3.システム研究会
教授 :「あなたの気持ちもわかるわ。でもね。医療改革なんて一看護師ができるわけないじゃない。ましては、あなたは学生。あなたが今やらなければいけないことは看護技術を身につけること」
つかさ:「でも、気持ちの整理が。このままじゃ勉強に身が入りません」
教授 :「でもね、あなたにとってのその最短の道は、卒業後、国立病院の看護婦になること。成績優秀なら1年後には副師長。最短なら5年後には師長よ。そして、十分実践を積んでから始めてもおかしくない。今は将来を信じてがむしゃらに頑張んなさい」
つかさ:「はあ。」
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つかさ:「お姉ちゃん、私、このまま看護師目指す自信なくしちゃった。なんであんなに苛酷で夢がないの?」
つかさはいとこの響子に向かって愚痴を吐いた。響子は同じ大学の教育学部幼稚園学科の一年先輩である。
響子 :「確かにね。看護師って、ものすごく忙しくて家庭を犠牲にする割に患者さんから文句言われたりして報われないわよね。今の医療の世界って、その崇高な理想と実際の現実が大きく離れてるからね」
二人は、大学の食堂で昼食をとっている。普通、看護学科を持つ大学は医学部と一緒に独立してキャンパスを設けることが多い。しかし、この大学では他の学部も皆一緒だ。そのため、違う学部の人との交流も多い。
つかさ:「なんか、お姉ちゃんみたいに幼稚園の先生になるほうがよかったかも。今から転科でも考えようかしら」
響子 :「幼稚園学科もそんな甘くはないわよ」
つかさ:「そうよね~」
すっかり落ち込んでいるつかさを見かねて響子が提案する。
響子 :「気分転換に今からでもサークルでも入ったら?」
つかさ:「サークル? 無理無理。看護学部だもん」
看護学部は他の学部と比べてはるかに忙しい。ほとんどの人が勉学優先でサークルなんて遊びにかまってられない。確かに何人かは入っているけど、みんな看護とか医学とかのサークルで、自分たちの知識をより高めようと考えているまじめな人たちだ。
響子 :「でもね、せっかく総合大学に入ってるんだからもっといろんな人と知り合ってもいいと思うの。視野を広く持てると思うわ」
つかさ:「そうかな」
響子 :「そうよ。ちなみにつかさ、他の学部に知り合いがいる?」
つかさが響子を指差す。
響子 :「私だけか」
響子はため息をつく。
つかさは食堂のテーブルに突っ伏して、やっぱりため息をつく。そして、特に意味もなく周りを見渡す。
つかさ:「あれ?」
響子 :「何か気になることあるの?」
つかさ:「あの人何してるの?」
つかさは一人の男子学生のおかしな行動に目を見張った。ぼさぼさ頭でよれよれのシャツ。みるからにパッとしない風態だった。
その男子学生は食堂のカウンターに並び、順番が来ると注文をしないで別のカウンターに並んでいる。まるで並ぶのが目的のように。
つかさ:「あの人。かわいそう」
大学には受験に合格できた優秀な人が来る。ただし、その優秀というのは点数が取れるという意味で、行動が普通という意味ではない。残念ながら、頭はいいけど行動が奇異な人が少なからずいる。なぜか、普通の人と会話できない人たちだ。つかさはその男子学生もそんな人の一人だと思った。
その男子学生は、列に並ぶのに飽きたのか今度は厨房の中に入って、調理をしている人の後ろについて歩いている。
周りの人もその男子学生の行動に気づいてざわめいている。
つかさ:「ちょっと、お姉ちゃん、警備員よんだ方がいいんじゃない?」
響子 :「気になる?」
つかさ:「うん、だって、行動が尋常じゃないよ。」
響子 :「そう、じゃあ、呼ぶわね。」
つかさ:「うん」
響子 :「徹さ~ん、ちょっとこっち来てくれない?」
その男子学生が振り向き、こちらに向かってくる。周りの学生も私たちをじろじろ見る。
つかさ:「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん! 呼ぶのは警備員であって、本人じゃない!」
そんなつかさの抗議にも澄ました顔で響子はスルーする。
徹 :「やあ、泉さん。こんにちは。何か用かい?」
徹と呼ばれた男子学生は響子に声をかける。
つかさ:「(もうしらない)」
つかさは俯いてこの場が過ぎるのを待つ。
響子 :「何やってるの?」
徹 :「カイゼンだよ」
響子 :「カイゼン?」
徹 :「ああ、この食堂、調理の人はものすごく忙しく働いてるけど、注文待ちで長蛇の列だろ。だから、頑張ってる割には並んでいる学生には不評だろ。」
響子 :「確かにね。でも、それをどうするの?」
徹 :「だから、改善するんだよ。調理の人も忙しくないようにして、学生が並んでる時間も短くするんだ。」
つかさ:「え?」
つかさは俯いていた顔をあげて二人の顔を見た。
響子 :「それ、矛盾してるじゃない。調理の人がゆっくりすれば列は長蛇になるし、逆に列を短くすれば調理の人はもっと忙しくなる。」
