4.現場百遍
徹 :「カイゼンの極意は現場にある。机の上で考えるだけでは所詮書生論で役立たない。現場にこそカイゼンのヒントが隠されている。行き詰ったら、現場に行くこと。刑事もののドラマでもあるだろう。『現場百遍』って。カイゼンも同じさ。とにかく現場に行くこと」
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知子 :「システム研究会ですか? なんですかそれ?」
田中 :「大学のサークルよ。そこに入り浸ってたの師長は。授業をまじめに出ずにね。だから、あんなダメダメなのよ」
知子 :「でも、あの若さで師長ですよね。優秀ですよね」
田中 :「前にも言ったけど、師長は国立大の看護学部卒。その中でも優秀な人は国立病院の看護師として就職して、幹部候補生として鍛え上げられる。そして、師長の年でやっぱり師長になる人もいる。実は珍しいけどあの年の師長はいないわけではない」
女性 :「こんにちは~」
田中 :「ほら、噂をすればなんとやら。高橋さんが来た。師長の同級生で隣の市の大病院の看護師さん。今年、師長になられた方」
・・・
高橋 :「ほんと、いいわよね~。この病院。こうやって日中お茶を飲んでも大丈夫。本来こうあるべきなのよ」
高橋と呼ばれた女性はお茶を飲みながら感心する。
高橋 :「それでつかさは相変わらずさぼってると」
田中 :「本人は仕事してるつもり。まあ、また、くだらないこと言ってたんで邪魔だから追い出したんだけど」
知子 :「すいません。高橋さん。師長いなくて」
高橋 :「ううん、気にしないでください。つかさの話を聞きたいのもあるけど、ちょっと、病院で行き詰っちゃってね。今日は休みなんで、この病院に教えてもらいに来たのもあるし」
知子 :「うちみたいな小さな病院があの大病院に教えることあるんですか?」
高橋 :「いっぱい、あります。この病院は本当に細かいところまでつかさの工夫がされています。それで、時々原点に戻って、ここに来るの。つかさの口癖の一つに『現場百遍』ってあるでしょ。だから、来てみたのよ」
そういうと高橋さんはエプロンをつけて立ち上がる。
田中 :「はい、ネームプレート」
高橋 :「ありがとうございます」
そこには師長代行と書かれていた。そして、高橋さんは大部屋のたんぽぽに行った。私も勉強のため付いて行った。
大部屋のたんぽぽで次々に患者の世話をする高橋さんをみて唖然とする。
知子 :「すごい。まるで師長見てるみたい」
田中 :「同じオーラ発してる」
さらに、松井先生と一緒に医療補助を行ったり、点滴を行ったりしている。
田中 :「彼女は特別に許可もらってここで看護業務をしてもらってる。でも、すごいでしょ。あの看護技術。師長の比じゃない」
知子 :「看護技術のある師長。やっぱりあこがれます。私、ああいう人の下で働きたかった」
田中 :「大学でも超優秀な成績で卒業した優等生。でも、落ちこぼれの師長とは馬が合うのよね。不思議と」
高橋 :「つかさは決して落ちこぼれではないです。私なんか全然足元に及びません。今もそうですけど、学生のときからほんとすごかったです。まるで魔法使うように病室が変わって行きました」
知子 :「何となくわかりますが」
高橋 :「学校の先生や実習先の医師たちの教えをあざ笑うかのように無視して奇抜な手法で改善していったのです。しかも、それは後から考えるとすごく理論整然としていて。もう、私たちのあこがれの人でした」
田中 :「ちなみに、サボった授業のレポートを代わりに書いたのは高橋さん」
高橋 :「レポート一つなんてお安いご用です。そのおかげで、こんな宝の山に接することができるんですから。ああ、島崎さん、このベッドとベッドの間隔がなぜ、これくらい開いてるかって考えたことございますか? こんな細かいことまでつかさの理論が適用されてるなんて。ほんと島崎さん幸せです」
知子 :「いや、そこまで師長が考えてるとは」
田中 :「考えてる。残念ながら。きちっと動線を測っている。狭からず広からずだ。そういう人だ」
高橋 :「それだけではありません。人間の心理に基づいて適切な間隔でもあります。いや~ん、やっぱり来てよかった。さっそく、もどったら提案しないと」
ちょっと高橋さん師長をかいかぶってるような気が。
高橋 :「ところで、つかさどこ行ったの?」
田中 :「多分、理学療養科。つまりリハビリ室」
高橋 :「ああ、なるほどね~。確かにあそこ気持ちいいものね」
知子 :「あの~、師長ってもしかして理学療法士かなんかの資格持ってるんですか?」
高橋 :「まさか」
田中 :「逆、理学療法士にただでマッサージしてもらいに行ってるの。師長特権だとか言って」
知子 :「えーーーー?!」
