第四話 決意
宇宙防衛隊の本部に移送された後は、毎日のように身体検査と心理検査を受け続けていた。
無機質な白い部屋、繰り返される同じ質問。
それはまるで尋問のようで、彼女が“敵側の人間ではないか”と疑われているようにも感じた。
頭には幾本もの管につながれた重いヘルメットをかぶせられ、検査員たちは脳波を読み取りながら、まるで嘘を見抜こうとしているようだった。
緊張の抜けない日々が続いた。
一通りの検査が終わったころには──あの“事件”から、もう三ヶ月が経っていた。
「ミナ、出所おめでとう!!!」
宇宙防衛隊本部のロビーで、ナツキは満面の笑みで声をかけた。
彼女はミナが検査入院しているあいだ、毎日欠かさず顔を見に来ていた。
「出所って……私がなんだか悪いことでもしてたみたいに…」
ミナが苦笑すると、ナツキは悪びれもせず手をひらひらと振ってみせた。
「ごめんごめん。でも、やっと解放されたじゃない?」
ミナの顔にも、自然と笑みが浮かぶ。この3ヶ月で、ミナは少しずつ心を取り戻していた。笑顔も増え、以前より食事も摂れるようになっていた。
「これから、児童養護施設に行くのよね?案内するわ。」
「ありがとうございます!」
ミナは明るく返事をした。
「その前に…!」
ナツキがいたずらっぽく笑みを浮かべた。ミナはぽかんとした表情で、ナツキを見つめる。
「第一地球の探検だー!」
ナツキはミナの手をとり、レッツゴーのポーズを決めた。
「探検、やったー!」
ミナもワクワクした声を上げ、軽やかにその手についていく。
そう言って、二人は施設の外へと飛び出した。
「まず、これが宇宙防衛隊本部でしょ? こっちが宇宙連盟の中枢機関。あっちが警視庁本部で、その奥が都庁ね!」
ミナの前に広がったのは、高くそびえるビル群だった。
「すごいでしょ!!」
ナツキは振り返りながら、満面の笑みをミナに向けた。
だがミナは、少し困ったような顔をしていた。
「えー!? すごくないの!?」
ナツキが慌てて声をあげる。
ミナは申し訳なさそうに言った。
「高い建物なら……私の住んでた東京にもありましたし……。もっと、空飛ぶ車とか、電車とか、そういうのが走ってるのかと思ってました」
「チッチッチッ」
ナツキが人差し指を左右に振った。
「空飛ぶ車や電車なんて、1500年前の乗り物よ。今はもう、そんなの必要ないんだから!」
…必要ない?
ミナはあたりを見渡した。けれど、どこにも乗り物の姿はない。ふと気づけば、道路にも一台の車すら停まっていなかった。
「乗り物なんて、一台も……」
ミナがつぶやくと、ナツキがにやりと笑って指をさした。
「あれよ!」
指の先には、建物の壁に埋め込まれた一台のエレベーターのような装置があった。見た目は、どこにでもある、何の変哲もないものだった。
「……エレベーター? 私の地球にも、ありますけど……」
ミナは少し苦笑いを浮かべた。
「それがね、ただのエレベーターじゃないのよ」
ナツキはいたずらっぽく笑いながら、装置のドアを開けて乗り込んだ。
中は一見、普通のエレベーターに見える。
だがよく見ると、行き先を示すボタンがどこにもない。
「ミナ、行きたい場所の名前を“入力”してみて」
「入力?……どこにキーボードがあるんですか?」
「キーボードって……博物館でしか見たことないなあ」
ナツキがバカにしたように笑ったので、ミナは思わずムッとした顔になった。
「頭の中で入力するのよ」
そう言って、ナツキは自分のこめかみを指差す。
「頭で……?」
「うん。試してみて。簡単だから」
(頭の中で入力……えっと、宇宙連盟直営児童養護施設わかば)
すると、目の前に何もない空間にふわりと光のスクリーンが現れ、
『宇宙連盟直営児童養護施設わかば』という文字が日本語で浮かび上がった。
「この施設でお間違いないですか?」
エレベーターから機械音声が流れ、
画面には施設の名称、住所、そして建物の画像が映し出された。
「はい」
ミナが答えると、エレベーターは音もなく動き出し──
一秒も経たないうちに「チン」と小さく音がして、ドアが開いた。
ドアが開くと、先ほどまでの摩天楼の景色とはまるで別世界のような、穏やかな田園風景が広がっていた。
目の前には赤い屋根の小さな建物。あれが、これからミナが暮らす児童養護施設なのだろう。
「こんな一瞬で……。信じられない。」
「すごいでしょ?でもね、本当にすごいのはこれ」
ナツキは田んぼを指さした。
水面に、いくつもの小さな波紋が広がっては消えていく。
目を凝らすと、田んぼの上だけに雨が降り注いでいた。
まわりの空は晴れているのに。
降っているのは、そこだけ。
「天気を操っているの。第一地球大気の外側には気象膜があって、そこからピンポイントで天候や気温を調整できるのよ。ちなみに、地球防衛隊本部には一滴も降らないわ。ダムとか、森とか、田んぼとか――必要な場所にだけ雨が降る仕組みなの」
「そんなことが……できるんだ!」
