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深更のミナ  作者: 安房 カズサ
第一章 地球滅亡編
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第三話 名前の意味

「お母さん、今度の総合学習でね、自分の名前の由来を発表することになったんだけど…"ミナ"って、どんな意味があるの?」


台所で夕飯をつくってる母に、そう声をかけた。


「ミナの由来ねぇ…うーんなんだろう??響きがいいから?」


「それだけ?だって、妹の未希(みき)は"未来に希望が持てますように"って漢字で、ちゃんと意味があるのにさ、私はカタカナでミナって…なんか適当じゃない?」


母は、少し困ったような顔をした。


それから私はずっと、名前の意味を探していたのかもしれない

会議は二時間以上続き、窓の外はすっかり暗くなっていた。ナツキの表情もまた、深い影を帯びていた。


――第七地球(ヴィルゴアース)は、ミナを除いて全滅。


その事実をミナにどう伝えればいいのか。考えるだけで、胸の奥が張り裂けそうだった。


会議では、ミナの扱いをめぐる議論が白熱していた。

本来、非認知惑星の住民には使用不可能なはずのSOS信号がチップから発信されていた――その事実だけでも、

「スパイだ」「始末すべきだ」

という意見が、躊躇いなく飛び交った。


だが、ミナがまだ未成年の小学生であること、第七地球(ヴィルゴアース)の言葉を完璧に話すネイティブであることなどを踏まえ、総合的な判断の結果、「要保護」にするとが決定された。


「また未成年保護法か。この組織はほんと、甘すぎる」


タクミはナツキに苛立ちをぶつけるように言い放った。


未成年者、特に18歳未満の非行に対しては刑事罰ではなく、更生教育を優先すべきだというのが宇宙防衛隊の方針だった。


そして、なぜミナが唯一第七地球(ヴィルゴアース)で生き残ったのか――


それはミナの体内に防御石――アフェクタクトがあったからではないかと推測された。


その報告が告げられた瞬間、会議室はざわめきに包まれた。


防御石(アフェクタクト)

