第十七話 受験番号548
「そんなに暗い顔しないの!」
ナツキが、ぱしんとミナの背中を叩いた。
面接が終わったあと、ミナは泣きながら児童養護施設の部屋へ戻ってきたのだった。
「……もう、絶対に落ちました……」
ソファにうずくまりながら、ミナは膝を抱えて顔を伏せる。
ぐずぐずと鼻をすすっている。
「そんな、まだ分からないことでぐじぐじしないの。筆記はできたんでしょ?」
「……できたってほどでもないですけど……」
「じゃあ大丈夫よ! 最悪、来年受ければいいじゃない?
宇宙共通語すら話せなかったミナが、たった2年で受験までこぎつけたんだよ? 普通、もーっとかかってもおかしくないのに! もうそれだけで十分すごいんだから!」
ナツキは、腕を組んで得意げに言った。
「……きっと……来年も無理ですよ……」
ミナの声は小さく、心の底からしぼり出すようだった。
「……みんな、私のこと……第二地球の人間だって。スパイだって疑ってて……。なんで生き残ったのかって、何度も何度も聞かれて……。まるで尋問でしたよ……。面接なんかじゃない……あんなの……鼻から採る気がなかったんですよ……」
「――大丈夫」
ナツキが、そっとミナの頭に手を置いた。
その手のひらはあたたかく、どこか懐かしいぬくもりがあった。
「……実はね、私もミナと同じ。ちょっと"ワケあり”だったんだけど……それでも合格できたの。だから、ミナもきっと大丈夫」
「えっ……?」
ミナが顔を上げる。
「それに、うちの隊にはケイ副隊長がいるから!」
「ケイ副隊長?」
「いなかった? 白髪で黒い髭のおじいちゃんみたいな人」
「あっ……いました」
ミナは面接の最後、重い問いを投げかけてきたあの人物を思い出す。
「あの人はね、昔は相当ヤンチャだったらしいよ。悪さもしてたし、履歴だって真っ黒。
でも、それでも宇宙防衛隊は彼を受け入れてくれたの。そのこともあって、ケイ副隊長は出自とか昔の過ちとかで人を決めつけないの。ちゃんと、その人の中身を見てくれる人。」
ナツキは少しだけ遠い目をして、静かに微笑んだ。
「……私も、ケイ副隊長にはお世話になってるから……」
その言葉に、ミナの目に光が灯る。
「それにね? なんといっても、いま倍率下がってるし!」
ナツキが指を立てて得意げに笑う。
「宇宙防衛隊になりたい人、最近ほんっとに少ないのよ」
「えっ、そうなんですか?」
ミナは驚いた顔で尋ねた。
これまでずっと試験勉強に集中していたミナは、倍率なんて気にしたこともなかった。
「そうそう、だからチャンスは全然あるってわけ!」
「……じゃあ、ナツキさんのときは……結構倍率高かったんですか?」
ミナは、以前ナツキが二回試験に落ちたと話していたことを思い出し、軽い気持ちで口にした。
しかし、その瞬間――ナツキの表情がふっと曇る。
「……私は……」
ナツキの声が少しだけ細くなる。
「ミナみたいに……強くなかったから……」
その目に、ふと影が差した。
ミナは、はっとして口をつぐむ。
けれど、ナツキはすぐにいつもの笑顔に戻って、手をひらひらさせながら明るく言った。
「いやー! あんまり勉強してなかったからさー! 二回も落ちちゃったのよー!」
その笑顔は、どこか無理に明るさを演出しているようでもあった。
――――――
――なんで、あんなこと聞いちゃったんだろう。
ミナの頭からは、ナツキのあの曇った顔が離れなかった。
大好きな人の、あんな表情なんて……見たくなかった。
正直、一次試験の結果よりも、そっちの方がずっと気になっていた。
けれど――ナツキは何もなかったかのように、いつも通り明るく笑っていた。
(……私の、気にしすぎ……かな)
そんな日々が過ぎて、気づけば二週間。
そしてついに――合格発表の日がやってきた。
――――――
一次試験の合格発表は今日の13時。
合否はWeb上で確認できる。
児童養護施設のミナの個室で、ミナとナツキは並んでタブレットの画面をじっと見つめていた。
13時になるのを、二人とも黙って待っている。時計の秒針だけがカチカチと音を立てて進んでいた。
今日はナツキの勤務日だったが、ミナのために早退してきてくれていた。
時計の針が「カチ、カチ」と秒を刻むたびに、胸の鼓動が大きくなる。
そして――
「カチ」
時計の針が13時を指した。
「13時だよ、ミナ」
「はい」
ミナは深呼吸をひとつ。頭の中で、自分の受験番号を一つずつ丁寧に思い浮かべる。
『5』『4』『8』――
彼女の思考は、第一地球の高等技術によって無線の信号となり、タブレットへと送られていく。
瞬時に反応した画面の検索ボタンが押され、結果が表示される。
―――宇宙防衛隊候補生選考 一次試験 結果―――
ミナはゆっくりと視線を下に落とした。
―――合格―――
その文字が、彼女の頭の中にすっと入ってきた。
「……合格……」
ミナは静かに呟く。表情はまだ固いままだった。
だが次の瞬間、ナツキが両手をあげて歓声を上げた。
「合格だってーーー!やったーーー!」
勢いよくミナを抱きしめる。
驚きと信じられなさが入り混じり、ミナの体は固まってしまった。
「すごいよ、ミナ!!」
「……でも……面接あんなだったのに……」
「言ったでしょ?大丈夫だって!」
ミナはまだ戸惑いながらも、ゆっくりと状況を理解していく。
これで先に進める――
第七地球奪還への大きな一歩。
「ナツキさんのおかげです。本当に……」
ミナの声は落ち着いているが、瞳にはうっすら涙が光る。
「違うよ。ミナが頑張ったからだよ」
ナツキは優しくミナの頭を撫でる。
「でもまだ終わってないよ。実技の練習、気合い入れていこう!」
そう。2次試験には戦闘の実技試験がある。
一次試験は受験者およそ3000人中、2200人が合格。倍率は約1.36倍。
2次試験はそこから2000人に絞られる。倍率は約1.1倍。
決して狭き門ではないが、全員が受かるわけではない。
おそらく、面接では最低限の評価を得て合格した。
二次試験の実技点数が高くなければ、入隊は厳しいだろう。
ミナは魄玉を手の中でぎゅっと握る。
(…みんな、……力を貸してね)
魄玉は答えるように、天井の光をやわらかく反射した。