ミナの瞳がまん丸になった。
「こう見えて私も第二十二地球出身の田舎者でね。初めて見たときは感動したのよ」
ナツキはくすくすと笑った。
「ま、さすがに私のふるさとも自動車は使ってなかったけどね」
ミナは黙ったまま、目の前の景色を見つめていた。
――私たちが住んでいた地球とは、全然ちがう。
私たちが知らなかっただけで、宇宙には第七地球より発展してる地球がたくさんあったんだ。
便利で、安全で、豊かで、守られている世界。
だから…滅ぼされたわけだ。
だから…侵略されたわけだ。
胸の奥がぎゅっと締めつけられるようだった。
目の前の田んぼがかすんでゆがんで見える。
「ミナ、大丈夫?」
ナツキの声に、ミナははっと我に返った。
「すみません、大丈夫です」
「そう?……もしよかったら、うちで少し休まない? まだ見せたいものも、たくさんあるし!」
ナツキの家へも、またエレベーターで移動した。
彼女は宇宙防衛隊の独身寮に住んでいるらしい。
「狭いけど、どうぞ上がって!」
中に入ると、そこはワンフロアのコンパクトな部屋だった。
スイッチを押したわけでもないのに、照明がふわりと灯る。
「ゆっくりしていって。ずっと検査ばかりで疲れたでしょ? 養護施設にも慣れるまでは大変だろうし。しばらくここに泊まってもいいわよ」
「……ほんとですか?」
「うん、もちろん。あ、そうだ、テレビでも観る? 翻訳マイクもあるし」
そう言ってナツキはバッグからマイクを取り出し、ミナに渡した。
だが、部屋を見回しても、テレビのディスプレイらしきものは見当たらない。
「テレビなんて、どこにも……」
そうつぶやいたその瞬間、ミナの目の前に光の画面がふわっと浮かび上がり、テレビの映像が流れた。
ナツキがリモコンを使った様子はない。
「この家はね、私の思考と連動してるの。考えたことが信号になって、家電が動くのよ」
「へぇ……すごい!!」
「チャンネルだって変えられるのよ」
そう言ってナツキはチャンネルを切り替えた。
――次のニュースです。第二地球による第七地球爆弾投下事件について……
「あっ、ごめんね」
ナツキは慌てて別のチャンネルに切り替える。
「いや、待ってください。さっきのチャンネルに戻してください」
「えっ……」
ミナはまっすぐ画面を見つめたまま言った。
(目を背けちゃダメだ。……起きた現実から目を逸らしちゃダメだ!)
ミナの真剣な表情に、ナツキは無言でチャンネルを戻す。
――今年11月に発生した第二地球による第七地球への爆弾投下事件をめぐり、宇宙連盟政府は昨日、改めてこの行為を「極めて卑劣かつ容認しがたい侵略行為」として強く非難しました。
また宇宙連盟は声明の中で、「非認知惑星に対する一方的な武力行使は、すべての構成惑星の平和と安全を著しく脅かすものであり、決して看過できない」と強調。宇宙防衛隊による報復措置を含め、今後の対応を検討する構えを示しました。
なお、この投爆事件によって、宇宙連盟が保護した一名を除き、第七地球の全人口が消息不明となっています――
画面には、今は無人となった第七地球の映像が映し出された。そこには、ミナのふるさと――東京の街並みもあった。
教室から忽然と消えた、あの友達たちの姿が、ふっと脳裏によみがえる。
頭の中がかき乱される。
見ていた画面が歪んでいく。
呼吸がうまくできない。浅くて速い息が、勝手に繰り返される。
もっと吸わなきゃと、体が勝手にあえぐ。
胸が締めつけられる。
苦しい。
ナツキが何かを言っているが、声が遠い。
息が苦しい。
目の前が、暗くなっていく。
(こんなんじゃだめだ……もっと強くならなきゃ……みんなの分も戦わなきゃいけないのに……)
「大きく吸って――吐いて――」
ナツキがミナの背中を必死にさする。
その声が、やがて耳に届いてきた。
「大きく吸って――吐いて――」
ナツキの声にあわせ、ミナもゆっくりと呼吸する。
少しずつ、少しずつ、呼吸が整っていった。
テレビの中から、ナレーターの声が響く。
――第二地球の情勢に詳しい専門家、アカサカさんに来ていただきました。アカサカさん、今回の爆弾投下事件は、8年前の第四地球への爆弾投下と、どのような違いがあるのでしょうか?
「……レオアース?」
ミナが、ぽつりと小さく呟いた。
「8年前、第四地球でも同じように爆弾投下事件があったの。それがきっかけで、第二地球は宇宙連盟を脱退したんだけど……」
第七地球が、初めてじゃない?
私たちの地球だけじゃなく、すでに滅ぼされた地球が、他にも……?
胸の奥に、静かに燃えるような怒りがこみ上げてくる。
「許せない……」
ミナはそう呟き、膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。
すると、隣にいたナツキがテレビから目を離さずに言った。
「私も、同じ気持ちだよ、ミナ。」
その目は、まっすぐだった。
「ミナの夢、応援する。宇宙防衛隊になるっていう夢……絶対に、叶えよう。」