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1.花の丘病院

看護部長:「島崎知子さんですね。よくいらしてくださいました。私が花の丘病院の看護部長を務める山崎です。今日からよろしくお願いいたします」


知子 :「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


看護部長:「同じ系列の病院だけど、うちの病院ちょっと変わってるから最初のうちは戸惑うと思うけど、すぐになれると思うから頑張ってね。」


知子 :「はい」


私は看護学校卒業後、東京の淳典堂病院で看護師として仕事をしていた。3年たち、このたび結婚をして家を買うことになり、この郊外の街、「花の丘」に引っ越してきた。淳典堂病院も通えないこともないが、やはりちょっと遠い。それで、系列の病院がこの街にあるので、そちらに転勤となった。それがこの花の丘病院だ。


花の丘病院に行くと聞いて淳典堂病院の人のこの病院の評価は真っ二つに分かれた。


医師A :「ああ、花の丘ね。あそこはすごいよ。やり手の看護副部長がいるんだ。赤字のあの病院をあっという間に立て直した。医者でも事務方でもなくって、看護師出身なんだ。事実上、あの病院の実権を握って切り盛りしている。」


医師B :「だけど、人前に姿をめったに現さないっていう謎の人だ。」


年を取った男の先生の意見は多少違っても似たような意見が多かった。一方、


看護師A:「ええ? 花の丘病院? あそこの小児科はどうしょうもないくらいだめ。師長がだめなのよね。もう、何もわかってないというか。片っぱしから今までやり方無視して好き放題やってるのよ。」


看護師B:「しかも、その師長、本当は師長じゃないんでしょ。あそこの病院確か師長は空席のはず。だから自称師長。甘やかすにもほどがあるわ。」


看護師A:「そうそう、番井副院長と理事長とかが目をかけているからいい気になっているみたいよ。」


看護師B:「島崎さんも小児科よね。きっと苦労するわね。嫌になったら、すぐに看護部長に言って戻してもらいなさい。事情が事情だけにすぐ戻してくれると思うわ。」


看護師、特に中学生の子供を持つような年のベテランの看護師さんの意見は厳しかった。


そんななか、私は今日赴任日を迎えた。


もうお孫さんがいらっしゃるという看護部長に付き添われて小児科に行く。


看護部長:「本当は師長に迎えに来てもらうはずだったんだけどね~。」


知子  :「その師長さんはどうしたんですか?」


看護部長:「ち・こ・く」


知子  :「はあ? 何か家庭のご事情でもあったのですか? お子さんが急に熱を出したとか。」


看護師の遅刻は他の日勤の人に迷惑がかかるから厳禁だ。ましてや、師長という看護師を取りまとめる管理職は普通30分前には出勤するのが前の病院での常識だった。


看護部長:「いいえ、どうせ昨夜韓流のドラマ見て遅刻したとか、友達と飲み明かして朝起きれなかったとかそんなとこでしょう。」


知子  :「前にもあったんですか? こんなこと」


看護部長:「しょっちゅう。」


知子  :「はあ。」


師長とは看護師長のことで一般の会社で言うと課長さんくらいに当たる人である。ベテランの看護師さんが看護副師長を経て看護師長になるのがキャリアルートで、この世界では大体45~50歳くらいでなるのが一般的。私たち看護師はこの師長さんの下で働くこととなる。ちなみにこの病院では看護師長の上が看護副部長で、その上が看護部長になる。


そんななかで遅刻常習魔の師長が上司というのは。


……噂には聞いていたけど。大丈夫かな。……


不安が私を支配し始めた。そんな私に気づいたのか看護部長がフォローを入れる。


看護部長:「大丈夫、ほかの人はしごくまっとうですから。それに師長も癖はあるけどいい人よ。」


あんまりフォローになってない気がした。


知子  :「そうだ、師長の上に副部長さんがいらっしゃいますよね。その方はとても立派な人と聞きました。」


看護部長がため息をついて首を振る。


看護部長:「師長と同じ。だから、師長について困ったことがあったら私に直接相談してちょうだい。まあ、多少は何とかなるかもしれないわ。」


看護副部長も似たような人でさじ投げてるんだ。ちょっと、評判と違い意外だった。


やがて、小児科病棟のナースセンターに着く。ここが今日からの仕事場である。私はナースキャップの形を整えナースセンターに入る。


そして、入るなりその光景に驚いた。


色とりどりのナース服の上にエプロンをつけている。そして誰もナースキャップをつけていない。この方たちは看護助手の方々? 


