第十六話 生きてた意味
扉を開けると、長机の向こうに三人の面接官が並んでいた。
最新のタブレットではなく、それぞれの手元にあるのは紙と鉛筆。
部屋の中が、妙に眩しく感じる。
蛍光灯の光か、緊張のせいか――とにかく、目の奥がチカチカする。
「失礼します」
扉を丁寧に閉め、入口で深く一礼する。
ナツキと何度も練習した手順を、頭の中でひとつひとつなぞる。
「受験番号548番、梯ミナです。本日はよろしくお願いします」
声のトーン、姿勢、視線――すべて想定通り。
ここまでは完璧だ、と自分に小さく言い聞かせる。
「どうぞおかけになってください」
面接官の一人が穏やかに促した。
「はい、失礼します」
そう返して椅子に腰を下ろすと、ギッ――と小さな音が鳴った。
ほんのわずかな音なのに、心臓が跳ねた気がした。
「今夜は眠れましたか?」
やわらかい声が、ふっと空気を和らげた。
話しかけてきたのは、赤ら顔の、短髪で丸みを帯びた中年の男性面接官。
表情も声も優しげで、少し安心できそうな人だった。
「緊張してあまり眠れませんでしたが……カフェオレ飲んだので大丈夫です!」
思わず出た一言に、赤顔の面接官がクスクスと笑った。
その笑いにつられて、ミナの肩の力もすこし抜ける。
でもその空気は、すぐにキリッと引き締まる。
「では、面接に入らせていただきます」
そう告げたのは、隣に座るベリーショートの女性面接官。
目元の鋭さに、ミナは思わず背筋を正す。
「志望理由をお聞かせ願えますか」
きた――ナツキと何度も練習した質問だ。
胸の奥で軽く息を整えてから、ミナはまっすぐ前を向いて口を開く。
「私は、第七地球で生まれ育ちました。そして第二地球からの違法爆弾によって、家族や友達を失いました」
何度も口にしてきた言葉なのに、やっぱり、胸の奥がじんと熱くなる。
それでも、言葉を止めずに続ける。
「宇宙中の人たちに、私と同じ思いをさせたくありません。だから、宇宙防衛隊になって、人々を守りたいと思いました」
言い終えた瞬間、胸の奥につまっていた空気が、ようやく抜けていった。
それと同時に、強張っていた肩が、静かに落ちる。
だが、答え終えたその瞬間――
面接官たちの視線が変わった。
空気が、冷たく張り詰めていく。
「第七地球出身ということは、あなたが唯一生き残ったという…」
面接官の二人が顔を見合わせる。
その沈黙は短く、しかし意味深だった。
言葉は交わされていない。だが、視線の奥で同じ考えが動いているのがわかる。
その空気を、ミナも感じ取っていた。
視線の温度が変わった。
“候補者”としてではなく――
“潜入者”として、見られている。
「では――なぜ、あなただけが生き残ったのですか?一人だけ生き残るなんて不自然ですよね……」
それまで穏やかな口調だった赤ら顔の男性が、突如として低く、硬い声を発した。
その声には、疑念と警戒が、隠そうともせずににじんでいた。
視線を落とし、わずかに揺れる声で口を開いた
「えっと……私の体の中に、防御石というものが入っていたらしくて。それが……私を守ってくれたらしくて……」
言い終える前に、男の声が冷たく被さった。
「では、その防御石は、なぜあなたの体にあったんですか?第七地球はここよりはるかに発展が遅れてる惑星ですよね?」
ピクリと肩が震える。
しばしの沈黙のあと、ミナは小さくうなだれた。
「……それは、私にも分かりません」
その返答に男性は、小さく首を傾けた
「あなたは、どれほど第二地球について知っていますか?」
今度は、ベリーショートの女性が鋭く尋ねた。
「……試験で勉強した範囲のことしか……」
「では、あなたが本当に第七地球の出身である証拠は?」
――また、スパイだと疑われてる……。
宇宙防衛隊に保護された後、何度も心の中を検査されたことが思い出される。
「魄玉を持っています。第七地球のみんなの魄が入っているものです」
「魄玉なんて、どれも同じでしょう? 第二地球のものだって、区別はつかない」
……一緒じゃないっ
喉の奥までこみ上げてきた叫びを、ミナはぎゅっと奥歯を噛んで飲み込んだ。
「……でも私は違います。
私は、第二地球の人間なんかじゃありません」
「では、第七地球の魄玉をどうやって武器に?あなたが第七地球行く手段は、ないはずでしょう」
ベリーショートの女性の口調は冷たく、容赦がない。
「たっ……」
タクミさんが――
言いかけて、ミナは息を止めた。
タクミさんは規則を破って宇宙船を貸してくれた。
名前を出せば、彼は除隊になるかもしれない。
「……それは……」
答えに詰まる。
黙っているしか、できなかった。
「……もう結構です」
女性の言葉は切り捨てるようだった。
――あぁ……落ちた……
ここまで積み重ねてきた努力が、音を立てて崩れていく気がした。
頭の中がぐるぐる周り、目の前が少しにじむ。
ミナがうなだれている間、黙して動かない男が一人いた。
白髪に黒い髭の、重厚な面構え。
その存在感だけが、場の空気に沈み込んでいた。
「……副隊長は何か質問ありますか?」
これまで一言も発していなかったその男が、静かに口を開く。
「――お前一人が生き残ったことに、何か“意味”があると思うかね?」
重い声。
ミナは、はっと息を止めた。
耳の奥で、自分の鼓動が大きく鳴る。
―― 一人で生き残った意味
この二年間、自分でも何度も問い続けてきたことだった。
なぜ、ただの小学生だった私が、こんなにも多くの命が消えた中で生き残ったのか――。
その事実に何度も苦しめられた。
いっそみんなと一緒に消えてしまえば、どれ程よかったか――と考える日もあった。
男の目は真っすぐにミナを射抜いていた。
逃げ場のない問い。けれど、それでも。
ミナはゆっくり立ち上がり、まっすぐに見返す。
「……これから作ります」
声が震えていた。
それでも視線だけは、相手から外さなかった。
「私が生きてた意味は、これから作ります。
宇宙防衛隊で、必ず活躍します!
第七地球を、奪い返してみせます。
そして宇宙を、平和に導きます!」
言葉を吐き切ると、ミナは深く一礼した。