第二話 宇宙防衛隊
——ピッ、ピッ、ピッ……
規則的な電子音が、静かな空間に響いていた。
ミナは、まぶたの裏に残る光の残像を感じながら、ゆっくりと目を開ける。
(……ここ、どこ?)
白くて無機質な天井。
ふわりと柔らかいベッド。
隣には、透明な板のようなパネルが空中に浮かび、彼女の脈拍や体温が表示されていた。
(病院?でもみたことのない機械ばかり…)
どこかで話し声が聞こえる。振り向くと、壁に映し出された画面に白髪の年老いた人物が映っている。それに向かって30代前半くらいの男性が何かを話していた
『彼女が倒れている付近にSOS信号の発信源だと思われるチップが落ちていました。我々の標準装備と同じ型のです。敵側の罠という可能性もあります。現段階では、チップに追跡装置や爆発源は検出されていませんが…』
ミナには何を話しているかわからなかった。日本語ではない。聞いたことのない言語で話をしている。
意味は分からないのに、声の調子や話し方、人々の表情がじわじわと胸に不安を広げていった。
「目を覚ましたのね。はじめまして」
「わっ!!」
すぐそばから急に聞こえた日本語にミナはびくりと肩を跳ねさせた。目の前にいたのはヘッドマイクを身につけた若い女性。黒い長い髪をおろしている、凛とした雰囲気の人だ。
「驚かせてごめんなさい。ここは宇宙防衛隊の救護施設。私は紅ナツキといいます。SOS信号を受信して保護しました。」
「???」
ミナの頭の中にいくつもの疑問符が浮かぶ。
SOS信号?宇宙? 防衛隊?
ナツキはミナの反応を見て、少し困ったように笑った。
「やだ、ごめんなさい、第七地球は宇宙連盟の非認知惑星だったわね。宇宙防衛隊って言っても分からないわよね」
ヴィルゴアース……? 宇宙連盟……?
戸惑うミナの背後で、先ほどの男性がナツキに声をかけた。
『目を覚ましたのか』
『はい、タクミ班長』
ナツキはヘッドマイクをはずしてふりむいた、
タクミと呼ばれる男性は、再び画面越しの老人に向き直る。
『ケイ副隊長、彼女は恐らく第二地球側のスパイでしょう。すぐに刑務所に送るべきでは』
『えっ、待ってください』
ナツキがあわてて制止する。
『確かにスパイの可能性もありますが、彼女が何も知らない第七地球の住民の可能性もあります』
ケイと呼ばれる老人が低く重々しい声で答える
『どちらにせよ、身体検査の結果が出てから、上の指示をあおぐ。少し待っててくれ』
『ですが』
『それまで救護班と一緒に彼女を見ていてくれ』
ナツキ達の会話が一段落したのを見計らい、ミナはそっと声をかけた。
「お姉さん、何を話していたの?」
『どうしたの?』
ヘッドマイクをつけていない女性の言葉はミナには聞き取れなかった。
(ヘッドマイクがないと日本語が話せないんだわ)
ミナのきょとんとした顔に気づき、ナツキはあわててヘッドマイクをつけた。
「ごめんなさい、この翻訳マイクがないとお話しできないの。初めて見たでしょ」
「なんかアイドルがつけてるやつみたい」
ミナの言葉にナツキが声を出して笑った。
「あはは。第七地球にもアイドルっているのね。」
「ヴィルゴアース?」
ミナは聞きなれない言葉に眉をひそめる。
「あ、ごめんなさい、ヴィルゴアース、第七地球と呼ばれる地球は、あなたが住んでいた地球のことよ。ちなみに宇宙防衛隊の本部は第一地球にある。」
ミナの頭の中にはまたしても新しい疑問が浮かんだ。
「第七ってことは七つも地球があるってこと?私の住んでいる地球が七番目?」
「うーん、何から話せばいいのやら…」
ナツキが少し困ったように微笑んだそのとき、副課長の男と話していたタクミのどなり声が飛んできた。
『ナツキ、むやみに情報を与えるな。彼女はスパイの可能性もあるんだぞ』
それに対し、ナツキは翻訳マイクを外し、すぐさま反論した。
『彼女は第七地球の言語で話してるんだから、第七地球の住民でしょう!』
『……っ!』
タクミは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。