知子  :「えっと、看護師の方々はどこ行かれたんですか?」


看護師といえば白衣にナースキャップと決まっている。それが看護師の証である。看護学校を卒業する時、戴帽式というのがあって、そこで帽子をかぶることにより、患者の命を預かるというプロ意識が芽生える。看護助手の方は看護師の資格があるわけでないので、そのようなナースキャップをつけることはない。そのようにして患者さんにも一目瞭然に分かるようにする。


だから目の前にいるのはきっとみな看護助手の方だ。


女性  :「あらら、ここにいる人はみんな看護師ですよ。まあ、初めてですから戸惑うのも無理ないけど」


そう、周りの看護師よりもベテランといった感じの女性が話す。


看護師長:「みなさん、この方が今日から一緒に働いてくださる島崎さんです。淳典堂病院に今まで勤務されていたのですが結婚と同時にこちらに転勤となりました。みなさん、仲良くしてあげてくださいね。」


一同  :「は~い。」


まるで保育園か幼稚園のような雰囲気である。私は少し面食らって成り行きを見守る。


看護部長:「この方が看護副師長の田中さんです。」


看護部長が30代前半の女性を紹介する。


田中  :「田中です。よろしく。」


鷹揚のない口調であいさつをする


看護部長:「それで、こっちが花田さん。ここの小児科のベテランナース。彼女に聞けば大体のことはわかると思うの。」


花田  :「花田ですよろしく。わかんないことは何でも聞いて。人生相談もOKよ。」


さきほど、ここにいるのはみんな看護師だと教えてくれた人だ。副師長の田中さんとは逆にとても明るいお母さんのような人だ。


花田  :「ところで、師長は?」


看護部長:「また、遅刻するって。さっきメールが来てたわ。」


花田  :「あらまあ。」


田中  :「相変わらずのだめだめ。プロとしての自覚が足りないわ。」


黒くまっすぐな髪を肩のあたりで短く切った感じでクールビューティな田中さんが冷たく言い放つ。でも、たとえ本当とは言え、上司に対してちょっとひどい言い方で話ないだろうか。