その鉱石には、死に直結するようなあらゆる致命的な攻撃を遮断する力があると信じられていた

だが、その存在を誰も確認したことはない。宇宙のどこかに埋もれている可能性は何度も議論されたが、発見の報告は一つとしてなく、検証もされていない。

そのため、人々には「幻の石」とも呼ばれていた。


その防御石(アフェクタクト)が、彼女の体内から検出されたというのだ。

すでに粉々に砕け、その機能は失われていたが、解析の結果、それが間違いなく防御石(アフェクタクト)だったことが確認された。


なぜ彼女の身体に防御石(アフェクタクト)が存在したのか。

なぜ宇宙防衛隊に向けて、あのSOS信号を発信することができたのか――


謎は、ますます濃くなるばかりだった。


「ナツキさん、お帰りなさい! 会議、お疲れさまでした!」


病室のドアを開けると、ミナがベッドの上でちょこんと座っていた。さっきよりも少しだけ表情が和らいでいる。


「会議、長かったですね。二時間もやるなんて」


ナツキは微笑をつくり、小さくうなずいた。


「あのね……あ、まだ名前聞いてなかったっけ……」


(かけはし)ミナです」


「ミナちゃん……少し、大事なお話をしてもいいかしら?」


ナツキの声が、ふと重たくなる。ミナの表情に、かすかな不安の影がさした


「さっきの会議でね、あなたのいた地球――第七地球(ヴィルゴアース)についての報告があったの」


その言葉に、ミナの身体がぴくりと動く。


「私たち宇宙防衛隊の調査では……あなた以外の生存者は確認されていないの」


ミナの目が見開かれる。


「……え?」


「あなたの地球には、R2A (アールツーエー)爆弾という広域兵器が使用されていたわ。特定の時間に大気を破壊して、……人の痕跡ごと、消し去ってしまう爆弾よ」


ナツキの声は静かだったが、重く響いた。


それ以降の言葉は、ミナの耳に届かなかった。目の前の世界が急に遠ざかっていく。音が消え、色が消え、ただ胸の奥に冷たい何かが流れこんできた。


目に溜まっていた涙が、静かに頬を伝う。


「みんな……死んだっていうんですか……?」


ナツキは黙ってうつむく。


「お母さんも? お父さんも? 未希も……?なおも……?かおるも……?」


呼ぶたびに、声がかすれていく。


そして――


「そんなの…やだ……やだよ……どうして……」


ミナは小さな体を震わせ、ついに声をあげて泣き出した。震える手でシーツをぎゅっと握りしめ、うまく息をすることもできずに、声にならない叫びを何度もくり返した。


──そして、ゆっくり二週間が過ぎた。


「ミナちゃん、あれから……食事も、水も、何も口にしていません。かろうじて救護班が点滴をつないでくれてるから、命の危険はありませんけど……」


ナツキはうつむいたまま言った。


「……お前が、そこまで気にすることじゃない」


タクミの声は低く、どこか遠かった。


「でも……第七地球(ヴィルゴアース)が壊された原因のひとつは、私たち宇宙防衛隊の目が行き届いてなかったことでもありますし……」


「……」


タクミは黙って視線を落とす。


「想像できますか? ミナちゃん、自分ひとりだけ生き残って、家族も友達も……全部、消えたって知って……」


その言葉に、ふたりの間に沈黙が落ちた。


ナツキは、ほとんど毎日ミナのもとを訪れていたが、声をかけても、反応しなかった。返事はおろか、視線すら合わない。

そして、ときおり思い出したように、ひとりで涙を流していた。


「……今日も、話をしに行ってきます。」


椅子から立ち上がろうとするナツキに、タクミがぽつりと呟いた。


「あまり……深入りしすぎるなよ」


それは心配のようでもあり、忠告のようでもあった。


「……分かってます。でも、放っておけないんです」


ナツキは病室の前で、一度深く息を吸った。

少しだけ目を閉じて、気持ちを整える。


それから静かにノックをする。


「ミナちゃん。……入るわね」


返事はない。けれど、そっと扉を開けた。

ミナは昨日と変わらない姿勢のまま、ベッドの上にじっと座っていた。細い肩が、小さく揺れているように見えた。


「……今日は、ご飯……食べられた?」


ナツキはやさしく声をかけた。

視線を落とすと、テーブルの上には冷めきったスープとパンがそのまま残っている。

一口も、減っていなかった。


「そっか…無理しなくて大丈夫よ」


そう言いながらも、ナツキはすぐに心の中で訂正した。


――違う。この子は、もう嫌ってほど無理をしている。このベッドにこうして座っているだけで、もう精一杯なんだ。

ご飯なんて、食べられるわけがない。


それくらい辛くて苦しい経験をしているんだ。


「……ごめんなさい。じゃあ、また来るわね」


ナツキはそう言って病室を出ようとした。


そのとき――


「ナツキさん……ありがとうございます……」


かすれた声が、背中に届いた。ミナの声だった。


「……ミナちゃん!」


ナツキは驚いて振り返り、思わず微笑む。

ミナの頬には、涙が一筋、流れていた。


「ありがとうございます。いつも返事できなくて……ごめんなさい……。もう……大丈夫です。」


ミナは、泣くのをこらえるように唇をきゅっと結びながら、それでもまっすぐにナツキを見た。瞳には、いまにもあふれそうな涙が光っていた。


「死んだみんなの分も……私が頑張らなきゃですよね…。」


声が震えていた。

ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。その小さな身体が、嗚咽に揺れた。


「…すみません。泣いちゃいけないのに…。頑張んなきゃいけないのに…。」


ミナは、止まらない涙を袖で必死にぬぐった。けれど、拭っても拭っても、涙はあとからあとからあふれてくる。


「ううん、泣いていいの。つらいときは、たくさん泣いていい。泣いて、泣いて……。そしたらまた笑える日が絶対来るから。」


そしてナツキは優しい声でいった。


「だってあなたは、“ミナ”だもの。」


ナツキはミナの目を見つめた。


「“ミナ”ってね、宇宙の共通語で“笑顔”って意味なんだよ。だから大丈夫。必ずまた笑顔になれる日がくるよ。」


“ミナ”は、“笑顔”。


その言葉が胸にじんわりと染みこんで、ミナは涙に濡れた頬のまま、かすかに唇をゆるめた。


それは、今にも消えそうな光でありながら、確かに輝く、夜空の星の光のようだった。


「……ごめんなさい。私、変なこと言っちゃったかも」


ナツキはあわてて言った。


「違うんです」


ミナはそっと首を横にふった。


「本当に……そんな意味が込められてたらいいなって、思って……。」


ミナはそっと微笑んだ。


「あとね、ナツキさん。私夢ができたんです。」


「夢?」


ナツキが聞き返すと、ミナは小さく頷いた。


「私、ナツキさんみたいに、宇宙防衛隊に入りたいんです。大変かもしれないけど、頑張って、死んだみんなの分も戦いたいんです」


その瞳はまっすぐに、ナツキをみつめていた。


「なれるよ、ミナちゃんなら。絶対。」


ナツキもまた、優しく微笑んだ。


その瞬間、閉ざされていたような病室に、

ほんのわずかに――けれど確かに、やわらかな光が、差し込んだ。


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