ナツキはくるりとミナのほうを向き、翻訳マイクをつけ直すと、にっこり笑って言った。
「えっと、話が止まっちゃってごめんなさい。七つも地球があるのか、っていう話だったわよね」
ナツキは少し考え込んでから、やさしく尋ねる。
「ねえ、あなたが住んでいた地球では、どのくらい宇宙開発が進んでいたの?」
ミナは首をかしげながら答えた。
「宇宙開発……? なんか昔、アポロ?が月に上陸したって聞いたことあるような。あ、近い将来、月に旅行できるようになるってニュースで見たような気もするけど……」
ナツキは少しだけ目を見開き、うなずいた。
「なるほど。月旅行ができるようになったのは、私たちの世界では……もう二千年くらい前のことね。」
「に、二千年前……?」
ナツキはひとつ息を吸い、語り出した。
「じゃあ、最初からお話しするわね。
かつて“地球”、つまり生命の星は、この宇宙にたった一つしかないと考えられていたの。でも、それは違った。同じような環境で、似たような進化を遂げ、人間が社会を築いている地球が、他にも存在していたのよ」
ミナの目が大きく見開かれる。ナツキは続ける。
「ただ、距離が遠すぎて、交流は不可能だと思われていた。でもね、宇宙開発が進んで——200年前、第一地球と第二地球の間で初めて交流が行われたの。それをきっかけに、他の地球とも次々に繋がっていった。そうして発足したのが“宇宙連盟”。宇宙の平和を維持するための、連携組織よ」
「宇宙……連盟……」
「私たち宇宙防衛隊は、その宇宙連盟の組織の一つなの。今、連盟に参加してるのは52の地球。だけど中には、宇宙船などの技術がまだ未熟で宇宙連盟の存在すら知らない地球もある。
あなたが住んでいた第七地球のようにね。そういう地球を“非認知惑星”って呼ぶんだけど」
ミナはぽかんとしながらも、徐々にナツキの言葉を少しずつ理解していく。
(私たちが知らなかっただけで、宇宙の他の星にも人間が暮らしていたんだ…。)
「基本的に認知惑星は、非認知惑星との交流を禁止されてるの。非認知惑星が自力で宇宙開発を進め、宇宙連盟の存在に気づいたとき、初めて宇宙連盟に加入できるのよ。
宇宙防衛隊はこの宇宙の治安維持のために活躍している。つまり平和を守る正義の味方。私たちはその一員なんだ」
ナツキがそう言い終えたとき、ミナの胸の内に光が差し込んだ。
(そっか……宇宙防衛隊の人が、私を助けてくれたんだ。あの時、家で会った髪のボサボサの男の子も、きっと宇宙防衛隊の人だったんだ。口をふさがれたときは殺されるかと思ったけど……)
(ーーきっと、みんなも保護されてたんだ!)
ぱあっと、ミナの表情が明るくなった。
「お姉さんたちが、地球のみんなを保護してくれたんですね!? みんなは……地球の他のみんなは、どこにいるんですか? 別の部屋?」
…その一言に、ナツキのまぶたが微かに震えた。
『ナツキ、17時から緊急会議が始まるそうだ』
振り返ると、タクミが、険しい顔で立っていた。
『了解です』
ナツキはミナの方へ向き直り、ゆっくりと微笑んだ。
「ごめんね。今から会議があるの。また後で、続きを話すわね」
ミナにそう告げて、ナツキとタクミは足早に医療室を後にした。
廊下を歩きながら、ナツキは口を開く。
「……タクミさん。今回の緊急会議って…」
「第七地球の調査結果が出たらしい」
ナツキの表情がこわばったまま、二人は別室の会議視聴ルームに入っていった。
部屋の壁には、リモート接続された宇宙防衛隊本部の会議室が、まるで目の前に広がっているかのように映し出されている。
やがて、画面から司会者の声がマイク越しに響き渡る。
「えー……非認知惑星第七地球の大気を調査した結果、本日、宇宙共通時間午前4時18分に——R2A 爆弾が投下されたことが確認されました」
会議室に、どよめきが走る。
「また、調査・報道班による報告では、保護された1名を除き、第七地球に生存者はいないと考えられます」
ナツキは息をのんだ。
数秒の沈黙ののち、絞り出すように言葉を吐く。
「……こんなこと、許されていいはずがない」