そんなことを思っていると、ナースステーションにどたばたと若い女性が入ってきた。私服のまんま登場である。私より2~3歳年上のまだ30前って感じである。


田中  :「つかささん遅い」


看護部長:「全くです。なにをやってるんだか。」


つかさ :「だって、レンタルの返却日今日だったんですもん。全部見ないともったいないじゃないですか。」


花田さんが「がはは」と豪快に笑う。看護部長が額に手をやり首を振る。


田中  :「今日も小児科は平常運転異常なし」


副師長がぼそっと言う。


つかさ :「じゃあ、今日もみんな元気にお仕事しましょう! さあ、わたしも仕事仕事~」


まるで反省の色のないこの女性を私が茫然とみていると、つかさと呼ばれた女性は私服の上にエプロンをつけた後、私ににこって笑った。


つかさ :「島崎知子さんね。お話は聞いています。今日からよろしくお願いいたします。早々、自己紹介まだでしたね。私、白石つかさといいます。」


知子  :「島崎知子と申します。よろしくお願いします」


つかさ :「知子さんかあ。じゃあ、ともちゃんね。ともちゃん結婚したんだよね。いいなあ。旦那さんとはどこで知り合ったの?」


いきなりちゃん付けで呼んできた。


知子  :「白石さん、あ、あの。」


つかさ :「そうそう、私のことは白石さんじゃなくってつかさでいいわ。」


いや、よび名の話じゃなくってプライベートの話でいきなり盛り上がるのは。ここは学校じゃないのだから。


つかさ :「でも、本当は名前でなくって役職名でよんでほしいのよね。」


知子  :「役職名?」


もしかして主任さんかな。副師長の下に病院によっては主任さんという役職を設けるところがある。淳典堂病院ではそうだった。


つかさ :「そう『師長』ってよんでくれるととっても嬉しいです。」


知子  :「ええ?!」


それが私と師長との出会いだった。


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つかさ :「20分もこ~てり怒られちゃった。」


田中  :「あたりまえだと思う。自覚たらない。」


つかさ :「だけど、わざわざ看護部長が部長室に呼んで直々に怒んなくてもいいと思わない?」


花田  :「そりゃ、しょうがないわよ。他に怒る人と場所がないんですもん。」


師長が遅刻をこってり怒られて帰ってきた。


つかさ :「しかも罰と1時間残業だって。レンタル返せるかなあ。」


師長が真剣に悩んでいる。


田中  :「別に管理職なんだから残業も何もないでしょう。それに、師長が1時間残業したってなんの役に立つわけでなし。時間になったら帰ってもいいですよ。」


つかさ :「ほんと? ラッキー。じゃあ、新しいのまた借りてこなきゃ。」


知子  :「あ、あの~」


つかさ :「あ、ごめんね~。ほったらかしにしちゃって。まったくしょうがないよね。初日なんだからしっかり付いていないといけないのにね。部長、くっだらないことでよび出すんだから。今度番井先生にいって飛ばしちゃうから。」


