第2章 ③ 「二つのイヌホオズキ」
翌日
自室のカーテンの隙間からの清々しい朝日を浴びて目覚める。今日は雲ひとつないような空をして五月晴れとはこのことだとわかる天気をしている。自分の中で今日は最高の日だ。僕は自室を出て、顔を洗って、もう朝ごはんを食べているであろう父さんと母さんのいる食卓へ向かう。
「おはよう。」
「お、樹おはよう。」
「おはよう。樹。ご飯できてるわよ」
「うん。」
僕はご飯の置かれた席に着き、ふと父さんを見る。昨日は父さんが帰る前に寝てしまっていた。父さんはいつも通り新聞を読みながらご飯を食べている。見た感じどうやら昨日のことは知らない様子だった。母さんは僕のお願いを聞いて、話さないでいてくれたのだ。僕は少し安心しながら朝ごはんを食べて、その後学校に行く準備をする。今日はいつもより早く準備が終わった。僕の家族は父さんと母さんと僕だけだから誰かと朝の準備時間が被るということはない。まぁ一人息子だから両親はよく僕のことを心配するのだろう。だからあまり両親の心配するようなことはしたくない。昨日は心配させてしまったが、、、これからはなるべくさせないようにしたい。そんなことを思いながら荷物を持ち、いつもより早く家を出ることにした。母さんと父さんに「いってきます」をいい家を出た。時間があるため少し寄り道をして行くことにした。自転車を漕いでもう桜の散った堤防敷の桜並木を通る。風が心地いい。日差しが暖かい。桜の若葉の間から覗かせる真っ青な空を見上げる。やっぱり今日は最高の日だ。堤防敷の桜並木を越えて、次は海沿いの道を走る。空が青いため海も綺麗だ。これなら学校からの景色がものすごく綺麗で映えるものになると期待しながら自転車を漕ぐ。僕の通う和佐高校は山の中腹のニュータウンの中にある。そこからは下の平地にある街並みと海と海に浮かぶ島々が一望でき、最高の景色が見れる。ただその代わりに山の中腹にあるのだから登るのに一苦労だ。僕はこの景色をあの自分のお気に入りの場所から見るのが好きだ。今日もその場所へ行くつもりだ。そんなことを考えながら、坂道を登って行く。電動アシスト自転車とはいえ少しきつい。やっとの思いでいつもより少し早い学校に着くことができた。とりあえず自分のクラスの教室に行く。まだ誰も来ていなかった。ここからは少ししか景色が見れない。僕は今すぐにでもお気に入りの旧校舎に行こうかと思ったが、部活の朝練で使っていることを思い出し、お昼までの楽しみとして取っておくことにした。少し早めにきたから時間が余っている。本を読むことにした。しばらく本を読んでいると、ある女子が話しかけてきた。
「ちょっと、あんたが双葉樹?」
「そ、そうだけど、、、」
「あんたのせいで陸翔が学校来れなくなったんだけど、どういうつもり?」
「どういうつもりって言われても、、、」
「あんたから陸翔は悪くない、たまたまあんな感じになったって先生に言えば停学になんてならないつってんの!」
「そう言われても、、、停学を決めるのは先生たちだから、僕がどうこうできるわけじゃないと思うよ。」
「はぁ?」
そんなことを話していると、東雲さんが教室に入ってきた。
「おはよーってなにしてんの?楓?」
「何ってこいつのせいで陸翔が停学になったんだよ!それをどうにかしろって言ってんの」
「ちょっと、違うよ?!勘違いしてない?昨日加藤が双葉くんを殴って停学になったんだよ?」
「いや、たまたま陸翔が当たって倒れたって聞いたよ?奥谷が言ってたよ」
「奥谷が?なんか誤解してるよ?」
「え〜じゃ違うの?」
「そうだよ!双葉くんは何も悪くないんだよ!」
「そうなの?じゃ奥谷からちょっと話聞かないと」
「そ、そうだね。だけど双葉くんに謝っときなよ」
「そうだった。マジごめん。私の勘違いだったかも。本当にごめん」
「だ、大丈夫だよ、、、」
「本当にごめんねー」
そう言って彼女はどっかに行ってしまった。すると東雲さんが
「ごめんね。楓にいろいろ言われたでしょ?」
「うん。まぁ大丈夫だよ。」