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つかさ:「あー、そこそこ。もうちょっと強めに。あと、もうちょっと右も。あん。そう、そんな感じ。やっぱり山田君上手ね」
山田 :「傍から聞いたら誤解を招くような表現やめてくれませんか? 第一、なんで僕指名なんですか?」
つかさ:「だって、若くて体力あるんだもん」
山田 :「いや、僕が質問の仕方間違ってました。なんで、看護師が勤務中にリハビリ室にマッサージ受けにくるんですか?」
つかさ:「そんなの師長特権にきまってるじゃない」
山田 :「世の中の師長が聞いたら嘆きますよ。どこの世界に師長になるとリハビリ室をマッサージ室代わりに使える病院があるんですか?」
つかさ:「この病院」
山田 :「他にあるかって聞いてるんです!」
つかさ:「え~。でも、私のカイゼンのおかげで暇になったでしょ」
山田 :「まあ、それは否定しませんけどね」
つかさ:「じゃあ、もとのシステムに戻してもいいのよ」
山田 :「はいはい、勘弁してくださいよ。いつでも来てください」
つかさ:「わかればよろしい」
山田 :「ところで、今日は何やって小児科追い出されたんですか?」
つかさ:「山田君聞いてくれる? 相変わらず田中さんひどいのよ」
そう言って、先ほどの話をつかさがする。
山田 :「なるほどね~。まあ、医薬分離やめるのは私もどうかと思いますが、ここに来た理由がわかりましたよ。患者さんの評判を知りたいんですよね。病院の中でここが一番患者さんとリラックスして話ができる場所ですからね。本音を聞き出すのは最適です。現場百遍ですね」
つかさ:「で、どう? この頃患者さんの不満は?」
山田 :「やっぱり、待ち時間が長いというのが不満として多いですね。先生や看護師さんの評判はすこぶる良いのですが」
つかさ:「やっぱり、そこに手をつけなきゃだめね」
山田 :「待ち時間を短くする方法があるんですね」
つかさ:「無理!」
山田 :「無理なんですか?! 即答ですか?!」
つかさ:「だって、それって、医師との会話時間を短くするって意味でしょ。だから、やっちゃいけないの」
山田 :「その矛盾をパッパッて解決するのが師長じゃないですか?」
つかさ:「まあ、ないことはないけど、それはこの病院のいいところを殺すことになるの」
山田 :「へえ~。そんなもんなんですか」
つかさ:「山田君、マクドナルドって知ってるよね?」
山田 :「いきなり話が飛びますね。でも、ええ、もちろん。よく僕も行きます」
つかさ:「そ。日本で一番シェアのあるハンバーガー屋さん。では、2番目にシュアが高いのは?」
山田 :「ロッテリアじゃないんですか?」
つかさ:「ブブー。ロッテリアは3位です」
山田 :「え? 違うんですか? じゃあ、ファーストキッチン?」
つかさ:「ベーコンエッグバーガーおいしいよね。シャカシャカポテトもあるしね。でもブブー。第4位です」
山田 :「ええ~、他にありましたっけ?」
つかさ:「ええ、ありますよ」
山田 :「あ、わかった! え、でも、ありえないです。あそこが2位なんて常識外れです! そんなバカな?!」
つかさ:「多分、あたり、さて何でしょう?」
山田 :「モスバーガー!」
つかさ:「ピンポーン」
山田 :「ちょちょっと待ってください。あそこは値段は高いし、ハンバーガーは食べにくいし、決してお店の雰囲気がいいわけでもないし、店員の接客態度が他と違うわけでないし。それ以上に、あそこはファーストフードとは言えないくらい客を待たせます!」
つかさ:「でも、味はいいでしょ。日本人好みの」
山田 :「でも、味だけで2位なんですか」
つかさ:「はい。味だけです。でも、味のこだわりは他社の追随を許さないわ。モスバーガーは自社の強みをちゃんとわかっていて、そこに妥協しないの。例え、お客様を待たせてもね。これを『クリティカル・サクセス・ファクター(CSF)』といって、絶対に妥協してはいけないところなの」
山田 :「つまり、うちの病院も質を落としてまでも待ち時間を短くする必要ないということですね」
つかさ:「その通り。うちの取り柄は医者の評判がいいこと。もっというとちゃんと時間をかけて説明してくれること。そこを犠牲にしたとたん患者さんは来なくなるわ。大病院みたいに資金力があるところは総合力で勝負できるけど、うちみたいな病院は他の病院とは違う魅力を持たないとね」
山田 :「うわ~。目からうろこ。でも、やっぱりモスで待つのはちょっと嫌だな」
つかさ:「うん、それはモスの工夫が今一歩足らないから。とても頑張ってるんだけどね」
山田 :「つまり、動線に改善の余地があるってことですね」
つかさ:「ううん。全然別の話。とんでもない方法よ~」
山田 :「どんな方法なんですか?」
つかさ:「『課題の上方展開』よ。だけど詳しい話は今は秘密。ころ合いを見て教えてあげるわ。この病院も同じ考え方で解決できるわ」
そう言って、つかさはにやっと笑った。
つづく