田中  :「それ、しゃれになってない」


知子  :「あの~、病室の「さくら」の子の検温終わりました。」


つかさ :「すご~い。もう、終わったの。さすがね~。初日から即戦力。淳典堂病院もすごい人送ってくるじゃない。」


知子  :「いえ、入院してる子2人しかいないですし。ただ、検温しただけです。」


つかさ :「でも、すごいわよ~。そうだ次に隣の部屋のひまわりの子もお願いします。」


知子  :「わかりました。」


花田  :「師長~。ひまわりは師長の担当でしょ。それを人に押し付けないの。」


知子  :「いえ、構いません。いってきます。」


花田  :「まったくもう」


つかさ :「じゃあ、私はその間にお茶でも一杯。」


田中  :「師長、手が空いてるんなら、一番奥のたんぽぽお願いします。」


つかさ :「ええ~、やだ~。あそこ大部屋でしょ~。めんどくさいな~。第一、師長はそんな仕事はしないんだよ。そうだ。ともちゃん帰ったら行かせよう。」


花田  :「しちょう?」


つかさ :「はいはい。行けばいいんでしょ。いけば。」


そういうと師長は新幹線の中で飲み物とかを売っている車両販売員のワゴン見たいなものと一緒に一番奥の大部屋へといった。


知子  :「わたしも、ひまわりに行ってきます。」


花田  :「ああ、ひまわりは私が行くわ。師長が代わりにたんぽぽ行ったから。あなたは田中さんからレクチャー受けた方がいいわ。」


知子  :「は、はい」


そう言って花田さんは病室に行った。


田中  :「面白い子でしょ。師長。」


知子  :「ええ。でも、なんで師長なんですか? しかも、あの若さで師長なんてありえないです。正直田中さんや花田さんの方が向いてると思うのですけど。」


田中  :「そんなことないわよ。私なんか彼女の足元にも及ばないわ。」


知子  :「またまた、ご謙遜を」


田中  ;「ああ見えても、彼女は某国立大学の看護学部を出たバリバリのエリート。本当ならこんなところにいてはいけないくらいなんだけどね。」


知子  :「あの大学って唯一看護学部がある有名大学じゃないですか。」


田中  :「そ。そのエリート様のおかげで私たちは大分楽をしてるわ。嫌みでなくね」


知子  :「はあ。」


少しして、花田さんが帰ってくる。


田中  :「検診まで時間があるわね。花田さん 少し、お茶しません? 」


前の病院とくらべてずいぶんのんびりしている。前の病院はもっとバタバタしていた。確かに病院の規模は小さいけど、看護師の数もそれに合わせて減っている。


花田  :「ええ、でも、大部屋いってきますね。どうせ師長サボって患者と話しをしてるんでしょうから。はっぱかけてきます。」


そういうと花田さんは大部屋に行った。


知子  :「私も」


私も気になって花田さんと一緒に病室に行ってみた。


師長はやっぱり病室の患者やお母さんとおしゃべりに花を咲かしている。花田さんの言ったとおりだった。さすがに私もちょっとこれではいけないと思った。


知子  :「つかささん、サボってないでちゃんと体温測るべきでは?」


師長  :「え~。よぶときは『師長』って呼んでくれないとやだ~。みんな覚えてくれないじゃない。」


知子  :「そうじゃなくて、体温測っておくべきではと。」


師長  :「とっくに測り終わってるわよ~。」


知子  :「え?」


私はボードを見る。すでに全員分の体温が記入されていた。


まだ、そんなに時間が経ってない。この人数どうして測り終えられるの? 私は不思議に思った。


しかし、その中に少し熱の高い患者がいた。


知子  :「あ、熱があるじゃないですか。アイスノン持ってきます。」


私がナースセンターにアイスノンを取りに行こうとすると


師長  :「大丈夫。もうその子にはアイスノン当ててるわ。」


知子  :「え?」


確かにすでに当ててあった。だけど、彼女は一度もナースセンターに戻ってきていない。


…どういうことなの?…


その後も師長はほとんど病室で無駄話をしているばかりである。花田さんまで一緒に患者とお茶を飲んでいる。そういえば副師長の田中さんもナースセンターにこもってお茶してる。


…なんなのこの病院。だらけきってる。前の病院ではもっとみんなてきぱき働いてた…

…第一、こんな状況を前の病院の師長が見たら雷が落ちてた。それなのにこの病院では師長自らだらけている…


患者 :「師長~、点滴痛い~。」


患者さんが師長に訴える。


師長 :「はいはい、今行きますね~。ああ、取れかかったってますね。今つけ直しますんで。」


そう言って点滴の針をつけ直そうとする。だけど、すごい不器用で見ててはらはらする。


花田 :「あらら、私に任せて。」


そういって花田さんがかわりに点滴の針をさす。


師長 :「すごーい。花田さん、お上手。」


花田 :「そりゃ年季が違いますもの。」


花田は自慢げに言う。


…点滴くらいで来てあたりまえじゃない。それをできないんなんて新人以下じゃない。それでどうして師長なの…


私はだんだん腹が立ってきた。


そんなとき、別の看護師さんと田中さんがやってきた来た。


看護師:「師長、すいません。たんぽぽの病室の患者さんなんですが、どうしても、今すぐお風呂に入りたいって言って聞かないんです。」


田中 :「今日はその患者さん入浴日ではない。ちゃんとルール守ってもらわないと。私が説明に行くけど師長それでいい?」


師長 :「ううん、私が行く。」


田中 :「やっぱり。そう言うと思った。まかせた。」


花田 :「じゃあ、私がここにいるわ。今、手空いてるし。」


師長 :「ありがとうございます。助かります。」


そういって、師長はたんぽぽの部屋にいった。私も付いて行った。たんぽぽで高校生くらいの女の子が必死に訴えていた。師長はにっこりしながら話を聞く。そして、女の子をシャンプー台に連れて行った。