「そう?なんかまた言われるようだったら相談しなよ!助けるから!」
「うん。」
「じゃ私もちょっと行ってくる。」
そう言って教室を出て行った。後から知った話だが、問い詰めて来た女子の名前は大下 楓、北山さんと東雲さんの友人らしい。彼女は昨日休んでいたらしく詳しく事情を知らず僕のところに来たらしい。まったくこっちがわけがわからなくなってしまう。再び1人になった僕はまた本に視線を移す。すると窓を開けていたため机に置いていたしおりが飛んでいった。それを誰かが拾ってくれた。
「おはよう、双葉くん。今日は早いね!」
田辺くんだ。
「おはよう。ありがとう。」
「いえいえ。それよりこのしおりすごく綺麗だね!」
「そうでしょ。勿忘草を押し花にしてしおりにしたんだ!」
「そうなんだ!そういえば花とか花言葉好きなんだっけ?」
「そうだよ。この勿忘草には「私を忘れないで」の他に「真実の愛」「真実の友情」とかの花言葉があるんだよ。」
「へぇー、勿忘草ってただ「私を忘れないで」って意味だけじゃないんだ〜。」
「そうなんだよ。いろいろ深いんだよ。」
「面白いね!花言葉で意味が伝わるのって!」
「うん」
そんな感じで僕の話を田辺くんは真剣にキラキラした目をして聞いてくれていた。すごく話し甲斐がある。いい人だと改めて感じるながら会話をし、気づけば結構時間が過ぎていた。廊下を見るとちょうど北山さんがやって来て友達と話して、教室に入り、こっちに向かってきた。
「おはよ〜!勇ちゃん、双葉くん!」
「春ちゃん!おはよう。」
「おはよう。北山さん。」
と挨拶をしてから自分の席の方へ行った。初めて挨拶をされて僕は驚いていた。その後彼女はいろんな人に囲まれていた。さすが人気者だ。
それを見て少し羨ましいと思ってしまう自分が憎かった。そして虚しくなった。そんなことを思っていると予鈴がが鳴って先生が入って来た。そしてホームルームが始まる。連絡事項として、今日の日程と今後の行事予定、自転車の登下校に関する知らせ、そして昨日の件で加藤くんが停学になったことを知らされた。その知らせが終わるとちょうどホームルームが終わった。そのタイミングで僕は先生に呼び出された。
「おはよう、今日大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です。」
「それは良かった。これからなんかあれば先生たちに言えよ。なんとかするから。」
「はい、ありがとうございます。」
それを聞いて先生は職員室の方へ少し急いで行く。いろいろと忙しいのだろう先生も。そんな忙しい先生にこんな風に手間をことかけてしまって申し訳ないと思った。僕はたくさんの人に迷惑をかけてばっかだ。僕なりに反省しながら席に着き、次の授業の準備をする。すると田辺くんが話しかけてきて、たわいのない会話をする。そして授業が始まる。昼までこの行動を繰り返して、やっとの思いで昼休憩になった。僕は楽しみにしていたあの景色を見るために話しかけてくれた田辺くんに「ごめん」と言って、スマホと弁当を持って足早に旧校舎に向かった。一段飛ばしで旧校舎の階段を上り、いつのもお気に入りの場所に着く。ここには階段の踊り場に人が1人通れるぐらいの大きさの窓があり、その窓を開ける。やっと見ることができた。雲ひとつない真っ青な空、若葉が芽吹く木々、青空のおかげでどこまでも青く澄んだ海。それらの風景に合わせて暖かい日差しが差し、心地よいそよ風が吹いている。本当に最高の景色だ。僕はそんなことを感じて、無意識にスマホのカメラを起動させ構える。そして写真を撮る。しかしながら写真には日差しとそよ風は入れることはできない。これらを入れて完成する景色なのにと悔しくて残念に思った。でも気にしてもしょうがない。またスマホを構え、できる限りベストな写真を撮ろうとする。すると突然うしろから
「何してるの?双葉くん?」
誰かにいきなり声をかけられびっくりしスマホを落としかける。危うくスマホが使い物にならなくなるところだった。僕は少し怒りながら後ろを振り返る。そこには北山さんがいた。
