第五話 届かぬ祈り
「まずは、ミナが宇宙共通語を勉強するところからね。」
ナツキは、児童養護施設のミナの部屋で、画面にうつる宇宙防衛隊の採用試験案内の資料を見ながら言った。
「一次試験には筆記試験と面接があるの。そこでは出身地に関係なく、宇宙共通語を話せないといけない。もちろん翻訳マイクは使用不可よ。」
ミナはごくりと喉を鳴らした。
「そもそも宇宙共通語がわからなければ、筆記試験の勉強もできない。だから、まずはそこからね。宇宙防衛隊は年齢・学歴不問だから、受けようと思えばいつでも受けられるけど……。宇宙共通語がまったく話せないミナの場合、早くても5~6年はかかると思っておいたほうがいいわね。」
「5~6年……18歳になっちゃう……」
ミナは指を折りながら、ぽつりとつぶやいた。
「18歳なら、ちょうどいいわよ。大体みんな高校を卒業してから入隊するからね。」
そう言ってから、ナツキは少し声を落とし、ぽつりとつぶやいた。
「まあ、私は高校のときに試験落ちて、2年就職浪人して入隊したから……20歳での入隊だったんだけどね……」
ミナは、それを聞いて小さく苦笑いを浮かべた。
「それと、同時に進めておきたいのが――実技対策ね。」
「実技?」
「そう。二次試験には、戦闘の実技試験があるの。ま、武器の種類は何でもいいんだけど……入隊後もずっと使うことになるから、慎重に選ばないとね。」
そう言って、ナツキは部屋の空中にホログラム画面を呼び出した。
画面には、さまざまな武器の写真と名称がずらりと表示されている。文字はすでに日本語に翻訳されていた。
「宇宙防衛隊が使う戦闘武器は大きくわけて三つの種類があるの。一つは化学武器。化学反応を利用して攻撃する武器ね。宇宙防衛隊の大半はこの化学武器を使っているわ。」
「ナツキさんも?」
「いや、私は違うわ。私が使っているのは工学武器。電気を動力にする武器。初心者にも扱いやすい、おすすめの武器よ。」
「もうひとつは?」
「霊学武器。」
「れいがく?」
ミナは首をかしげた。
「簡単に言えば、工学でも化学でも説明できない、目に見えない不思議な“力”を扱う武器ってとこかしら…。まあ、霊学武器を使ってる人なんて、今はほとんどいないからいいわよ。」
そう言われながらも、ミナの視線は自然とある武器に吸い寄せられていた。
それは、霊学武器の一覧の中に、ひっそりと載っていたひとつの球体。
「……魄玉……」
ミナはその名を、思わず声に出していた。
説明文を表示すると、簡潔にこう書いてあった。
ーー人のたましいは、魂と魄でできている。
魂はあの世へと還り、魄はこの地に残る。
「ナツキさん、この武器って…」
「魄玉?聞いたことないわね。」
ナツキはそう言いながら、別の画面を呼び出して、検索をかけた。
-魄玉は、人が死んだ場所に残留するたましいである。
通常は目に見えないが、戦士の心と感応したとき、その姿を現す。
共鳴した者だけが、それに触れ、操ることができる。
多数の魄玉が集まったとき、それはどんな武器の形にも盾の形にもなる。
「うーん……難しそうね、この武器。実際、防衛隊に使い手がいないなら、技の習得も苦労するだろうし。」
ナツキは腕を組み、少しだけ考えこむ。
「無難に化学系の武器にする? それか……私とおそろいにしてみる?」
「…あ…、はい。」
ミナは何かを言いたそうにしながらも、そう返事をした。
ーーー
筆記試験では時事問題も出題される。
そのため、日頃からニュースに目を通しておかなければならない。
ニュースの時間になると、ミナはそっとテレビの前に座った。
第一地球で今日起こった事件を、アナウンサーが流れるような口調で読み上げていく。
ーー続いてのニュースです
画面が切り替わり、第七地球の映像が映し出された。
ーー第二地球による第七地球への爆弾投下事件について──
ミナの視線はテレビに釘づけになったまま、震える手で机の上にあるはずの薬瓶を探る。
呼吸は浅く、荒い。
指先が薬の小瓶に触れた瞬間、ナツキがぱしんと手をはたいた。
「ダメ。さっき飲んだばかりでしょ。飲みすぎ」
その声はきっぱりとしていて、いつもより少し鋭かった。
「つらいなら、無理して見ないでって……言ったよね」
ミナは小さくうなだれた。
「……すみません。薬はもう飲まないから…」
ナツキが震えるミナの手をぎゅっと握った。
その温もりに包まれながら、ミナは涙を浮かべた目で、もう一度テレビを見つめ直した。
ーー本日、第一地球政府と宇宙連盟は、犠牲となった住民を悼む慰霊碑を、首都中央公園内に建立しました。
画面には、公園に建つ黒い慰霊碑が映し出される。慰霊碑には英語で"In Eternal Memory of the Lives Lost on Virgo Earth."(ヴィルゴアースで失われた命に永遠の追悼を。)と刻まれている。
その足元には、色とりどりの花が供えられていた。
静かに手を合わせる人々の姿もあった。
「そんなの…届かないよ…」
ミナは画面を見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。
こんな遠く離れた宇宙の星でどんなに祈ったって、死んだ第七地球のみんなには届かないよ。
今もきっとみんなの魂は第七地球の上で、あるはずだった未来を探しているんだ。
もう未来は来ないのに…
「ナツキさんやっぱり私…」
ミナが静かな声で言う。
「やっぱり私、魄玉を武器にしたいんです。別の武器を注文してくれたところ申し訳ないけど…。第七地球のみんなの魄と一緒に戦いたいんです。」
ミナの瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
その涙は、静かに頬を伝いながら、決意の言葉を濡らしていった。
すると、ナツキがふいに顔を伏せた。
しばらく沈黙のあと――
「……ダメ。」
ナツキは冷たく、短く応える。
「今回は絶対ダメ。いくらミナが望んでも、私が全力で止めるから。」