知子 :「ちょっと、何をする気ですか?」


師長 :「もちろん、このこのシャンプーよ。」


知子 :「そんなの予定に入ってないはずじゃ。」


師長 :「入ってないとだめなの?」


知子 :「だって、他の仕事があるじゃないですか!」


師長 :「だいたい終わってるでしょ~。それに大部屋だったら花田さんがいるから大丈夫。」


そういって師長は歌を歌いながらシャンプーをする。


患者 :「ありがとうございました。」


患者は満足してベッドに落ち着いた。


知子 :「えっと、入浴は?」


患者 :「わがまま言ってすいませんでした。もう大丈夫です。」


そうにっこり笑った。


その日一日、師長はあちこちの病室でおしゃべりに花を咲かせのんびりと過ごしていた。しかも花田さんだけでなく他の看護師さんとも無駄話をしている。


知子 :「(ちょっと、何が師長よ。まじめにやりなさいよ。)」


私は怒りが込み上げてきた。そして、その怒りがとうとう爆発した。夕方の申し送り事項の時だった。師長がとんでもないことを言ってきた。


師長 :「今日も、申し送りなし。かったるいじゃない。」


花田 :「たしかにそうね。ただの儀式だもんね。」


田中さんはじめ他の看護師も同調している。私はとうとう我慢できなくなった。


知子 :「ちょっといい加減にしてください! 申し送りは大事な仕事です。そんなんでは医療事故を起こしてしまいます。それに、つかささんの服装はどういうことですか? 私服の上にエプロンつけただけ。ここは保育園じゃないです。」


しかし、意に介さず師長はにっこり笑う。


田中 :「ストップ。島崎さん。師長に向かってそれはない。」


知子 :「しかし。全然まじめに仕事してないじゃないですか!」


田中 :「でも、今日はひまだったはず。」


知子 :「え? たしかに。」


田中 :「淳典堂病院と比べてナースコールの数も激減してるはず。」


知子 :「はい」


田中 :「そろそろ種明かしをして。師長。説明不足。師長が悪い。」


師長 :「はいはい。」


師長がにっこりと笑う。


師長 :「今日は3つの点を説明するわ。本院である淳典堂病院との違いをね。まず一つ目、本院は無駄が多いです。とくにナースセンターと病室の行き来が多すぎます。ただ歩いているだけで何も看護業務をしていない時間が一人2時間以上あります。」


知子 :「え?」


師長 :「だから、ここではワゴンにあらかじめ想定される荷物を持って病室に行きました。そうすれば無駄な行き気が省けます。もし熱を出した患者さんがいてもわざわざアイスノンを取りに行く必要がありません。」


だからワゴンなんだ。


師長 :「二つ目にハードの面でちょっとした工夫を今回しました。体温計を全部電子体温計にしました。そうすれば一人10秒で済みます。これだけで何十分も効率化できます。それほど大きな投資をせずとも改善されます。」


師長 :「そして、最後は患者さんとのコミニケーションの取り方の工夫です。患者さんの望んでいる本質をつかむ必要があります。表面的な言葉でなく真の意図をつかまないと。今日の患者さんは彼氏が夕方お見舞いに来ることになってたんです。だから、きれいな体で会いたかったんです。」


知子 :「だからと言って入浴させるわけには。」


師長 :「ええ、ですから代案としてシャンプーしたんです。せめてきれいな髪の匂いで迎えさせてあげたいじゃないですか。それに、シャンプーすることによりリラックスしました。あのまんまだと、患者さんはイライラして色々とナースコールをしてくると思いました。」


知子 :「・・・・」


田中 :「そういうことなの。今、病院ってどこに行っても業務多忙でイライラしている。だから、医師と看護師。看護師同士でぶつかり合っている。そんなんでいい治療とか看護とかできない。だけど、ここでは、師長がまず、看護業務の効率化を図り、空いた時間で患者と看護師のコミュニケ-ションを活性化してるの。日がな一日病室でおしゃべりしてるのは理由があるの。」


師長 :「はい、その通りです。申し送り事項の廃止はこのコミュニケーションが活性化した状態なら必要ないと思っています。儀式的な時間でみんなの時間を費やすなら無駄ですから。」


田中 :「これが看護マネジメント。でも一人師長さんがいるだけで本院とくらべて嘘のように楽になったはず。師長の仕事は点滴を打つことがうまいというのは関係ない。どう職場を円滑にして効率化するかっていう方が重要。だから彼女は師長なの。」


師長 :「確かに、この病棟でこれだけの人数で回すのは大変です。でも、単に人を増やすだけでは経営が圧迫されます。その結果、大事なところに費用削減のしわ寄せがきて大きな事故につながりかねません。だから工夫が必要なんです。」


田中 :「そう。それに服装にもちゃんと理由がある。」


知子 :「え?」


師長 :「はい、ロイの看護理論にも書かれてる役割理論ですね。看護師としての役割を演じるために白いナース服やナースキャップをつけるのは重要です。ですが、白衣高血圧症とか言われるようにあまり役割に固執して患者さんに圧迫感を与えるのはいかがでしょうか?」


