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深更のミナ  作者: 安房 カズサ
第一章 地球滅亡編
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第六話 未来が埋まった場所

「ねえねえ、ミナはなんて書いたの?」


暖かく晴れた春の日。二年前のミナは友人と自然あふれる公園へ遊びに来ていた。


友人の一人が、空のクッキーの缶箱を手にしている。


「えっとね…」


ミナは、自分の手に持っていた手紙を開いて読み上げた


「'10年後のわたしへ

そろそろ20才になりますね。

けい察官になるゆめはかなえましたか?

それとも大学でがんばっていますか?

どんなことがあってもけい察官になるというゆめをあきらめないでね!

10才のわたしより '」


読み終えると、ミナは友達の方を見て照れくさそうに笑った。


「ミナはなんで警察官になりたいの?」


友達の一人が聞く。


「お母さんが昔、警察官だったから!!」


ミナは胸を張って答えた。


「ねえねえ、かおりとなおはなんて書いたの?」


………


あの頃、みんなに夢があった。

未来があった。

希望が、確かにそこにあった。


……


「じゃあまた10年後、掘り起こそうね!」


公園の片隅、大きな木の根元に穴を掘って、手紙を入れたクッキー缶を埋めた。


笑い声が、公園いっぱいに広がっていた。


……


そのタイムカプセルは掘り起こされることはない。

来るはずの未来を、あの日一瞬で奪われたから。

「説明文、見たでしょ。第七地球(ヴィルゴアース)のみんなの(たましい)と一緒に戦うって言ってたけど……どういうことか、本当に分かってる?」


ナツキが、諭すような声で問いかけた。


第七地球(ヴィルゴアース)まで“魄玉(はくだま)”を探しに行くってことなのよ。私や他の隊員が代わりに行くわけにはいかない。――ミナ、あなた自身が行かなきゃいけないんだよ。」


ナツキの声は強くも、どこか痛みを含んでいた。


「もちろん、私たちがミナに一緒についていくことはできる。けど、私たちだって生きて帰れる保証なんてないの。そんな任務に、上が許可を出すとは思えない。」


「……分かってます」


ミナは目を伏せ、低くぼそっとつぶやいた。


ナツキは一呼吸置いてから、真剣な表情で続ける。


第七地球(ヴィルゴアース)は今、敵の監視下に置かれてる可能性が高い。いつ見つかって襲われても、おかしくない。

それに――R2A (アールツーエー)爆弾が投下されて、身体に害を及ぼすような危険な残留粒子も、まだ消えていない可能性が高いの。

防護服を着たとしても、長時間はもたないわ。

この前ミナは、防御石(アフェクタクト)があったから生き残れたけど……

もう、あれは粉々で使い物にならないのよ」


「……アフェクタクト?」


ミナが小さく聞き返した瞬間、ナツキはハッとしたように目を見開いた。


「あっ……」


ごく小さな声でつぶやく。


「(……これ、タクミさんに“ミナには言うな”って言われてたんだった)」


ミナには聞こえないように、そっと呟いた。


「……もう言っちゃったから、言うけど」


ナツキは少し開き直ったように、肩を落とした。


「ミナが第七地球(ヴィルゴアース)で生き残ったのは、体の中にあった防御石(ぼうぎょせき)――アフェクタクトのおかげだったの。

もう今回は、それがない。あの地球(ほし)に行くのは、危険すぎる」


ナツキの目が鋭くなる。


「それに……」


ミナの目を見つめたかと思うと、ナツキはすぐに目線を外し、静かに言葉を続けた。


「……言っちゃ悪いけど、ミナは――

現実を知った今、第七地球(ふるさと)を、直視できるの?」


その言葉が、ミナの胸に突き刺さる。

心が、ズキンと痛んだ。


「……テレビの映像を見るだけでも、辛いでしょ?

薬だって、規定量以上飲もうとして……。

そんな心の状態で行ったって、結局、壊れちゃうだけだよ。」


ナツキは申し訳なさそうな顔をしていた。


「うぅっ……」


ミナがベッドにうずくまり、嗚咽を漏らす。


「……きついことを言ったかもしれない。

でも、私は――ミナのために言ってるから」


ナツキは拳を固く握りしめた。


ーーー


次の日の朝、ミナは宇宙防衛隊の本部ビルの前に立っていた。

自動ドアの前で、落ち着かない様子で行ったり来たりしている。


(どうしよう……第七地球(ヴィルゴアース)に行くには、宇宙船が必要。でもナツキさんにはもう頼れないし……。

偉い人に、直接お願いしに行く?)


昨日、ナツキには強く止められた。

けれど――ミナの意思は、もう固まっていた。


魄玉と一緒に戦う。

第七地球(ヴィルゴアース)に埋まっている、死んだみんなの魄玉とーー。


ふと、ある記憶がよみがえる。


(……そういえば、あのとき。家に入ってきた

 傷だらけで……ボロボロだった男の子)


ミナの胸に、第七地球(ヴィルゴアース)で出会ったあの少年の姿が浮かんだ。


(きっと、あの子も宇宙防衛隊の一人だよね?