「ちょっとびっくりするじゃないか!それとなんでここいるのさ!」
「ごめん、ごめん。」
「もう、危うくスマホ落とすところだったじゃん!」
「本当にごめんって、、、それと今日の朝、楓がごめんね?いろいろ言われたんでしょ?」
「あー、大丈夫だよ。全然」
ここで僕は彼女が今朝のことを誤りにここに来たことを理解した。
「まぁいろいろとごめんね。で、何してたの?窓から乗り出して?」
「え〜と、写真取ってた。今日すごくいい天気だし、ここからの景色すごいから、、、」
「うーむ、どれどれ、、、お、おー!」
彼女は僕がいた窓から身を乗り出す。
「すごく、めっちゃ綺麗じゃん!こんなとこからこんな風に見えるんだ!最高じゃん!」
「うん。でもここ他の誰にも言わないでよ!あまり人が来てほしくないし、、、」
「独り占めか〜?」
彼女がジト目で僕を見る。
「ち、違うよ!」
「わかってるよ!そっか〜ここからこんな景色が、、、穴場スポットだね?!」
「う、うん。まぁそうだね。」
「そういえば風景とか好きなんだっけ?」
「そうだよ。ここがそのお気に入りの風景。」
「そうなんだ〜。私もね風景というか生活の一部を写真に収めるのが好きなんだ!」
「へぇー」
彼女はすごく目をキラキラさせて話している。
「そうそう、お気に入りの場所教えてもらったし、私のお気に入りの場所での写真見せるわ!」
彼女はそう言ってスマホを取り出し写真アプリ内から写真を探す。そして見つかったのか僕に見せてくれる。
「あ、あったあった!こ、これ私のお気に入りの場所で撮ったの!すごく綺麗でしょ!」
その写真を見て僕はとてつもなく驚く。その写真はあの堤防敷の桜並木が満開に咲いている風景だった。そしてさらに驚いたのがその写真の日付と時間だ。[4月6日 9:15]と表示されていた。僕は思わず彼女に質問する。
「この写真ってこの日付と時間に撮った?」
「そ、そのはずだけど、なんで?」
なんでってこの日にここで僕は彼女らしき人と会ったはずだ。それなのに彼女は覚えてない。
そしてまた彼女に質問する。
「この人誰かに合わなかった?」
「いいや、でも美夢ちゃんとその後そこで合流したかな?確か?てかそんなこと聞いてどうしたの?」
僕は言おうか迷った。僕と彼女北山さんとここで出会っていると。しかし本当に日付表示が合っているのか、確かなことがわからない。そして彼女はまた入学式の日のように会ってないと言い張るかもしれない。でも僕の写真もその時間帯にそこにいることになっている。写真の表示がズレることなんてあるのか。いろんな情報が矛盾していてこんがらがってしまう。僕はもう思い切って言う。
「僕もここにちょうどいたんだ、、、」
「そうなの?じゃワンチャンどっかですれ違っているんじゃない?」
「いや、会ってるんだよ僕たち。」
「え、そ、うだっけ?」
ここにきて僕の中にある説が浮上する。これまで過ごして来て、思い当たる点がいくつかあった。僕は相手に失礼承知の上で告げる。それは
「北山さん、もしかして記憶障害を抱えている?」
これまでのことを振り返るとこの説だと説明がうまくいく。そう思いながら彼女の顔を見るとハッとして少し悲しそうな顔をした。
「なんでそう思ったの?」
悲しそうな顔をしながらそう聞いてくる。
「僕と君がその場所で出会ったはず、その証拠に僕の写真にも同じ日と同じ時間帯に桜並木を撮影さている。それなのに君は会っていないと。」
「そ、うだね、、、」
「それにもし堤防敷の桜並木で出会ってないのであれば、東雲さんと僕も会ったことないはず、なのに彼女は僕を知ってるかのように話していたから、、、」
実はそうだ。入学式の並んでいる時もわざと僕と彼女の間に入るように見えた。それに僕が保健室に運ばれた時も僕のことを知ってるかのように話していた。僕の盛大な思い込みかもしれないが、あまりにも怪しい点がいくつもあった。すると彼女が口を開く。
「そっ、か〜。実はそうなんだよ。」
そう言って覚悟を決めたようだ。
「私、実は記憶障害を患っているんだ、、、」