田中 :「特にここは小児病棟。子供たちに怖いイメージを与えちゃダメ。そして、もっと重要なことが。島崎さん、そのナースキャップいつ洗った?」


知子 :「えっと、数か月前です。でも、淳典堂病院ではみんなそんな感じでした。」


師長 :「そう、それが普通ですね。だけど、それが院内感染の原因になるの。ナースキャップってピシっとなるようにアイロンで糊づけするでしょ。その、糊が雑菌の繁殖場所になるの。ナースキャップを介して院内感染が広がるの。だから、この病院ではナースキャップつけないの。」


田中 :「エプロンも同じ理由。」


師長 :「感染症の疑いのある子供と接して、そのままの白衣で免疫の弱い子に接したら、あという間に院内感染です。だけど、その度に白衣着替えるのは大変。だからエプロンなの。このエプロンを換えるだけで院内感染を防げます。」


わたしは恥ずかしくなり、ナースキャップを取り、謝った。


知子 :「ごめんなさい。考えが浅はかでした。私だめです。」


師長が近寄って私を抱きしめた。


師長 :「そんなことないわ。すごい気がついてくれて率先して仕事してくれるわ。それに思ったことを言ってくれるのも歓迎。そうしないと何考えてるかわからないしね。あなたはもう私たちの仲間よ。」


花田 :「そうそう、遠慮なく言えるのがうちのいいところだよ。田中さんが来た時なんかもっとひどかった。」


田中 :「花田さん、もうその話はよして。でも、あの時は完膚なきまでに叩きのめされたわ。私も自分の看護理論を持っていたけど、師長の前では時代遅れもいいとこだったわ。さらに看護マネジメントまで持ち出されてたじたじだったわ。」


師長 :「だけど、今では、私のよき理解者で助かってます。」


田中 :「へへ。おだてても何も出ないわよ。」


知子 :「本当にごめんなさい。私何も知りませんでした。前の病院では小児科の師長さんのことさんざん悪口いってたんで先入観もってました。」


田中 :「また、あいつらか。時代遅れの方法で看護を行い、その結果、看護師たちに負担をかけ続けている。エリート意識の塊で、改善しようとしない。その結果、自分たちの首を絞めてるのに気付かない。愚かな。」


師長 :「まあまあ。でも、いつかあそこ何とかしないとね。ともちゃんの元同僚を救わないと。」


知子 :「ありがとうございます。私、今日、目からうろこが落ちました。つかささんすごいです」


師長 :「そんな褒めても何も出ないわよ。それに呼ぶ時は『師長』ってよんで」


知子 :「あの、なんで『師長』ってよんでなんですか? 確か小児科の師長って空席のはずでは。」


田中 :「え? 看護部長も番井院長も説明してない?」


そのときだった。ナースセンターに松井先生が顔を出した。


松井 :「ああ、まだいた。よかった。看護副部長、番井先生がよんでる。ちょっと重要な話があるみたいだ。すぐ来てくれ。」


師長 :「は~い。いま行きます。それじゃ、ともちゃん、また明日ね。」


そういうと師長は松井先生と一緒に出て行った。


知子 :「副部長って。」


田中 :「ええ、つかささん。前は小児科で師長やってたんだけど今は役職が上がって看護副部長。実質、看護部長なんだけど、さすがに年が若すぎるって、お飾りで看護部長を置いてるけどね。だけど、副部長ってよばれるの照れくさいみたいで昔と同じ『師長』ってよんでっていってるのよ」


知子 :「ははは」


もう笑うしかなかった。あの若さとちゃらんぽらんさで師長よりもえらいなんて。だけど、ちょっと明日から楽しみが増えた。師長がどんなとんでもないことをしてくれるか。


つづく

トリックエンジェルにでてくる詩音ちゃんの世界の花の丘病院の名物看護師の話です。


トリックエンジェル本編は以下のサイトに掲載しています^^

http://ncode.syosetu.com/n2045m/

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