンドと対峙した。



 ドライヴを開始してどれくらいの時間が経ったか。振り上げた鎌を刀で止められる。突き出された刀を柄で逸らし振り下ろされる鉄爪を避ける。時に鎌を手放した氷の右手で受け止め、落下中に左逆手で受け取り振り切った鎌は空を斬る。場所を転々と移し鎌と四腕の打ち合いは膠着状態を続けていた。

 少し不味い。こいつのオーナーは思った以上に堅実で冷静。急な能力の上昇に焦って大技を使った際の隙を狙い打ち、一気に畳み掛ける予定だったのが狂わされた。

 状況を動かしたいところだ。けど当然どちらもFAを警戒してる。先に撃った方が手痛いカウンターを喰らいかねない。そして時間が経つことで不利になるのは俺の方、か。オーナーの方を狙いに行けるだけの間も与えてもらえないしな。

 ……あと十秒。それで状況が動かなければ仕方ない、強引にいこう。読まれてようが押し通す。

 鎌と鉄爪が噛み合う。刀が振り切られる前に強引に振り払って距離を開け、すぐさま追い縋るジャスリンに対し、

 打ち合わず後方へ一跳び、距離を離す。

 次の瞬間、教室との壁が破れ岩の巨人と羊モドキが飛び出した。その勢いに巻き込まれ体勢を崩すジャスリン。

 FA発動。

「! ちょ、あんたっ……!」

 制止と思しき声。しかし容赦も情けも一片の慈悲すらかけず、

「ゼロストーム」

 指を天上へ突き立てる。瞬間、俺を中心に竜巻が校舎を貫いた。

 “枝葉(しよう)氷柱(つらら)”レリーフのFA、ゼロストーム。霧のドームの頂上まで届くそれは巻き込むものを寒波と氷塊で砕き、周囲の物体を暴風が吹き飛ばす。

 数秒後、立ち消える風。降り注ぐ氷の粒。遠くから聞こえる瓦礫の落下音。俺の半径数メートルに存在するものはない。それを確認して溜め息を一つ。

「……失敗(しく)ったなぁ」

 廊下の最端、二人の人間と二体の人型が見えた。両方粉砕出来るはずだったんだが……やっぱ大味だな、この技。範囲攻撃なのはいいけどFAにしちゃ威力がイマイチ。

 両方とも腕を一本失っていた。ロックギガンドの方は完全に位置取りが良かっただけだな。左腕を砕かれた後暴風に吹き飛ばされたか、身体中に亀裂が走っている。ジャスリンが失ったのはカラクリ腕。超反応で咄嗟に回避行動を取ったか。目に見える損傷だけじゃなく寒波によるダメージも大きいはず、今はまともに動けまい。畳み掛ければ一気に片が付く。

「――出来るなら、な」

 右腕が動かせない。それどころか頭の中がドロドロと濁り溶け出したかのような不快な感覚に襲われる。

 タイムリミット。魔法が解けた。ズレ始めた精神波が徐々にその溝を広げていく。

 精神同調は波だ。故に急上昇が終わった後は急下降をするのが当然。ドライヴが能力の急上昇を呼び込むのだから、その逆はもちろん急低下。しかも俺たちの場合はそれに留まらない。同調がシフトの鍵なのだから、それが乱れれば、

「くっ」

 右腕に熱が灯る。なのに力が抜けていく感覚。自分たちの意思で解除したときには味合わない不快感。

「――」

 俺の隣に気だるそうな表情(かお)のレリが現れていた。シフト解除時に現れる疲労感だけじゃなくFA使用による体力の消耗、ドライヴの反動も大きそうだ。こうなるとしばらくの間融合は出来ない。

 判断は迅速に。レリを抱え上げるとその場から一目散に撤退した。

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