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深更のミナ  作者: 安房 カズサ
第一章 地球滅亡編
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第八話 死んだ瞳の少年

静まり返った第七地球(ヴィルゴアース)に、聞こえるはずのない歌声が、ふいに響いた。


生き物は、みな死んだはず。

それなのに、その歌だけが、確かにこの世界に流れている。


ボサボサの髪。

くたびれた薄布一枚をまとい、むき出しの手足には、無数のあざと古い切り傷。

少年はまるで、そこに存在していないかのようだった。

幽霊のように――けれどまだ死にきれず。

生きた心地のしない、死んだ瞳。


少年の名は、レイジ。


「……なんで、この歌……」


声変わりの途中で引っかかる、幼さの残る声が漏れた。


「ミナを、第七地球(ヴィルゴアース)に行かせたんですか!?」


宇宙防衛隊本部の小部屋。

ナツキはすごい剣幕で、タクミの胸ぐらをつかんだ。


「いくらタクミさんでも、今回は許せません! ミナを殺す気ですか!?」


怒りのまま、彼を壁に押しつける。

だが、タクミは動じない。

ただ、じっとナツキを見下ろしていた。


「それに……勝手に公用艇を貸し出したってことですよね? そんなことをすれば、除隊処分になりかねませんよ!」


ナツキの手がわずかに震えていた。

怒りの奥に、不安と恐れが滲んでいる。


タクミはしばし沈黙し、やがて静かに口を開いた。


「大きな声を出すな。……部屋の外に聞こえる」


「何が目的なんですか?」


ナツキは、強い眼差しでタクミの目を見つめ返した。


「まだ、あいつが敵側のスパイである可能性は否定できない」


「しつこいですね。上との会議で、ミナは“要保護”と決まったはずです!」


「まぁいいじゃないか」


タクミはふっと笑う。けれど、その目は少しも笑っていなかった。


「これで魄玉(はくだま)を武器にできれば、あいつは“本物”ってことだ。

第七地球(ヴィルゴアース)の住民にしかできないことだからな。それくらい、魄玉は――本当に心が通じていないと、決して応えてくれない。それに…」


ふいに、タクミの表情が曇る。


「……何がなんでも魄玉を武器にしたいっていう、あいつの気持ち。……分からなくもない。」


「……タクミさん。魄玉のこと、知ってるんですか……?」


ナツキの声が静かになる。

掴んでいた手を、そっと緩めた。


タクミは視線を落とし、ぽつりとつぶやいた。


「……お前は、知らないよな。……俺のせいだな」


タクミがうつむく。

その姿を見て、ナツキは息をのんだ。


――タクミさんは、あのときのことを思い出しているんだ。

第八班のみんなが、バラバラになった、あの日を……



ーーーーーー


三か月ぶりに戻った自分の家――

ミナは、恐る恐る玄関の扉に手をかけた。


ゆっくりと、軋む音を立てて開いた扉の先。

すでに電気は止められていて、家の中は、ひどく暗かった。


(……お母さんが死んだ場所に、お母さんの“(たましい)”が残っているかもしれない)


台所の床には、薄い埃が積もっていた。

その上に、母の歩幅のまま置かれたスリッパ。

コンロの上には、母が作っていたであろう料理の鍋がそのまま残されている。


ミナが近づくと、中から鼻をつまみたくなるような、酸っぱい腐臭が漂った。

シチューだったものは黒ずんで、表面に青白いカビがびっしりと広がっていた。

ガスコンロのスイッチは下げられているのに、火はついていない。


ミナは、小さく呼吸を整えてから、母がいつも歌ってくれた歌を、そっと歌い始めた。


♪~


(はく)は、どこにも見えなかった。


ミナの目が、薄暗がりの中で懸命にあたりを探す。

それでも、“魄玉”は、どこにも見つからない。


「……お母さん。力を貸してよ……」


願いは届かない。

声は闇に吸い込まれていくだけだった。


ミナは歌を止めず、足元をそっと確かめながら、二階の妹・未希の部屋へと向かう。

歌い続けてないと、心がまた壊れてしまいそうだった。


妹の部屋のドアを開けると、そこにはあの日のままの惨状が広がっていた。

割れたガラスの破片が、陽も差さない床の上に鋭く散らばっている。


ふと、ミナは窓の外に視線を向けた。


背筋が凍る。


――いた。


あの日と同じ場所に、あの少年が立っていた。


変わらない表情。変わらない立ち姿。


ミナが息を呑んだ瞬間――

少年は、鋭く睨みつけるように、こちらを見返してきた。


「お前……なんで、ここにいる」


その声には、怒りとも、焦りともつかない、かすかな苛立ちがにじんでいた。

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