徹 :「あはは、その通りだ。でも、両方とも実現できるよ。」
つかさ:「まさか」
徹 :「あはは。信じられないのも無理はないけどね。百聞は一見に如かずだ。また、明日この食堂に来てみるといい。」
そう言って徹と呼ばれた男子学生は厨房に戻って行った。
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つかさ:「うそでしょ」
次の日、無理やり響子に連れられて食堂にやってきたつかさは昨日とうって変わって注文待ちの列が短くなった食堂を目の当たりにした。調理の人は別に昨日と比べて増えてないし、格段いそがくしているようでもない。
響子 :「私もびっくり」
徹 :「すごいだろ」
響子 :「どんな魔法つかったの?」
徹 :「魔法も機械も使ってない。単純に列の変更をしたんだ。今まで定食、カレー、ラーメンの3つの窓口だったのをカレーとラーメンを一緒にして、定食を二つにした。」
響子 :「二つにしただけでこんなに並ぶ人が少なくなるの?」
徹 :「列を倍にすると並ぶ時間は何分の一になると思う?」
響子 :「2分の1じゃないの?」
徹 :「普通そう思うよね。でも、理論的には4分の1になる。現実にはそこまでいかないけどね。」
つかさ:「へ~。不思議です」
徹 :「だろ。知ってると知らないでは大違い」
響子 :「でも、そうしたら厨房の人が忙しくなるはず。とくにカレーとラーメンは一緒にしちゃったんだから」
徹 :「うん、それで、動線を計測して無駄な動きがないか見てたんだ。それで、結構無駄な動きをしている。倉庫と厨房の間とか、調理台と配ぜん口の間とか」
徹 :「そこで、使うものをいっぺんに持ってきたり工夫をすることで効率化を図ったんだ」
響子 :「だから、昨日バカみたいに列に並ぶの繰り返したり、厨房の人の後についてたのね」
徹 :「そそ」
つかさ:「すごい。魔法みたいです」
徹 :「へへ。ところで、そろそろ隣の人も紹介してもらってもいいかな?」
徹がつかさの方をにっこり見る。つかさも魔法を目の当たりにして昨日のような偏見の目で徹を見ることはなくなった。
響子 :「あ、そうそう。こちらはいとこの内山つかささん。看護学部に通ってるの。こちらは白石徹さん。工学部に通っていて、システム研究会の部長さん」
つかさがペコって挨拶する。
つかさ:「システム研究会って何やるサークルなんですか? やっぱりシステムというからコンピュータ使って何かするんですか?」
つかさはPCを使っていかがわしいソフトを使ったり、作ったりする根暗な集団をイメージした。
徹 :「別にコンピュータを使うのが前提じゃないよ。中には使っている人もいるけどね。僕は嫌いだね。コンピュータ。人間らしくなくなる。システム研究会は今日の食堂みたいに物事の手順を変えたりすることで、楽になってみんなが幸せになることを研究しているサークルなんだ」
つかさ:「みんなが幸せになるんですか」
徹 :「ああ。みんなを幸せにする。それがシステムの『カイゼン』の醍醐味さ」
つかさ:「じゃあ、私たちも幸せになれますか?」
徹 :「へ?」
つかさが現状の看護業界の過酷な勤務状況を説明する。すると徹はにっこり笑って断言する。
徹 :「カイゼンできるよ」
つかさの顔がパッと明るくなる
つかさ:「お願いです。システム研究会の人たちで看護業界を救ってください」
徹 :「あはは。それはどうかな」
徹は笑いながらもやんわりと断った。
つかさ:「どうしてですか? みんなを幸せにしてくれるんじゃないんですか?」
徹 :「システム研究会がちょこっと入って、ちょいちょいとやれば改善できるものではない」
つかさ:「そうなんですか? でも、食堂はこんなに改善しました。」
徹 :「でも、そこには『動線計測』『列の複線化』『セル方式への変更』と少なくても3つの手法を組み合わせてる。簡単に見えて大変なんだ。色々な方法を試した結果、どの組み合わせがいいかを考えている」
確かに、昨日、周りの冷たい目の中で黙々と地道に行っていた。
徹 :「それに、本当はカイゼンはその業務に詳しい人が行ったほうがいい。うちらは看護業務知らないからね」
つかさ:「そうですか。そうですよね。簡単には行かないですよね」
つかさが再びうなだれる。
徹 :「でも、解決策はある。簡単な方法さ」
つかさ:「え?」
徹 :「つかささんがシステム研究会に入ればいい。そこで、システム分析の手法を身につければ、色々カイゼンできる。そうすれば、俺たちだって専門的な高度なアドバイスができる。」
つかさ:「あ!」
響子 :「そうよ、つかさ、入りなさいよ。今の悩み解決できるわよ」
つかさ:「よろしいんですか?」
徹 :「もちろん!」
こうやってつかさはシステム研究会に入ることとなった。
つづく
トリックエンジェルにでてくる詩音ちゃんの世界の花の丘病院の名物看護師の話です。
トリックエンジェル本編は以下のサイトに掲載しています^^
http://ncode.syosetu.com/n2045m/