 ……だったら、あの子に頼んでみようかな)


ーーー


宇宙防衛隊本部の二十階、会議室には班長以上の管理職たちが静かに集まっていた。


机はロの字型に整えられ、その中央には立体映像のホログラムが淡く浮かんでいる。

出席者たちはそれぞれ、薄く透明なタブレット端末を手に取り、資料を確認しながら無言で話に耳を傾けていた。


戦闘部隊第八班の班長・タクミも、その一角に静かに腰を下ろしている。


「研究班です。R2A爆弾の粒子を調査し、その機能の一部が判明しました」


白衣を着た女性が静かに立ち上がり、会議室に向けて報告を始めた。

中央のホログラム画面には、第七地球(ヴィルゴアース)の壊滅後の映像が映し出される。


「この広域兵器は、人間や動物の体内に粒子が侵入すると、内部から急激に熱を発生させ、身体そのものを蒸発させます。粒子に触れた生体は、骨すら残らず、完全に消滅してしまう――。極めて非人道的な兵器であることが確認されました」


声こそ淡々としていたが、彼女の表情には明らかに苦痛の色が浮かんでいた。


「しかも爆破対象は、生体反応のある動物に限定されていたようで、建物や植物にはほとんど損傷が見られませんでした」


会議室に重い沈黙が落ちる。


やがて、別の班の班長が手を上げ、発言した。


「人間のみを対象としたのは……第四地球(レオアース)での作戦失敗を踏まえて、ということでしょうか?」


「おそらく、そうだな」


そう答えたのは、副隊長の白髪の老人だった。年齢を感じさせる低い声には、悔しさと警戒がにじんでいた。


「その点も含めて、引き続き分析を進めてくれ」


「はい」


研究班の女性は短く応じ、深々と一礼してから静かに席に戻った。


「調査・報道班です。

医療班の聞き取り調査によると、(かけはし)ミナ氏は第七地球(ヴィルゴアース)で意識を失う直前、髪や衣服が乱れた少年の姿を目撃していたと証言しています。」


中央のホログラムが切り替わり、ミナの証言をもとに再現された少年の立体イラストが投影される。


「ただし、この特徴に該当する人物は、我が宇宙防衛隊の記録にも、敵勢力との交戦履歴にも一致する人物は確認されていません。」


彼は手元の端末を軽くスライドさせ、資料を切り替える。


「次に、救出の際に梯ミナ氏の近くで発見されたチップについて報告します。

このチップは、SOS信号の発信源であり、現地に急行していた戦闘部隊第八班が最初に発見・回収したものです。

この信号のおかげで、梯ミナ氏の居場所が正確に特定され、救助が可能となりました。」


周囲の空気がわずかに緊張を帯びる。


「このチップの識別コードは、二年前に殉職した我が宇宙防衛隊隊員の個人装備に記録されていたものと一致しています。

当該隊員の遺体は未回収であり、敵勢力によって遺体から取り出された可能性が高いと推測されます。」


「また、我が班の〈ハエ型報道用カメラ〉においても、件の少年を含め、敵勢と思しき人物の姿は確認されておりません。おそらく、R2A (アールツーエー)爆弾投下後に生じる危険残留粒子による身体被害を避けるため、敵勢力は現地への接触を控えていたと推察されます。粒子の消散を待った上で、第七地球(ヴィルゴアース)を管理下に置く意図があったのではないかと考えられます。」


彼は一度間を置き、静かな口調のまま言葉を続けた。


「もっとも、ハエ型カメラは限られた範囲しか記録できず、第七地球(ヴィルゴアース)全域を映すことは不可能です。よって、現時点では全容の把握には至っておりません。」


彼は手元の端末を操作して映像を停止し、深く一礼した。


ーーーーーー


(どうしよう……。直接探しに行くにしても、どの班にいるのか分からないし……。

受付ロボットに聞く?でも、それじゃ絶対怪しまれる……)


ミナは、あの少年をどうにかして探せないかと、考えを巡らせていた。


(もし怪しまれて、宇宙防衛隊の採用試験を受けられなくなったら……。それだけは避けたい……)


そのとき、視界の端に一人の男性の姿が映った。ナツキが「タクミさん」と呼んでいた、あの厳しそうな男性だ。

どうやら会議が終わり、下の階に降りてきたようだった。


(……あの人なら、ナツキさんと一緒にいたし、私の事情も少しは分かってくれてるはず。……怖そうだけど、ダメ元でお願いしてみる?)


ミナはぎゅっと拳を握り、恐る恐るその背中に声をかけた。


「あのっ……!」


思っていたよりも声が高く裏返ってしまい、心臓が跳ねる。


タクミは足を止めて振り返り、ミナの姿に気づくと、無言で耳に翻訳(ゼノコム)マイクを装着した。


「なんだ。宇宙防衛隊に、何か用か?」


ミナは一度だけ深く息を吐き、タクミにすべてを話した。

第七地球(ヴィルゴアース)に眠るみんなの“魄玉”を、自分の武器として身につけたいこと。

そして、そのために宇宙船を借りて、もう一度第七地球(ヴィルゴアース)へ行きたいということ——。


「……別に構わない。」


タクミの返答は、あまりにもあっさりとしていた。


「えっ……!」


驚きと喜びで、ミナの体は自然とつま先立ちになる。


だがその直後、タクミは低く重い声で続けた。


「ただし——俺たち宇宙防衛隊は、一切援護しない。第七地球(ヴィルゴアース)には、お前一人で行くんだ。」


タクミの目はまるで氷のように冷たかった。

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